300と10000
この世に生を受けて、はや300年。ミミックとしては未だ半人前だ。親父はある日、勇者とかいう人間の英雄に殺された。モンスターの定めというか、モンスターにとっては、この上なく光栄なことだと、巨体を震わせながら母は言った。
その母も、つい最近、冒険者に殺された。ダンジョンでは、それが日常であり、そして、定めだ。
人間を憎むというような気持ちはない。この世は弱肉強食だと知っている。
ほら、目の前でダンジョンバッドが殺されている。空中で魔法により爆破されたそれは、コインを2枚落として消えた。
「シケてんなぁ、このダンジョン。本当に“大物”なんかいるのかよ」
「もしかしたら、ガセだったかもね。ね、やっぱり早く帰ろうよ、もう十分よ」
「もう少し付き合えよ、な。あ!おい見ろ!あれ、ダンジョンウルフじゃないか?!あいつはコイン100枚は落とすぞ。逃げ足が速いやつだ!行くぞ!」
「もぉ、ちょっと、待ってよー」
親父はコイン5枚だった。人間の通貨単位では、5Gというそうだ。親父は本物のミミックだった。
今では、死体に“模倣”したり、部屋をまるごと“模倣”してしまうようなミミックまでいる。
当時は確かにそこまでの“模倣”技術は発展していなかったが、親父は、探索し尽くされて、もはや朽ちた宝箱の残骸しか残っていないダンジョンでも、頑なにキラッキラの宝箱に“模倣”し続けた。
頑固な親父だった。頑なにミミックの伝統を守り、そしてその伝統を誇りにして、死んだ。実に、実にミミックらしい死に方だった。
『おい、あれ、ミミックじゃないか』
『うわ、逆に珍しいですね、宝箱型ですよ、ジン。一応魔法で鑑定しますね。“解析”。あ、やっぱり。』
『へぇ、今でも存在していたのか。どれ、私が一つ、一閃の元に真っ二つにしてやろう。』
そして、死んだ。そこには5枚のコイン。それがどれだけの価値かは、正しくは知らないが、やはりはした金だろう。
ミミックとは、冒険者を騙し、油断させた隙に、致死性の毒を滲ませた触手で、ブスリ。これが普通の戦い方だった。
しかし、解析魔法の発展と、そのワンパターンな戦法により、人間は対策法を確立させ、今や絶滅に瀕しているという有様だ。
生まれて300年。つまり、転生して300年になる。
当時、俺は高校の教師をしていた。修学旅行で向かった、ある都市の旅館で、夜中にひとりゆっくりと大きな風呂でくつろいでいた。
するとどこからか、若い女性たちの声が聞こえた。不思議に思っていると、なんと風呂のドアが開き、そのまま入ってきた。
ある意味で幸運だったが、教師という立場上、非常にまずいと思った。生徒が寝静まった旅館はシンとしていて、ほかの先生方も眠ってしまっていた。なぜか眠れず、暇を持て余した俺は、風呂にやってきたのだが。
何も考えず、湯船に潜った。頭の中では、もはや何がなんだか、混乱を極め、あぁ消えてしまいたい、消えずとも、姿を変えたい、そう思っていた。
苦しい、息継ぎをしなければならないが、今顔を出すと見られてしまう。いやしかし、このままでは。
そして、いよいよ酸素が尽き、飛び上がるようにお湯から立ち上がったところ、そのまま滑って転んで、擬似大理石で作られた湯船のへりに頭をぶつけて、死んだ。
目をこれでもかと開けてびっくりしている女性たちの顔を、忘れることはないだろう。
意識が朦朧としているなかで、声変わりを終えていない青年とも女性とも言えるような声が聴こえてきた。
『ねぇ、姿を変えたいってマジ?』
(ああ、そうですね。可能なら。)
『おっけー、りょ。』
やけに軽いノリの声だった。もはや生徒の誰かかとも思った。
薄暗い空間にいた。手も足もないようだった。
破廉恥な教師が地獄に落ちたのだと思った。これが報いか、と思ったが、様子が変だ。
何やらグラグラしている。観覧車のゴンドラや、吊り橋を揺らすような容量で、その空間を揺らす。
『コツッ』
と鳴ったきり、今度は傾いたまま、動かなくなった。それを何度も繰り返していると、音がなる方から、淡い光が差し込んだ。
外だと思った。何度も揺らし、そしてその穴を大きくしていく。
そのうち、その空間に亀裂が走った。
そしてつぎの瞬間、卵が割れ、ミミックとしての第2の人生(?)が始まったわけだ。
淡い光はダンジョンキャンドルという、魔素の濃い場所に生息する、蛍のような、
カミキリ虫のような、サイリウムのような虫型魔物の光だったようだ。
それからは、怠惰とでもいうのか、いや、食虫植物の境地とでも言っておこうか、まぁただひたすらに待つ日々。ただ待つ。ひたすら待つ。そして、たまに狩る。
退屈だとは、思わなかった。それがミミックの生き方だからだ。
ミミックとは、粘性の魔物で、“模倣” のスキルを持ち、目とその他の臓器を一緒くたにしたような核を宿した個体をいう。
粘性で、視覚ではなく、魔素によって周囲の状況を確認する、核なき個体を、スライムという。
つまりミミックとスライムは、実は同一種族なのだ。ちなみに、それは雌雄異体の性質も併せ持ち、オスがミミック、メスがスライムというところだ。
蜘蛛や蟷螂なんかがそうであるように、メスの方が強い。RPGのイメージでは、スライムは最弱の生き物の代表とされるが、とんでもない。
ダンジョンは広大だ。入り口付近はともかく、最奥地まで至るには、1週間ほど掛かるようだ。そうなれば、食料の備蓄が必要だ。そこをスライムは狙う。薄暗いダンジョンで、静かに触手状に伸ばした身体の一部を、荷物の中に忍ばせ、分体を植え付ける。カビがそうであるように、目に見える部分は一部でも、その根は木の根状にどこまでも広がる。
冒険者たちは、それを食べる。
そして、体内に潜りこんだ分体は、血管に穴をあけ、血管を辿り、脳にまで到達すると、食欲を司る部分を除き、全て破壊する。
遠隔操作などはできないが、魔物として、つまりゾンビとして、ダンジョンを生涯彷徨うことになる。
自動で食物漁り、栄養を供給する移動屋台になってしまうのだ。
必要最低限の栄養だけを残し、無害なゾンビの口から侵入し、胃に溜まった食物を溶かして食べる。ミミックも、そのおこぼれを頂戴するというような形だ。
ミミックは、分体を作り出すスキル”複製”がないゆえに、獲物をただひたすら待ち、毒により殺し、体内の酸によって捕食する。
目の前のコインを拾う。今、俺はダンジョンの行き止まりにあたる突き当たりに“模倣”している。左右の壁と天井と地面、それが俺の身体だ。宝箱などの、疑似餌は出していない。
贅沢を言わなければ、彷徨うゾンビがもたらす栄養で十分なのだ。俺は死にたくなかったからだ。臆病で結構。
ゆっくりと、周りを警戒しながら、触手を伸ばす。
チリも積もれば、だ。しかし、魔物がコイン集めてなんとなる。
そうは思っても、海外のコインを集めるのが好きだった生前の習慣も合わさり、今もチマチマと集めている。
魔物がコインを落とす仕組みはわからないが、強さを反映することから、レベルやパラメーターが反映されているのだろうが、詳しいことはわからない。
なんて綺麗なコインだろう。
魔物は長生きだ。地道にコツコツと貯めて、9998枚。本物の壁に穴を掘り、そこに石で蓋をして隠している。どれだけの価値があるかわからないが、壮観な光景なのだ、これが。
手に入れた2枚のコインをそこに入れるために、一部の“模倣”を解き、そっとあたりを警戒しながら這い寄る。石を退けると、そこにはダンジョンキャンドルの淡い光でさえ、眩しく輝く宝の山が!
あぁ、これを拝むために生きている!!!!
「おい、なんだ、あれ。コインの山じゃないか!!」
「また“大物”よ!きっと!あれ、でもあそこにいるの、ミミックじゃない?」
「そんなことはどうでもいい!やっちまうぞ!」
「ひゃっほー!」
背中もないのに冷や汗が垂れる、ような気がした。さっきの冒険者だ。
最奥地まで行くのを諦め、引き換えしてきたのか。どうする、やばいぞ。本気でやばい!
「おいおいおいおい、たかだかミミックが、貯め込んでるじゃないか。問答無用、“一閃一躍“!」
斬撃がすぐ脇を掠める。なんとか一撃は逃れた。どうする、毒か、酸か。いや、逃げて、”模倣“で耐え忍ぶか?!いやでも、核を見られたし、金が!コインが!!
「興奮しすぎ。外れてんじゃん。私がやる。焼き死ね、“火中晏然”!!」
火柱が地面に水平に飛んでくる。俺の速さじゃ逃げ切れない!ああ、とにかく“模倣”!
岩に擬態し、炎を耐え忍ぶ。擬態は姿形だけでなく、熟練度によって、その性質まで模倣する、が、俺は半人前のミミック、完璧な模倣は出来ず、身体が蒸発していくのが分かる。
痛みは性質上ないが、ミミックには核があり、それを傷つけられると致命傷だ。ああ、熱が核にまで及んでいる。ジリジリと身体は蒸発し、さきほどまで1mほどあった直径も、今や30cmほどだ。
絶体絶命と思った時、火は消えた。MPが尽きたのか。
「はっくしょんっ!あ、ごめん、集中切れちゃった。まだまだ行くよ!」
ああ、これが死か。またか。人間の人生もあっけなかったが、ミミックとしての人生(?)も、親父に及ぶ前に尽きるのか。
最後にコインを一目・・・。
いや、どうせ死ぬなら、コインを冒険者に渡してしまうのも、癪だ。
魔物にとって、冒険者に殺されるのは日常?何が日常だ、栄誉だ!俺は最後まで邪魔してやるぞ!
邪魔してやるぞ!!コインは渡さねぇ!!!!!!
目の前のコインの山にダイブする。自分の酸で溶かしてしまったらいけないと思って、一度もやることがなかったコインダイブ。
怪しい雑誌の一番最後のページにあった、バスタブに万札を満たした男のように、俺はコインに埋もれる。酸性の身体に触れたコインは、溶けていく。ああ、溶けていく。次から次に。300年コツコツ貯めたコイン。俺の生きがい。親父、お袋、ダメなミミックだったかもしれないが、俺も行くぜ・・・。
見る見る溶けて行くコインを目に、唖然としている冒険者二人。先程倒したドラゴンが落としたコインは、3万枚。
それでも、目算1万枚もありそうなコインが溶けて行く様を見て、放心してしまった。もったいない!
そう二人が思った時、異変に気付いた。スライムが黄金に輝いている。それだけでなく、見る見る身体が大きくなっている。
なんだかやばいと思い、逃げようとしたが、なぜだか身体が動かない。
足元には金色の粘液。コインに目を奪われ、この部屋全体がミミックだということに気づかなかった。
壁と天井、そして床が黄金の輝きを放った瞬間、冒険者ごと、あたかも溶かされたかのように、一匹の魔物に集約した。
・・・
あれ、なんだ、俺、生きてんのか?え、というか金色だ!あ、さっきのコインを捕食したから?なんだ、これ?魔力なんか、“模倣”のスキルを使うための、ごくごくわずかな量しかなかったのに、めっちゃ増えてる?なんだこれ!なんだこれ?!?!
その時だった、あたり一面に光が満ちる。黄金の下卑た、下品な、ギラギラとした輝きではなく、神々しいとでもいうのか、温かい光がダンジョンと、黄金の魔物を照らす。
姿は眩しくて見えない。
「え、金色のミミックとか、超ウケみ増し増しじゃん。やばみはんぱな!」
どこかで聞いたことのある声だ。
「あ、てか、このダンジョンのオーナー、死んじゃったのね。さっきの冒険者(笑)にやられて。
だから、代わりに、よろ。強みはいけるっしょ。支度金と、新しいスキル“換金”あげとく。
そうね、まずは月に500枚、コインを献上すること。
できなかったら、オーナーの首をすげ替えるだけだから。てか、首ないし〜、ウケみ。
とりま、そういうことで〜」
あっけに取られる俺。唖然とする俺。
え、説明。ノット イナフ 説明。わかんない。わかんないよ!
(おい!ちょっと!)
「え、今から彼ぴんとこ行くんですけど」
(いや、説明が不十分だろ?!ちゃんと説明しろよ!!)
「は、うざ。ああ、でもクレームきたら、ヤバみ」
考える素ぶりを見せた次の瞬間、A4の紙をホッチキスで閉じて作った一冊の冊子のようなものが忽然と現れた。
「それに聴いて。一冊しかないから、大事にしてよ。もうガチで帰るから。マジうざ。」
そういうと光は淡く掻き消えた。なんか、ああいう生徒いたわぁ、と、その衝撃で300年以上の前ことは鮮明に思い出したのに、今現在の状況をすっかり忘れていた。
表紙にはこう書いてある。
「ダンジョン経営ステラトジー
〜ダンジョン経営のイロハを学ぼう〜」
======現在の情報======
所持金:
500G
資産:
・「ゴルデンミミック(変異種)」=40000G
・「冊子」=???
スキル:
・“模倣”=対象物に擬態する。
・“換金”=???
・“捕食”=対象物をHPに変換する。
・“毒手=相手にわずかな物理ダメージと、毒効果を与える。
・”暗殺=相手に気付かれず攻撃に成功すると、攻撃力が3倍になる。
ステータス
・HP=120+10000
・MP=20+10000
・物理防御力=60+5000
・物理攻撃力=300+5000
・魔法防御力=20+5000
・魔法攻撃力=20+5000