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さあ、ディゾルマジーアへ

「すまないな。俺が今日出発だと言ったのに、ともに行けなくて」


「仕方ないよ。急にお仕事入っちゃったんだから」


 さて翌日、ディゾルマジーアへ出発しよう! というところなのだが、あいにく兄様の仕事が想定より増えてしまったそうで、一緒にいけなくなってしまった。移動中なら、久しぶりに兄様とゆっくりお話ができるかな、と思っていたのだけれど。ちょっぴり残念だ。でも、兄様を困らせないように、残念だと思っていることはなるべく隠さないと。


「エドモンドもすまない。お前だけでも先に行ってもらっていいのだが」


「いえ、私のある場所はいつもアンドレ様の傍でございますので」


 簡単にそう言ってのけるエドモンドさんに、兄様は少し引きつった表情を見せたが、すぐに切り替えてボクに向き直った。


「それじゃあルミア、俺もすぐに向かってみせるから、気をつけて行ってくるんだぞ。イリス、セザール、ルミアを任せた」


 兄様が二人に向けてそう言うと、二人とも柔らかく微笑んでみせた。


「はいはーい、わかってますよ! アンドレ様!」


「お任せください、この命にかえてもルミア様をお守りします」


 ……セザールさんは返し方がめちゃくちゃ軽いのに、イリスさんは発言がめちゃくちゃ重いな。前々から思ってたけど、足して二で割ったら絶妙にいい感じになる気がする。まあそんなこと実際にできても寂しいし、二人にとっても有益なことはないだろうから、このままでいいのだけれど。

 そういえばセザールさんはいつ告白するんだろうか。もう片思いして何年になるんだ、この人。いい加減言っていいと思うんだけどなー。何回言っても、イリスには俺より大切な人がいますから、の一点張りである。


 仕方がないのでイリスさんに、セザールさんはどうかと話してみたこともあるけれど、セザールにはわたくしより大切な人がいますので、と言ってくる。どっちもそんな素振りないのに誰のことを言ってるんだ。しかもどっちも他に大切な人がいるって思ってるわりには、何か楽しそうにそう言ってくるし。

 その大切な人さえどうにかすれば、セザールさんが告白する日もありうるだろうけれど、特定できていない今、どうする手立てもない。一体誰なんだ、それぞれの大切な人って。ボクにくらい教えてくれたっていいじゃないか。


 まあそれはさておき。ボクは兄様に精一杯笑いかけて、出発の挨拶をした。


「いってきます、兄様!」


「ああ、いってらっしゃい、ルミア」


 馬車に乗り込んでも、兄様の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。そして、兄様が見えなくなってしまうと、危ないから、とイリスさんに窓から引き剥がされた。


「何か久しぶりな気がするね、三人で馬車に乗るの」


「あー、言われてみればそうですね。長期休みで帰るときも、一緒にラフィネ様やフランソワーズ様がいましたし、三人きりって言うのは入学式の日以来ですかね」


 時間にすれば約三年前か。もうボクもルミアとして十年以上生きてきたわけだし、三年という時間はそれほど長いものでもないように感じるけれど、それでも懐かしい気がする。そもそも三人だけで過ごす時間というのが多くないのだ。昔はもっとずっと多かったはずなのに。学園に通っていたからだろうか。


 ちなみに、フランやラフィネ、ルドヴィン、それにエドガーさんとは別で、ディゾルマジーアへと向かっている。隣国であり、幸いにも海で分かたれたりはしていないので、陸地から行けなくもないのだけれど、やはり飛行機の方が早く、馬車よりも多くの人数が乗れるので、一足先に皆は隣国へと飛び立っていった。

 ボクについては何か言うことなしに、馬車で行くことが決定していた。ここから一晩かけて、向かうようなので、着くのは明日になるそうだ。……そういえばこの世界、電車とかはないんだなぁ。旅行といったら電車とか新幹線って勝手に思ってたから、何だか不思議な気分だ。


 そんなことを考えていると、セザールさんはにこにことしながら話し出した。


「懐かしいですねー、あの頃のルミア様は小さくて小さくて……あ! 今も小さいですね!」


「いや、今気付いたみたいな反応してるけど、絶対最初から気づいてたよね!? 相変わらず小さいねって言うためだけに、そんな演技しただろ!」


「セザール、悪ふざけがすぎるわよ。ルミア様がいくら小動物のように愛らしいとはいえ」


「それは追い打ちだよ!」


 イリスさんも小さいと思ってるんじゃないか! でも確実に悪気はないとわかっているので、怒りをセザールさんにぶつけることで和らげる。なお、セザールさんからは批判の声があがった。


「本当のことじゃないですか! もう!」


「本当でも言っていいことと悪いことがあるんだよ!」


 馬車を揺らさない程度に、セザールさんに掴みかかっていると、イリスさんが肩を震わせていることに気づいた。何事かと思い、近づいて見てみると、涙ぐんでいるのがわかった。


「イリスさん、どうしたの!? セザールさんのアホさにとうとう呆れ果てて涙が出ちゃったの!?」


「はあ!? それを言うならルミア様でしょうが! 違うよな、イリス! ルミア様のもはや未来が絶望的な身長に悲しみを感じただけだよな!?」


 仮にも執事なのに何てこと言うんだセザールさんは! いや、普通は目上の相手に言えないようなことも言えちゃうのがセザールさんの魅力ではあるけれど、かなり失礼だからね!? ボクじゃなかったらクビになってるからね! まあボク以外の人にはそういうこと言わないんだろうけど!


 って、そうじゃない! 今はイリスさんの涙をとめないと。一体この一瞬で何があったと言うんだろうか。何か困らせるようなこと……うーん、たくさんあってどれがそれなのかがわからない……。


「も、申し訳ありません、ルミア様! 悲しくて泣いていたわけではなく、そのですね……」


 そう言ってイリスさんは、泣きながらも、少し照れ臭そうな笑みを浮かべた。


「六歳の頃に比べてルミア様がこんなに成長したのだと思うと嬉しくて、つい涙が……」


「イリスさん……」


 ボクもつられて涙が出そうになった。イリスさんやセザールさんのことは、ずっと前から家族のように思っていたけれど、いざこうして成長を喜ばれると、まるでイリスさんがお母さんのようにさえ感じられる。実際、ボクは主にイリスさんやセザールさんに育てられてきたようなものだし、あながち間違ってないのかもしれない。……まあ一般的にお母さんがやってくれるであろう大半のことはセザールさんがやっていたような気がするけど。


「はっ、つまりイリスさんもセザールさんもボクのお母さんだと言うことか……?」


「いや、何急に変なこと言い出してるんですか。てか何で俺もお母さんなんですか! ルミア様を産んだ覚えはありませんよ!」


 ボクが思わず口に出してしまった言葉に、セザールさんは不満そうにそう言ってきたが、イリスさんはくすくすと笑っていたようだった。


「わたくしとセザールがルミア様のお母様……ふふっ、素敵ですね」


「はあ!? どこがだよ! せめて俺をお父さんにしてくださいよ!」


「いや、そっちはもう間に合ってるから」


 勢いで言い返すと、セザールさんは少し悩んだ様子を見せた。


「うう……じゃあ第二のお父さんと言うことにしたらどうでしょう! 旦那様にも奥様がいらっしゃったわけですし、イリスも第二のお母さんと言うことで!」


「なんか複雑な家庭だなぁ」


 実際にそんな状況だったら、一本のドラマになってしまいそうな感じがするけれど、決してどろどろした展開はないので安心してほしい。


「まあそうは言っても、やっぱりイリスさんとセザールさんはお姉さんとお兄さんかな。親よりも近しい存在って感じがするしさ」


 距離感や信頼感を踏まえると、歳が近い親というよりは、歳が離れた姉と兄と言うような感じなのである。さっきは二人ともお母さんか、と言ってしまったが、やっぱりきょうだいだと言った方が近しいような気がする。もちろん兄様とは別とする。


「ルミア様にそう言っていただけるなんて、わたくしは果報者ですね。今ここで改めて、このわたくしめの生涯をかけて、貴女様にお仕えすることを誓います」


「えっ」


「あっ、じゃあ俺も誓いますね!」


 イリスさんは本気で言ってるとして、セザールさんは完璧についでみたいに来るんじゃない! むう、本当に正反対な二人だなぁ。それなのに息はぴったりなんだから、調子が狂うというか……。


 何にせよ、イリスさんが感涙するほどに成長できているようで良かったかな。潜入班とは言え危険はあるようだし、こうして三人でゆっくり話ができるだけで、緊張がほぐれていくように感じる。三人で話すのがこれで最後、なんてことがないようにしなきゃね。もちろん、他の皆もね。


 今頃、皆は向こうに着いてる頃なのかな……。

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