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祭りの後の静けさ

キャンプ明けの朝の清々しさってなんだろうな。

朝露に濡れた草の匂いとか、潮風が運んで来る磯の匂いとか、太陽が少しずつ温めていく空気の匂いとか。

日常で使っていない感覚でもあるんだろうか。それが全開で機能しているって感じ。


「おはようございます、ミミクさーん」


花柄のパジャマを着たままのステラがリビングに降りてきた。まだ眠いのか、ソファに寝転がって背伸びをしている。


「今ちょうど、コーヒーを淹れてるんだが、飲むか?水出しのコーヒーだし、眠気が覚めるぞ」


「私はハイドさんの紅茶を飲むことに決めてるので、結構でーす」


さいですか、と返事をしてキッチンに向かう。朝のコーヒーは格別だ。これは一種の儀式でもある。カフェインがどうの、糖分がどうのと理屈も捏ねられるが、「朝にコーヒーを飲む」こと自体が、その日一日を充実したものにしてくれる気がする。スイッチが入る、とでもいうのか。


シロップ、ミルクをたっぷり入れて、カフェオレ風にしたコーヒーを、外のデッキに持っていく。

据え置かれた木目の美しい机にそれを置き、揺れ動く椅子に座る。

朝日が眩しい。ちょうど二つ目の太陽が昇り始めている。


一口、コーヒーを口に含み、燻し草に火をつける。朝の日差しの中で嗜むコーヒーと煙草はやめられない。

煙草は基本、冷たい方が美味いのだ。あまり煙草の火を高温にしてしまわないように、静かに吸い込む。この身体でヤニクラがあるかどうかは知らないが、ヤニクラは一酸化中毒によって起こる。だから、肺に留めず、呼吸をするようにして吸ったり吐いたりすれば、そんなものは起こさない。


「ミミク様、おはようございます」


ハイドが降りてきた。朝にもかかわらず、ビシッと燕尾服を決めている。暑苦しい格好だと思うのが普通だと思うが、ハイドの凛と澄ました顔を見れば、そんなことも思わない。


「どうだ、ハイド。一服。」


昨日の夜、フランフランやミコが寝た後に、ステラも合わせて3人でお喋りした。なんだか大人の時間とでもいうような、そういう静かな時間だった。

そこでハイドが燻し草を嗜むと聞いていたのだ。なぜだかほんのりと酔っ払ったステラは、ハイドが煙草を吸う様子を見たがって、ハイドは『では、失礼して』と一服し始めた。

イケメンがやると、なんだって様になる。ステラも『くぅ!」』とかなんとか言ってジタバタしていた。その思慮深げな目と、静かな呼吸音には、なんだか俺までドキッとしてしまった。


「ご好意感謝いたします。しかし、フランフランお嬢様は、燻し草の匂いを好まれませんので、お断り申し上げます」


「そっか、相変わらず仕事熱心だな」


「いえ、執事として当然ですよ」


「コーヒーはどうだ?キッチンにまだあるぞ?」


「それは頂きましょう。ありがとうございます」


部屋の中に戻り、コーヒーを持って再び近くに来たハイドに、座るよう勧めた。謝辞を述べて、ハイドは座った。


「ミミク様には、感謝しているのです」


「どうした、急に。俺、なんかしたっけか?」


「いえ、近頃お嬢様は生き生きとしております。我々ヴァンパイアはアンデッド、その身体が塵に帰るまでのほとんどの時間を、怠惰と虚無の中で過ごします。

しかしお嬢様は幸運なことに、怠惰とも、虚無とも違う日々を送っているように感じるからです」


「それはお前、俺っていうより、ミコのおかげじゃ」


「それは察しておりますが、そのような機会が生まれたのも、もとを辿ればミミク様のおかげです」


「そんな、お前、堅っ苦しい。俺らはもう友達じゃないか。そんなこと、いちいち言うな。一つだけ言わせてもらえば、俺だってお前に感謝してる」


「はて?」


「お前、前来た時に、紅茶淹れてくれただろ?俺はあの一杯の紅茶のお陰で、なんていうかな、生きてる実感、みたいなものを思い出せたんだ。

アンデッドの淹れた紅茶で、生きてる実感を思い出す、なんて洒落が効いてるだろ?

でもな、感謝してるんだ」


「・・・私の紅茶で。・・・やはり、私たちは友達です。堅っ苦しいことは、やめましょう」


「そうだな」


と2人で笑った。俺は声に出して、ハイドは静かに。タイプは違うが、なにか通じるところでもあるのか、2人の相性は悪くないようだ。


「ハイド、朝から陽気なことじゃの。

おはよう、ミミク。ハイド、紅茶が飲みたいの」


「ハイドさーん!私にも淹れてくださーい」


「かしこまりました」


なんかサラッと初めてフランフランに「お前」ではなく、名前で呼ばれた気がする。


コックが朝食の準備を始めた。そして匂いに釣られて、ミコも起きて来た。


「おはよう、みんなー」


「ミコ!おはようなのじゃ!」


「フラン、起きるの早いね。もうお着替えしてる」


「眠気覚ましに泳ぎにいかんか?昨日のタコがまた出るかもしれんしの!」


「おいおい、まずは朝飯だ。それ食ってからにしろ」


「はーい」「わかったのじゃ」


赤身の魚の塩焼きに、麦のご飯、お味噌汁、お漬物。しまいには、緑茶まで置いてある。おいおい、ほぼ和食じゃないか。


「転生者の増加によって、料理のレパートリーは、ここ300年で数えきれないほどになっております。今朝は、本日も海でお遊びになると聞いて、塩分を多く含んだメニューにしております」


とのこと。人間の食に対する渇望の深さを実感した。


赤身の魚はシャケに似ており、ほんのりと塩が効いていて、その甘みが引き立っている。麦のご飯は、やはり白いご飯とは違うが、白米と違い、甘みが少なくさっぱりしている。

お味噌汁には海藻に混じって、甲殻類と思われるカニのようなものが入っているが、その殻はパリパリとしていて、食感のアクセントになっている。なにより美味い。

漬物はスイカの皮のようなさっぱりとした味で、麦のご飯を何杯でも食べられそうだ。


緩慢とも言える時間の中で、それぞれがその味に浸っている。ミコとフランフランは、一口ごとに顔を合わせては、その味に感動しているようだ。


これに慣れてしまえば、その感動は薄れていってしまうのだろうか、と考えると、なんだか寂しいが、だからこそのバカンスなのだとも思う。


食事を終えた後、俺はなんだか、ラジオ体操がしたくなった。夏休み→ラジオ体操という単純な連想だが、泳ぐ前には必要だろう、とも思い、みんなで太陽の下、俺のマネをさせながら体操をする。


今日もさぁ遊ぶぞ!と思っていた矢先、突然の衝撃が襲った。デッキは大破し、砂埃が立っている。


「お嬢様!!!!」

「フラン!!!!」


ハイドとミコが叫ぶ。衝撃の中心は、フランフランのようだった。砂埃が晴れると、そこにはひとりの老人が、フランフランに抱きついていた。


「フランフラン、久し振りじゃの〜」


「お、お爺様?!」


「か、閣下?!」


謎の老人は、誰が見ても不審者としか思えないようなニヤケ顔で、フランフランを弄っていた。


「おお、ハイドかの。お主も久しいのお」


「か、閣下!・・・ご機嫌麗しゅう。本日は何用でいらっしゃったのですか?」


「孫に会いに来るのが、そんなにおかしいかのお?の?フランフランや」


「お、お爺様、それにしても急すぎるのじゃ!今日は、友人も一緒なのじゃぞ?」


「ああ、友人とやら、苦しゅうない、良きに計らえ」


突然のことで、ミミクは混乱した。そして何より、音もなく近寄り、フランフランをあのように好きにできる魔物の強さを直感的に理解したからだ。

しかも、昨日の名付けで、実は“換金(エクスチェンジ)”で得たパワーは、少しも残っていなかった。

この感覚は、以前冒険者に襲われ、九死に一生得た間際の感覚にも似ていた。それは一言でいうと、死、以外の何者でもなかった。


「な、なにもんだ、あんた」


「お?わしかの?わしはエリエント王国、初代にして現役の魔王ドラキュラじゃ。

実はお主らにも用があっての、先日『洞窟』のオーナーになったのは誰じゃ?」


ハイドは、魔王を最強と称した。万に一つも戦っては勝てないと思った。それでも、気迫や意気込みで負ければ、この豊かな日常が抑圧されるものに変わる予感がした。


「俺だ。なんのようだ。ダンジョンはどの国にも属さない、政治的空白地帯。国王といえども、越権行為は政治的な制裁対象になるぞ」


「(なんじゃこいつ、なかなか頭が切れるの。ドゥルーズのように、木偶の坊だと楽だったのじゃが)


うむ、今日は挨拶に来ただけじゃ。フランフランの友人に手を出すことなどせぬよ。

フランフラン、こやつらはお主の友人なのじゃろ?」


一瞬、緊張が走った。ミコはともかく、俺やステラはどうなんだと思ったからだ。


「うむ、そうじゃ。妾の良き友人たちじゃ。その中でも、ミコは別格じゃがの!」


フランフランは言い澱むこともなく、言い放った。


「ミコとやらが別格なら、他の奴はどうなってもよいのではないかの?わしにはちょっと邪魔な存在での。今日はフランフランに会いに来たのが一番の理由じゃが、実はこやつらを始末しようと思ったのじゃ」


おいおい、この爺さん、今さらっと俺たちを始末するとぬかしたぞ。


「それはお爺様、お戯れが過ぎるというものじゃ。ミコは別格じゃが、そやつらを屠ると、ミコが悲しむのじゃ。

もし手を出すというなら、妾も覚悟を決めねばならぬのじゃが、お爺様のことも好きじゃから、迷いどころじゃ!」


「フランフラン、そうか、そうじゃったか。ジイ、了解!もう手出しなんかしないんじゃ!」


爺さんは茶目っ気たっぷりに返事をしている。


「しかしの、わしも一応仕事じゃから、お主たちに忠告だけしとくぞ」


急に爺さんのオーラは、まさに魔王というものに変わった。絶望がそこにあるように、死がそこにあるように、全身がその場から逃げ出しそうで、そのまま魂だけが吹き飛ばされそうなほどのオーラだった。


「よいか、大それた真似をするな。貴様らが穴蔵に篭って過ごすに越したことはない。

貴様らの命など、わしの手のひらの上で転がる虫けらに過ぎないことを忘れるな。

一つだけ、具体的な忠告だ。「“宝印”のコインバーを世に出すな」。これだけは死守するのだ。

これを破る行いは、貴様の腹を破るに等しいことを忘れるな」


その後、一通りフランフランを弄って、あの爺さんは帰った。


「ミミク様、かのお方は傍若無人に見えて、先の先を見通す方。忠告には素直に従うほうが得策と思われます」


ハイドはそんなことを言って、嫌がるフランフランを連れて、『洞窟』へと帰った。


俺も、ミコも、ステラも、上機嫌だっただけに、冷や水をぶっかけられたかのように意気消沈し、その宿を去った。


俺は内心、腹わた煮え繰りかえっていた。せっかく手に入れた悠々自適な毎日を、壊されたような気がしたからだ。俺は、もう誰かにビビりながら、顔色を伺って生きるのはコリゴリだった。


それでも、あの力には、今は絶対に敵わないとも思った。今は何も考えられない。

家に帰ってから、全てを整理し直そう。


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