魔法について
ボクが驚くのは予想の範囲内だったようで、ティチアーノさんは冷静に説明をしてくれた。
「オッショーサマは、エルメステラのフォンダート家にいたデスケド、自由にイキタイという信条カラ、ディゾルマジーアにナカバ亡命のようなカタチでやってきたのデアリマス。養子トシテフォンダート家にやってきたベル・フォンダートとは、義理の姉妹トイウコトデゴザイマス」
「亡命、ねえ。それほど大層なものでもないわ。あたしはアタシであることを求めただけなんだから」
そういえば昔、そんな感じの話を聞いたことがあったな。確か……元々のフォンダート家の子供は三人で、一人は勘当、一人は駆け落ち、もう一人がふらっと行方をくらましたんだっけ。見たところ、駆け落ちは絶対ありえないだろう。勘当か、行方不明になった人なのか……。
「それに兄さんも姉さんもいなくなったのに、あたしだけ残るのも、ねえ。空気読めてないみたいでしょう?」
「そ、そういう問題なんですか……」
「そういう問題よ。アタシはいつだってそう」
……ちょっとよくわからないが、口振りからして、おそらくロタさんは後者だ。なんとなく、そんな感じの人なんだろうな、とは思っていたけれど、もし万が一素行不良の人だったらどうしようかと思った。三人兄妹で一番グレてそうだし。よかった、ロタさんがその人じゃなくて。
ボクが心の中でこっそり安心していると、ロタさんはじっとボクの顔を覗き見てきた。何がなんだかわからず、見つめ返してみるが、ロタさんはたじろぐこともなくそのまま目を合わせていた。
なんだろう。ロタさんの目は心の奥を暴かれているようで、落ち着かない気がした。引き込まれそうというよりも、引きずり出されそうで……何と言うか……怖い。
そう思った直後、急にロタさんは目線をずらし、顔を離した。
「ふーん……ふーん、ふうん。そう、そうなの。わかったわ」
「えっ」
何がわかったんだろう。今見ていたものと言えば、ボクの瞳の色? いや、それはないだろう。それを知ってどうするんだと言う話である。でも顔以外に何かあっただろうか。さっきもらしくない、と言われたし、それ関係のことなのかな。ボクには何がわかったのかわからないが。
疑問はたくさんあるけれど、ロタさんは何の説明もすることなく、ティチアーノさんの方に振り向いた。
「ティチアーノ、奥で遊んできなさい。あたしはこの子と二人で話がしたいわ」
「エエー」
「おっしょーさまの言うことにはしたがうのよね?」
そう言われると、ティチアーノさんは不満げな表情で機械を掻き分けながら奥へと歩いていった。フェルツィウムさん相手にはあんなに言い争っていたけれど、ロタさんには敵わないらしい。ちょっと寂しそうに歩いていく姿は、前世で飼っていた猫を思い出して、ティチアーノさんには悪いが微笑ましく思ってしまった。
しかし、ロタさんと二人っきり……。初対面の人と二人でも、そこまで緊張することはないんだけど、ロタさん相手だとなんだかそわそわする。今までに出会ったことないタイプの人だからだろうか。それに何の話をするのかも、いまいちピンときていない。何を話せばいいんだ?
そんな風に色々考えていたが、ロタさんは何も気にすることなく、感情の読めない表情で尋ねてきた。
「ルミア、魔法についてどこまで知っているの?」
「魔法について……? ほとんど知らないです。強いて言うなら、ティチアーノさんとベルが魔法使いだって言われていることくらいですね」
「そ。何も教えてないの、ねえ。なら、あたしが教えるのが効率的だわ」
そう言いながら、ロタさんは積み上げられた機械の上に腰かけた。
もしかして、ずっとボクの中で謎だった魔法とやらを説明してもらえるのか! それは素直に嬉しい。皆結構知ってる感じだったから、聞くに聞けなかったのだ。二人とも魔法使いって言われてる理由がやっとわかる。
ボクも隣に座るよう促されたので、四苦八苦しながらなんとか機械の上に座ると、ロタさんは話を始めた。
「まず魔法使いって言うのは、常人とは違う異端な体質の人間のことね。それで魔法は、魔法使いがその体質を利用すること、またはその体質自体のこと。わかる? ……わかってなさそう、ねえ」
「ごめんなさい……」
ボクの知っている魔法とはやはりどこか違いそうだと言うことくらいしかわからない。異質な体質を扱うことが魔法と言うのなら、魔力とかそういうのはないみたいだ。
「気にしてないわ。魔法は先天的、あるいは後天的に邪魔でも一生引っ付いてくるもの。魔法使いになるかどうかは運次第。ならない方が幸せだわ」
「……あんまりいいものではないんですか」
「そう、ねえ。魔法使いのほとんどは、魔法によって苦しめられているのよ」
そう言ってロタさんは、ティチアーノさんが歩いていった方を見た。初対面の時、ティチアーノさんは当然のようにボクの魔法使いだと言っていたが、実は魔法使いであることをそれほどよく思っていないのかもしれない。
「あの子の魔法は、当たりと言えば当たりだし、外れと言えば外れ。ベルもそう。他人から見れば当たりだけれど、ルミアがいるから、あの子にとっては外れね」
「ボクがいるから?」
「そう。神様って言うのは、存外理不尽なものなの、ねえ」
ボクがいるから外れになる魔法って一体何なんだろう。ベルは手紙でそれを伝えてはくれなかった。……他の人からしたら当たりってことは、ボクの存在が邪魔になっているんじゃないか? 何かそう考えると途端に申し訳なくなってきた。ベルに会えたときにはきちんと謝ろう。魔法の内容がわからないから、どう謝ればいいかもわからないけど。
「それに比べて、あたしはまだましね。後天性なんだから、文句は言えないわ」
「先天性と後天性って何か違いがあるんですか?」
ボクの方を見て、ロタさんは強く頷いた。
「もちろんよ。と言っても、違うのは魔法の良し悪しじゃあなくて感覚だから、個人差はあるわ。後天性は元から魔法使いなんてものじゃないんだから、自分が異常であることがわかりやすい。自分がいかにこの魔法を隠して生きていった方がいいかも容易に理解しうる。逆に、先天性はそれが当然、普通にあるものという感覚だから、自分が変だと言う自覚が持ちにくい。ベルがすぐに受け入れたり、ティチアーノが数年かかって理解したりという個人差はあるけれど。大体はそう」
そうか。そりゃあ生まれた頃からそういう体質だったなら、自分にとってはそれが普通で、他の人と違うなんて考えないか。ボクだって、自分が人と違うなんて考えない。
ベルが簡単に受け入れられたのは、きっと前世の記憶があったからだろう。彼女は普通だった自分を知っている。けど、ティチアーノさんにとってはそうじゃないんだ。ティチアーノさんからしてみれば、ボクのように魔法使いじゃない方が異常だったのだろう。それは今もそうかもしれない。
「そうだ。魔法使いって、運次第ではボクもなったりするんでしょうか」
「いいえ、そういうことはないわ。魔法使いになるのは、ディゾルマジーアの血が流れる者のみ。エルメステラや他の国とは違って、ディゾルマジーアの人々の先祖は魔法使いだったから、子孫もこんなことになってる。まあ、だからといって魔法使いの数は多くないわ。ディゾルマジーアに住む人間でも、一割にも満たない。血が流れていたとしても、魔法使いになるかは本当に運次第わけ、ねえ。先天性か後天性かは、血の濃さで決まるわ。あたしは両親や祖父母がディゾルマジーア出身ではなかったけれど、さらに上にいたみたい」
ええっと、とりあえず、ボクの血縁者にディゾルマジーアの人がいなければ、ボクが魔法使いになる可能性はないということか。おそらくいなかった、と思う。それにそんなに少ないのなら、ならない可能性の方が高い。残念なようなほっとしたような、複雑な気分だ。
となると、ベルはお父さんかお母さんがディゾルマジーア出身だったのだろうか。それって、ゲームのベルもそうだったってことだよね。まさかそんな設定があったとは。実は魔法とか、ゲームでも話に出てきたりしたのだろうか。ベルはそんなこと言っていなかったけれど。
「さて。魔法のことは大体わかったわね。何か疑問はある?」
「大体はわかりましたし、疑問はありません。実際の魔法がどういう感じなのかわからないので、あやふやではありますが」
だから正直に言うと、マイナスイメージしかないのだが、それは言わなかった。魔法使いの人を前にして、魔法ってよくないものなんですね、とはさすがに言えない。
「そうよ、ねえ。それなら、教えてあげるわ」
そう言いながら、ロタさんはボクの目を、先程のように真正面から見つめた。
「ルミアはルミアになりきれていないわ」
無感情な目が、どこかボクを責めるようにそう言った。




