穏やかな王子
「うっわあ! すごいですね、一面の銀世界とはまさにこの事ですね!」
……はっ、いけないっす! ふわふわとした髪を揺らしながらはしゃぐフランさんがかわいすぎて言葉を失ってたっす。
いやはや。ついさっきまで、将来我が主であるルドヴィン様が治めることになるであろう国、エルメステラにいたはずなんすけど、飛行機ってすごいっすねえ。あっという間にこっちの国まで来れちゃったっす! 今日は出発できなくなっちゃったアンくんや、飛行機じゃ来れないルミちゃんには悪いっすけど、おれは楽しんじゃうっすよー!
「って、そうじゃなかったっす! フランさーん! 勝手に出歩いちゃだめっすよ! 迷子になっちゃうっすから」
「はっ、はい、そうですね! 私としたことがうっかりしてました」
あー、フランさんかわいいー!
「おい! エドガー、フランソワーズ嬢、遅いぞ」
げげっ、ルドヴィン様っす! ラフィーもぷんぷんしてるし、フランさんに和んでる場合じゃないっすよ、おれ! 他に待たせてる人もいるっすからね!
「すみませんっす、ルドヴィン様ー! フランさん、転ぶと危ないので、お手をどうぞ!」
「はい。ありがとうございます、エドガーさん」
はわわわわ、おれ今手袋越しにフランさんと手を繋いでしまってるっす……もしや、今日が命日っすかね……。幸せポイント貯まっちゃうっすもん……。
とと、そんなこと考えてるうちにも、ルドヴィン様が怒っちゃうっすね。早いところ行かなきゃっす。
ここはディゾルマジーア。ティノちゃんの実家っすね。基本的にはうちの国と同じようなところではあるっすけど、全然違うところもあるっす。
その一つが、何と言っても魔法っすよね。この地に住んでたご先祖様が、魔法使いだったそうで、今でも魔法使いと呼ばれる特異体質の人間が生まれることがあるらしいっす。
まあおれが知ってる中だと、ティノちゃんとティノちゃんのお師匠様くらいしか知らないから、そう多くはないみたいっすね。だから、ここではどんな魔法使いであろうとも、重宝されるみたいっす。……例え、デメリットがある魔法であろうとも。
「うわっ、でか」
ラフィーが思わず声をあげるのも致し方ないことっす。ディゾルマジーア名物、氷のお城を初めて見て、驚かないものはいないっすからね! 何を隠そう、おれも驚いて腰抜かしたっすもん!
このお城こそが、おれたちがパーティーの日まで寝泊まりすることになる、ヴィヴァルディ王家の方々がおわす城っす。なんでも、体から際限なく、溶けない氷を出す人と、物質をイメージ通りに組み替えれる人が共同で作り上げたのがこの氷のお城らしいっす。
話に聞くだけなら便利な魔法だなー、って思うんすけど、実際はそうじゃなかったらしく、ふとした時に氷が出てきちゃうから、大量に出すと処理に困ったり、ちょっと想像しただけで建物の形を変えちゃったりしてたみたいっすから、意外と不便だったみたいっすね。このお城も偶然の産物で出来たんだって、ティノちゃんは言ってたっすよ。ティノちゃん自身も、結構不便な魔法だし、共感するところも多いんすかねー。
さてさて、それはさておき。ルドヴィン様が門番に話しかけると、あっさりと門は開かれたっす。すっかりあの人とも顔馴染みっすからね~、まあおれは未だに全く話しかけれないんすけど……それはともかくとするっす。仕方ないじゃないっすか! 話す機会なんてほとんどないんすから、花に例えることもできないんすよ!
時々目新しいものを見つけて、立ち止まっちゃいそうになるフランさんの手を、心を鬼にして引きながら歩いていると、目の前からたった一人だけ、歩いてくる人がいたっす。もー、相変わらずっすねえ、ムーくんは。
「よう、久しいな」
ルドヴィン様が、彼に向かってそう言うと、向こうはまるでお手本のようなお辞儀をして、きらきらとした笑みを浮かべたっす。
なんと、ルドヴィン様の悪人のような笑顔とは違う、これぞ落ち着きのある王子様って笑顔なんすよ! エルメステラにはいないタイプの人っす! 最初会ったとき、本当に王子様かって、疑ったっすもん!
それに、ティノちゃんと違ってうちの国の言葉もすらすら話しちゃうから、もう非の打ち所がないっす。あっ、そうは言ってもアンくんみたいに人間やめてるくらいじゃないっすからね! ちゃんと人間っすよ!
「うん。久しぶりだね、ルドヴィン、エドガーも。おや? エドガーは前に会ったときより、また背が伸びたかな?」
「はいっす! ムーくんは相変わらずちっちゃいっすね!」
「ふふ、ティノにも言われたよ。そんなに小さいつもりはないんだけどなあ」
ムーくんは、この国では珍しく低身長で、なんとラフィーよりも背がちっちゃいんす。と言っても、ほんの数センチ程度だと思うんすけどね。その数センチでも気にするのがちっちゃい人間だ、ってルミちゃんは言ってたっす。
だけど、ムーくんはこれと言って気にしてないっすね。子供と目線が合わせやすくて、むしろちょうど良い、って言ってたっす。ルミちゃんも見習ってほしいっすね~。未だにまだ伸びるって言ってるんすから。おれは伸びてるっすけどね!
「そちらの方々は、二人のご友人だね。聞いていたより人数が少ないけれど……?」
ムーくんがラフィーとフランさんに目を向けると、フランさんがわずかに、びくっ、としたのを感じたっす。
ルミちゃんだけは知らないと思うっすけど、フランさんは家族の方々や、ルミちゃんがいないときは、ちょっと人見知りしちゃうんすよね。つまり、ルミちゃんがいるときはフランさんがめちゃくちゃリラックスしてるってことっす。羨ましい~! おれもルミちゃんになりたかっ……いや、なりたくないっすね。絶対なりたくない理由が他にあったっす。フランさんと手を繋げるだけでおれは幸せっすよ。
「ああ、カルティエ兄妹は各々の事情があって、今日中には来れない。妹の方は明日にでも着くだろうが、兄の方は遅くなるかもしれん」
「カルティエ……アンドレ殿と、噂のプリンセスだね。会えるの楽しみにしてたんだけどなあ」
そこでムーくんは、はっとして、すぐさまラフィーとフランさんに向き直ったっす。
「申し遅れました。自分はディゾルマジーア第一王子、フェルツィウム・ヴィヴァルディと申します。本日はご足労いただき、真にありがとうございます」
「いえ、こちらこそお出迎えいただきありがとうございます。私はフランソワーズ・レヴィアと申します。……ほら、ラフィネさんも」
「あ、ラフィネ・ユベールです……よろしく、お願いします」
やっぱりルドヴィン様と全然違うから、どぎまぎしてるっすね! おれなんて最初会ったときはまともに挨拶できなかったっすもん!
でもそこはさすがムーくん。とっても心が広いんすよ。ルドヴィン様だったら、挨拶もできないのか使用人風情が、とか言ってくれるところを、急かさず優しく、こっちが言い終わるのを待ってくれたっす。現に今だって、こちらこそよろしく、って笑顔を崩すことなく言ってくれてるっすよ! 本当に理想の王子様って感じっす!
……ルドヴィン様がすっごい目でこっちを見てる気がするっす。心読まれてるんすかね……。い、いや、さすがのルドヴィン様でも、そんなことできないっすよねえ?
「でもそっか。プリンセスはいらっしゃらないんだね。それならティノは今日も出てこないかなあ……」
「は? 出てこない? ここでは結構頻繁に外に出てくるんじゃないのか」
留学中はよく化学室に籠ってたティノちゃんっすけど、ここではよく息抜きのために外に出てくるらしいっす。この国は寒いっすけど空気が美味しいっすからね、つい外に出たくなっちゃうのもわかるっすよ。
それなのに、ティノちゃんが出てこないなんて……これはまさか、事件の予感っすよ!
「実は最近、ちょっと喧嘩……みたいなことがよくあって、自分が呼んでも出てきてくれないんだよね。返事はしてくれるんだけど、開けたら薬品投げるぞ、の一点張りで」
「なんだ、珍しいな。あいつはともかくお前が喧嘩なんて」
確かに珍しいっす。ムーくんは虫も殺せないほど穏やかな人なのに、喧嘩なんてするとは全く思わなかったっすよ。一体何の喧嘩なんすかねえ。
「……うん。こっちもこっちでごたごたしてるから、言い合いくらいしちゃう時はあるよ。
それで、以前からティノが、楽しそうに話してたプリンセスの呼びかけなら、ティノも外に出てくれるんじゃないかなって考えてたんだ。一年前までならベルさんがいたから、すぐに出てきてくれたんだけどね」
ほんの少しムーくんが暗い顔をしましたけど、ルドヴィン様はそれに突っ込むことなく、返事をしていたっす。
「なるほどな。ティチアーノはなぜかあいつのことをものすごく気に入っていたし、出てくるかもな。となると、今日はあいつのことを後回しにするしかないな。一応オレも呼びかけはしてみるが、オレやエドガーじゃ暴言が返ってくるだけだろうしな」
「えっ!? おれも暴言っすか!?」
おれ結構ティノちゃんと仲がいいつもりだったのに! あっ、でも学生時代、ずっと小馬鹿にされっぱなしだった気がするっす! じゃあ暴言しか返ってこないっすね、確信したっす。
「大丈夫だよ。自分より酷い言葉は返ってこないと思うよ。……さて、外は寒いし、中に入ろうか。中も寒そうに見えるけど、寒さを感じないくらいには暖かいから安心してね」
そうして、ムーくん引率のもと、氷の城の中へと入ることができたっす。案内された客室に荷物を置いて、ティノちゃんのお部屋に向かったっすけど、散レ、の一言だけ返ってきたっす。酷い!
フランさんやラフィーにも声をかけてもらったっすけど、タダイマ実験中デアリマスから、って言葉を繰り返すだけで、全く出てくる気配がないっす。
ルミちゃん! 早く来てほしいっす~!




