久しぶり
馬車から降りるとそこは、一面の銀世界だった。
「すごい雪ですねー。あっちじゃそう積もることないですから、なーんか不思議な光景ですね」
道理で急に寒くなったわけだ。時間帯で言えば真っ昼間なのにおかしいと思った。向こうではこんなにも寒くなることはないから、ボクの感覚がおかしくなったのかと思ったよ。
しかし、この国とあっちの国の境目ってどうなってるんだ? 元々乙女ゲームの世界だし、何でもありなのか? まあそもそも、ゲームの設定にディゾルマジーアなんて国があるのかもわからないし、深くは考えないことにしよう。少なくともベルからは聞いてないな。
いや、そんなことよりも、今はこの雪を堪能しなければ。
「よし、雪合戦しよ! 一番雪玉をぶつけた人の勝ちね!」
そう言ってボクは、十分距離を取るために、雪の上をいつも通りに走る。少し走りにくいけど、走れないことはない。
「おっ、いいですね! これでも俺、雪合戦得意ですよ!」
「雪合戦……? それは一体……はっ、お待ち下さい、ルミア様! そんなに薄着では風邪を引いてしまいます! こちらをお召しになってください!」
雪に慣れていないのか、いつもよりも苦戦しながら追いかけてくるイリスさんに、思いっきり両手を振る。
「大丈夫! 走ってればあったかくなるよ!」
「そんな、ルミア様……ルミア様!?」
完全に、足元に注意をはらうのを忘れていたせいか、滑ったな、っと思った次の瞬間にはもう、雪の中に顔からダイブしていた。冷たい。顔をあげても降ってくる雪のせいでさらに冷たい。けれど、雪自体が久しぶりということもあってか、さほど嫌な気はしなかった。
「あっははは、つめたーい!」
「ルミア様、お身体を大切になさってください!」
「うわー、まるで散歩するときの犬みたいですねぇ!」
さりげなくセザールさんに犬って言われてるけど、そんなのは全然気にしないよ。雪で遊べる機会なんてほとんどないんだ。
前世ではただひたすら迷惑だっただけだったからなあ。そもそも街中で雪合戦なんてできなかったし、十分な広さの場所もないから、雪で遊んだ記憶なんて数えるくらいしかない。ならば、今遊んでおかないと損じゃないか!
そう思い、イリスさんに構わず雪玉を作り始めていると、突然、横から衝撃がやってきた。
「うわっ!?」
よくフランにされるものとは違い、遠慮のない全力のタックルだった。まるで野性動物にぶつかられたくらいの威力だ。ぶつかられたことはないけど。せっかく起き上がったのに、まさかまた雪の上に倒れることになるとは思わなかった。もはや冷たいを通り越して寒い。
とりあえず何がぶつかってきた確認するため、上体を起こすと、ボクの上には白い物体が広がっていた。一瞬、雪かと思ったけれど、よく見るとそれは白衣のように見えた。
「白衣? ……ティチアーノさん!?」
ボクの知り合いで、常時白衣を着ている人と言ったらティチアーノさんしかいない。そう思い、声をあげると、それは勢いよく起き上がった。その顔は言わずもがな、懐かしいティチアーノさんのものだった。
「プリンセス・ルミア! 会いたかったデアリマスヨー!」
「ティチアーノさん! ボクも会いたかったよ」
ティチアーノさんと会うのはずいぶん久しぶりだけど、何も変わっていなさそうで安心した。ティチアーノさんの体温はとてもあたたかくて、雪で冷えてしまったボクの身体が少しあったまる。
「って、ティチアーノさん、そんな薄着で大丈夫なの!? 寒くない!?」
「ン? 全然大丈夫デゴザイマスヨ? ギャクニ、プリンセスは大丈夫デアリマスカ?」
「ボクはだいじょう……へっくしゅ!」
二回も雪と直接触れあったせいか、寒さでくしゃみが出るほど身体が冷えてしまっていたようだ。ボクに追い付いてきたイリスさんが、すかさず、ボクの身体についた雪を払い、上着をかけた。
「もう、ルミア様? 何が大丈夫、ですか?」
「あはは……ごめんなさい」
「失礼だとは思いますが、少しはわたくしの言うこともお聞きください」
イリスさんの言うことは最もなので、反省を示すために正座して聞いていると、セザールさんが向こうで大笑いしているのが見えた。あ、あいつ……自分がイリスさんに怒られてるときは、笑うな、って言うくせに!
「コレハコレハ、イリス・ベフトォン。お久しぶりデアリマス」
「はい、ティチアーノ様。ご無沙汰しております」
「アイカワラズプリンセスを第一にカンガエルとは、マッタク良い世話係デゴザイマスナー」
そう言った後、ティチアーノさんがセザールさんの方を見ると、セザールさんはなぜか、しまった、とでも言うような顔をした。
「ソレニソッチハ」
「おおおお久しぶりですねー、ティチアーノ様! お元気そうでなによりです!」
「ウルセーデスヨ。大声ダスナ」
ティチアーノさんが何かを言う前に、セザールさんが慌てた様子でそれを遮った。どうしたんだろう。そんなに慌てて。寒さに耐えきれなくなったのかな? セザールさんが意外と寒がりだった、とか聞いたことないけど、実はそうなのかもしれない。これは早いところ移動してあげた方がいいのかな。
と、待てよ。その前に聞きたいことがあったんだ。
「ティチアーノさん、一人で迎えに来てくれたの?驚いたよ」
絶対ルミアちゃんを迎えに行きますね、ってフランが言っていたから、フランも一緒だと思っていたのだけれど。何か事情があるんだろうか。
そう思っていたのだが、聞いてみるとなぜか、ティチアーノさんはあからさまに目をそらした。
「エート、ソレハ……」
ごにょごにょと、言いにくそうにティチアーノさんが口を動かすので、不思議に思っていると、ティチアーノさんが来た方から複数の足音が聞こえた。
「ティノ!」
「ウゲッ」
聞こえてきたのは知らない人の声だったけれど、ティチアーノさんは苦虫を噛み潰したような顔をして、ボクの後ろに引っ込んでしまった。知り合い、なんだろうか。
複数の人影の内、一番初めにやってきたその人は、素朴な出で立ちだけれど、雰囲気にどこか高貴さを隠せていないように感じた。彼はボクに目もくれず、後ろにいるティチアーノさんに呼びかける。
『ティノ! 窓から出ていくのは危ないからやめてって言ってるでしょう。僕に会いたくないときはいつもそうやって外に出るんだから。それくらいお見通しだよ』
『うるさい! 私に指図するな、弱虫! 私なんかに構ってる暇があるなら、お前は黙って城の中でのうのうと過ごしてればいいんだ!』
おそらくこの国の言語なのだろう。何を言っているかはわからないが、口喧嘩みたいなものをしているのはわかる。かろうじてティノ、という呼びかけだけは聞き取れるから、きっとティチアーノさんの友人か何かなのだろう。……仲はあんまりよくないのかもしれないが。
間に挟まれてしまい呆然としていると、男の子を追いかけてきたのであろう、二つの人影が、ようやっと見える位置までやってきた。
「はあ、や、やっと追い付きました……」
「ティノちゃんのことになると、ムーくんは本当に、足速いっすねぇ……」
「フラン! エドガーさん!」
「わっ、ルミアちゃん! 雪の中に佇むルミアちゃんも素敵です!」
走って疲れてるみたいだけど、いつものフランで何よりだ。フランとエドガーさんのところへ行くために立ち上がろうとするが、後ろからぐいっ、と引っ張られ、動けなかった。
「わっ、とと。ティチアーノさん!?」
『お前には彼女が見えないのか、節穴王子! 客人だぞ!』
『えっ……』
ティチアーノさんが何を言ったのかはわからないが、何かを言った途端、急に男の子はボクの方を見て、目を見開いた。そして、さっきまでの様子とは一変して、美しい佇まいでお辞儀をしてきた。
「申し訳ありません、お客様! 大変お見苦しいところをお見せしてしまいました」
「え、ええっ!? いや、そんなことないです! 大丈夫です!」
突然そんなことを言われると対応に困ってしまう。男の子の表情を見ると、本当に申し訳なさそうにしているが、正直こっちも申し訳ない。早く顔をあげてほしい。
「大丈夫です、大丈夫ですから、顔をあげてください! というかこちらこそ二人の会話の間に入っちゃって申し訳ないというか。ええーっと、ティチアーノさんとはご友人か、何かでしょうか……?」
とにかく顔をあげさせるためにそう聞いてみる。そうすると、彼は狙い通りに顔をあげたが、それと同時に衝撃の答えが返ってきた。
「いいえ、そうではありません。自分はこの国の第一王子、フェルツィウム・ヴィヴァルディと申します。そして、彼女、ティチアーノは自分の婚約者です」
「第一王子……婚約者……って、婚約者!?」
ばっと、ティチアーノさんの方を見ると、心底嫌そうな顔で、彼を睨み付けていた。




