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氷の城へ

「我輩はソンナモノになった覚えはないデゴザイマス。勝手なコトイッテンジャネーヨ」


「でも事実でしょう。ティノが頷かないからまだ結婚こそしていないけれど、自分たちはれっきとした婚約者同士だよ」


 ティチアーノさんがディゾルマジーアの王子の婚約者だという衝撃の真実に、何も声が出ないでいると、エドガーさんが近づいてきて、こっそりと説明をしてくれた。


「ティノちゃんとムーくん、あっ、ムーくんって言うのはもちろんあの人のことっすよ。あの二人は元々幼なじみで、ちっちゃい頃から二人の結婚は決められてたみたいなんすよ」


「……その割りには仲が良さそうに見えないけど、せ、政略結婚的な?」


 エドガーさんは無言で頷くと、隣で聞いていたフランは、少し暗い顔をしたようだった。

 そういうのはちゃんとある世界だってわかってたけど、目の当たりにすると、雷に打たれたような感覚があるな。まさかあの自由を絵に描いたティチアーノさんが、王子様と政略結婚とは。何かまだ信じられていない自分がいる。


「あっ、待ってほしいっす。元々二人は幼なじみで、ルドヴィン様やおれが初めて会ったときは、もっと仲良しだったんすよ! でも、年月を重ねるごとにティノちゃんがつんつんした態度を取るようになってあんな関係に……何でなったんすかね?」


 そこはエドガーさんでもわからないのか。ならますます目の前の状況が謎だ。エドガーさんが言うのなら、昔は本当に仲がよかったんだろうし、言い合いもしなかったのだろう。目の前の状況からは想像がつかないけれど。


 とりあえず、ティチアーノさんが頷いていないから結婚していない、ということと、エドガーさんの言葉から、間違いなくティチアーノさんが、何らかの理由で王子様、フェルツィウムさんを拒絶していることはわかる。どうしてだろうか。ティチアーノさんのことだから、結婚して縛られたくないからとかか?

 ううん、何か違う気がするなあ。それなら結婚を拒否はしても、フェルツィウムさん自体を拒否する理由にはならない。


「……はあ。とにかく、戻ろうよ、ティノ。お客様もお待ちだから。そういえばお客様、お名前を聞かせていただいてもよろしいですか? よければ自分がご予定がある場所まで案内します」


「ああ、はい。ボクは」


『この方がルミア・カルティエ本人だ。身体が冷えきってしまっているから速やかにお連れしろ』


 名前を言おうとすると、ティチアーノさんがこの国の言葉でそれを遮った。何を言ったかはわからないけれど、ボクの名前が聞こえたし、代わりに伝えてくれたのかもしれない。フェルツィウムさんが慌てて頭を下げてきた後、ついてくるように言って歩き出したので、おそらくはそうだ。

 でも、ボクの名前を伝えたところで理解してもらえるのか? いや、よく考えたらティチアーノさんやエドガーさんから聞いていてもおかしくはないか。エドガーさんがムーくんって呼んでるし、仲は良いのだろう。多分。


 そういえばエドガーさん、結局ルドヴィンのことはルドヴィン様って呼び続けてるなあ。期限が来たときは本当にゼラニウム引っこ抜かれそうだったけど、何とかそれは免れたらしい。と言うのも、エドガーさんが苦し紛れにつけたあだ名は、ルドヴィンに全却下されていたからである。つけても本人に却下されてはどうしようもないと言うことで、さすがのルドヴィンも勘弁してあげたのだった。

 全却下されるようなあだ名って、どれだけ酷いの考えたんだろう。エドガーさんはそんなにセンスがなかった覚えないんだが。……まさかわざと? いや、エドガーさんに限ってそれはないか。本気で思いつかなかったんだろうな。ルドヴィン様で定着してたし。


 そんなことはさておき。雪の中をしばらく歩いていくと、大きな建物が見えてきた。視界が悪いが、目を凝らして見てみると、それは昔、童話で見たことがあるような氷の城のように見えた。


「……見間違いかな?」


「イイエ、見間違いデハアリマセンデスヨ、プリンセス・ルミア。アレは正真正銘、ホンモノの氷の城デゴザイマース!」


 目に映ったものが信じられなくて、つい声に出してしまうと、後ろに引っ付いていたティチアーノさんが、楽しそうにそう言った。……氷の城って実現可能だったのか。すごい。はっ、そういえばベルからの手紙に、ディゾルマジーアには面白いものがいっぱいあるって書いてあったような……その一つがこれということか。


「それでは中に入りましょう。氷と言えども滑ることはないので、安心してお入りください」


 言われるがままに中に入ってみても、中は見た目同様、氷で作られていた。フェルツィウムさんの言った通り、歩いてみても、つるっと滑ることはなく、普通の床のように感じた。けれど、壁を触ってみると指先が凍るほど冷たいので、やっぱり氷であることは確かだ。


「こちらの三部屋がルミア殿と、そのお連れの方々の部屋になります。中はほとんど同じ内装なので、お好きな部屋をお選びください」


 ふむ、三部屋の内の一つ。折角だからボクは右の部屋に、


「じゃあ俺右で!」


「ではわたくしは左の部屋で」


「えっ!? 何で!?」


 颯爽と左右の部屋を取りにかかった二人は、ボクの発言に首を傾げた。


「何でって、こういうのって普通ルミア様が真ん中ですよね?」


「そうなの?」


「はい。ルミア様が真ん中以外ありえません。ルミア様がもしも何者かに襲撃された場合に、より早く駆けつけられますから」


 なるほど、そういうことか。イリスさんもセザールさんも、ちゃんとそういうことを考えて選択してくれてるんだな。ただ単に、なんか真ん中が嫌、みたいな理由で端の部屋を選んだのかと思った。そういう理由か。


 そう納得していると、セザールさんがぼそっ、と呟いた。


「ま、俺は単に真ん中が嫌ってだけなんですけどね」


「セザールさん、今なんて」


「じゃあ俺は中で荷物整理しますから、開けないでくださいね!」


 そう言って奴は逃げるように中へ入っていった。あの野郎、許せん。


「それではわたくしも失礼しますね」


「うん、また後でね」


 イリスさんの意見も尊重して、ボクはおとなしく真ん中の部屋に入るとしよう。そう思い、氷ではなく、普通の素材で作られたドアノブに手をかけ、入ろうとする。その直前で、背中にあった感触がなくなるのを感じた。後ろを振り返ると、さっきまでボクにくっついていたティチアーノさんが、フェルツィウムさんに引き剥がされたのだとわかった。


「ティノ、何一緒に入ろうとしてるの。君は自分とまずお話しようか」


「キサマなんかと話すことナンテ、一つもないデゴザイマス。オヒキトリ願うデス」


「だめ。君にはなくても自分にはあるから。それではプリンセス、ごゆっくり」


 柔らかい笑顔で手を振るフェルツィウムさんに、思わず手を振り返すと、ティチアーノさんが不満げな顔をしてフェルツィウムさんを睨んだ。


「そんな目をしてもだめだよ」


「グヌヌ……プリンセス・ルミア! コノハゲを振り切って、カナラズヤ貴女のモトへ向かうマスカラネ!」


「ティノ、お話に加えてお説教もするからね」


 二人で騒がしく言い合いをしながら、向こうへと去っていってしまった。ティチアーノさん、はたしてフェルツィウムさんを振り切ることはできるのだろうか。……できないような気がするなあ。


 二人の去っていく姿を見るのをやめて、部屋に入る前にエドガーさんとフランの方を見ると、フランの顔色が悪いように見えた。驚いて駆け寄っていくと、フランはボクを見て苦し気に笑った。


「どうしたの、フラン!? 体調悪い?」


「ん……いえ、雪の中を歩いて、少し身体が冷えてしまったんでしょうか。大丈夫ですよ、心配してもらうほどじゃないです」


 フランはそう言うが、その声はいつもより弱々しい。明らかに大丈夫ではない。


「いや、でも休んだ方がいいよ。近いしボクの部屋に……エドガーさん?」


 フランに気を取られていたが、よく見るとエドガーさんも、深刻そうな、そしてどこか悲しそうな顔をしていた。てっきりフランの体調が悪いことが原因だと思ったのだが、その目はフランを見ず、何もない床を見つめている。ボクの呼びかけにやっと我に返ると、エドガーさんは慌てた様子で言葉を発した。


「大丈夫っす! フランさんはおれが部屋まで送っていくので、ルミちゃんは何も心配しなくていいっすよ! おれでもフランさんは運べるっすからね! それじゃあルミちゃん、また後で!」


 エドガーさんはフランを抱えると、すぐに走っていってしまった。何だか様子がおかしいな。それに、少しだけ嫌な予感がしてきた。……外れてくれればいいんだけだなあ。

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