ロタシオン
「ボクが、ボクになりきれてない?」
「そう見えるわ。ルミアがなんと言おうと、ねえ」
そう言いながら、ロタさんはボクを視線から外す。そして、意図的に見ないようにしているかのように、真正面を見続けていた。
「あたしの魔法は不鮮明。けれど確定事項。あたしは相手の奥底にある心を読み取れる」
心を読み取れる? テレパシーのような、そんな感じのものか? でもそれだったら思っていることがわかると言った方が簡単だ。相手の奥底の心……?
「ええと、どういうことでしょうか。相手の記憶を見ることができる、とか、そういうことですか?」
「いいえ、そんなしっかりと形があるものだったら、あたしはこの魔法を誇りに思えたわ、ねえ。だから違う。あたしの魔法はもっと不透明。もやがかかっていて、あたしにもルミアがルミアらしくない理由がはっきりとわからない。けれど、ルミアがルミアらしくないということは漠然とわかる。そんな感じよ」
……ますますわからなくなったような。とりあえず、心が読めるとか記憶が見れるとか、そういった類いのものではないらしい。なんだろう。イメージとしてはオーラのようなものか……? ボクの心臓部のあたりになんか黒いもやもやが見えていたりするのだろうか。試しに胸に手をあててみるが、ボクには何もわからなかった。
「らしくない……自分らしくないって、どうしたららしくなれるんだろう」
急に自分のことが不安になってきて、聞くはずもなかった言葉を口に出してしまった。ボクがはっとしたときにはもう、ロタさんが首を横に振っているところだった。
「それはあたしにもわからない。けど、どういうらしくなさかは、雰囲気でわかる。ルミアは自分に大きな嘘を吐き続けている。それが解消されれば、ルミアは自分に戻れる。……それで安寧が保てるかははっきりしないけれど」
「嘘……?」
最後の方の言葉は、はっきりと聞こえなかったが、聞き返すほどの余裕はなかった。
嘘をついている、と言われても、ボクには自分自身に嘘をついた覚えは一度もないし、つく理由もない。けれど、ロタさんが言うにはボクは嘘をついている。魔法というものはおそらく本物だ。それに、初対面のボクにこんな嘘をつくメリットなんて、ロタさんには欠片もないだろう。信じられなくても本当の話だ。
どうしてボクはボクを騙している? 何のことについてボクは嘘をついている? 考えても考えても答えは出ない。ボクには全く検討のつかないものが、ロタさんには見えているということに、得たいの知れない何かを感じて落ち着かない。ボクは一体、何のために嘘をついているんだ?
「……混乱させるつもりはなかったんだけど、ねえ。あたしの魔法は、初めてその人の目を見ることで、それ以降は姿を見るだけで発動する。最初にルミアを見たとき、嘘が凝り固まってぐちゃぐちゃで驚いたから、忠告しておきたかったのよ。丁寧に糸を解いて穏便に済めばいいけれど、そこまで肥大したものとなると、無理に壊したらルミア自身が壊れるものかもしれないわ。そうならないために、ねえ。自分を強く持って、周囲の人間の言葉はきちんと聞いておくことをおすすめするわ。これは予想だけれど、ルミアのそれは、自分一人で解決しようとすると、悲劇を招くことになるから」
「そう、ですか」
ロタさんには悪いが、あいにく集中して聞けるほど、今のボクの精神状態は穏やかではなかった。ボク自身が壊れるかもしれないほどの膨大な嘘って、何なのだろう。今すぐどうにかなるわけではないだろうし、今考えてもどうしようもないかもしれないが、ボクの知らないことがボク自身の中に潜んでいると思うと、考えずにはいられなかった。ボクには他にも目を向けなければいけないものがあるのに、ボク自身もとなると、どこに寄りかかればいいか、わからなくなってしまった。
ロタさんは、この事を誰かに相談しても構わない、と言ったが、ボクはとてもじゃないが言う気にはなれなかった。ボクのことをボクがわかっていないのに、皆がわかるとは思わないし、こんなことを話すとまた余計な心配をさせてしまうことになる。高い場所への配慮だけでも申し訳ないのだ。これ以上はもう気を使わせたくない。
「オッショーサマー、プリンセス・ルミアー。マダ終わらないンデアリマスカー? 我輩退屈デゴザイマスヨー」
ティチアーノさんの言葉で、先程までの会話で占められていた脳内は、わずかに解放された。そうだ。心配をかけないためにも、ボクは普段通りのボクでなければならない。たった今自分を見失ってしまったようなものだけれど、そもそもこの振る舞い方しかしらないのだ。自分のことがわからなくても、それらしくいることはできる。
それによくよく考えたら、ボク自身のことなんて、誰に影響するわけでもないじゃないか。それならいいか。皆に何が起きるわけではないのなら、最悪ボクが壊れたって構わないよね。
「……え、今」
「あまりマタセナイデホシイデアリマスナー。我輩だけノケモノはタイヘンツマランデスヨ!」
ロタさんがボクを見て何か言いかけたが、機械を無理やり押し退けながらやってきたティチアーノさんに、遮られてしまった。ロタさんには珍しい、驚いた顔だったけれど、何かあったのだろうか。聞いておきたいが、今はティチアーノさんの相手をしなければ。
「ごめんなさい、ティチアーノさん。ちょうど話が終わりましたよ」
「ソウデアリマスカ! ソレデハ何をするデゴザイマスカ? ア、かまくらを忘れていたデアリマス。マタ忘れるマエニ行くのがキチデアリマスナー。オッショーサマも外でかまくら作るデスカ?」
ティチアーノさんが楽しそうに言うのとは対照的に、ロタさんはぱちぱちと瞬きをした後、何か小さな言葉を呟いてから、ティチアーノさんに答えた。
「……いいえ、あたしは寝るところだったのよ。遠慮するわ、ねえ」
「ムウ、ツレナイオッショーサマデアリマス! デハイキマショウ、プリンセス! かまくらが我輩たちをマッテイルデゴザイマスヨ!」
「わわっ、引っ張らないで! ティチアーノさん! ええーと、お邪魔しました!」
ティチアーノさんに手を引かれて、走り出してしまったので、ロタさんにろくに別れの挨拶ができなかった。次、いつ会う機会があるかわからないし、きちんとしておきたかったのだが、まあ仕方ないか。ティチアーノさんだし。
……そういえば、いい意味でらしくないって言ってたのに、全然良い意味じゃなかったような……。まあ、いいか。
「……ふう」
本当にあの子の嘘は凝り固まってぐちゃぐちゃだった。嘘はついていない。あの子には、吐き通している嘘があることが明白だった。あれを解放してこそ、あの子はあの子でいられる。らしくなさは泡となって消える。それは確か。自分の魔法は紛れもなくそう言っている。
けれどそれがあの子のためになるのかは、また別の話。ああいう人間にはたまにある。らしい方がいいのか、らしくない方がいいのか。自分らしい方が生きやすいのか、らしくない方が生きやすいのか。おそらくあの子は後者。らしくない状態で、ティチアーノにベル、ルドヴィン等の人間を惹き付けている。あの子には伝えなかったけれど、いい意味でというのはそういうことだ。
永遠にこのままならそれが最もいいが、もし万が一不慮の事故で、自分のらしさを手に入れたとき、あの子がらしくなさを捨てないままでいられるように、あたしは忠告をしておいた。しかしあの子に、それは意味をなさないかもしれない。ベルに聞いた限りでは、そう言う読みをしている。他の策も用意しておくべきだろう。今のうちに構成を練らなくては。使わないならそれまでだ。そのために今から睡眠を取らなければ。
「しかし、どうしてあの時、ルミアの嘘が一瞬だけ薄れたのかしら、ねえ……」




