卒業しました
あれから約二年。前世ではもらうことのなかった卒業証書を持ち、ボクらは三人並んで歩きながら、校門の近くまでいって、邪魔にならなそうなところで立ち止まった。すると、フランが感心したような声で話し出した。
「はえ~、長いようで短かったですねぇ。もう卒業なんて。入学式が昨日のことのように思えますよ」
「そう? 入学式の後も色々ありすぎて、僕にとってはむしろ、入学式がずっと昔のことのように感じるけど」
二人の異なった感想を聞いて、ボクも考えてみるが、フランの言うこともラフィネの言うことも、わかるような気がした。入学から卒業はあっという間でありつつ、生活の中身はぎゅっと詰められていたと思う。主に一年生の時に。
二年生の頃も、ルドヴィンがいなくなったことでエドガーさんが軽い……いや、結構重度のホームシックになったり、その反動でエドガーさんが一年生の教室によく来るようになったり、とにかくエドガーさん関連が忙しかった。他にもティチアーノさんの薬でちょっとした騒動が起こったりしたため、結果的に三年生が一番平和だったかもしれない。
ベルとは、彼女の言った通り不定期な手紙のやり取りをしていた。約一年前、未だにボクはよくわかっていないが、魔法の修行を終え、本当にどこかへ旅立ってしまったようだ。
それでも、意外とまめに手紙を書いて送ってくれるので、寂しさはあまりない。ボクからの手紙はもう届かなくなってしまったのが、少し切ないけれど、彼女の無事が確認できて何よりだ。
ベルの手紙のほとんどは、ボク宛だったが、ほんのたまーに、他の人宛のものがあった。ルドヴィンだったりフランだったり、おそらく全員分は書いたのだろう。それぞれに数の違いはあったが、これもけじめだったのかな。きちんと中身は読まずに、皆に渡しておいた。
そのお陰でフランもラフィネも、ベルのことを許してこそいないものの、嫌なイメージは払拭できたらしい。兄様やエドガーさんがどう思っているのかは未だにわからないけれど、多分、以前よりはよく思っているんじゃないだろうか。ルドヴィンはボクたちの事情を知っている分、すんなり受け入れてくれたのだが、さすがに全員に話すのはややこしいし、話す必要もない、と思う。簡単に受け入れられる話でもないしね、混乱させるくらいなら黙っておいた方がいい。
「そういえばこの後って、ルミアちゃんのお家でルドヴィン様が手料理を振る舞ってくれるんですよね?」
「うん、楽しみだね。最近ルドヴィン忙しくて中々会えなかったし、嬉しいなぁ。すごく久しぶりにルドヴィンの料理食べれるもんね!」
「それルドヴィンに会うのが嬉しいんじゃなくて、料理食べるのが嬉しいんじゃないの?」
「そうじゃない……って言いたいけど、まあそれもあるかな……」
ルドヴィンは卒業した時にはすでに外交官になっていたらしい。それを知ったときは、ただ外交のお手伝いをしているのかと思っていたのだが、どうやらその中でもトップの人だったようだ。
それはもうめちゃくちゃ驚いた。第二王子が何で外交官やってるのか全くわからなかったのだ。だが、ルドヴィン曰く必要なことだったらしく、ティチアーノさんがやってきていたのもルドヴィンのお陰だと言っていた。
そんなティチアーノさんも昨年、卒業してディゾルマジーアに戻っていってしまった。マタ機会があったらオアイシマショウ、と言い残して去っていってしまった。友好国なら遊びに行ってもそこまで危険はないだろうし、今度遊びに行ってみようかな?
と、話を戻そう。そんなこんなで、ルドヴィンは卒業して以来、とても忙しくしているらしかった。兄様も卒業後、ルドヴィンに城まで連れていかれ、ほぼ住み込みで働いている。兄様はとにかく仕事ができる人であることと、家での仕事は父様だけで回せることもあり、色々任されてしまうようで、中々帰って来てはくれなくなった。
だから、久しぶりに帰ってきたときには、できるだけ兄様に何かしようとするが、ボクの声を聞けるだけでいいと言われてしまうので、とにかく何でもいいから話している。はたしてボクの話を聞いてるだけで疲れが取れるのかが、ここ二年間の疑問であるが、少しでも席を外そうとすると、心なしかしょんぼりした雰囲気になるので、今でも現状維持のままである。
そういえば、兄様と言えば――。
「あ、ルミアちゃん! 来ましたよ!」
そう、フランの言葉が聞こえたので、考えるのをやめて、顔を上げると、イリスさんが駆け寄ってきていた。どうやらお迎えが来たようだ。イリスさんは傍まで来ると、深く頭を下げた。
「お待たせしました、皆様。今馬車の準備が……あら? セザールはいらっしゃらないのですか?」
「え? セザールさん?」
そういえばセザールさんは、卒業式が終わったらすぐ合流するって言ってたな。でも一度も顔を合わせた覚えがない。どうしたのだろうか。
そう思い、きょろきょろと回りを見渡そうとすると、突如、上から、どばっ、と大量の桜の花びらが落ちてきた。
「わっ!?」
「きゃあ!?」
「うわっ、何これ」
「ご無事ですか、皆様!」
イリスさんにも手伝ってもらって、ぱっぱっと花びらを払っていく。こんな局所に花びら落ちてくることってあるか? 桜に意思がないとありえないような気がするんだが。
ふと、イリスさんが上を見上げると、急にイリスさんは少し苛立ったような表情をした。
「……あなただったのね、セザール」
表情と同じく苛立ちを露にした声で、イリスさんはそう言った。それと同時にボクらの目の前に、上からセザールさんが降ってきた。
「あっはははははは! ご卒業おめでとうございまーす! これは俺からのセルフ桜吹雪ですよー!」
「いや、桜吹雪っていうか、桜の土砂崩れっていう感じでしょ。花びらも、量ありすぎると重いだけだから」
ラフィネがそう言うも、セザールさんはさぞ楽しそうに笑うだけだった。正直ボクも、土砂崩れの方があっているように思える。なぜこんなことに最善を尽くしてしまったんだろうか。
「お褒めに預り光栄でっす! いやー、本当は当初の予定通り、卒業後に連続技を披露しながら合流するはずだったんですけど、やっぱり卒業感あった方がいいかなと思いまして! 式から今までずっと花びらを集め続け、イリスさんが見えた瞬間にスタンバっておきました!」
おきました!じゃないんだが。いや、でも人前で連続技披露される方が恥ずかしいだろうし、こっちの方がましか……? うーん、どっちもどっちだろうか。
セザールさんがイリスさんに叩かれるのを見ながら、そんなことを思っていると、イリスさんは、こほん、と咳払いをしてから言った。
「それでは、そろそろ出発いたしましょうか。もう皆様お待ちになられています」
「よーし、忘れ物ないですか? 特にルミア様とかしそうですし」
「しないよ!」
大きい荷物は先に送ってもらったし、ちゃんといつものネックレスはつけてる。ボクの手荷物は……なぜかセザールさんが持ってる。うん、大丈夫だ。寮でも確認したし、忘れ物はない。
「それじゃあ行きましょう、ルミアちゃん! ごちそう、何がありますかねー」
「食い意地張って、僕らの分まで食べないでよ?」
「た、食べないよ!」
ボクを何だと思ってるんだ!と、ラフィネに文句を言いながら、校門から出ていく。入学当時は、死なないか怯えていたこともあったが、今は微塵も思っていない。
思えば楽しい思い出ばかりだった。さようなら、スフェール学園。




