三つ目の太陽が沈むまで
鬱蒼と茂る森の中。昼間とはいえ、わずかに光が差し込む程度で、見るからに、ジメッとした空気に覆われている。何もいないようで、何かから見られているような、そんな森の中を場違いに黒光りする車が一台。
わずかな音がするだけで、どんな獣よりも速く走る。サングラスを掛けたドライバーが見える。その後ろには、ワイングラスを優雅に嗜む御一行。ミミクとステラとミコだった。最近はもはや、自分がミミックであることを忘れたかのごとく、宝箱ではなく、人型に化けている。
「うん、やっぱり移動中は冷たい飲み物に限るなぁ!」
「本当ですねぇ、絶対外は蒸し暑いですよね、ミミクさん。それに比べて、車内の快適さと行ったら!」
「このジュース、美味しい!なんか、椅子も、フワフワ!」
3人が車に乗り走るのは、大森林にある『洞窟』よりもさらに東に向かって一直線に走っている。
大陸の地図を見た時から、いつかは行きたいと思っていたが、今日は海に行こうと思う。
つい最近、重要な決定をしたと思うのだが、まぁそれは置いといて、今日はバカンスだ!
鬱蒼とした森の中に、徐々に潮風の匂いが漂ってくる。徐々に匂いが強くなる。一瞬の強い潮風に、結界が揺れると同時に、目の前には青い海が広がった!
「広ーーーーい!これが海?!ステラ先生!!」
「そうですよ、大地の女神ディルライトの流した涙が」
「うわ、見て!!海と、空が、繋がってる!!あそこなら、海に足をついて、背伸びをすれば、空に触れるかも!!」
「神話よりも素敵なことを言いますね」
今日は“便利屋”風天のゴブから紹介された海辺のロッジで一晩過ごすことになっている。
『海?海でございやすか?奇特なことをおっしゃいやすな、旦那。いいでござんしょう。あっしがちょっくら、準備致しやすんで、こっちも、宜しくお願いしやす!』
なんて下卑た顔と声と仕草で言ってたが、さて、どんなロッジかな?なんだかんだ、ちょうど夏だし、夏休みと洒落込もう。
「おい、ミコ、どうだ。綺麗だなぁ」
「うん!ミコ、感動しちゃったな」
海は、カンカンに照った太陽の光を、波が反射して、キラキラと輝いている。
しばらく、海を沿い走る。大陸の西側は開発が進んでいるらしいが、東側は未だ未開の土地も多く、ここらも人が来ることは少ない。そもそも、海で遊ぶという文化は、あまり根付いていないらしい。転生者もいるはずなのに、なんでだろう。
そんなことを考えていると、車が目的地についた。
「旦那様、ゴブが紹介致しました建物に到着致しました。足元にお気をつけてお降りください」
ドライバーがさっと車のドアを開ける。こいつについても、少し考えたいこともあるが、今はオフなので、置いとく。休みがあってこそ初めて、人は創造的仕事が可能なのだ。俺は300年休んでいたような気もするが。
一面に敷き詰められた芝生の中央には噴水が据えられ、その背面には、白を基調とした建物がそびえ立っている。
昔、雑誌に掲載されていたギリシャのサントリーニ島の建物風とでも言うのか、一面の白壁に単調にならない程度に青の差し色が涼しく飾られ、幾何学的な構造のなかに、美しいステンドガラスの飾られた丸い窓が配置されている。
ゴブの趣味なのか?にしても、なかなかあざとい趣味をしてやがる。
中は風魔法が仕掛けられているのか、冷房とは違う優しく涼しい風が通り抜けて行く。
そしてその廊下の先にはリビングと思われる広間が出てきた。そして、東側一面はある種の結界魔法が張られれおり、その向こう側には、青い海が広がっている。
「さっそく海に入られますか?お着替えはこちらでどうぞ」
ドライバーが3人をそれぞれ別室に案内する。そこで準備された水着に着替え、いざ海へ!
なんとこの一面がプライベートビーチになっているらしい。そのお陰で、害をなす水棲生物が来ないように半径3kmに渡って、結界魔法がかけられている。
白い砂浜には、ウッドデッキが設けられ、その上から海に飛び込むこともできるようだ。
ステラは太陽の日差しが苦手だからと小さなTシャツを着ており、中には水着も着ているようだ。
日焼けどんとこいのミコは、いわゆるスクール水着を着ている。目にはバッチリ水中ゴーグルをつけている。
俺も直の日焼けは怖いから、水着の上にTシャツを着ている。でも、あとでサンオイルでも使って、こんがりと焼いてみよう。
フランフランはバッチリ、ビキニを決めている。夏の白浜に、こんなに似合わない魔物もいないだろう。夏の日差しに照らされるヴァンパイアってなんなんだ。
・・・フランフラン???
「・・・」
「・・・」
「あ、フランだ!」
「3人とも、妾の美しき肉体に目が釘付けのようじゃな?でも、ミコならよいぞ?///」
「この度は、勝手に参上してしまい、誠に申し訳なく・・・」
ハイドが事情を説明してくれた。どうやら我々が出かけたのを察したフランフランが、飛んで追跡してきたそうだ。それに後になって気づいたハイドが今やっと到着したということだ。苦労の多い執事である。
「え、お前、日光で溶けたりしないの?」
「お主は何世代前の話をしておるんじゃ?当然であろう?」
言い方は気に入らないが、大丈夫らしい。名札付の個体には問題がないそうだ。しかし、眼だけは未だ弱いために、サングラスやゴーグルは欠かせないらしい。
さっそく子供達は海に飛び込んだ。海は初めてらしいが、酸素を必要としない魔物には、あまり関係がない。動けさえすれば、流されて死ぬなんてこともないだろう。
俺とステラは、デッキチェアに寝そべり、サンオイルを塗ってもらった。ハイドに。
なんか、やけにステラが官能的な声を出していたが、こそばゆかったのだろう。
しばらくは、ただ、2人の子供が遊ぶようすと、さざなみの音を聞いていた。なんだか、忙しい1カ月だった気がするだけに、こういうゆっくりとした時間は取れていなかった気がする。
うとうととしていると、またミコとフランフランがふざけあっているのか、黄色い声が聞こえて来る。キャーキャーという声と、何かわからないような雄叫びにも似た・・・
「ミミク様!クラーケンです!!」
「はぁ?!」
海から無数にそびえ立つ、赤茶色のヌメヌメとした触手。触手には吸盤状の物体が不規則に並んでいるが、その吸盤には無数の歯が生えそろっている。
あれに巻きつかれたら、ひとたまりもない。
触手の先では、ミコとフランフランが笑っている。笑っている?
「おい、ハイド、ミミク!見えるか?!海とは大層面白いところじゃの!!」
何かの乗り物と勘違いしているのか、ジェットコースターのように自由自在に動き回る触手を楽しんでいるようだ。
「ミミク!これ、美味しいよ!」
ミコはミコで、触手に捕まっているのかと思ったが、実は触手を捕まえていた。
ミコが吐き出す炎は、一瞬で一本の触手をこんがり焼いてしまった。あたりには、なんとも言えないおいしそうな香りがする。巨大な生き物は大味で不味いと相場が決まっているのだが。
2人がキャッキャと遊んでいるうちに、クラーケンの触手は一本、また一本と姿を消した。
「ミミク!夜ご飯!」
ケータリングサービスまで付いているようで、専属のコックに、ミコが持ってきたクラーケンの触手も調理してもらうことにした。
人間のコックは、最初こそ青ざめていたが、一口触手を食べてからは、コックの血が騒ぎます、とか言って、真剣に調理を始めた。
夕日は沈む。
こちらの太陽は、地球のそれよりも、小さく見える。そして、その数は大中小と三つあり、それぞれ沈む時間が異なる。ちょうど4時ぐらいを「一つ目」といい、5時を「二つ目」、6時を「三つ目」というらしい
2つ目の太陽が沈む。あたりは真っ赤に染まり始める。遊び疲れたのであろう子供2人は、暑いだろうにゴザでくっついて寝ている。その隣には、ステラも寄り添っている。
近くでハイドが風魔法と冷却魔法を乗せて、団扇で仰いでいる。
俺は燻し草を燻らしている。煙草の煙を紫煙というが、ちょうどこの時間になると、たしかにほんのり紫みを帯びている。潮風に煽られ、瞬く間にその色は夕日色の中に立ち消える。
静かに時間が経っていく。人間だったころを思い出す。時間という絶対的なリズムの中で、唯一、煙草を吸う時間だけが、そのリズムから解放してくれた。
その主観的な時間の中では、一服、そして次の一服という時間の進み方をする。煙草の火が消えるまでは、絶対的なリズムから逃れることができる。
フィルターにまで火が届くかというところで、また絶対的な時間の中に引き戻される。
しかし今はどうだ。太陽の光が沈むのが、こんなに遅いなんて、知らなかった。
1日とは、目覚ましで始まり、一心不乱に仕事をし、終業のベルがなり、周りの同僚に気を使いながら、帰る機会を伺い、やっと角の立たない瞬間を捕まえ、逃げるように帰り仕度をし、帰路の記憶も虚のまま、明日の仕事のことを考えながら眠りに落ちることを言った。
それが今は、時間は俺のものになった。こんなに贅沢な時間があっただろうか。
近くで炭の焼ける匂いがする。
「旦那様、準備ができました」
コックが呼びに来た。匂いに釣られたのか、寝ていた3人も起き出す。
「ご飯?」
「おお、食事か!人間の料理は久々じゃ!人間を料理したことは」
「お嬢様、さ、こちらへ」
ハイドが慌てたようにフランフランの言葉を遮るが、コックの喉が鳴るのを聞いた。なにかの覚悟を決めたのか、手にした指輪を触っている。
あ、なんだ冒険者でもあったのか。
目の前には赤々と焼ける炭と、赤々とした肉に、新鮮な海の幸、もちろん先ほどの触手も串に刺されて準備されている。お、バーベキューか。
「美味しそう!いただきます!」
と言って、火を吹いて焼こうとするミコに
「ミコ様、こちらは直火よりも、炭の柔らかい熱でじっくり焼いた方が美味しゅうございますよ?」
とハイドが諭してくれた。こいつは本当に気配り上手。
「そうなんだ!」
コックが最初の串を焼いている。脂の乗った牛肉が火柱を立てているが、丁寧に水魔法を使い、直火を防いでいる。串とは別に、貝をそのまま焼いているものは、熱せられた殻の上で、踊っている。
「ミコちゃん、食事の前には言うことがあるでしょ?せーの!」
「「「「「いただきます!」」」」」
今日はみんなで食べることにしている。ハイドは固辞するのだが、食べずに立っている人がいると、気兼ねして美味しくない、と言って説得した。執事としては、それが正しい姿なのだろうが、俺は嫌だった。
「こ、これは・・・美味しゅうございますね!」
「うむ、ハイド!今のうちにコックに調理法を聞いとくのじゃ!」
「おーいーしーいー!!」
「やっぱり、人間の料理センスは抜群ですね!」
俺も一つ口に含む。
一つの串に、2、3種類の魚介が刺されている。
ホタテに似た貝、白身魚、そしてクラーケン。
「この、貝は最高だな」
「はい、まず白ワインにつけて生臭さを取り、薄く胡椒をかけております。串に刺さずに焼いているものには、香辛料を混ぜて作ったソースをかけておりますので、そのままお食べください。
白身魚には、ハーブを添えて、軽く塩を振っております。クラーケンは、ぜひそのままでお食べください」
クラーケン。前世では海の怪物だったと思うのだが、こいつは魔物じゃないのか?
「もぐもぐ、魔物とは、一応違います、もぐもぐ。何百年も生きたタコが、少しずつ魔素を吸収して、次第に凶暴化したものをクラーケンと、もぐもぐ、ゴクン、呼びます」
ステラ先生が口に物を含みながら解説してくれた。可愛いから、許す。不快でなければいいのである。
「ちなみにここらには、ダンジョン『地下都市』の入り口があるので、そこから漏れた魔素を吸収したのでしょう」
「え、海にもあんの?」
「ギルドや人間が把握しているかどうかは知りませんが、入り口は一つとは限りませんからね。
よく知られた入り口は、『魔界』から入る方法ですね。繋がってるんですよ」
と、いうことは、エリエント王国は実質二つのダンジョンを管理しているのか。
そんな仕事(?)の話はいいんだ!さて、クラーケンを食べてみる。
歯ごたえは十分、しかし、噛みきれないほどではない。皮が少し固いが、プツンと切れると、中からホルモンにも似た、絶妙な固さの肉が現れる。
甘さはイカやカニに似ている。外側の少し固いところも、噛めば噛むほど味がじわっと、溢れ、中の肉も、溶けていくかのように、その甘さが舌全体を包む。
「う、美味い!」
「お褒めに預かり幸いです」
俺、ステラ、ミコ、フランフラン、ハイドの5人は、満足が行くまで、それを楽しんだ。
コックに頼んで、ドライバーの分も作ってもらう。
「おい、ドライバー!これ食っていいぞ!
ドライバーって、なんか、嫌だな、名前やるよ、ほら、ライバなんてどうだ?」
『2000Gになりまーす、あざーっす!』
また声が聞こえた。浮かれて金かかるの忘れてた。その瞬間、はっきりとライバの目に意思の力が宿ったのがわかった。
「あ、あ、ありがたき幸せ!このご恩、一生をかけてお返しします!!!」
「そんな大げさに言わなくていいよ。お前には自由意志が許されたんだろ?もし、辞めたくなったら、相談してくれ」
「そ、そんな辞めるだなんて」
「もう!いいから!これ食え!」
そのあとは泣きながらそれを食うライバを尻目に、浜に戻った。
3つ目の太陽が沈むころに部屋に戻って、静かな談笑を楽しみ、銘々各部屋で寝ることになった。
こうして、静かにバカンスの1日目は過ぎ去った




