ある偽冒険者の蛮勇①
『
ガイア大陸、エルト山脈以東に広がる大樹海、通称「大森林」。
大森林は、ドワーフの国、ド・ドン帝国と、魔人の国、エリエント王国との中間に位置し、歴史上どの国の領土にも属さず、政治的空白地帯として、双方の国の緩衝材的な役割を担っている。
大森林には、もっと重要な役割がある。その1つは、付近に存在するダンジョンに住む魔物だけが落とす、通称「コイン」という魔法物質が要因だ。
大森林周辺にはいくつかの、ダンジョンと呼ばれる地下建造物がある。その成立は、アリスティア法王国が所蔵する、世界最古の叙事詩「アリスティア幻想詩集」にも、それを指すと思われる「迷宮」という言葉が登場するだけで、その詳細はいまだ確定されていない。
広さは正確にはわかっていないが、最小のダンジョンとされる『洞窟』の最奥地までは、冒険者の足で1週間はかかるとされている。
『魔界』と呼ばれるダンジョンは、ちょうどエリエント王国との国境にあり、唯一、国が入り口を管理しているダンジョンである。
未だ最奥地とされる場所も特定されていない。噂では、あまりにも広大なために、宿泊施設が完備され、1つの街を形成しているとも聞く。
それを証明するかのように、入場者と退場者では、常に数が合わず、年々その差は広がっているという。つまり、ダンジョン内で生きていくことを決めたものがいるらしいということだ。
ダンジョンから齎されるコインは、この大陸に属する国々、ひいては文明と呼ばれるものの、基盤をなしている。
今、私がつけている服にも、20%ほど、その素材としてコインが使われている。魔法物質であるコインは、様々な魔法と相性がよく、その内在された魔素に働きかけることで、様々な能力が付与される。
例えば「“自動回復”」「“自動修繕”」「“自動浄化”」は、長くダンジョンに潜るものにとって、もっとも基本的な付与効果だ。もっとも、日常生活の上では、「“自動修繕”」「“自動浄化”」のみで十分だ。
武具や服飾品だけではない。
コインを酸性の水で溶かし、魔素を抽出することで、様々な魔法製品を使うエネルギーとなる。
今、手元を照らしている、燃料なしで使える「在魔燈」、コインを原動力として走る「魔動車」、内蔵した魔素によって魔法の維持を代行する「バッテリー」など、枚挙に暇がない。
このように、コインの有用性が証明され、様々なもの自動化や魔法製品の普及によってもたらされた産業革命は、我が国、ダスティア共和国だけでなく、この大陸に広がる全ての国に、その恩恵を与えている。そのため、各国の協定により、『魔界』以外のダンジョンは、各国の共同財産として位置付けられている。
ダンジョンに無限に湧くと考えられる魔物たちから生み出されるコインを集める職業を「冒険者」といい、
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「ポス、何やってんだ?」
「何やってんだって、あんた、『迷宮学』のレポート、今日の授業で課題になってたじゃん」
「やってらんねぇよ、そんなの。しかも提出は夏休みのあとだぜ?まだ3カ月もあるじゃねぇか。
俺はもう、剣で生きていくと決めたんだ・・・。」
「今の時代、剣だけじゃ、生きていけないよ、ダン。
私みたいに頭も使わなきゃ」
「おう、だから、お前を頼りにしてるんじゃねぇか。俺は剣、お前は頭。な?」
「・・・もう、都合のいいことばっかり。ばか。」
「だから、そうだって言ってんだろ~」
ダスティア共和国の中心部、各国からの優秀な留学生が集う「共和国立ダスティア大学」。各国各地に大学はあるが、ガイア大陸有数の名門校だ。
昼食時は、人があふれかえる食堂も、昼下がりともなると、そのピークを過ぎて、談笑に花を咲かせる講師陣や、筆記具を片手に頭を抱える学士が、ポツポツと島を作っているだけだ。
眼鏡をかけた、いかにも優等生タイプ、もっというなら学級委員タイプの女性の名は、ポスティア。
そして仲睦まじげに話しかけている男。いかにもヤンチャな、もっというならヤンキーの風体をした、この男の名はダン。見てくれからは想像も出来ないが『曲がったことが大嫌い』『正義漢』を体現したような男として、大学では名を馳せている。
二人とも成績は指折りの実力者であり、こと戦闘においては、タッグ戦負けなしという記録を打ち立てている。卒業の年であり、目下様々な機関からの勧誘を受けている。
「ねぇ、私、ダンジョンに行ってみたいの」
「ダンジョン!?藪から棒に、どうしたんだ」
「今ね、私が書いてるレポートで、冒険者を扱おうと思ってるんだけど、その実地調査に行きたいの」
「お前も、俺より馬鹿なことを言いだすことがあるんだな」
「馬鹿とは何よ!私は魔法学の研究所に行きたいし、技術基盤であるコインを得るということが、どんなに至難なものなのか、それも実際に体験したいのよ!」
「それにしたって、冒険者の手記なんて、図書館に大量に・・・」
「だーかーらー、実際に体験したいの!付いてきてくれるの?くれないの!?」
「わ、わかったよ、行くよ、行ってやるよ。ただな、本当に危険なんだぞ?」
「だから、ダンに頼んでんじゃない」
「・・・おう。いいぜ、わかった。ポスは、俺が守ってやるよ」
「・・・なんだかんだ、頼りにしてるんだからね」
青春はいつだって無謀だ。それが若さの特権でもある。しかし、盲目な恋が危険であるように、やはり無謀な行いには危険が伴う。
二人は、目的地を最小のダンジョンと言われる『洞窟』に決めて、その一週間後に旅立った。
ダスティア共和国から大森林までは約3週間。
長距離魔動バスに乗り、アリメント協商連合国を横切る、大陸横断鉄道に乗り継ぎ、エルト山脈とガンガルド火山に挟まれた人魔大道を抜けると、その終着駅である、「東人魔大道」に着く。
そこから舗道された道を、馬に乗って移動すること6時間、『洞窟』最寄りの村についた。
名前はない、なぜならこの村は冒険者達が勝手に作り上げた村であり、ただ「村」と呼ばれるからだ。
大森林が政治的空白地帯であることから、各国は黙認している。
しかし「ギルド」と呼ばれる自治組織が、この村を統括しており、比較的治安は悪くない。
町は活気にあふれ、冒険者や普通の町人だけでなく、中には魔人も散見される。魔人とは、人型の魔物の総称であり、一見して人間と区別がつかない種族も存在する。
冒険者と名乗るには、この「ギルド」が発行する、「蘇り」を付与された指輪が必要とされる。
「ダメなもんはダメだ!さっさと帰りやがれ!」
「そこをなんとか、な?俺たちは、ダス大でも5本の指に入る実力者なんて言われるんだぜ?頼むよ~」
「そうじゃねぇって言ってんだろ?年齢が25を超えるまでは、冒険者になれねぇんだって。ほら、帰った帰った。」
「ケチ!ハゲ!」
ギルドの本部から出てきたのは、捨て台詞を吐くダンと、その手を引いて周りにペコペコと謝罪をしまくるポスティアである。
「ほんとごめん、盲点だったの。知らなかった、っていうか、どの本にもそんなこと、書いてなかったわ・・・」
「あのおっちゃんも言ってただろ、つい最近決まったって。コインの供給がどうの、需要がどうのって。はぁ、まぁ気にすんな。
エリエント王国まで、そんな遠くないし、名物の温泉にでも入りに行こうぜ。
なんてったって、ガンガルド火山のお膝元だ」
「・・・うん。わかった。でも、入り口だけでも見に行かない?そしたら諦めるから」
「・・・仕方ねぇな。まぁ、ここまで来たし、記念にな。
けど、エリエントの温泉に着いたら、しっかり俺の背中、流してもらうぞ」
「わ、わかったわよ。約束する。ほら、まずは市場で準備しに行こ!」
その日は村に泊まり、翌朝村を探索した後、夕方ごろに出発した。
指輪を持たず、ダンジョンに向かうことの恐ろしさにきづけなかったのは、二人の絆があまりに強く、そして実際に、ある程度の実力者同士であったからだろう。
二人でいれば、何でもできる。日常生活においては、必要なその信頼関係も、こと冒険者としてはあまりに浅はかで、未熟だったかもしれない。
ダンジョンまでの道はある程度舗装されているが、ダンジョンに滞在する冒険者は、ふつう徒歩で向かう。なぜなら、一度ダンジョンに潜ると、少なくとも一週間は戻ってこないからである。
二人も冒険者に倣い、徒歩で向かう。早朝から出発しても、夕方にはダンジョンにつくが、夕方に出発した二人は、計画通り、ダンジョン付近で野宿の準備を始めた。
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ダンジョンに無限に湧くと考えられる魔物たちから生み出されるコインを集める職業を「冒険者」といい、言わずとしれた無法者達だ。
しかし、法に縛られず、金さえ支払えば、なんでもやるということから、その存在は国を超え、重宝されているそうだ。
その強さを生かして、傭兵として雇われることもある。
冒険者はまず、幾人かのパーティを結成し、ダンジョンに向かう。
ダンジョンから出てしまうと、コインの魔素半減期は1日、半減期を1週間に伸ばせる空間魔法の使い手は必須である。高度な魔法であるため、空間魔法の使い手は引く手数多とのことだ。
戦闘職である戦士、拳闘士をはじめ、後方支援である魔術師、ヒーラー、ダンジョンのトラップ対策に盗賊職と、5、6人でパーティを組むのが普通だ。
ダンジョンは複雑に入り組んでおり、また定期的に構造の変化がある。魔法的な現象だと推察されているが、未だ解明できていない現代の謎とされている。
ダンジョンの魔物が落とすコインの量は、そのパラメータやレベルと相関関係にあり、ダンジョンバットなどの低級の魔物は2~3枚、スライムなどの中級になると5~100枚と、幅が大きい。さらに上級の魔物になると、10000枚を超えることもあるらしい。
種族値とでもいうのか、種族ごとにコイン含有量がある程度決まっており、レベルによってコインが追加されるようだ。
そもそも、魔物を倒すことで、コインが生まれる構造は未だ解明されておらず、これもまた、現代の謎とされている。
しかしこれを解明しようとする科学者が「現代の錬金術師」と揶揄される傾向については、首を傾げざるを得ない。解明できないものを、解明しようとすることこそ、科学の真髄であり、それを批判することは、文明の衰退を招くと考える。
閑話休題、話を元に戻す。
ダンジョンには、コインの元となる魔素という物質が満ちている。
これは、ダンジョンの外には存在せず、また作り出すことにも成功していない。
そのため無加工のコインが、空間魔法を用いても、1週間で、その魔素を半減してしまうのは先ほど述べた通りである。
ゆえに、空間魔法なしにコインを運搬することはできない。
しかも、空間魔法の難易度と、作り出される異空間の広さを鑑みれば、せいぜい1人、5000枚が限度である。
また、空間魔法は、唱えるたびに魔力を消費するため、いかに熟練の魔術師でも、ダンジョン内での開閉は、10回がせいぜいと言われる。
そのため、弱い魔物が生み出したコインは、拾わずに捨て置くことが定石である。
なぜなら、空間魔法発動のための魔力の消費と、得る対価が釣り合わないからである。おおよそ、一度の開閉で、30C分の魔力を消費すると言われ、完璧に保存したコインでも、1Gが5Cにしかならない。しかし、捨て置かれたコインは、いつまにか消えてしまう。魔素に還元されてしまう、というのが現在の通説である。
この大陸が「コイン本位制」の資本主義社会を構築してから、約200年ほど経つ。しかし、そのコインを扱う冒険者や換金所の人以外に、その価値の設定方法は、十分に認知されていないと思われるので、一度整理する。
コインは、一度に、大量に持ち込むほど高価になる。なぜなら、ある空間魔術師が保管したコインと、ほかの空間魔術師が保管したコインとでは、血液がその血液型と一致しない血液と触れ合った場合、互いに拒絶反応を起こすように、コインもまた、魔素の暴走を招くからだ。
魔法製品はコインをそのまま組み込むので問題はないが、上品質な鎧や武器を作るためには、溶かす必要がある。
そのため、全身鎧を作ろうとすれば、大量のコイン、しかも同じ人物が保存したコインが必要になる。
「ヒゲ印」装飾武具の開発を担うロッペンハウワー老師や、「紅の魔剣士」ディオニス、「巨人」ド・ドデン氏などが著名な冒険者として活躍できるのは、一度に大量のコインをダンジョンから持ち出せる確かな空間魔法の技術か、凶悪な魔物を屠る強さのどちらかが必要になる。
コインの現在の為替レートは以下のとおりである。(ガイア歴780年現在)
1G/5C
10G/55C
100G/600C
1000G/6500C
と、10倍のコインごとに、その価値は10%ずつ上乗せされいく。
ダンジョンから出た、前記の有名な冒険者たちは、まず最寄りの村で、コインを鋳造する。鋳造することで、さらに半減期は延長され、約100年は魔素を定着させたまま、加工が可能であるとされる。
一方で、100枚に満たないコインは、即座に換金され、酸性の水に漬けて保管され、定期的に各国へと輸出される。その際コインは、加工という加工はされないため、含量されている魔素も、当初の約1/30となっている。それでも有用なのは、それで日常のエネルギーとしては、十分に通用するからである。
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「ふぅ、ひとまず一区切りついたかな」
「お前、本当に真面目というか、クソ真面目というか」
「いいでしょ、別に!確かに今日は1日、歩いてばっかりで疲れたけど、興奮して眠れないの!」
「お前なぁ、俺と2人なんだから、興奮して眠れないなら、ほかにやることあるだろ」
「ばーか、外でなんか、やらないんだから」
「でも、野宿も悪くないだろ?」
「うん、野宿は好き。星が綺麗だし、空気はおいしいし。野生の獣は、私たちぐらいのレベルだと近寄ってこないから、山賊なんかにさえ気を付ければ、安心だし。
何より、ダンが傍にいるからね」
「まかせとけ。それでも一応、結界魔法かけといてくれ」
「わかった、半径10mくらいでいいよね。壊されても、それで起きられたら、ダンが対処できるでしょ」
「そうだな。ほら、バッテリーを使え」
ポスティアがかけた結界魔法の起点を、バッテリーに移す。魔素を電池のように消費し、持続性の魔法を代行する魔法製品だ。精度は落ちるが、魔法を持続させた状態で、眠ることはできない。
「ありがと。さて、寝ましょうか」
「そうだな。おやすみ。」
焚き火はメラメラと燃えている。満天の星空は、今や都会であるダスティエなどでは拝めなくなってしまった。天井もなければ、人影もない。この世界に、自分たちだけしかいないような、そんな開放感が二人を包む。
2人は、横並びに寝始めたはずだはが、もぞもぞと、どちらが這い寄ったのか分からないが、なぜか影が1つになるように見えた。結界魔法は音をも遮断する。
焚き火が小さく爆ぜる。映し出された影もまた、時折爆ぜるように揺らめく。そして夜は静かに、更けていく。