龍壱 1
「もう、うちの主君はめんどいわ。」
「愛華、何があったの?」
「もうね、ことある毎に私に向かって『ユニコーンが似合う女を連れてこい!』と言うの!ほんとにウザイ。」
「へぇ、貴族の男って面倒ね。自分たちは白拍子と遊んでいるのに。」
「いや、違うの。逆よ、逆!」
「え?まさか、聖母マリアの処女懐胎を信じているとか?」
「そうそう!サメと結婚して子供が生まれると思い込んでる感じ!」
「アハハハ、それは面白いわね。」
「なんか、もう、色々雑な扱いを受けているし、色々愚痴が――」
「フフフ、貴女も運のない女ね?」
「え?」
「今の会話、全て録音しているわ。貴族社会の裏話が聴けると思ったけど、愛華の話の方が想像以上に面白そうね。これを龍壱さんだっけ?愛華の主君に売り渡そ、っと!」
「ちょっと!何してるの?消してよ!」
「はいは~い、ちょっとユニコーンと一緒に龍壱さんの家に行こうかしら?」
「え?」
「私は愛華と違って貞操守ってるの。仲間だと思ってた?残念でした~!」
と、いう訳で、家人の愛華が私の悪口を言っている録音データがやって来た。
自分の屋敷の応接間でため息をつきながら、私は言う。
「種明かしが速すぎるな。愛華の話をもっと聞きだしてから持ってきてくれたらよかったのに。」
「それは流石に愛華が可哀想だと思って。」
目の前にいるのは愛華と学校が同級生だったとか言う賤民女の古海だ。ちなみに、賤民というのは差別ではなく亜種ぐらいの違いがある存在である。
この世界の人間は「貴族」「良民」「賤民」という3つの亜種が存在する。貴族は神通力を持っている。賤民は他者に隷属する本能を持っており、愛華のような家人も賤民が就任する。
「まさか、愛華には黒い交際とかあるのか?」
「もしある、と知ってしまったら愛華を罷免しないといけないわね?」
「君、賤民なのに初対面の貴族の男に対してえらい馴れ馴れしいなぁ。」
「あら、ハニートラップとでも思った?」
「いや、そんな女だとユニコーンは懐かないだろ。君の性格だな。」
「御明察。ただ単に、傷物の女でも雇ってくれる貴族だと余程肝要だと思っただけよ。」
「あれはなぁ、代々我が家の家人の家柄だから雇ってるだけだ。」
「傷物、って単語を使うことには特に違和感はないのね?」
「そりゃ、傷物は傷物だから・・・・って、まさか、録音してないか?」
「気付くの遅いわ。マスコミにばらされたくなければ私も雇って?」
「判った、判った。雇うのは簡単だが、仕事はしてくれよ。」
「愛華がやってる仕事?」
「愛華を俺が罷免しないことは、判ってるくせに。」
「そうよね。じゃあ、何をさせられるの?」
「あんたが内部告発をしない程度には無茶をしてもらうよ。」
古海がドキッとした表情になった。
さて、いよいよ愛華を呼び出すときである。愛華の携帯に電話する。
「おい、愛華。今すぐ俺の部屋に来い。」
『ただ今、ユニコーンの世話をしております。』
「そうか、ユニコーンと遊びたいならばそれでもいいぞ?」
『すみません!冗談です!』
「じゃあ、来い。」
『どこに?』
「応接間だ。」
喉が渇いた。一々使用人を呼ぶのも面倒だから机の上にあるペットボトルに入っているオレンジジュースをコップに注ぐ。
一杯飲んでみると足りなかったから二杯目を注いだ。直ぐに飲むのもあれなので携帯を確認するが、誰からも連絡が来ていない。
鮎奈とのSMSも見てみたが、相変わらずだ。ここ一カ月以上、連絡がない。そのことを思い出すとやけになってジュースを飲んだ。三杯目をコップに注いでまた飲む。
「おい、愛華!遅い!喉が渇いた、お茶をたくさん持ってこい!」
『あ、はい!すみません!』
愛華が私の機嫌の悪さを察知したようだ。それから数分して愛華がお茶をもって部屋に入ってきた。
「遅い!今度遅れたらユニコーンの世話係を命ずるぞ!」
「それだけは止めてください!殺されてしまいます!」
「それじゃあ、君を解雇して再就職先に白拍子でも斡旋しようか?」
「ええと、給与はどれぐらいで?」
「う~ん、相場はだいたい・・・って、マジかよ!」
「あ、冗談でしたか?」
「当たり前だろ、さすがに先祖代々この家に仕えていた家人の一族の女を白拍子にさせる訳がないだろ。」
「だって、白拍子って憧れません?」
「憧れない。あんなのに憧れる人間がいるから世の中が乱れるんだ。」
「それなら歩き巫女の仕事を斡旋してください!」
「いかがわしさが倍増じゃないか!」
「花魁もやりたいなぁ~。」
「あんたが花魁をしたら遊郭にユニコーンを連れて行ってやるよ。」
「止めてください!店が破壊されます!」
「判っているのならバカなことを考えるな。」
「はい。」
「ところで、私は古海とか言う女を新しく雇うことにしたよ。」
「えええええええええ!?なんであんな腹黒女を!」
「私は面白い人間が好きだからな。じゃないととっくに君をクビにしている。」
「それはそうですね。」
「他人のユニコーンを勝手に連れ出して自分の家にお持ち帰りする女性なんか、最高に好きだ。もう大好き!結婚したい!」
「・・・鮎奈様ですね。」
「ロンはいつになったら俺の下に帰って来るんだ・・・。」
ロンは私に仕えるユニコーンである。ユニコーンは人間並みの知能を持つが、ユニコーンと会話ができるのは神通力を持っている貴族だけである。
「きっと、ロンさんも鮎奈様が好きなんでしょうね。」
「何!論が鮎奈さんと結婚だと!?」
「いや、さすがにユニコーンと結婚はあり得ませんから。」
「あり得る!あり得る!あれだけ男を振りまくってきたあの女、本命は人間じゃなかったのか!」
「すみません、ムーンライトノベルに出てきそうなヤバいのを連想してしまいました。」
「そうか。私は我が国の昔話を思い出していた。」
「ああ、そう言えばサメが人間の子供を産んだ話とかありましたよね。」
「いや、大蛇の子供を産んだ女性の話。」
「何ですか、そのマニアックな話は!」
「いや、『今昔物語』にはこの類の話がよくある。」
「ええと、とりあえず、このやり取りを鮎奈様に報告しましょうか?鮎奈様が大蛇と何をすると?」
「やめてくれ!まず、この俺が想像したくない!」
「とりあえず、ユニコーンと鮎奈様の結婚は大蛇と交わるのと同じぐらいあり得ません!」
「鮎奈さんだと大蛇とプラトニックな交際ならばあり得る。」
「それ、鮎奈様が聴くと殺されると思います。」
「ええと、何の話だったけ?」
「それは私が教えていただきたいことです。」
「思い出した。鮎奈さんの家に電話を63回かける作戦だ。」
「職員室の連絡簿を盗むおつもりですか?」
「それは窃盗罪だな。だから、鮎奈に鮎奈に鮎奈!」
「大丈夫ですか?ちなみに、精神状態が異常な状態での指示に従う義務はありませんので。」
「私は正常だ!鮎を食べたい!」
「貴族はみんなヸーガンのはずですが。」
「ふふふ、鮎奈さんに振られた腹いせに鮎を殺して焼いて食うのだ。」
神通力のある貴族は動物の声を聴くことが出来るから基本は菜食なのだが、鮎奈さんに振られたことを想うと、鮎が悲鳴を上げている声を聞くことは寧ろ清々しいものだ。
「鮎奈様はこんな男を振って正解でしたね。」
「鮎奈さんの周囲からは常に男性の匂いがするからな。」
「男性の匂いがするのにユニコーンに好かれるって、なんか矛盾していますね。」
「ユニコーンは貞操さえ守っていればどんな女性でも良い。」
「ニュータイプかどうかは判断しないのですか?」
「そう簡単に変身されてたまるものか。」
「それはそうですね。ロンさんが鮎奈様の下で変身しているとすれば・・・。」
「何に変身するの?」
「彼氏さんとか?」
「それだよ、それ。それを危惧しているんだ。」
「ここまでの無駄に長い、長い、長い、長~いやり取りの結果から、だいたい話の要件は判りました。」
「なんだ?」
「要するに、鮎奈様に彼氏がいるのかどうかを古海に調査させ、その結果を基に鮎奈様を男性から如何に隔離するかの計画を立てている感じですね?」
「いや、違う。鮎奈さんが俺と結婚するように誘導する計画だ。」
「一緒ですね。」
「それで、本当に鮎奈様と結婚する気なのですか?」
「結婚したいに決まっているだろ。」
「したい、ということではなく。本当に、そういう叶わぬ夢を追いかけたいのですか?」
愛華が鋭いことを言ってきた。
私と鮎奈さんは兄鳧と緒荷神の関係である。霊的な姉弟であるがゆえに、決して夫婦になることはない、そういう関係だ。
「やってみないと、判らない。」
私の口から出てきたのは、この言葉だった。
「鮎奈さんだけが大好きなんだ。大好きなんだよ、他の女性のことなんかどうでも良くなるぐらいに。」