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弱虫な自分

「……で? オレにその半ギレのフェルツィウムを何とかしろってことか?」


「はい。主にかわってお頼み申し上げます」


 突然帰ってきたと思ったら、急に無理難題に近いことを頼んできやがった女中さんと暗殺者、そして厄介事を運んできやがった張本人に、非難の意を込めて溜め息をつく。折角ラフィネとのチェスで初めて勝てそうだったのに、話聞きながらやってたせいか負けたぞ。そう、決してオレの判断ミスではなく、話を聞いていたから負けたんだ。そうじゃなかったら勝ってた。


 しかし、フェルツィウムの話か。大体何を聞けば良いのか察しはついてるんだが。あえてオレとエドガーが首突っ込まなかった問題に、まさかすぐに横槍入れるとは。バカだな。あいつ、正真正銘のバカだな! そんなに簡単に聞ける話題じゃあないだろ。でもまあ、何か考えがあるんだったら付き合ってやらんこともないが、どうせほぼ考えなしなんだろうから全然気が乗らない。


『ルドヴィン! 君のプリンセスはどういう神経をしているんだ! 僕のティチアーノを無理やり拐っていくなんて、非常識じゃないか』


 いや聞くにしても聞かないにしても、今のフェルツィウムの状態もめんどくせえな? 何でこいつもこいつでこんなに怒ってんだ。ティチアーノがフェルツィウムから逃げることなんてよくあるだろうに。……ああ、今回はティチアーノが自発的に逃げたんじゃあなく、あいつがティチアーノ連れて逃げ出したから怒ってんのか。はあ~、めんどくせえ。


『落ち着けよ。なに、ティチアーノに身の危険があるわけじゃあないだろう?』


『わからないじゃないか! 君はプリンセスと付き合いが長いからそう構えていられるのだろうけれど、僕は完全には信用していないのだから、気が焦るのも当然でしょう?』


 まあそうだな。オレもアンドレが何と言おうと、最初はあいつのこと信用してなかったんだし、何も言えねえ。あいつと少しでも過ごせば、人に危害を加えるような奴じゃあないことは嫌でもわかるんだがな。逆に自分には躊躇なく危害を加えようとしやがるから目が離せない奴ではあるが。

 とにかく、フェルツィウムが心配するようなことは何も起こらないわけだが、それを信じさせるにはこいつとあいつが過ごした時間があまりにも少なすぎる。つまり不可能だ。だからオレは信じさせることなく役目を終えるとしよう。


『そんなに憤るなんて珍しいな、フェルツィウム。お前は大事な奴が目の前から消えたとしても、心配するだけで怒ることもないような臆病者を自称していたはずだが?』


『……それは、』


『思えばお前、ずうっと昔に初めて会った頃から、ティチアーノへの執着が随分強くなったように思えるな。それと一緒に弱虫も克服したのか? それは良いことだなあ』


『そんなこと、ないよ。僕はあの頃から、弱虫のままだ』


 そう言ってフェルツィウムの顔には影がさした。よし、怒りよりも他の負の感情が勝ったな。とりあえずこれで穏便に、至って穏便に聞き出せるだろ。ひとまず成功だ。


 黙っちまったフェルツィウムから視線を外して、女中さんと暗殺者の方を見ると、いつの間にかそっちにラフィネがいた。様子を見るに、どうやらオレたちの会話を通訳してるらしい。あいつに報告するために会話の内容把握しておきたいってとこか。

 あー、ラフィネ便利だなー。念のため、エルメステラ周辺の何ヵ国かの言語、詰め込んでおいてよかったなあ! オレが王になった暁には国で雇いたいところなんだが、残念ながら既にフラれてんだよな。服飾屋、止める気はねえんだけど……はー、惜しいよなあ。あいつの頭脳があればできることは少なくないんだが、まあ、経済発展に役立ってもらうだけで良いとしておくか。


 っと、思考が逸れてるな。今はせいぜい、あいつの役に立たせてもらうとするか。そうそうあいつに頼み事されることもないしな。これくらい骨を折ってやろう。それに、こいつらのことはそろそろなんとかしたいとは、思ってたしな。


『フェルツィウム、言いたいことがあるなら言ってみろ。ティチアーノと何があった? オレたちが知らないうちに、お前とあいつの間で関係はどう変わっていったんだ』


『……僕は、僕にも、それはわからないんだ』


 ふうん、やっぱりか。そうだろうとは思ってたが。


『君も知っている通り、ティノはある日を境に突然、僕に冷たくなった。声をかけても睨み付けられて、手を差し出せば叩き落とされる。いつしか僕とティノの間には、昔のような何でもない話じゃなくて、吐き捨てるような温度のない言葉が飛び交うようになった』


『……そうだな。お前らが互いに笑い合う姿は、もう数年見てない』


 確か昔は、二人とも仲睦まじく手を取り合って、親に決められた婚約者同士だって言うのにこんなに仲が良いものなのか、と驚いた覚えがある。ティチアーノの家が上流階級なのかと言われればそうでもなく、ただ歳が近く、手頃なところにいた「魔法使い」だから、あいつが選ばれただけだと言うのに。

 いや、子供同士だったら普通そんなことは考えねえのか。フェルツィウムとティチアーノは、ただ親に引き合わされたから同じ時間を過ごして仲良くなっただけだ。二人の間にそもそも汚れたものはなかったんだろうな。


 だが、歳を重ねるとともに、大人の策略が理解できるようになる。


『ヴィヴァルディ家は代々魔法を継ぐ者として、魔法使いを産むことが暗黙の了解となっている。血が濃い者は先天性の魔法使いにしかなりえないから、刻印がない以上、僕には産まれた瞬間に、魔法使いになる見込みがないことは定められていた。

 生まれた子が魔法使いでなければ、その子を用済みとして他の子を産ませるか、その子の伴侶に魔法使いを迎え入れるかの二択に迫られる。ルドヴィンも知っての通り、例え純血のディゾルマジーア国民だったとしても、魔法の発現率は限りなく低いものだ。その為、現国王である父上が選んだのは後者。僕に魔法使いの女性を娶らせることにした。その矛先が彼女に、ティチアーノに向いてしまった。

 ああ、そうだ。元から僕達王族は、彼女を利用していたんだ。僕は彼女を手放したくないから、嫌われたくないから、それを黙っていた。それがこの様か。ティチアーノの言うとおり、僕は弱虫だ。彼女が知る前に伝えておけば、何か変わったのかもしれないのに』


 ディゾルマジーアは魔法使いであることに価値を見出だす国。魔法使いは何よりも優遇される反面、何かに利用されることも多い。

 だが、ディゾルマジーアの悪いところは、この国の魔法使いのほとんどが先天性だというところだ。先天性魔法使いの大半は、その体質で当たり前だと思っていて、自分の価値がわかっていない。だから魔法使いの誘拐や売買も後を絶たなかったりする。それを教えるのはロタシオンのような後天性魔法使いが一番なんだが、生憎ディゾルマジーアにはほとんど後天性がいない。それを踏まえるとティチアーノはかなり恵まれている方だ。あいつの魔法も自己防衛ができるタイプだからな。


 そして、それを全て理解したティチアーノからしてみれば、フェルツィウムもヴィヴァルディ家も魔法使いを良いように使う奴らとそう変わらねえだろうな。ティチアーノのことだから、一発お見舞いしそうなもんだ。

 うん? そう考えると今の状況はおかしい。ティチアーノが気にしているのはこれじゃあないのか?


 ……オレの持つ情報から考えても無駄だな。これはあっちに聞き出してもらうしかないことだ。オレが聞くべきことも言うべきことも、もう決まってる。


『そうだったとして、大切なのはあいつを利用している悔恨の気持ちよりも、お前自身のあいつへの気持ちだろ。お前は昔も今もあいつのことを好いていると思ってたんだが、間違いだったか?』


 そう聞くとやっと、フェルツィウムは顔を上げた。


『間違いなわけないでしょう。僕はティノのことを、魔法がこの地を治めるより前から、愛しているよ。例え、この城と同じように溶けない氷が僕の身を包み込み、凍てつかせたとしても、彼女への想いが変わることはない。僕の心を生涯、我が妻ティチアーノのものだ』


『……ははっ! クサいな、お前』


 突っ込みどころがありすぎて思わず噴き出しちまったじゃねえか。いやはや、素で言ってんだからすごいな。オレだったら正気を疑う台詞だ。本人は微塵もそう思ってないようだが。


『臭い!? どうしよう。ティノにも不快な思いをさせてしまったかもしれない』


『そうじゃねえよ! くくくっ……はは、あいつが帰ってきたら言ってやれよ、それ。一語一句違いなくな』


『一語……一句!? 言えるわけないでしょう!? 今更こんなこと言って、ますます嫌われたらどうするの!』


『今更とか、そう言う問題じゃねえんだよなあ!』


 大爆笑しながらも、女中さんに目配せをしておく。これで聞き出したってことになるだろ。後は頼んだぜ、ルミア。これでこいつらの関係修復できなかったら、絶対ただじゃあ済ませないからな。

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