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まずは腹ごしらえから

 家に着くと、兄様とエドモンドさんがお出迎えをしてくれていた。


「ただいま、兄様」


「おかえり、ルミア。それにフランソワーズやラフィネも、卒業おめでとう。学園まで行ってやれなくてすまなかったな」


「いいよいいよ、兄様は忙しいんだし」


 確かに少し寂しくはあったが、フランもラフィネもいたし、兄様みたいな無自覚できらびやかな人が来たら、無駄に注目を集めてしまいそうだったから、ボク的にはプラスマイナスゼロと言った感じである。


「エドモンドさんも、ただいま。久しぶりだね」


「はい、お帰りなさいませ。お変わりないようで何よりです。

 ふふ、ルミア様、実はここだけの話なのですが、アンドレ様はルミア様がお帰りになるのを心待ちにしていたのですよ。先程もお帰りの知らせを聞いて、制止の声も聞かずに、すぐに玄関までいらっしゃって……」


 こっそりと、でも楽しそうにボクにそう語りかけてくるエドモンドさんに、兄様は少し拗ねたような声色で言った。


「それに関しては反省している。だから、そういうことを一々ルミアに言うのは止めろ」


「はい、申し訳ございません、アンドレ様。では、ベフトォンさん、セザールくん、皆様を中へ」


 エドモンドさんが自然な動作でそう促すと、イリスさんは深く頭を下げて、返事をした。


「かしこまりました。どうぞ、中へお上がりください。お部屋までお連れいたします」


 そう言って、しずしずと進んでいくイリスさんとは違い、セザールさんは騒がしくボクらに手を振った。


「はーい、皆さんついてきてくださいねー!」


 それはさながら、児童を引率する先生かのようであった。イリスさんにならまだしも、セザールさんに子供扱いされるのは何となく癪に障るが、今さら言っても改善の見込みはないので、何も言わないでおく。


 そう言えば、エドモンドさんはイリスさんのことはラストネームで呼ぶのに、セザールさんのことはそのままセザールさんなんだなぁ。というか、よく考えたらセザールさんのラストネームを知らないことに気づいた。

 でももう十年以上の付き合いなのに、フルネーム教えて言うのもどうなのだろうか。イリスさんの名前もエドモンドさんが呼んでたから知ってるだけで、本人から聞いた訳じゃないし、さすがのセザールさんでも、今さら自分のフルネーム知らないなんて言われたら、ほんのわずか数ミリくらいは傷つくかもしれない。ボクも多少悲しくなる。

 ……うん、今後、気になってもセザールさんには聞かないでいよう。知らないまま一生を終えよう。


 それはさておき、ダイニングルームに着くと、そこには、見慣れてしまった長い机に、所狭しと料理が並べられていた。


「あー! お帰りなさいっすー!」


 まさかの量に愕然としていると、エプロンをしたエドガーさんが、厨房の方から、とことこと歩いてきていた。戸惑ったように、ラフィネがエドガーさんに聞く。


「これ、もしかしてルドヴィンとエドガーだけで作ったの?」


 エドガーさんはそれに対して、笑顔で頷いた。


「そうっすよ~! といっても、おれはただのお手伝いくらいしかできてないっすけどね。いやー、ルドヴィン様がめちゃくちゃ張り切っちゃって、スーちゃんやルーちゃんも加えて、いーっぱい、食べてもらわないと困るっすよ! 後で頼んだっすよ、ルーちゃん!」


 セザールさんはエドガーさんの言葉に、何か言い返そうとしたが、エドガーさんは何か言われる前に、忙しいっすー、と厨房に戻っていってしまった。そして、エドガーさんと入れ替わるように、ルドヴィンが厨房から出てきた。いつぞやと同じく、割烹着に三角巾を着けている。


「おっ、帰ってたのか。悪いな、まだ途中だ」


「ええっ!? 嘘ですよね!? これで途中なんですか!? うええ……、おかしいですよ……」


 もう十分だと思えるほどの量なのに、まだこれ以上あるのか……。ちょっと張り切りすぎじゃないか? ルドヴィンと兄様の時も、エドガーさんとティチアーノさんの時も、こんなにも盛大には祝わなかっただろうに。

 もしや、仕事のストレスが料理の量に比例してしまったのだろうか。仕事が忙しかったら、料理にかけてる時間なんてないだろうしなぁ。くっ、それならたくさん食べてあげるしかない。


 ボクがそう思っている一方で、ルドヴィンはフランの言葉を聞いて、よくわからない、とでも言うように声を出した。


「何がおかしいんだ? まあいい、さっさと席につけ。一段落したら、オレとエドガーもすぐに来る。ああ、女中さん。あんたは運ぶのを手伝ってくれないか」


「承知いたしました」


 そうしてイリスさんは、ルドヴィンの後についていき、ボクらはセザールさんとエドモンドさんが促すままに席についた。目の前にはおびただしい量の料理が並んでいる。

 ルドヴィンは、レストランみたいな料理というよりは、家庭的な料理を結構出すので、名前がわからない料理というものはあまりない。けれど、色んな料理を作ってみたい、と言う気持ちが強いらしく、ボクが前世で食べた料理を、ボクの感想と、記憶から絞り出した絵を頼りに作ったりすることも多い。今日も、グラタンの横に煮物が並んでいたりしていて、何だかアンバランスだけれど、間違いなく美味しいからよしとする。


 イリスさんとエドガーさんが、さらに何度も食事を運んできて、最後にルドヴィンが三角巾と割烹着を脱いで席についた。こういう場でイリスさんたちが立ってるのは未だに心苦しくなる。それにエドガーさんも立つのか。ますます居心地が悪くなるのだが。この世界でずっと過ごし続けてても、慣れないことだ。


「さて、お前ら卒業おめでとう。さあ、たんと食え。話はそれからだ。エドガーたちも、今日はそんなところで突っ立ってなくていいから座れ。」


 ルドヴィンがそう言って、食事をとるよう促したので、皆でいただきますをしてから各々食べ始めた。エドガーさんを始め、イリスさんやセザールさん、エドモンドさんも、座るのを遠慮していたが、ルドヴィンに加え、兄様にも無理やり座らされていた。ボクとしても、そっちの方が嬉しいので、目で助けを求めてきたイリスさんには、何も言わずににっこりと微笑んでおいた。


 うん、やっぱりルドヴィンの料理はどれも美味しい。それに、ボクにとっては懐かしいものも多々あるから、それが嬉しく感じる。また食べられるなんて思ってもみなかった。皆にとっては未知の料理だから、最初は抵抗があったようだけれど、食べてみたら気に入ってくれたものもたくさんあったようで、今では普通に食べてくれている。


 ある程度お腹もふくれたところで、話を切り出すことにした。


「ルドヴィン、話って何?」


 そう疑問をぶつけつつも、大まかにはわかっているつもりだ。当然、ルドヴィンが王になる、そのための手助けの話だろう。


 ボクたちの準備は万端だ、と言ってもラフィネが首席で卒業したことくらいしか、準備と言える準備はないのだけれど。兄様の常人には理解できないであろう問題集をやりきって、見事ラフィネは優秀な成績を収めた。

 正直何かの力になれる気はしない、とラフィネは言っていたが、それを言ってしまえばボクの方が役に立たないだろう。政治に関しては全くわかってないし、カルティエ家としてなら兄様だけで十分すぎるほどの力になるだろう。できることと言えば、たった一つの特技と、兄様に限りなく劣る戦闘スキルくらいなのだけれど。


「そりゃあ、当然、今後オレたちがしなきゃいけないことについてだ。ここからが本番だからな。よし、アンドレ!」


「お前、説明を俺に投げるのをそろそろ止めろ」


 兄様はそう言いつつも、一つため息をついて、説明に入ってくれるようだった。きっと次にこういうことがあっても、説明してくれるんだろうな、と確信した。


「俺達がまずやることは、現時点で王位継承権二位の第一王女が起こした不祥事の証拠を盗み出すことだ。そのために、まずは隣国、ディゾルマジーアに向かう」


 ……まさか、遊びに行こうかと思っていた国に、すぐに行けることになるとは、思ってもみなかった。

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