ボクの人生リスタート
最後に見たのは友人の驚いた表情だった。二人で帰り道を歩いていたとき、急にボクらの方にトラックが突っ込んできたのを見て咄嗟にボクは友人を力一杯押し退けたのだ。その後感じた衝撃とともに視界が霞んでいくのを感じて、他人事のように死ぬんだな、とぼんやり思った。今はその感じに似ている。
ボクは知らないうちに次の人生をスタートしていたのか、と頭痛で意識が消えかけていく中、思った。
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目を覚ますと見慣れない、いや見慣れては居るのだけど今はなんだか落ち着かない自分の部屋のベッドにいた。やっぱりか、と小さく声に出してつぶやいて体を起こした。
一度整理をしよう。確かボクは普通の女子高生で毎日鬼ごっこしたりリレーをしたりキャッチボールしたり……とにかく走り回っていた。そしてボクの記憶が正しければ恐らく下校中にあえなく死んでしまったはずである。
だけど今のボクはルミア・カルティエ。どうやらお嬢様のようだ。「ボク」のことを思い出す前は6歳という若さにも拘わらずたまにドラマで見る偉ぶった感じの女の子だった。つい先日やってきた義理の兄にも『没落貴族ごときが気安く話しかけないでくださいませ』って遠ざけていた。ボクが言ったわけではないのだけれどルミアが言ったことだし、彼にはきちんと謝らなくては。なんて謝ろう。
じゃなかった。死んで転生したというだけの話ならわかる。生まれ変わったらカバになりたいという夢は叶わなかったがそんなことは別にいい。自分のことながら何を思って小学校の卒業アルバムにそう書いたかわからないんだ。気になるのはこの状況である。なにか引っかかるんだ。ボクはそれを考えるべく、ベッドから下りて鏡の前まで行くと自分の顔を鏡でじっと見た。
「うーん、やっぱりこの顔、どこかで見たことあるような……」
「お嬢様、失礼します」
鏡を見ながら記憶を探っていると扉が開いてメイドのイリスさんが入ってきた。メイドって本当に存在したんだなあと思う反面、今のボクというか前世のボクよりも年上の彼女を以前のように顎で使うのは気が引けた。きっと倒れたあとの対処も彼女がやってくれたのだろう。それにしても寝ている間もノックして声をかけてから入ってくるというのは流石メイドさんと言うべきか。ボクなら相手が寝ていると思っていたら普通に入ってしまう。……ボクがやれないだけで普通に皆ノックしてから入るのだろうか。
「お気づきになられていたのですね。お身体の具合はいかがでしょうか」
「はい、もうすっかり元気になりました。お気遣いいただきありがとうございます」
ボクがそう返事をするとイリスさんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。……そういえば記憶を思い出す?取り戻す?前は敬語じゃなかったんだっけ。でも思い出してしまったからには以前のようになんて振る舞えなくなってしまったから、ひとまずこれで慣れてもらいたいのだけれど。
「……お嬢様、お疲れのようですね。なにかほしいものはございますか?」
反応から察するにまだ病気だと思われたようだ。ここでいやいや自分でやります!なんて言い出したら医者につれていかれそうなので流石に言わないでおく。
「ではお水を一杯いただけますか」
「はい?」
「あっ、いえ、アイスティーをください!」
「……畏まりました」
危ない危ない。貴族は水飲まないんだっけ。水が汚いって訳ではないのだけれど、貴族は紅茶とかコーヒーとかそういうものしか飲まないらしい。好きなんだけどなあ、水。運動した後よく飲んでたし。あくまで水は貴族にとっては鑑賞用もしくは調理過程で使うものという認識で、水そのままを口につけることはほとんどあり得ないという領域に近い。という世界なのだとこの6年で学んだ。ただの小さな女の子だったときの記憶が残っててよかった。
数分してイリスさんがアイスティーを持ってやってきて、これを飲んだら今日はもうお休みくださいと言い残して出ていった。それを見送った後、アイスティーを一口飲んで、またボクことルミア・カルティエについて考え始める。どこで聞いたんだったか。ボクの記憶が聞き覚えがあると言っているのだから前世のボクがどこかで聞いていたことがあるのかもしれない。
ボクの一日を思い出してみよう。まず朝はギリギリの時間に起きて身だしなみを申し訳程度に整えて、お母さんに怒られながら朝食を済ませ、遅刻するかしないかの時間に走って登校する。うん、毎朝こんな感じだった。ちなみにいつも間に合ってはいた。ギリギリだったけど。それで普通に授業を受けて、放課やお昼は友人と……ん?
「そういえばなにかやってたような……」
何かのゲームだったはずだ。ボクが死ぬちょっと前からずっとそれにはまってて、一緒にいるときはいつもうるさいくらいに語ってきていた。何だったかな……。 一度気になりだすとずっともやもやしてしまう。
あ、そういえばゲームのパッケージを見せてもらったような気がする。それなら思い出せるかもしれない! そう思い至るとボクは机に向かいペンを持って集中し始めた。
実はボクには一つ特技がある。それは記憶の中のものをまるで写真のように描くことができるというものだ。集中することで記憶を鮮明に思い出して、それを切り取ったかのような絵を描くことができる、唯一自慢できる特技だ。元々絵は下手なのだけれど、模写は得意みたいなものだろうか。とにかくこの特技を使って友人がやっていたゲームのパッケージを描き、思い出してみることにしよう。
……どのくらい経ったのだろうか。気がついたときには一枚の絵がそこに描かれていた。描いている数分の間の記憶は全くなく、ほとんど無意識のうちに描いているようだが、意識が戻ったときには頭も身体もどっと疲れが出ている。さらに6歳児の身体にはその負担も大きく、まるで学校のマラソン大会を全力疾走した直後みたいになってしまっている。
まあそれはおいといて、今はこの絵だ。それはゲームのパッケージの表面のようである。男の子三人が大きく描かれていて、その前には女の子が一人立っている。それを見てボクは完全に何のゲームだったかを思い出した。
『Give Love To Me』という乙女ゲーム。タイトルが斬新というか直球というか、ボクには何も響かないのだけれど友人曰く、女の子にすごく人気があったゲームらしい。主人公の女の子、えーと、ベルだったかな、心優しくかわいらしい少女のベルがかっこいい男の子たちと恋愛するゲームだ。その男の子達がこのパッケージの三人なのだろう。確か友人は中央の男の子が好きだっただろうか。あれ?右の人だったかな?いろいろ好きって言ってたから一番好きなのが誰かわからなくなってるな。というか攻略対象?っていうんだっけ。四人だったような気がするけど気のせいだろうか。
絵をあれこれ見ていると隅の方に小さく女の子が描いてあった。それを見た途端、ボクの記憶の中に友人の言葉がよぎった。
『はー、またこいつかよ。さっさと断罪イベントでいなくなれっつーの。そんで死ね』
……ああ、そうだった。友人は言っていた。こういう乙女ゲームには悪役令嬢というものが存在すると。主人公に多大な嫌がらせを行い、最後にはそれ相応の報いを受けて社会的、あるいは物理的に死ぬのだと。そしてこのゲームの悪役令嬢は、ボクことルミア・カルティエだ。
「……嘘でしょ……」
生きてく前からボクの運命決まってるってこと?しかもどう足掻いても高校生で死ぬ?……ありえない。前も高校生で死んだのに二度もそんな若くして死ねるか!って言っても運命を変えるなんて、それこそゲームの内容を知ってれば簡単にできるかもしれないけど……なんでやらなかったんだ前世のボク!やってたらなにか変えられたのかもしれないのに!いや、前世のボクを責めたってどうしようもないよな……この状況、どうすればいいんだ。
氷が溶けて薄くなったアイスティーを飲み干してぐるぐると考えながらボクはベッドにダイブした。