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雪の中での

 外に出ると、吹雪の勢いも弱くなってきて、大分歩きやすくなっていた。今のうちにかまくらを作っておきたいところである。早速取りかかろうとしたところで、楽しそうな表情をしていたティチアーノさんが城の方角を見て、突然顔を歪めた。

 ボクもそちらを見てみると、三人の人影があった。目を凝らして誰かを確認してみると、一番前にいるのはフェルツィウムさん。で、後ろにいる二人は……あ、セザールさんとイリスさんだ。絶対怒ってるな。表情は見えないけど、あれ絶対怒ってる。多少は怒られると思ってたけど、思ってたより怒られるかもしれない。


 本当は逃げたい。けれど、逃げたら何をされるかわからない。最悪の場合兄様に通報されてしまう……。するとボクはしばらくの間罰として、兄様の膝の上に、ぬいぐるみのように置かれてしまうだろう。嫌な訳じゃないんだけど、将来兄様と結婚する女の子のことを考えると、なぜか言い知れぬ罪悪感があるから、できるだけ起こってほしくない状態だ。


「プリンセス、逃げるデアリマスヨ!」


「てぃ、ティチアーノさん、待って! ちょっと考えさせて!」


「ソンナ時間ないデゴザイマス!」


 確かにないね!? フェルツィウムさん、歩き慣れてるってことを考慮しても、雪の中をありえない速度で走ってきてるからね! もしかしてあの人、兄様とは別のベクトルで人間を越えているんじゃないか? さすがの兄様でも雪には慣れてないからあの速さじゃ走れないだろうし……走れないよね? 兄様も人間らしいところあるよね?

 って、そんなこと考えてる時間もない。切羽詰まった様子のティチアーノさんは、考えあぐねているボクの胴体を抱えて、逃げ出そうと走り出した。まさかティチアーノさんに持たれるとは。ボク、そんなに軽い覚えないんだけどな。ティチアーノさんって意外と力持ちなのか?


 そう驚いたのも束の間、目の前でもっと驚くべきことが起こった。フェルツィウムさんが、今まで以上にものすごい勢いでこっちにやってきていたのだ。最早驚く通り越して恐ろしい光景である。

 瞬く間に追い付くと、フェルツィウムさんはティチアーノさんの手を掴んで、何かを叫んだ。


『ティノ! 脱走だけじゃ飽き足らず、プリンセスまで連れていくなんて。こっちがどれ程心配したと思っているよね?』


『さア? さっぱりだ。仮にそれを推し量れたとて、他の人間たちへの謝罪こそすれ、お前なんかにはこれっぽっちも悪いとは思わない』


『君って人は、どうしてそうも……!』


 ティチアーノさんの意識がフェルツィウムさんの方に向かったお陰で、ボクの胴体は解放された。とりあえず一安心である。ほんのちょっとでも地に足がついてないと安心できない。

 まあそれはいいとして、やはり二人の雰囲気は険悪だ。昨日話した印象では温厚そうだったけれど、フェルツィウムさんはティチアーノさんに対して間違いなく怒っているし、ティチアーノさんもフェルツィウムさんに対して、一度だって良い顔はしない。どう見ても、仲がいいところを想像できなかった。この二人、本当に結婚するんだろうか。


 そう思っていると、後ろから頭を叩かれた。振り向くと、むすっとした表情のイリスさんと、呆れた顔のセザールさんがいた。


「ルミア様、何故わたくしたちに一言も告げずに、こんな早朝から部屋を出られたのですか? 貴方のお姿をこの目に映すまで、わたくしは気が気ではありませんでした」


 怒りながらも涙目でそう言うイリスさんに、ボクはとんでもないことをしてしまったのではないかと気づいた。けれど後悔してももう遅い。今のボクには謝ることしか許されていないのだ。


「ご、ごめんなさい。ちょっとくらいなら大丈夫かなって……」


「大丈夫なわけないじゃないですか! まったく、ルミア様はこっちの身にもなってくださいよ! さっきまでイリスが泣きわめいて城中探し回ってたんですからね!」


「な……泣きわめいてなんかいないわ。ルミア様、セザールの言うことは全て嘘ですからね」


「嘘じゃねえよ! めっちゃくちゃ正直だわ! そっちが嘘ついてるんですよ、ルミア様。俺以上に正直な人間他にいませんからね!」


 それは嘘だろ。ボクが知る限りでもセザールさんより正直な人がいるからね。けれど、おそらく今回はセザールさんの言うことが本当なんだろうな。実際、イリスさんの目からは今にも涙が零れ落ちてしまいそうだ。いつもは感情を表に出すことがあまりないのに、こんな表情をさせてしまうとは、本当に申し訳ないことをしてしまった。


「ごめんなさい。もう黙って出ていかないよ」


 イリスさんをなだめるようにそう言うと、イリスさんは不安そうに瞳を揺らして、聞いてきた。


「絶対ですね?」


「うん、約束」


 そう言って多少強引に、指切りをした。ボクがさっきまで建物の中にいたからだろうか。イリスさんの手は氷のように冷たい。よく見るとイリスさんの服装は、防寒がしっかりできているとは言い難いものだった。セザールさんもそうだ。それほど慌てて外に出てきてくれたと言うことか。

 それだけボクのことを大切に思ってくれていることが、はっきりと伝わった。……あの時の兄様もそうだったのだろうか。


 深く沈んでいきそうな思考を断ち切るように、セザールさんが大きく手を叩いた。


「はい! じゃあ一旦はこれで一件落着ってことでいいですね! まあアンドレ様が来たら報告はさせてもらいますけど」


「待って! ボクが悪かったけど、兄様に言うのだけは! 兄様に言うのだけは!」


「申し訳ありません、ルミア様。旦那様には申し上げませんので、お許しください」


 確かに父様にも言ってもらいたくないけど、だからって兄様に言ってもいいわけじゃないんだ! くっ、わかってる。今回はボクが全面的に悪い、でも容認すれば罪悪感が……。どうすれば、どうすれば! 兄様が来る前に打開策を考えなくては! 何とか二人を懐柔しなくては!


「執事長から連絡きていて、アンドレ様は今日の夜にはもう到着する予定です」


「早っ! もう無理だ!」


「何考えてたんですかー? ま、ルミア様が考えることなんて大方見当がついてますけどね! 残念でした!」


 セザールさんの勝ち誇ったような笑顔をしてきたので、無性に蹴りたい衝動に駆られ、一蹴りいれようと試みたが、普通にかわされた。悔しい。これが兄様だったら当たったのに!


「遅いですよ、ルミア様! まだまだ甘いですね……。ところでルミア様、あっちは止めなくていいんですかね?」


「あっち……? あっ」


 目を離しているうちに、二人の言い合いはさらにヒートアップしているようだった。互いが互いに一歩も譲らず、どっちかが何かを言えば、すぐ反発するようにもう片方が言い返している。このままでは終わることはなさそうだ。


「と、止めなきゃ!」


 止めなければ永遠に言い合っていそうだ、というのもあるが、ボクが止めなければいけないと思った一番の理由は、ティチアーノさんが今にも泣き出してしまいそうだったからだ。フェルツィウムさんは気づいていないのだろう。気づいていたら、涙の理由を聞くはずだ。けれど、そうはさせられない。気づかれる前に止めないときっと取り返しのつかないことになる、と直感的にわかった。


「そこまで!」


 二人の視界に強引に割って入る。二人は呆気にとられたような顔をしたが、言い合いは止まった。ボクはフェルツィウムさんがティチアーノさんの表情を見れないように、ティチアーノさんの手を取って、フェルツィウムさんとは反対の方向へと駆け出す。


「プリンセス!?」


「ルミア殿……!?」


 驚く二人を置いといて、ボクは既にフェルツィウムさんのところへ近づいていたイリスさんとセザールさんに声をかけた。


「イリスさん、セザールさん!」


「はーい!」


「かしこまりました」


 ふっふっふ、長年共に過ごしたボクらの絆は伊達じゃない。王子相手に不敬かもしれないが、責任は全てボクが取ろう。二人は躊躇することなく、逃げられないようにフェルツィウムの腕を両方から掴んだ。当然、ティチアーノさんを追ってはこられないように、だ。


『何を……!? ……は、ティノ! 貴様! ティチアーノを何処に連れていく気だ!』


 気が動転しているせいか、フェルツィウムさんの言葉はディゾルマジーアのものになっていて、何を言っているかはわからない。だけど、フェルツィウムさんの中で今のボクが悪役に見えているのはわかる。すっごい怒ってるから。叫び散らすように何か言ってくるし。


 そんなフェルツィウムさんとは違って、ティチアーノさんはまだ状況が把握できていないのか、ずっと静かだった。その方がボクにとって都合が良い。今のうちに逃げ出してしまおう。


「よし、二人とも! ルドヴィンに頼んで聴取後ボクに連絡! また後で!」


「はい。ルミア様、ご健闘をお祈りしております」


「暗くなる前に帰ってきてくださいねー!」


 フェルツィウムさんの、おそらく罵声のようなものを後ろから聞きながら、ボクはティチアーノさんの手を取って、雪の中をなるべくはやく歩いていく。ティチアーノさんの表情はわからなかったが、歩いている間に、一瞬だけちらりと彼女を見ると、ティチアーノさんはもう誰も見えなくなった後ろを見つめていた。

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