魔王の憂鬱
「どうしたもんかのお」
エリエント王国、魔王ドラキュラの手には、一つのコインバーが握られている。
「最近現れた冒険者が、「村」で製金したものです。各国こぞって、研究を始めています」
「ぶっちゃけて言うけど、これ、下手したら、戦争起きちゃうんじゃないかの?」
「ハッ!もし、研究の成果が現れれば、その可能性は大きいと思われます」
先の大戦は、血みどろの戦であった。もはや「戦争」という名の、虐殺に近いものだった。
思い出したくもない、あの、勇者。もはや怒りは失せたが、それでも気持ちのいい存在ではない。
あのような悲劇を二度も起こすつもりはない。
「先に、潰しとこうかの。不幸は種から除かねばならぬの」
「ハッ!では、そのように」
どこからともなく聞こえていた声の主は消えた。
隠密と言えば聞こえはいいが、汚れ仕事を請け負う、そんな役回りの者たちだ。「力が全て」というような時代は終わった。しかし、見えざる力、情報と言う名の武器が代わりに現れたに過ぎない。それでも、暴力で死ぬ者は、少なくともダンジョン以外では少なくなった。治安という概念が魔物にも定着してきたのだがら。
「力が全て」というような時代は終わったのだ。それをまた、始めてはならない。このコインバーは、それを可能にしてしまうだけの力がある。
ダンジョンで遊んで居ればよかったものを、このような形で流通させてしまうとは。
果たして何者だろうか、と考える。偉大な魔術師か、それとも気の違った研究者か。
もはや魔素充填率100%のコインバーの製法など、失われてしまったと思っていたのだが。
これは、言うなれば「大量破壊兵器」の引き金だ。
魔素とは、物理的に存在する「物質」と、その存在とはまた違うあり方をする「魔法」をつなぐ媒体だ。魔物は魔素で出来ている。「魂」という、純魔法的な存在を、「魔素」によって定着させたのが「魔物」という存在だ。
人間は「魂」を「輪廻転成」という、超弩級大型古代魔法で肉体に固定、流通させている。女神がもたらした魔法であろうとされるが、真偽は定かではない。
つまり、魔素に魂が宿った存在が魔物であり、肉体という純物質に魂が宿った存在を人間という。
人間の魂以外は、世界をただ、漂っている。ダンジョンに紛れ込んだ魂だけが、魔素によって、魔物になれる。
つまり、魔素があれば、魔物は生まれるのだ。
逆にいうと、現在はダンジョンにしか魔素がない以上、ダンジョンでしか魔物は生まれない。
しかし、地上に魔素が満ちれば、どうなるであろう。答えは簡単で、「地上で魔物が生まれる」ことになる。
3000年前の、今では神話とまでされる「第一次人魔大戦」は、地上で発生した魔物を、魔族がけしかけたのだと勘違いした人間が始めた戦争だ。
そして人間は勝ち、地上から魔物を追い払い、地下に押し込んだ。魔素でできた魔物がいなくなることで、次第に魔素は地上から失われ、地下に逃げ込んだ魔物によって「ダンジョン」が生まれた。
その事実を知る人間はいないはずである。魔物でも、一部の古きものどもが知るぐらいだ。
あのコインバーが出回れば、地上に魔素が満ちることになる。魔素が満ちれば、地上に魔物が現れる。
共同名義ということにはなっているが、エリエント王国が管理する『魔界』まで、自分のものにしようとする欲深な人間は、虎視眈々とエリエント打倒の布石を探すはず。魔物が一般人を襲えば、既成事実により、打倒魔族の旗を掲げ、戦争に至る。
考え過ぎだと笑うやつがいるかもしないが、不安は種から摘むのが一番だ。
「さて、魔族の、そして人間の運命は、わしに掛かっておるのだ、許せ、名も知らぬ冒険者よ。未来のために、さっさと死んでくれんかのお」
誰にともなく囁く魔王ドラキュラ。
しかしその考えは「魔王」がもたらす災厄的なイメージとは裏腹に、魔族だけでなく、人間の命にまで目を向けた、優しくも厳しい判断だった。
賢帝ユグドラとして神代の王国を束ねた、その深淵な叡智のもと、ミミクのその平穏な生活に影がさすことになる。




