親父になってもカッコいい人
冒険者として名を馳せたのは、まだ俺が「お兄さん」と言われた頃だった。若く、希望に溢れ、新進気鋭の“新星”ゴッグとは俺のことだ。
当時まだ現役で、“女傑”と言われたリエールのパーティに所属し、アタッカーとして身体を張る日々だった。
妻であるユーに出会ったのも、その時だ。
ユーはヒーラーとして、パーティに参加していた。前衛で向こう見ずに突っ込む俺をリエールは気に入ってくれていたが、ユーはそんな俺をいつも心配そうに「ばか」と声を掛けてくれていた。あんなに愛情のこもった「ばか」を、俺はあいつ以外から聞いたことがない。最初はただ、気にしてくれることが嬉しかった。仲間として、あんなに信頼できるチームはなかった。
リーダーのリエール。タンクのド・ラドン、空間魔法使い兼後方支援のガストス、盗賊のボスコ、そしてヒーラーのユーと俺。あんなに心強いパーティは、勇者のパーティを除けば、伝説にだって負けないじゃないかと思う。
今では現役を引退したものもいる。リエールは「村」で指導者として生き、ボスコはアリメントで職を得たと聞いた。ラドンとガストスは現役で、最近では『洞窟』の一件で少し痛い目を見たようだが、アイツらの性格からすれば、またすぐに第一線に戻ってくるだろう。
ユーが身籠ったのは、暑い夏が過ぎ去り、いよいよ秋の気配を森の葉から感じる頃だった。俺たちはいつも通り、『魔境』で二日目のビバークをしていた時に、食事当番をしていた俺が作った飯に手をつけなかったユーを怪しんだリエールが追求して、やっと白状したんだ。俺は何も聞かされていなかったから、つい「俺の子か?」と聞いて殴られたっけ。
「ワハハハハ、なんだ、お前ら出来てたのか?!めでたい!めでたい!!!!」
「ガッハッハってか。うむ、めでたいことだ!とりあえず、ダンジョンは出てしまおうぞ!!!」
「品のない・・・。おめでとう。二人に幸あれ」
「よかったな、ゴック!おめでとう!」
急いでダンジョンを出て、ユーを宿場で休ませ、それでも生活のために俺はユーを置いてダンジョンに向かった。ユーは「私、あんたのご飯が食べられれば、それでいいのよ」なんて言ってたけど、俺は危険を犯してでも、ユーと、お腹の子のために精一杯働いた。
簡単な祝言を開き、十月十日が過ぎた頃、愛娘のニノが生まれた。俺はこの世の中に、あんなに、そう、あんなに、なんて言えばいいのか、言葉を尽くせないほどの、気持ちを味わったことはなかった。ただ、それが幸せだということは、すぐに気づいた。俺は何を捨ててでも、この子と、そしてユーを守らなければならないと思った。
ユーは出産で疲れ果てていた。男親は、こういう時に何もしてあげられなくて、悔しかった。しかし、その疲れたユーの顔を、ただ美しいと思った。ふと口に出したら「こんな、化粧もとれて、むくれて、顔色も良くない私が綺麗だって?パパは変でちゅね」とニノに話しかけて笑った。そして、今でも一字一句覚えている。「あんたの嫁で、よかった。ばか。ありがとう。いいパパでちゅよー」なんて言って、疲れた顔で笑った。
俺はすぐに、冒険者業をやめた。命が惜しくなった。ユーは複雑そうな顔で「あんた、冒険者になるのが夢だったんでしょ」と心配してくれたが、夢は目の前に2つもあった。それを壊すような真似はできなかった。復活の指輪は万能ではない。
不良品もあるし、また胴体から指が離れてしまうと、復活の確率もグンと下がる。
それから俺は、パーティで培った食事当番の腕を使って、料理人になることに決めた。「村」一番の料理屋に弟子入りして、わずかな給料を貰いながら、生計を立てた。たしかにダンジョンが恋しくなることもあった。しかし、もし俺が死んでしまったら、二人が路頭に迷うことになる。
そんな俺の心残りに気づいていたであろうユーも、もう冒険者に戻れとは言わなかった。
それからしばらくして、俺はアリメントやダスティアに修行の旅に出た。もしかしたら、その修行に託けて、冒険者の頃に味わった未知への挑戦とでも言うようなものを、感じたかったのかもしれない。
4、5年のうち、「村」に帰ったのは4、5回ほどだ。「村」に残したユーとニノに生活費を渡す時だけだった。
それからしばらくして、俺はアリメントに店を構えた。そこでやっと俺とユーとニノの三人の生活が始まった。「村」から出たことがなかったユーは、正直「村」に帰りたがっていたのだろう。慣れない都会での暮らしに、気疲れしていたようだった。ニノはやっと学校に行ける年になり、アリメントの小学校に通い始めた。ユーのことは心配だったが、生活の基盤がやっと整い始めた。
商売も軌道に乗り、新聞から取材を受けたこともあった。
俺は商売に明け暮れた。弟子が成長し、自分が厨房に立つことも少なくなっていった。支店は増え、その頃にはアリメントで食事をする人が必ず一週間に一度は訪れる店、なんて呼ばれることもあった。
ニノは思春期で、俺を「お父さん」と呼ばずに「オヤジ」なんて呼び始めた。可愛い我が娘ながら、どう接していいのかもわからなくなった。ユーは家になかなか帰らない俺に、時たまその不満をぶつけた。商売とは反比例するかのように、俺の家庭はなんだかギクシャクと軋むように、少しずつ壊れ掛けていた。
ニノが学校を卒業するころ、「冒険者になりたい」と言い始めた。俺は大反対した。冒険稼業の危なさや、ダンジョンの怖さを精一杯伝えたが、気の無い返事するだけで、
「オヤジだって、昔は冒険者だったんだろ?!私はかっこいオヤジの話は聞いたことがあるけど、今のオヤジは金の亡者みたいだ!家には帰ってこないし、私たちのことなんて、どうでもいいんでしょ!オヤジなんて、大っ嫌い!!!」
なんて言って、出て行ってしまった。
ユーも反対するかと思えば「私は冒険者が好き。あんたも昔はかっこよかった。でも」そのあとは、何も続けず、ただ「ニノの意思を尊重するわ」とだけ言って、黙り込んでしまった。
ニノとユーは、その後すぐ、出て行ってしまった。
俺は何もかも失ってしまった。
それからは商売に入れ込み、金儲けのことだけを考えた。もしかしたら、また戻って来てくれるんじゃないか、そう思い、いつでも戻ってきてもいいようにと、店をでかくし、恥ずかしくないように、ただただ店の拡大だけを目指した。
そうすれば、あとはゆっくり時間を取れる。もう金の亡者になる必要もなくなる、と思って。
ある日、食材の卸を頼んでいる“便利屋”風天のボブというボブゴブリンがやってきて、出張してくれないか、と打診してきた。どうやら大口の客らしく、俺自ら出向いてくれとのことだった。
普段は弟子を向かわせるところだったが、どうやら東大陸だということで、久しぶりにダンジョンの近くに行けると思うと、なんだか急に昔の血が騒ぎ、無性に行きたくなってしまった。
東大陸のさらに東、海沿いの別荘が件の場所ということで、そこで料理を振る舞った。驚いたのは、客の全てが魔族だったということだ。東の大陸なら、その可能性もあったはずなのに、全く念頭になかった。しかも、あのクラーケンを笑いながら倒してしまえるほどの強さだった。
そして、そのクラーケンを調理しろと命じられた。一口味見をしてみると、その旨さたるや、今まで食べたことがないほどのもので、料理人としての腕が鳴った。
俺は思い出していた。なぜ料理人になったのか。全てはユーが俺の飯を食いたいと言ったことから始まったのだ。旨いもんを食べさせたい、ただそれだけだったのに、いつのまにやら事業の拡大だけに気を取られ、自分で厨房に立つことも少なくなっていた。
そして、これが俺の運命の分かれ道だったかもしれない。その客、ミミクという少女に、村づくりを手伝ってくれ、と言われた。ゼロからのスタート。俺は二もなく、承諾した。
俺には何もなかった。全てをやり直したかった。そしてそれがまた、新たな味の追求にもなると思った。俺は魔物の調理をするために、ダンジョンにまた潜り始めた。食えないものも多く、また毒すらあるものもいた。しかし、それを美味しく加工できた時の喜びは、例えようもなかった。
『洞窟』に一軒の宿屋を設けて、そこで俺は冒険者たちに俺の料理を振る舞った。都会で出していたような高級料理ではないが、冒険者と語らい、そして「旨い」と喜んでくれれば、金なんかどうでもよかった。俺は、昔とは違う何かに変われるような気がした。そこで、俺はやっと二人に近況を伝える手紙を出すことができた。
ある日、夜が更け、店をたたむ頃、2つの影が近づいてきた。
「ばか。年甲斐もなく、またダンジョンに潜ってるんですって」
「ばかオヤジ。また冒険者みたいなこと、やり始めたんでしょ。ちょっと、教えてよ」
また俺の、新しい人生が始まった。ここでは俺の名は「コック」と呼ばれている。
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「コック、また新しいメニューできたんだって?」
「ええ、味見してください」
ミミクに幸せな習慣ができ、それを見て笑う看板娘が二人。




