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第一話「王女と干物と反乱」

 とんでもないことだよ。


 どうしてこんな事になってしまったのか……

 私は王女なんだぞ?


 本当にとんでもないことだよ。



 暗い暗い森の中。一人愚痴りながら蹲る。

 地べたに直接座るなんてはしたない。そう叱ってくれる者は誰も居ない。

 泣きじゃくる私の顔を嘲笑う者も、頭を撫でて慰めてくれる者も居ない。

 私の周囲には誰も居ない。独りぼっちだ。


 繰り返すが私は王女なのだ。この国で一番偉い人の娘なのだ。

 さっきまでそうだったし、今も変わらないはずだ。


 だけど、私は一人きりになった。なってしまったのだ。


 「どうして」なんて言ったが、本当は原因だって判っている。

 反乱が起きたのだ。


 首謀者が誰なのかとか、何故起きたのかとか、そんなのは知らない。

 判るのは私が真夜中に水をぶっかけられてたたき起こされたこと。

 それをやったのが普段は鷹揚な侍女で、かけられたのが花瓶の水だったこと。

 彼女が思わずそんな凶行に及ぶほど突発的で、深刻な事態が起きてたこと。

 それを証明するように窓の外、王城の庭では既に父様が吊られていたこと。


 その程度だ。私には私の目に見える範囲でしか事態が判らなかった。


 ただ、父様を取り囲んでいた人混みから反乱の規模は何となく判る。

 多分恐らく軍の一部か若しくは貴族の仕業……じゃないかなあ? と思う。

 とりあえず民衆まで巻き込んだ感じじゃないことは判る。きっとそうだろう。

 正直自信はないがそういうことにしておく。いや絶対そうに違いない。


 少なくとも配下の者が総出で反旗を翻したわけではないことだけは確実だ。

 ……何故なら、私を逃がすために多くの者が死んだからだ。


 私に花瓶の水を浴びせ、この足がすくまぬよう私の手を引いてくれた侍女。

 戸惑う私を叱咤し、平常心を取り戻すよう勉めてくれた執事長。

 魔法で攪乱しつつ、なるべく敵の居ない逃走経路に導いてくれた宮廷魔術師。

 常に殿に立ち、最期の最後まで矢玉を受け続けてくれた近衛騎士。

 そして反逆者を少しでも抑えようと、必死に戦っていた兵士達。


 彼らが居てくれたから、私は助かった。

 無事に秘密の脱出路を通り、城外の森まで逃げてくることが出来たのだ。


 みんな私を庇って討たれたため、ここまで一緒に来られた者は居なかったが……

 それでも私は彼らの顔を決して忘れない。記憶力だけは自信があるんだ。

 いつか落ち着いた頃に彼らを讃える胸像を街に建てよう。

 何なら私が意匠を施してもいい。私の絵を見た者はみな笑顔になっていたしな。

 ……いや、今思うとあの顔は苦笑いだった気がする。素直に専門家に任せるか。


 ともかく彼らのためにも、後のことを考えるためにも、生き延びねばならない。

 その当てはちゃんとあるのだから。


 そう、私には向かうべき目的地がある。それはお隣の友好国だ。


 そこの第一王子は私の婚約者なのだ。彼を頼れば何とかなるはずだ。


 こういう状況だと「彼も本当に頼れるのか?」と疑問に思われるかもしれない。

 だが心配無用。彼は信頼できる。彼だけはいくらでも頼れるという確信がある。

 何故なら彼と私は幼馴染みだからだ。物心ついた頃にはもう大の仲良しだった。


 故に互いが互いを良く知り尽くしているし、互いが互いを想い合っている。


 親が決めた婚姻ではあるがちゃんとした恋仲なのだ。どうだ、羨ましかろう。

 また、彼の国は私の国よりも強大であり、うちなんか軽くひねり潰せる。

 国として敵対するにしても反乱なんぞに関与せず、正攻法で充分なのだ。


 というか私が嫁いだらうちは彼の国に併合される手筈になっている。

 なので国益から見ても、王家が滅んでその話が無しになる方が不利益な筈だ。


 よってあらゆる観点から見ても彼は私の味方である。

 故に頼るったら頼る。そう決めた。異論は認めない。認めてなるものか。

 彼の元に辿り着けば助かる。これはもう決定事項だと断言させて貰おう。


 ただ、問題があるとすればその「辿り着けば」が難題であることだろう。


 何せ今の私には護衛どころか供回りの一人もついていない。

 一応、身の回りのことは出来るようにしてあるが、身の守りには不安がある。

 それは追っ手に対してだけでなく、目の前に聳え立つ"あれ"に対しても、だ。


 我が国……いやこの大陸屈指の危険地帯。恐ろしき怪物犇めく大魔境。

 その内に眠る富を餌に、数多の冒険者を呼び寄せ飲み込んできた死の山。


 通称「闇の大山脈」


 こいつを越えなければ彼の元には辿り着けない。


 え? 何? 「何でそんなところ通るんだ。普通の道で行け」って?

 駄目駄目。他のルートは使い物にならないよ。少なくとも今この時は。


 言い忘れてたけどこの土地は山芋みたいに細長い半島、その中程なのよ。

 「闇の大山脈」はその半島を根元から先端まで分断するように走ってるの。

 それで私の国と彼の国はお隣だけど「闇の大山脈」挟んだ向かい側な訳。


 要するに「闇の大山脈」通るのが一番近道なのだ。

 まあ、一番危険な道でもあるけど。


 回り道という手も有るが、アレは長すぎるから私の足じゃまず無理だろう。

 いや、本当言うと体力には自信あるんだけど、やっぱり追われてる身だからね?

 絶対追いつかれるし、道中の宿とか関所とか間違いなく敵が抑えてるわ。

 同じ理由で普段使ってる空路と海路も無理。船乗る前に絶対捕まっちゃうよ。


 そんなわけで、どう足掻こうと山越えしないと私は助からないのだ。

 成功したら国営冒険者ギルドから第一級冒険者に認定されるよ! やったね!


 ……うん、大丈夫大丈夫。私はまだ正気だ。冷静だ。そうに違いない。

 どう考えても無謀だが、私なら成し遂げられる。その筈である。


 何せ私は王族だ。こんな時のための切り札ぐらいある。

 そう、我が国が誇る究極の国宝が! 王族が王族たる権威の象徴が!



 ―――その名も魔剣「巨人の干物」



 ……変な名前だと思うかも知れないが、正式名称である。

 そして、これ以上ないほどこの"魔剣の性質"を正しく表した名前でもある。


 こいつの見た目自体はただの"やたら馬鹿でかい両手剣"だ。

 その全長は"十代前()半にし()ては小()柄な女()"を一人半を並べたのと等しいほど長い。

 おまけに幅が広いので、立ったままでも全身を隠す盾としても使える。

 そんな邪魔くさい大きさを誇る代物だが、名前の由来はその誇りすら霞ませる。


 何せこいつの中には本当に"巨人"が封印されているのだ。


 伝承に曰く、"大昔に大陸中で大暴れしていた伝説の大怪物"という話だが……

 その身の丈は今私の行く手を遮る「闇の大山脈」 それより大きいというのだ。

 具体的にどのくらいかって、山脈を跨いで横断できるほどだったとか。

 なんだそりゃ巫山戯てるのか。現実味という物がまるで無い。だが史実だ。


 その巨人を"物理的に丸ごと詰め込んだ"のがこの剣なのである。


 いくら何でも詰まる訳がないという抗議はご尤もだが、魔剣とはそういう物だ。

 ただ魔剣といえど生物を生きたまま保存するのは無理だ。そこまで凄くはない。

 故に巨人はとっくの昔に死んでるし、死体も腐敗を通り越して乾涸らびている。


 故に"巨人の干物"である。えげつねえ。


 そんな代物なので重量に関しては訳が判らないほど重い。と言うか全重不明だ。

 重すぎて測れる秤がないどころか、置いただけであらゆる物を破壊するからな。

 何せオリハルコンの台座に落としたらゼリーに針を落とすように刺さってたし。

 父様がやったときは本当に驚いたし、自分でやったときも心底驚いたものだ。


 え? 何でそんなアホみたいに重い物をお前は持ち運べてるのかって?

 それもまたそういう魔剣だからだよ。王族にはちっとも重くないんだよ。



 そう、私は"巨人の重さ"を持つ魔剣を、"羽の軽さ"で自由に振り回せるのだ!



 即ちそれは、振るうだけで全てを破壊する最強の武器に等しい。

 故に追っ手が来ようが、魔物が来ようが、何が来ようが全て薙ぎ払える!

 つまり私は無敵! やったぜ! 最早「闇の大山脈」なんて攻略したも当然だ!



 ……いや、本当にそうかなあ?



 改めて考えるとこんなだんびら一本でこの先生き残れるか甚だ疑問である。

 何故ならばこいつは王権誇示用の国宝であって、本来武器ではないからだ。


 毎年、お祭りで民衆に見せびらかして「これが抜けたら王族入り」とか煽る。

 屈強な男が何人も挑んで断念した後に、王族が引き抜いて権威を証明する。

 そういうのが本来の用途なのだ。

 私がやったときは特に見栄えが良かったらしく、民衆は大喜びだったもんだ。


 なので私はこいつを武器としてぶん回したことは一度としてない。


 一応、私も我が国最強の近衛騎士に護身術として剣術を習ってはいる。

 だが彼女からは「大成はしないが感覚はいい」程度の評価を頂いてしまった。

 それすら普通の剣での話なのに、こいつは癖のありすぎる魔剣である。


 ……果たして本当に武器として使えるのだろうか?

 正直不安になってきた。


 ここは一つ、ちょっと試し切りとかしてみよう。


 幸いここは深い森の中だ。巻藁代わりに使える樹木は沢山生えている。

 いや普通はこんな大木を試し切りに使わないよ? でも魔剣だからね?

 トレントでもユグドラシルでもない凡樹ぐらい楽々斬り伏せてくれないと困る。


 と言うか出来ないと許さん。こいつを持ち出すためにやたら遠回りしたんだ。

 本来は寧ろ余程の事態であっても、動かすことならぬ代物だったのに。

 城に放置しても奪われるとか壊されるとか、物理的に不可能な代物なのに。

 それでも、みんなが必要だと言うから回収したが……

 そのせいで出た犠牲もあったんだ。


 特に剣の師匠と引き替えにした意味のある剣だったのか。

 絶対証明して貰わねばならん。




 まあ、そんなわけで、だ!


 目につく範囲で一番太い木よ!


 食らえ!!




 ………………


 …………


 ……




 っっっっっっっっっっぶな!? 危なすぎるよ馬鹿!!




 いやこれ想定外すぎるよ……いくら何でも破壊力ありすぎる。

 斬れたなんて話じゃない。断面消し飛んだわ。幹の一部がごっそり消失したわ。

 多分これ、断面繋ぎ合わせても元より西瓜二個分は短くなったんじゃない?


 ってか割と緩く振ったのに破壊音でかすぎるよ!! パァンって鳴ったよ!?


 多分これ弾けた破片の音だよね!? もうほぼ木屑だけどそれの音だよね!?

 "音を超えた速度で物が動くとこんな音が鳴る"って宮廷魔術師が言ってたよ!?

 木屑なのにまるで砲弾じゃねえか!! それが当たった木までズタボロだよ!!

 と言うかその木、たった今折れちゃったよ!? バキバキ音立てて倒れたよ!?

 この音も結構派手に響いてるよ!! 騒音だらけだよ!!



 こんな目立つ音立てた場所にとどまれるか! 急いで逃げるわ!!



 ……こんな調子で私、大丈夫なのかしら?

 胃が痛いわ。

第二話「王女と干物と岩砕き」に続く


この物語は全十話を予定しております(完成済)

また、本日三話まで更新予定です。二話更新は二十二時頃の予定です。

よろしくお願いします。

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