母は絶望より強し
『洞窟』に帰ってから、ずっと考えていた。あの爺さんは、エリエント王国の魔王。ヴァンパイアの始祖にして、最強とまで謳われる魔王。その力を“会計”で確認することは、正直ビビって出来なかった。恥ずかしいが、命が惜しかったから、仕方がない。命あっての物種だ。
しかしそれでも、あの、死を思わせるオーラ。喧嘩を売って、勝てる相手ではなかった。たとえ、フランフランを人質にして、などの非道な作戦なんかも、無理だろう。作戦というようなものが、弱者のものであっても、圧倒的絶対的な強者には、小手先でしかない。
「・・・『穴蔵に篭って過ごす』ですか。それも、いいですかね。ボブさんが、外の物でもなんでも、調達してくれるはずですよね」
本心から言っている訳ではないのだろうが、ステラの言葉には切迫感があった。
「空、高かったね。海、広かったね。ミコ、どっちも青だって聞いてたから、おんなじ色かと思ってたけど、全然違ったね。ミコ、ずっと覚えてられるよ。だから・・・」
ミコの、そんな声を聞いても、なにも、慰めるような言葉が出ない。
2人の表情は、無理に平静を装っていることが、ありありとわかった。元々嘘は苦手な奴らだ。そして俺も、一応あいつらを率いる立場なのに、こんなに暗い顔、声をしてしまっている。
俺はなんでこいつらに「大丈夫だ!」って言ってやれなかったんだろう。嘘になるから?ビビって縮こまっていたから?なんて情けないんだ。
自省を繰り返していた時、突然扉から小さな蜘蛛が津波のように広間に流れ込んで来た。それらは一箇所に集まり、1つの形を成した。
「あらあらあらあら、まぁまぁまぁ!!!
ご機嫌遊ばせ!マザーのおばちゃんが来ーたーわーよー!!!!!」
陽気な声と迫力で、一瞬目が点になるかと思ったが、現れたのはタラテクトのマザーだった。
「あらー!オホホホ、なんだか辛気臭い顔してるわねー!何かあったの?悲しいこと?辛いこと?怒られちゃったの?
いいのよ、いいの!悲しかったら泣くの!辛かったら、ぶつけるの!怒られちゃったら、復讐よ!オホホホ!」
おそらく、マザーは事の経緯を知っているのだろう。マザーの分身に、隠し事はできない。
「知ってるんだろ、マザーさんよ。復讐?俺の今のステータス、見ろよ。ダンジョンバットといい勝負だ。しかもな、どうやらあの糞爺が言ったことは、筋が通った忠告らしいんだわ・・・」
マザーは全ての複眼をこちらに向けて、その巨木の幹のような足で、俺を張っ倒した。なぜかダメージはないが、ミコとステラは一瞬の出来事に目を丸くしている。2人が駆け寄る暇もなく、タラテクトがいつもの調子で話し始めた。
「なーに言っちゃってんのよ、主人様ったら!
あの、コウモリお化けは昔から理屈屋なのよ。元人間のことだけあるわよ、あの爺。でもね、貴方達は魔物よ?正義?仁義?平和?共存?
ちゃんちゃら可笑しいわよ、オホホホ。
笑っちゃう、笑っちゃお、オホホホ。
そんなの、人間じみた、仲良しごっこを押し付ける、ただの屁理屈よ。あるように見えて、ないものよ、そんなの!何より私たちは好きなように生き、好きなように殺し、好きなように死ぬの!
それが魔物じゃない!」
「そんなのは強者の理屈だ!!!」
ミミクはボブから買った何処にでもありそうな剣で切り掛かった。しかし、傷どころか、その跡さえ残らない。
「見ろ!俺は弱い!お前に傷一つ付けられないほどに、弱い。強者に弱者はビビリながら生きていくしかないだろ!」
タラテクトは1匹であり、また1匹以上でもある。現在の強さはおよそ40000Gほどだが、分体全てからなる完全体では、その強さに検討もつけられない。
強者たるマザーには、弱者の気持ちなど、理解できるはずがない。
そんな気持ちをミミクは抱えながら、未だ斬りかかる。マザーは微動だにせず、ただ、静観している。
「いいか?この世は弱肉強食が真理だ!俺の父も、母も、そして同族たちが、その真理の元で、塵に消えた。俺もそうなる運命だった。
でも、少しの幸運で、俺は勘違いしちまってた。忘れてしまってた。俺は、弱い」
心からの、魂からの言葉だった。それただ黙って聞いていたマザーが、いつもの調子で笑い出した。
「オホホホ、オーホッホッホ!分かっていらっしゃるじゃないの!そうよ、この世は弱肉強食、これまでも、これからも、剣が絶え、戦争が絶え、武器という武器全てが尽き果てても、弱肉強食であることは、この世がこの世である限り、何も変わらないわ!
だからって、それがなんなのよ!
弱肉強食?強くなればいいじゃない!魔物の寿命は長いのよ?貴方達は若いわ!
しかも、あの爺は爺よ?老いぼれよ?死にかけ、どころか元は死体よ?なんで貴方達が負けるのよ?経験の差?あの爺にあるのは、勇者とかいう人間の若造に負けた経験だけよ!オホホホ!!!」
・・・なんて言い分だ。なんて身勝手で、傍若無人で、自己中心的で、無分別で、自由で、気ままで、生き生きとしている、なんて、なんて、格好いい言い分なんだ!!
そうだ、俺たちは、魔物だ。確かにこの世界の仕組みを変えることはできない。でも、自分を変えることはできるはずだ!なんで気付かなかったんだ!
やっと手に入れた自由を、手放してたまるか!俺には“換金”もある。ステラもいる。ミコもいる。
俺は何を弱気になってたんだ。今はダメでも、俺らには未来があるじゃないか!
「マザー、ありがとう。目が覚めた。俺は好きに生きる。襲ってきても、返り討ちにしてやる!
なんだか吹っ切れた。無鉄砲結構!喧嘩上等!」
「あらあら、私になにか言ったかしら?オホホホ。コウモリ爺の悪口なら、いくらでも申しますわよ、オホホホ!」
俺は死にたくない、2人も殺させない。それは確かに重要だが、ただ生き、死なない人生を、俺は300年も過ごしたじゃないか。どーも、何かが緩んでたな。俺は、自由に、気ままに、生き生きと生きる、そう決めたんだ。
「ミコ、ステラ。お前らの雇い主兼保護者として、あんな格好を見せて、申し訳なかった。
俺は好きに生きる。だから、俺もお前らには好きに生きて欲しい。
もしかしたら、これからは無茶もするかもしれない。それこそ、命を落としかねない。だから、選んでくれ。俺は、お前らの意見に従う。どうだ?」
正直、迷った。引き止めたかったし、一緒にいて欲しかった。でも、自分の自由のために、他人の自由を奪うほど、俺は腐っちゃいない。だから、もし、ここで・・・
「はぁ、何言ってるんですか?見す見す金ヅルを手放すと思ってるんですか?一蓮托生、二人三脚で始めたことです。放っぽり出したりしませんよ!」
「ミコ、空の青さも、海の碧さも、村の美味しい料理も好きだけど、ミミクのベッドが一番好き!だから、離れてもいいなんて、言わないでよ・・・」
たった一ヶ月とちょっとだ。なのに、こいつらは
、こんなことまで言ってくれる。俺は、涙を堪えるので精一杯だった。
それで、それぞれの目を見て、言うことができたのはたった一言。
「ありがとう」
ステラとミコが笑っている。あれ、泣いてるんですかー?なんて、そんな煽り方、どこで覚えた。泣いてない、これは、あれだ、身体から酸が漏れただけで。
「あらあら、まぁまぁ。なんだか、お邪魔かしらね?オホホホ。若いって、いいわね。私も若い頃は」
マザーがなにかブツブツ言っているが、今は聞き流そう。なんだか、急に心が晴れたようだった。
具体的な作戦は、明日にでも考えよう。よく考えたら「コインバーを世に出すな」だけが、具体的な忠告だったのだから、それさえ守れば、どうとでもなるだろう。
そして、パラメータの増強。糞爺め、いつか絶対に痛い目に合わせてやる。フランフランの祖父だということだから、命までは勘弁してやるが、それでも絶対に木っ端微塵にあの、余裕綽々な態度だけでもぶっ壊してやる。
目標は決まった。
1)コインバーを出さずに金儲け
2)パラメータの増強
3)そのために、ダンジョンの収益のアップ
そして
4)打倒魔王!
くっくっく、あいつの顔から余裕を消し去ってやるぞ。くっくっく。
「おい、お前ら!景気付けだ!村に飯食いに行くぞ!パーっとやるぞ!マザー、お前も分身サイズなら、付いて来てもいいぞ!」
「まぁ!嬉しいお誘い!ぜひご一緒させていただくわ!」
その後、村の料理に感動感激したマザーによって、村では巨大な蜘蛛の目撃例が増加することになる。




