暇どうし
改めて撹乱班が発表されたときのラフィネの第一声はこうだった。
「無理。そんなの絶対無理だから」
撹乱班ということは、主に戦闘的な面が多くあるだろう。ボクよりもきっとそれを正確に想像できるラフィネには、自分には無理だと判断してしまったようであった。ラフィネがあんなに態度に示して嫌がるのは珍しいかもしれない。けれど、そんなラフィネの頑なな拒否に対しても、ルドヴィンは変更しようとは言わなかった。
「お前が無理だと言っても、お前を撹乱班から変えるつもりは一切ない。来たくないなら結構だが、来るなら撹乱班としてオレに手を貸せ」
ラフィネはそう言われると、渋い顔をしつつも、フランと同じで行かない方が後悔すると考えたのか、小さく頷いた。
こうして、昨日はお開きとなったのだが、明日にはこの国を出発しなければならないと言うことで、家の中はとても騒がしかった。ボクが帰ってきたばかりなのに、すぐに数日間の着替えやらなんやらを用意しなければならないからだ。
ボクも慌ただしく用意をしているイリスさんやセザールさんのお手伝いをしようかと思っていたのだが、イリスさんに、ルミア様のお手を煩わせるほどでもありませんので、と一言言われて締め出されてしまった。ボクがイリスさんに部屋から出される瞬間、セザールさんは手を動かしてはいたが、こっちの様子を笑っているのが見えた。今すぐ部屋に殴りたいのは山々だけれど、またイリスさんに注意されることになるので止めておこう。
兄様も、ぎりぎりまでお仕事に追われて忙しいようなので、仕方なく、家の中をぶらぶらしていると、目の前からエドモンドさんがやってきた。
「エドモンドさん!」
特に忙しそうにしている様子もないので呼びかけると、エドモンドさんはゆったりと優雅にこちらを向いた。相変わらず温和な笑みを浮かべていて、とてもセザールさんが怖がるような人には思えない。この人を怒らせるなんて、ボクの見てないところでセザールさんは何をやってるんだろうか。唐突なマット運動でも披露しているんだろうか。
エドモンドさんはいつものようにボクと目線を合わせてから、改めて柔らかく笑いかけてきた。
「これはこれは、ルミア様。本日はお一人ですか?」
「うん、ボクも明日の準備しようと思ってたんだけど、ダメだって言われちゃってね。エドモンドさんこそ、一人なんて珍しいね」
エドモンドさんは兄様のお仕事が忙しいときに、いつも補佐をしているはずだ。そういうときじゃなくても兄様の近くにいることも多い。
今だって、兄様は机から離れられないほど忙しいだろうに、エドモンドさんがこうして外に出ているのは珍しい。というか初めて見たかもしれない。それくらい、エドモンドさんは兄様と片時も離れていないイメージがある。兄様には別にエドモンドさんとずっと一緒ってイメージはないんだけどなぁ。
そんなことを思っていると、エドモンドさんは少し困ったように笑った。
「私も似たようなものです。今日も今日とて、アンドレ様の手足となり働いていたというのに、突然お暇を出されてしまいまして、全く、酷いお方ですよね」
「あはは、兄様もエドモンドさんのこと気遣ってるんだよ。エドモンドさんは兄様のためなら死んでも働きそうだし」
「それはもちろんですよ。私はアンドレ様の所有物ですので」
そうやって、冗談でもなくあっさり言えちゃうところが兄様にとっては複雑なところだと思うんだけどな。兄様は少なくともエドモンドさんのことを、自分の所有物だなんて思ってないだろう。だから、兄様の前でそんなことを言ってしまうと、さらにエドモンドさんに休憩を与えるようになってしまうような気がする。
まあその辺りは、ボクには介入できない何かがあるのだろうから、何も言わないでおくけれど。
そうは思いつつも、エドモンドさんの言葉を苦笑いで受け止めていると、エドモンドさんはボクの様子を別段気にすることなく、居住まいを正してから言った。
「ルミア様、もしよろしければ、この私をあなた様の話し相手にしてはいただけませんか。私の与太話にお付き合いいただく代わりに、退屈な時間を過ごさせないことを約束いたしましょう」
はっ、もしやエドモンドさん、ボクが何もすることがなく家中ぶらぶらしているのを察して……なんていい人なんだ。ラフィネだったら、ふーんじゃあね、ってもう立ち去っていた。さすがエドモンドさん。エドモンドさんも暇だったということもあるのだろうが、やっぱりこう言ってくれるのは嬉しいものである。
「うん、喜んで! 何のお話しする? 兄様の話とか、兄様の話とか?」
「ふふ、もしかして私のお話のストックがアンドレ様しかないとお考えですか?」
「うっ、それは……」
かなり痛いところをつかれてしまった。もちろん、エドモンドさんは他の話もできるとは思っているのだけれど、進んで話したいようなことは兄様のことについてだけだと思っている。くっ、ダメだ。誤魔化せる気がしない。ここは素直に謝るしかないか!
そう思った直後、エドモンドさんは少し意地が悪そうに笑った。
「その通りですよ」
「えっ、は、ええっ!?」
「残念ながら、私にはアンドレ様のお話しか思い浮かびません」
「そ、そっかー。エドモンドさんだもんねぇ」
正直に言うと、めちゃくちゃ焦ったよ、エドモンドさん。セザールさんが恐れるほどの怒りを体験をしてしまうのかと思って肝が冷えたよ。あー、ほっとした。怒られると思ってたからか、生きた心地がしなかった。
「ですので、ルミア様に何かお話ししたいことがあれば、遠慮なくお話しください。永遠にアンドレ様の話だなんて、いくらルミア様であっても退屈してしまうでしょう」
「うーん、そんなことはないと思うけどな……あっ」
そういえばエドモンドさんに、一つだけ聞きたいことがあったのを思い出した。ちょっとした好奇心程度だけど、ずっと気になっていたことだった。
「エドモンドさん、一ついいですか?」
「はい、何でしょうか」
「先生、ペネム先生はお友達なんですか?」
そう聞いた瞬間、エドモンドさんの笑顔が、ぴしりと凍りついたように見えた。それを見て、あれ? もしや聞いてはいけないことだったのか? と、ボクの頭は瞬時に考えることができてしまった。
慌てて前言撤回しようとするが、まばたきした直後にはもう、さっきのはボクの見間違いだったのかと思うくらい、きれいな表情をしていた。
「そうですね、古くからの知り合いとでも言いましょうか。最近はめっきり交流がなくなってしまいましたが……彼が何かおっしゃっていたのですか?」
「え、っと、はい、友達だと思ってるって言ってました」
うん、嘘は言ってない。先生は確かにそう言っていた。エドモンドさんがそう思ってるかはわからない、とも言っていたけれど。
今考えてみると、先生もとても言いにくそうだったし、こんなところで気軽に聞いちゃいけないことだったような気がしてきた。先生が語ってたエドモンドさんの人物像も、ちょっとボクの知ってるエドモンドさんとは違うみたいだったし、やっぱり聞いちゃダメだったんだよね!
「ご、ごめんなさい! この話はなしに……」
話を変えようと顔をあげて、エドモンドさんを見ると、エドモンドさんはぼんやりとした目で、ボクじゃない、どこか遠くを見つめていた。
「……エドモンドさん?」
「……っ、すみません。私としたことが、ぼうっとしていたようです。失礼なことではございますが、もう一度おっしゃっていただけると幸いです」
「あ、いや、何でもないよ! そうだ、兄様の話をしよう! 兄様はやっぱりちょっと抜けてるな、って思った瞬間を言い合おう」
「そうですね、これはつい先日の話になるのですが……」
よし、話を兄様のことに切り替えれたね。ひとまずこれで安心か。
しかし、エドモンドさんは何だか悲しそうな顔をしているように見えたな。あんな顔をするなんて、エドモンドさんと先生の間に何があったんだろうか。二人のことを聞く前よりも、もっと気になり初めてしまったが、きっと第三者が介入してはいけないことなんだろう、とはぼんやりわかる。
それなら何も聞かないでおこう。そう決心して、エドモンドさんとの兄様の話に集中していった。




