第八話「王女と干物と刃向かう者」
前回のあらすじ:王女が巨大羆と頂上決戦を繰り広げた。
……驚いた。あれで死んでなかったとは。
額に魔剣型の疵痕を残し、目を回したまま動かない羆を前に思わず唸る。
私はあれから元居た方の岸に降り立ち、橋を渡って崖を通過していた。
何故そこに降りたかと言えば、魔剣をぶつけた反動で弾き飛ばされたからだ。
安全に着地するにはなんやかんやあったが、お陰で崖底に戻らずに済んでいた。
……そう、私は魔剣から"反動"を受けていた。
"その超常的な重量が動かされなければ生じないはず"の反動を。
魔剣の重量を押し返せる力などこの世に存在しない。では何故反動が生じたか?
単純な話、"力"ではなく"硬さ"で押し返されたのだ。羆の頭の硬さに、だ。
最低でもオリハルコン、下手すりゃアダマント並に頑丈な頭骨だったのだろう。
流石、森の王。生物の常識が全く通じない。まあ肉は普通の熊肉だったけど。
しかし、殺し損ねたのはちょっと厄介だな。目を覚ましたらまた襲ってきそう。
だったらさっさとトドメ刺すべきなんだけど……こうなるとやりたくないなあ。
さっきまで必死だったから気にしなかったが、この手の魔物は殺すとヤバイ。
こいつは確実に生態系の頂点。それを失った環境は災害が起きやすいらしい。
ドラゴン退治の話を聞く度に近衛騎士が常々語っていたからよく覚えている。
となると、殺すのは無しだから……後ろ足の腱でも切っておくか。
あんまり深くしないよう、ゆっくり押し当てて……よし、無事切り裂けた。
これで起きたりはしなかったけど、結構血が出るなあ。見てるだけで痛いや。
止血に回復ポーション、化膿止めに解毒ポーションぶっかけて、と……
よし、これでバッチリ。追っては来られないけどそのうち治るだろう。
まさか非常時用のハイポーションをこういう形で使うとは思わなかった。
そんじゃまあ、やること済んだしさっさと目的地に向かおうか!
ちゃんと困難乗り越えて辿り着いたんだから褒めてくれるかな?
ああ、彼と話するのが今から楽しみだ!
***
『―――ああ、判ったよ。よく判ったよ。こんのしょうがない奴め。
船は明朝までには着く。それまでしっかり反省していなさい。判った?』
了解しました、私の婚約者様。本当に申し訳ございませんでした。
指輪が指し示す彼の位置。その方角に向けてドゲザしながら報告を終えた。
あれから私は、本当に何事もなく目的地に辿り着いていた。
山腹からちょこっと飛び出た高台。頂上にぽつんと生えた「エヴァスの木」
この周辺だけ人為的に均されて、平地となっている。ここに飛空船が来るのだ。
その周りは普通に「黒の森」が広がっているが、停泊に問題はなさそうである。
ん? さっきのドゲザって何だって? 東方に伝わる最大級の謝罪の作法だよ。
何で謝ってるのかって? そりゃ朝方に交わした言いつけ破ったからだよ。
"危ないと思ったら無理せず元の場所戻るように"っていう言いつけをな……
そして、危ないと気付かず無理したバカかつアホかつマヌケが私です。
彼はちゃんと私の愚行を先読みして注意してくれてたのに、本当に私はもう……
だが、あとはもうこの場所で待つだけだ。流石にもう問題は起きんだろう。
飛空船に保護されて、彼の元まで運ばれて、正式に庇護を受ける。
それで私の旅は終わりだ。その後のことは全て彼の国に任せれば良い。
なんやかんやあるだろうが、お隣は立派な国だから悪いようにならないはずだ。
元々する予定だった併合は早まるだろうが、特に混乱も起きないだろう。
まあ、反乱した奴がどう動くか判らんが、私の知ったこっちゃない。
粘って抵抗してもいいし、手回し万全でしれっと生き延びてもいい。
好きにしなさいな。
……それでいいのかって? 良いんだよ。私は王族なんだから。
そりゃ城と街焼かれたのは恨んでるけどね、だからどうしようってのはないよ。
復讐とか敵討ちとか、んなもん私の立場でやるこっちゃないよ。
ともかく生き延びて、自分の価値を守る。それが私の義務だ。
王家の血には価値がある。だから今こうして私の身一つで隣国を動かせている。
我が国の全てを握る者の証明。それがこの血に流れているからな。
故に王族と王家に帰依する者はその血を絶やさず、守る義務がある。
だからこそ城の者は命懸けで私を守ったのだ。
他に理由があろうとなかろうと、それが根本だ。それこそが最大の理由だ。
彼らが義務守って死んだのに、私が義務を等閑にするとか、そらないよ。
まあ、その割には危険なことばかりしてた気もするが……それは置いとこう。
とにかく私は生き延びて彼と添い遂げ、王権渡してうちの国に便宜図って貰う。
そして私を守った者達の遺族が補償を得て、燃えた街も再建される。
それこそが私の成すべきことで、それだけが私に出来る、民への償いだ。
そんなわけで復讐なんて余計な争いをする余裕は無いし、彼に頼む気もない。
後処理ぶん投げてる国に「あいつだけは絶対殺して」とか頼むのも図々しいし。
……というかエルフすら殺すの嫌がった甘ちゃんには手に負えん案件でもある。
だから謀反人とは正直関わり合いたくもない。
「私の知らないところで処刑決まったら良いなあ」ぐらいの心境だ。
話がどう転ぼうと奴と私は顔を合わせることすらないだろう。
そのはずだ。
***
そのはずだったんだけどなあ。
『これはこれは王女殿下、ご無沙汰しております……探しましたよぉ?』
高台の更に上から、拡声器で広げられた声が降ってくる。
その声に籠もるは手間をかけさせられた苛立ちと、上位に立った者の優越感。
それらを綯い交ぜにした響きが「闇の大山脈」に降り注いでいた。
……まさか、反乱の張本人が自分からやってくるとは思わなかったわ。
奴は空を飛ぶ魔道具に乗ってやって来ていた。
ただの魔道具ではない、近年開発されたばかりの新技術を使った魔道具だ。
それは、一言で言うならば"馬の居ない馬車"であった。
数は大きい物が一つに小さい物が三つ。全部で四両の編成だ。
大きい方が指揮車兼輸送車で、小さい方がその護衛と言ったところだろう。
大きい物は全長が巨大羆と同じぐらい、普通の羆の十倍ほどの箱馬車だ。
ただ、全長の半分は前後に伸びる轅によるもので、本体はさほど大きくない。
中に乗れそうなのは三十から五十人ってところか。奴は間違いなくここに居る。
小さい方はあれだ、所謂戦車。我が国風に言えば戦馬車って奴だ。
ティーカップみたいな車に兵士が三人ずつ乗っている。
側面からカサゴの胸鰭みたいな翼が、地面に対し垂直に生えているのが独特だ。
だが、何よりも独特なのは本来馬が居るべき轅に繋がれた"風車"だろう。
大型には前後に二つ、小型には一つだが普通の馬車とは前後逆に繋がれている。
魔法の力で高速回転するそれは天を仰ぎ、地に向けて風を送っている。
その力で一箇所に浮き続けられるそれを私達はこう呼ぶ……
「回転翼機」と。
けどさあ、それ軍事開発はまだしてなかったよね? 何? 勝手にやってたの?
んなこと出来るのは貴族しか居ない。というか紋章あるから間違いないな。
でかでかと見せびらかしてるそれのお陰で謀反人の正体もよく判った。
うん、判った。判りはした。知ってる奴でもある。あるんだが……
なんでこいつが??? 地味な奴すぎて理由が分からん。
ご無沙汰してるって言ってたけどマジでご無沙汰だよ。新年の挨拶ぶりか?
と言うかそれ以外で顔合わせた覚えないな。なんかの話題に上った覚えも無い。
爵位は高いけど真面目だけが取り柄の大人しい奴ってことしか覚えてないわ。
あと父様からのあだ名が柑橘類系だった気がする。具体的に何かは忘れた。
それ以外で因縁とか事件とかも無かったし……いや、本当に何で反乱したの?
いや待て、実のところまだ本人は明言してない。勘違いかもしれない。
ちょい聞いてみるか。ええっと背嚢から拡声器出して、と。本当何でもあるな。
おーい、あんさん何しに来たのー? その登場の仕方は謀反人っぽいぞーっと。
私はこれから彼と逢い引きだが、供回りは要らんからとっとと帰りなさいなー。
『……話に聞いたとおり、軽いというか型破りな御方ですなあ。
生憎ですがお察しの通り故に、隣国に行かせるわけにはなりません。
私と共に国に戻るか、ここで死ぬか。選んでいただきます』
はい、クロかくてーい。いや判りきってたけどね。聞くまでもなかったけどね。
ただ実はさっきからこっそり指輪で彼に声送ってるからね。言質が欲しかった。
私に対する明確な殺意。これでこいつが潰されるのは確定した。ざまあみろ。
それにしてもさっきの直接口に出した訳じゃないのに型破りとか大げさな……
内容同じなだけで応答はちゃんと王族らしかったでしょうが。
話でしか私のこと知らないやつはこれだから困る。
まあいいや。取り敢えず後はだらだらお喋りして時間稼ぐか。
おーい、なんでお前はここが判ったんですかーっと。
『ええ、まあ。私もこんな所に殿下が来ているとは思わなかったのですがね……
何分殿下は派手に動いていましたからなあ?
部下が不審な轟音を辿ってみれば、巨大な羆が宙を舞っていたのです。
それで気付かない方がおかしいでしょう?』
ご尤もすぎてグウの音も出ねえ。
だからってこんな早く追いつけるとは思わなかったわー。
それってやっぱりその見たことない回転翼機のお陰かーい? っと。
『ふふふ……天空戦馬車と呼んで戴きましょうか。
飛空船より速く飛び、騎竜兵よりも多くの物資を運べて滞空も自在。
素晴らしい兵器ですよ。
さっさと軍用に転化しなかった陛下は先見の明が足りないと言わざるを得ない』
……いや、父様はんなこと普通に判ってたよ?
ただ、自分より金持ちの国と併合間近なのに自主開発する必要ないだろ。
それで戦う気かと疑われて、痛くもない腹探られたら困るし。
だから併合後まで延期してただけだろ。
……おい、まさかそれが謀反の理由じゃあるまいな?
『流石にそんな訳がないでしょう。ちゃんとした理由が他にありますよ』
―――それは、何?
あっいっけね。思わず素で聞いちゃった。
聞くと色々拗らせそうだし、あまり聞きたくなかったんだがな……
まともに答えるとも思えないし、下手すりゃ即殺すってなる可能性もあったし。
やばい、失敗した。でも吐いた唾は飲み込めん。聞こう。
『私が謀反を起こした理由ですか、それは―――』
それは?
『―――殿下には関係ないことです。知る必要はないでしょう』
………………………………は?
こいつ、何言って、え? 関係ない? 答えたくないとかでなくて関係ない??
関係がない?????
いや、早計はいかん。ただ単に誤魔化してるだけかもしれん。
答える気がないから関係ないでお茶を濁す。至極自然な言い回しだ。
うん、そうだろう。そう考える方が妥当だ。そうに決まっている。
危ない危ない。危うく、短気起こすとこだった。
『殿下は陛下を討った際に出た、ただの"取りこぼし"です。
既に大勢は決しており、今更無駄に引っかき回すべきではありません。
大人しくしていれば無体な扱いはしません故、余分なことは知らずとも宜しい』
……言っちゃったよ。言い切っちゃったよ。この莫迦。
無関係だ? 無駄だ? 余分なことだ??????
巫山戯るな。その"ただの取りこぼし"がどうして生じたか判ってないのか。
私と共に育ち、私と背格好が似ているからと、誤って射られた侍女。
その死に動揺し、硬直してた私を突き飛ばし、魔法で氷漬けにされた執事長。
再び立ち上がった私が惑わぬよう、魔法を使いすぎて砂と化した宮廷魔術師。
それでも迫る軍勢に立ちはだかり、本来は蹴散らせる相手に討たれた近衛騎士。
そして"私が生きている"という事実のために、最期まで逃げなかった兵士達。
全てはその成果だ。私の生存は彼らが義務を果たした、その結果だ。
その全てが無駄で、余分だったとでも言う気なのか。言う気なんだろうな。
私は王族だから、私を蔑ろにするとは、そういうことだ。
だからそんな、ぞんざいな言い様したわけか。
へえー。
ふーん。
ほーう。
そうなんだー。
よく判ったよ。
私は魔剣を構え、空を見上げる。
私を、私と共にあらゆる者を、見下した。そのことに気づきもしない愚か者。
奴がどんな理由で狂行に走ったか、そんなのは最早どうでも良い。
ああ、全てがどうでも良い。唯一つを除いては。
「お前の言い分は判った。
ならばアンファング国王アフリムが娘、アナリザが告げる。
―――お前はこの世のゴミだ。消え失せろ」
第九話「王女と干物と空往く車」につづく
尚、明日は二話更新です。
九話は二十時~二十一時、十話は二十一時~二十二時を予定しております。
明日の更新で完結です。
最後までお付き合いの程をお願いします。




