夢は現実になりえない(後編)
オレはおとなしく、城へと連行された。背負った子供も連れて帰るよう伝えると、迎えの人間は渋い顔をしたが、反抗される方が面倒だと考えたのか、何も言わずに承諾した。
オレは帰るとまず王の間に通された。これで王と会うのは二度目だったが、一度目は怒りで大暴れしたせいか、全く覚えていなかった。実質、これが初めての対談のようなものだった。
王から言われたことは、くだらないことばかりだった。王族としての自覚を持てだの、体裁を考えろだの、外見だけを気にしたようなことばかりを、くどくどと説教された。
何が悲しくて、世話もろくにしてくれない父親面の男に、こんな時ばかり煩く言われなきゃいけないのか。そもそもお前の無責任のせいでオレの人生散々なのに、お前に言われる筋合いはない、と色々考えていると、以前のように怒りが蓄積していって、最終的には啖呵を切っていた。
『偉そうな口叩いてんじゃねえよ! そもそもお前が何の介入もしてこなけりゃ誰もお前の子だなんて気づかなかったんだから、放っておけばよかっただろ! 勝手に人の人生ねじ曲げといて、オレが思い通りにならない責任をオレに押し付けるな!』
それだけ言って、オレは誰の制止も聞かないまま、王の間を出た。今だったらあんなことしないだろうが、あの時のオレは母が亡くなった事実を知った直後で、心に余裕がなかったから、仕方ないと言えば仕方ないことだっただろう。
慌ててオレを追いかけてきた、王にへこへこしてるだけの世話係たちに、できるだけ感情を押し殺した声で告げた。
『向こうに使っていない別館があっただろう。あそこを寄越せ。オレは今日からそこに住む』
何とか止めようとしてくる世話係たちを振り切って、オレは最低限の荷物と、自分の部屋に転がしておいた子供を背負うと、古びた別館に自分の部屋を移した。どうやら王には好きにさせておけ、と言われたのか、世話係は焦ったような素振りをしていたが、元の部屋に戻そうなんてしなかった。
子供を、屋敷の中に運び入れた上質なベッドに寝かせて、見よう見まねでスープを作り、傍らに置いておく。そうしてすぐに、子供が目を覚ましそうになったから、急いで「お食べください」と文字を書いて、身を隠した。
……よく考えたら、身を隠す必要なくないか? 何してんだろうな、当時のオレ。警戒してたにしてもあいつ相手に警戒する必要ないだろ、って今だから言えることか。
まあいい。その子供、その時オレが名付けたエドガー・スーブニールという少年に、オレは一つの希望を見いだした。あの路地から連れてきたのはオレの勝手だったが、エドガーに嫌がる素振りは見られなかった。オレが連れてきてしまったからには、守ってやらなきゃならない。
だからオレは、エドガーのために生きることにしたのだ。母を失ってしまったせいでなくした生きる意味を、エドガーに見出だしたのだ。そして、身分なんてものに振り回されない世の中を作りたい、とそう願い始めた。
そのために王になろうと思い至ったはいいが、現実はそう甘くない。正式な王の子供がいるのに、オレみたいな奴がなるのは不可能なことである。そう薄々思いつつも、エドガーに話してみると、やはりそういう反応だった。
あの頃にはもうエドガーは、城でのオレの立場を完全に把握していた。まだエドガーは今のように多くは語らなかったが、無理だって思ったことくらいはわかっていた。
正直、エドガーは全く悪くない。オレも心のどっかで無理だって思ってたわけだしな。ちょっとは拗ねてたかもしれないが、どちらかと言えば仕方ないって気持ちの方が強かった。
だが、それを簡単に認めたくなくて、周りの連中もエドガーも見返すために、ただ必死に口先を動かしていたら、オレを初めて肯定したのが軽蔑していたお姫様だったとは、今でも驚きだ。単純に馬鹿だったのかもしれないが、そういうわけでもなさそうだし、何よりオレはあいつのお陰で救われたから、よしとする。
あの一件から、オレはがむしゃらにやるんじゃあなく、方向性を決めてから、じっくりと王の座を狙うことにした。他を蹴落とすんじゃあなく、まず信用を勝ち得る方向へと変えたのだ。
そのためにオレはこの国の王子として、隣国の王子と謁見し、友好関係を築いた。ディゾルマジーアの言葉を勉強し、外交上も信頼のおける国だと認められるよう、オレが先頭に立ち、見事、荒れ果てた国交の回復を果たした。エドガーの見た目を変えたのも、向こうの印象をよくするためだ。
言っちゃ悪いが、あんな見た目の奴が王子の付き人だったら、良い風には見えないからな。あの見た目、実はオレも気に入ってたんだがな、仕方ないと思って受け入れてほしかった。まあフランソワーズ嬢のお陰で、いとも簡単に了承を得られたから楽だったけどな!
と、これらの結果が、ティチアーノの我が国への留学だ。ティチアーノは向こうにとっても大事な存在だから、何か問題があったら一気に関係は崩れ去る。ひやひやしていたところはあったが、大きな事件というのもルミアが標的だったから、無事に留学を完遂できたと言えよう。
……おそらく、あいつがいなければオレは、こんなことをするに至ってすらいないのだろう。今でこそ昔の話だと言えるが、当時のオレは母を亡くしたショックと、エドガーの表情を見た時の落胆から立ち直れていなくて、エドガーの言葉にも耳を貸さず、周りの連中や、見る度に幸せそうな表情をするアンドレに苛立ちと憎しみを感じていただけだった。
もしもあのままだったら、オレは今でもあんな奴だったのか、なんて、思うこともあるが、今のオレでは想像もつかない。だが、あんな気持ちのままで生きていったのなら、きっとオレは、最後には母のように潰れてしまっていただろう。
そう考えると、ルミアがソラでよかった、と思える。あの話を聞いた時は、信じると言った後でもどこか夢のような話に感じたが、二年も経つと案外すんなり受け入れられるものだな。あれからあいつは、たまに昔の話をしたがって、それを聞いていたせいで、ずいぶん身近なもののように思えるようになってしまった。
そのままのルミアだったら、まず知ることはなかったことや、考えることのなかったことばかりを、あいつは教えてくれた。あいつにその気がなくとも、オレはあいつに、新しい世界を見せてもらえた。それに、あいつがいなければ、オレたちがここまで全員一緒にいられたかもわからない。だから、あいつがルミアとして生まれてきてくれて、本当によかった。
それならオレはもうこれ以上を、あいつに望めない。王になることの手助けはしてもらうが、あいつ自身を求めることは強欲だ。あの二人にそうする気がないのにオレが、と言うのもどうかと思うのに加えて、フォンダートにあの時言われた言葉も気になる。あいつ自身も望むならまだしも、オレだけの気持ちを押し付けることはできない。
「ああ、でももし、あいつと並んでここに来られたなら、」
オレは誰よりも幸福な気持ちで、あなたたちの前に立てるのだろうか。
「るど、外交官様ー!」
よく聞くでかい声に、はっ、と顔をあげると、向こうからエドガーが走ってきていた。オレを探していたのか。
「エドガー、別にここでは名前でいいぞ」
「ええっ!? そうなんすか!? もう、それならそうと先に言っておいてほしいっすよ~」
エドガーの驚いた声が、近くにいたせいかビリビリと耳に響く。人が回りにいる時は聞き取りにくいくらい小さい声で話すくせに、こいつは零か百しかないのか?
「って、そうじゃないっす! もう少しゆっくりしてもらいたいのは山々なんすけど、そろそろ次の予定があるっすから……」
「もうそんな時間か。今行く」
なぜかあわあわしながら歩いていくエドガーの背中を眺めた。ああ、あの時の子供はもうこんなに大きくなったのか。こいつを拾おうと思ったのは、紛れもなく彼の言葉のお陰だった。オレの人生は全て、誰かのお陰で成り立ってきたのだと、ようやく気づけた。
「またな、母さん、バオさん」
エドガーには聞こえないくらいの声で、二つの墓に向かってそう声をかけた。
オレが昔見た夢は、オレが母さんを救えない夢だった。そして、その夢は今、相手が母さんではなく、ルミアになってしまっている。プールで見えたあいつ姿が、夢の中の母さんと酷似していたからだろう。……そう思いたい。だが、もしもあれが正夢となるのなら、正夢になる前に、今度はオレがあいつを救わなければ。




