一つ目の太陽が昇るころ
いつ生まれたかは定かではない。母がいて、父がいた。そして、兄か弟、姉か妹がたくさんいた。
兄弟、姉妹では、生き残る、というまでの熾烈な競争はなかった。ただ、共に戦ううちに、僕が君なのか、彼が僕なのか、僕が彼女なのかはわからなくなった。
僕たちは集団で戦う。勝利とは、戦っている相手がコインに変わることであり、また、何人かの君か僕がいなくなるということだった。
それに比べれば、敗北とは、僕だけになることだった。結果として、僕だけが残るということだった。
父と母は、たくさんの君か僕を生んだ。少し成長すると、また幾人かの君か僕が死に、また僕だけになった。
そのうちに、僕は、大きく成長したらしい。父と母は喜んだ。こんなに早く大きく成長することは奇跡だ、と喜んだ。
僕だったものと、僕じゃなかったはずのものが死んで、僕だけが生き残ることで、僕だけが生き残った結果として、僕だけが成長したのだと思った。
だから僕は僕だったもの達と、僕じゃなかったはずのもの達のために、生き残らなければならないと思った。
ある日、僕と同じ匂いのする、でも少し違う匂いのする、僕らと似た格好をしたものが訪ねてきた。
『お前は見込みがありやすね。一緒に来い』
母と父の姿はなく、コインが転がっていた。その少し違う匂いのするものは、コインと僕を拾って、その暗い場所から明るい場所に連れ出した。
揺れる箱に乗せられ、4本足の生き物に引きづられながら、あの暗い場所から遠くに来た。
そこには肌の色は違うが、僕に似た体つきをしている生き物がたくさんいた。そういえば、僕は、僕だったものと、僕じゃなかったはずの僕と一緒に、ここにいる生き物と同じ格好をした生き物と戦っていた気がする。しかし、もっと輝いたような目をしていたはずなのに、ここの生き物の目は、あの暗い場所と同じように、光を失っていた。
彼らは「ドレイ」と言うらしい。僕と同じ匂いのするものもいたし、あの暗い場所で戦った生き物と同じ格好のものもいたし、それよりも太っていて小さいのもいた。
僕もここでは「ドレイ」と呼ばれるらしい。僕は初めて、僕を僕だけを呼んでくれたようで、嬉しかった。僕は「ドレイ」です、と僕を僕じゃなかったはずのものと違う言い方で説明できるからだ。
さらに、僕は「ボブゴブリン・ノ・ドレイ」と言うらしい。
そのうちに、僕は「キョウイク」というものを、させられた。初めは言葉遣い、そして、「車」という箱の動かし方を学んだ。
それに並行して、あの暗い場所に戻り、ほかの生き物を殺すことも日課に加わった。コインをたくさん集めると、その日の「エサ」は倍になった。
そうこうするうちに、僕の飼い主が「ボブ」ということを知った。知ったからどうだということはなく、今日も明日も、同じことを繰り返す。
ほかの奴隷とも、話をするようになった。人間には名前があるらしいが、僕が名前だと思っていたものは、称号を表すだけで、名前ではないことを知った。奴隷には必要がないのだとか。
人間は生まれた時に貰うらしい。
僕が生まれたときに、名前を貰っていれば、僕と、僕だったものと、僕じゃなかったはずのものを区別できたのになぁと思ったが、今ではどうしようもない。
今思えば、父と母は殺されたのだろう、あの「ボブ」という方に。でも、弱肉強食の世界では、強いものに従うのは当たり前だ。
僕は弱かったのだろうか?よく考えずに、付いて来たが、そういえば、あの「ボブ」とは戦っていない。そこで、今度会ったときに、戦ってみようと思った。
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腕が二本ともなくなった。そして片目が見えなくなった。
『あんまり変なことを考えるもんでないんでやすよ、黙ってあっしが言うことを聞くんでさ。わかったか?』
これが弱肉強食の世界だと理解して、僕はそれを受け入れた。よかった、強者じゃなくて。
僕はこのままでよかったんだ。何も考えず、ただ言われたことに従う。傷はいつの間にか癒えた。
しかし、全ての望みが絶えた訳ではない。たくさん「キョウイク」の成果を出せば、たくさんコインを集めれば、いつか名前をくれるのではないかと思い、「俺」は精進した。
しかし、俺は「俺」のままだった。しかし、考えすぎる「僕」は殺した。それは俺を苦しめた。何も考えず、俺は「ボブ」が与える命令に、ただひたすらに従うだけだ。
そんな日が、もう何年続いたのかはわからない。話をする人間は、いつの間にかいなくなり、また新しい人間が現れる。また話しているうちに、またいなくなる。その繰り返しだ。
そして、ある日、俺は黒い着物を着せられた。
「車の運転」が俺の仕事になり「ドライバー」が「ドレイ」の代わりに与えられた称号だった。
しばらくは、色々な人を乗せた。
金ピカに光る指輪をたくさんつけた人や、変な匂いのする人、あとで知ったが、それは香水というらしい。血まみれの人が乗ったこともある。
「ボブ」が言ったところへ行き、「ボブ」が示した人を乗せる。ただ、ひたすらに命令に従う。
乗せている人の毛が白くなって、また知らない人を乗せる日々を繰り返していたある日、「ボブ」に新しい車に乗せられた。
前の車も汚くはなかったが、今度の車はものすごく綺麗で、乗ってる間は、すごく快適だった。これが俺が動かす車だと思うと、とても誇らしかった。
すると「ボブ」が言った。
『お前の主人はあっしではなく、ミミク様になる。名前を覚えておけ』
どうやら、主人が変わるらしい。主人が変わるということは、「ボブ」よりも強い人のものになるのだろう。
ミミク様というらしい。
見た目は人間のようだが、実は魔物らしい。
ミミク様は、なにかと気にかけてくれる方だった。「お金」というものも、渡されたが、これがなんなのかわからなかった。
しかし、主人に質問するなど不敬の極みだと学んだため、俺はそれを貯めている。
初めてできた「俺のもの」だった。
車から降りると、『洞窟』というダンジョンに、俺の部屋を作ってくれた。車を運転しない時は、ここに居ていいらしい。しかし、なにもしないでいると、ミミク様が「暇ならダンジョンで小遣い稼ぎをしてもいいぞ。あと、車の燃料のために、少しは車のタンクに入れといてくれ」とおっしゃったので、俺は必死にコインを集めた。
お陰で、車のタンクには、入りきれないほどのコインが詰まっている。
ある日、海に行くとおっしゃって、俺は車を走らせた。久しぶりに見た「ボブ」から場所を聞き、そこに向かって走った。
車からミミク様達を下ろし、家へと案内する。
それで「帰るまでは自由だ」と言われたが、何もすることがなかったので、車の洗車をする。必要もないのだが、仕方がない。
そうこうしていると、ミミク様がやってきて、なにかを食えといった。
「おい、ドライバー!これ食っていいぞ!
ドライバーって、なんか、嫌だな、名前やるよ、ほら、ライバなんてどうだ?」
その瞬間、俺の力は増し、そして、全てのことがクリアに思い出せた。俺が生まれ、そして死んでいった兄弟達、両親、今まで経験してきたことを全て思い出した。
そして俺は初めて「ライバ」という名前をいただいた。
感動して、何を話したかは覚えていない。しかし、名前を下さったミミク様の、赤く照らされた美しい横顔と、その時に食べたものの味は、一生忘れないだろう。
俺は、名前をつけて貰った瞬間に、自由を感じた。ミミク様は「自由意志」と言った。俺は、弱肉強食の世界で、強者に従うだけの魔物ではなくなった!しかしそれでも、ミミク様には、その恩義のために、従おうと思った。
ずっとミミク様のことを考えていた。俺に出来ることはなんだろう、俺が何をすればミミク様はお喜びになるだろう。
ライバが見上げる空は、薄っすらと白んで来た。星の輝きが見えにくくなる一方で、大きな光が少しづつ顔を見せた。
ライバの心は澄み渡っていた。今まで目が曇っていたことをはっきりと感じた。
太陽の光が、初めて目に入った。その目には、一片の曇りもなかった。その光が、今までの全てを浄化し、新しい命の芽生えを祝福してくれているかのように思った。
一つ目の太陽が登る頃、ライバは生まれて初めて、大きな大きな深呼吸をした。それはあたかも、命が吹き込まれているようだった。
20話に突入しました。ここまで来れたのは、ブックマークをしてくれた方を始め、一台だけカウントされる、ケータイからアクセスしてくれている人のおかげです。もちろん、スマホ、パソコンの読者の方への感謝は尽きません。いつもありがとうございます。
これからも、脱線しながら、続けて行きますので、よろしくお願いします。




