誤解は解けてしまうもの
「君の一連の動作と見た目見て思ってたんだけど、君絶対日中は外で駆け回るタイプでしょ? だからやっぱり吸水速乾性のある服がいいよね。その服を見る限り流行りは気にしないだろうから、無難なデザインのものにしてみた。大丈夫、耐久性も申し分ないから、暴れてもちょっとやそっとじゃ破れる心配はないし、木登りの練習もいくらだってしていいよ。あ、でも合わせるパンツも大事だよね。この辺りの伸縮性が特に重視されたものが君にぴったりだと思うんだけど、どの色がいい?」
ラフィネは一息にそう言った。……言えない、こんなにも嬉々としてボクに服を選んでくれているのに、今更ボクは女なんだとは言えない。
そういえばそうだった。ボクの見た目ってどう見ても男の子に見えるんだった。髪型も然り、服装も然り、肌の色も貴族はもちろん、平民の女の子でもそうそういないくらいに焼けている。見た目だけで言うなら空き地を駆け回るやんちゃな男の子だ。
どうしてそれを忘れていたんだろう。思えば名前についての質問から違和感はあったじゃないか。ラフィネはボクが男の子だと思ったから、女の子らしいルミアという名前に違和感を抱いていたんだ。気に入ってるのかという質問はおそらく『君は男だけどその女の子っぽい名前で嫌じゃないの?』という疑問から出たものだった。ああ、それだと納得がいく。
「色は……派手じゃない色ならどれでもいいかな」
うーん、でもよく考えたら今は困った状況ではなくないか? 例え男物とは言えボク好みの服だから着れないことはないし、男の子だと間違われていることもこの格好でこの年ならよくあることだろう。昔も間違われたことあるし、特には気にしていない。
問題はおすすめされている服を買ってもらうにあたって、兄様がどんな顔をするかという点があげられる。兄様と言えどもボクが男物の服を着ることに抵抗を感じるかもしれない。どんな姿でもかわいいとは言ってくれているけど、いつもかわいい妹って言ってるからなぁ、完全に女の子扱いだ。さっきかわいい服ばっかり着せてきたし。
「派手じゃない……グレーか茶色か、ならルミアには灰色かな。あ、でもハーフパンツならベージュも似合うかも。グレーよりも汚れは目立つけど総合的なバランスで言えばこっちの方がしっくりくるし……。それならカーキも捨てがたい」
ラフィネは何やらぶつぶつ呟きながら、やがて納得がいったかのように顔をあげ、選んだ服を手渡してきた。もしかして着ろということか。今日だけで一生分の試着したと思ってたけど、まさかまた着ることになるとは。まあでも着ないとどんな感じかわからないから、当然と言われれば当然なのだけども。
「試着室こっちね、早く早く」
ラフィネはボクを急かすように、背中を押す勢いで試着室に押し入れた。有無を言わせない感じが自由に生きている子供っぽくて、兄様を見てきた身としては新鮮だ。タイプがまるで違う。でも大体の子供はどちらかと言うとラフィネ寄りだろう。つまり兄様がおかしい。大人っぽすぎる。
さて、ラフィネが待っているので急いで着替えて鏡で確認してみると、感想としてはボクめちゃくちゃ似合ってるじゃん、だった。これはどこからどう見ても立派な少年である。正直似合いすぎて逆に引いた。父様もとうとう昇天なさってしまうかもしれない。買っちゃダメだろうか。結構かっこよくて気に入ってしまったんだが。
あ、さっき着てた服のポケットにハンカチ入ってたの忘れてた。これは入れ替えとこう。知らないうちに落としてたら困るし。
「ねえ、着替えれた?」
試着室の外からそう声が聞こえてきた。言わずもがなラフィネである。ボクはすぐにカーテンを開けると、正面に立っていたラフィネと目が合った。ラフィネはボクを上から下までじっと見た後、うん、と満足気に笑った。
「思った通り似合ってる。かっこよくなった」
かっこよくなった、と言うのはボクがより男前になってしまったと言っているのと同義だが、そう言われて悪い気はしない。むしろかわいいかわいいと愛でられるよりも嬉しいような気もする。かわいいと言われるのは嬉しいと言うよりもなんとなく恥ずかしい。言われ慣れてないからだろうか。
「ふふん、そうだろ~」
「何で君が自慢気なの。僕が選んだんだからね」
そう言ってラフィネは少しむっとした表情を作った。ラフィネはクールな感じだけど、まだ幼いからか一つ一つの表情がかわいいので、かっこよさ的に言えばボクが勝ってるな、うん。覆されないようにしなければ。
そういえば、と思い、くるくる回ってみたり、ぴょんぴょん飛んでみたりしてみる。何だかラフィネが引いたような顔をしているが、これは大事なことだぞ。そんな目で見るな。
「確かに動きやすいね、この服。さっきまでのと着心地も違う」
ボクがさっき着ていた服も動きやすい部類に入っていたのだけれど、この服とは全く違う。基本的に貴族の人が買うような服は材質はいいんだけど、スポーツ用でもデザインも重視されているところがあるので、完全に機能性に片寄らせることはほとんどない。稀にあるのかもしれないけど、貴族で運動を毎日するなんて人はほぼいないに等しいらしい(イリスさん談)ので、良質な運動着は貴族に用意されていない、とボクは思っている。
「そうでしょ? うちはお客様のニーズに合ったものをできるだけ安い値段で提供するようにしてるからね。どう? 気に入った?」
「すっごい気に入った。最高だね、この服。ボクが求めてたやつだ」
「へへ、服もそう言ってくれる人に着てもらえて喜んでるよ」
ラフィネは嬉しそうに笑いながらそう言った。そんなことを言われたのは初めてで、言葉の魔力というものか、もうこの服を脱ぎたくなくなってしまった。大人が言うとこれは褒め方がうまいな、とか、商売上手だな、とか考えてしまうけれど、ラフィネの場合はほぼ確実に本音で言っているからちゃんと喜べる。まあ着てるのは男物なんだけど、それでも嬉しいものは嬉しい。
「ルミアって何歳?」
「ボク? 六歳だよ」
「じゃあ僕と同い年なんだ。意外だな」
意外ってどういう意味なんだ。自分よりバカっぽいから年下だとでも思っていたのだろうか。それは心外である。
ボクがそんなことを思っていたのが顔に出ていたのか、ラフィネは違う違う、と楽しそうに笑った。
「僕の話、真面目に聞いててくれたから、ちょっと年上かと思ってたんだ。この年くらいの子だと服に無頓着な子ばっかりだし、あんまり年上すぎるとガキの話なんて聞かないから、僕より二、三歳くらい上かなって。いくら君が僕よりバカっぽくてもそれだけで年下だろうとは判断しないよ」
「なるほど……あれ、ボクのことバカって言ったよね」
「さあ? しーらない」
ぐぬぬ、こいつ。やっぱりそう思ってたんじゃないか。確かに木登りしようとして落ちたり、兄様の特徴について全然ちゃんとしたこと言えなかったり、ラフィネの前では間抜けたことばっかりやってたけど。本気のボクはこんなものではないというか……うん、やめておこう。
「ルミアって面白いね。……ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
ラフィネがそう言ったとき、ガラガラと扉が開く音と一緒に、ただいまー、と言う女性の声がした。
ラフィネが母さんだ、と呟いて、扉の方へと歩いていった。ボクもそれに続くと、ふいにラフィネがぴたっと目の前で止まった。
「おかえり、母さ……」
向こうにラフィネのお母さんがいるようだが、ラフィネと回りにある服が邪魔して見えない。ぬう、挨拶したいのに。
「ラフィネ、早速で悪いんだけど迷子の子を探してくれない? この貴族のお兄さんの妹さんなんだけど」
ちょっと服を掻き分けさせてもらって……、よっと、見えた。あれがお母さんか、きれいというよりはかわいい感じで、ラフィネとよく似ている。ラフィネはお母さん似なんだなぁ。……ん? 後ろに誰かいるような……。
「はい、お手数をおかけしてすみません。ルミアという名前なのですが……」
「えっ、兄様!?」
「ルミア!」
ラフィネのお母さんの後ろにいたのはなんと兄様だった。なんたる偶然、この広い城下町でこんなことあるのか。それともボクが思っているよりもせまいのだろうか。はぐれてしまったときの兄様がそのままそこに立っていた。
「あら、その子、お兄さんの妹さん? 確かに聞いていた特徴と一緒ですねぇ」
「はい! 本当にかわいい妹で……。無事でよかった。うん? なんで男物の服着てるんだ?」
そこでボクはハッ、とラフィネのことを思い出して振り返った。案の定、ラフィネは目の前の状況を見て混乱しているように見えた。
「妹? それに……貴族?」
……無理もないが、どうやらラフィネはボクのことを平民の男の子だと思っていたようだ。そして今、ラフィネのボクへの誤解が一気に解けてしまった瞬間だった。




