入れ替え転生
夜遅くなってクタクタになって彼は帰宅した。
帰宅して家の門を開けると同時に彼はすぐに二階に駆け上がり、自分の部屋に入り、スーツ姿のままベッドに飛び込んだ。
彼の名前は無内定春、今年二十二歳の大学四年生、就職活動中だ。
正確には就職活動に百社落ちてもれなく落ち込んでいる就活生だ。
黒のスーツを身に纏い、何万社もの会社説明を受け、何千枚もの履歴書を書き、何百回面接をこなし、一社もう受からなかったダメ就活生だ。
一社も受からなかったことには多分、色々理由があるのだろう。
色々あるのだろうけど、一つ最も代表的な欠点をあげるとすれば、内気な性格だと思う。
自信満々の猛者が意気揚々とキレの良い「失礼します!」が言える一方、それが彼にはとても苦痛に感じてしまう。
理由はない。ただその雰囲気についていけないだけだ。
繰り返されてきた性格検査、そこであなたは自信がありますか?ありませんか?というニ択にありますと答えられない。
そこであると答えられないがために一つも受からなかったのだと思うと、目の前が暗くなる。
「定春、御飯よ!」
母の声が下の台所から聞こえた。
「いらない」
とても食事がのどを通るような気分ではない。
布団に潜り、目をつむるとふと今日の面接官の言葉を思い出してしまった。
「なぜわが社を選んだのですか?」「わが社に貢献できることはなんですか?」
「学生時代は何をされてきましたか?」「あなたはわが社に向いていないですね」
「だったら僕が何に向いているか教えてくれよ・・・」
思わず布団の中でか細くつぶやいてしまった。
ふと自分のベッドをそのまま映している鏡を覗きこんだ。
そこには疲れ切った顔をした、よく中学生と間違えられやすいくらい童顔な自分の顔が映っていた。
(だめだ、泣きたいという感情より疲れが上回っている。
今日はもう寝てしまおう、明日の面接のためにも・・・いつ終わるのかもわからないこの戦争を生き抜くためにも・・・)
そう思い、定春はスーツ姿のままベッドの上で眠りに入ってしまった。
一話 入れ替え転生
目が覚めると定春は赤のカーテンで覆われた、おとぎ話のお姫様が眠るようなベッドの中に入っていた。
そして部屋も自分の記憶にある自分の部屋とは全く違う部屋だった。
部屋の壁は全面、赤一色で塗られていて、部屋の真ん中には赤の椅子が置いてあり、椅子の上には真ん中あたりのページで開いたままの本が一冊、無造作に置いてあった。
赤い本棚が二つあり、本棚の上には可愛いウサギのぬいぐるみが置いてあった。
(どこだ? ここ・・・)
定春は何故自分がこんな部屋にいるのか前後の記憶を辿っても思い出せなかった。
とりあえずベッドから降りようと思い、部屋の床に足を下ろし、立ち上がろうとした時、自分の体の異変に気づいた。
やたらと胸が重いことに気づいた。
まるで女性の胸みたいだ。
ベッドのすぐ隣に全身を映せる程大きな鏡があったので、そこで自分の体の異変を確認しようと考えた。
定春は鏡の前に立った。
鏡の中には赤いパジャマを着た、胸の大きい赤い髪のミディアムヘアーの女の子が映っていた。
(え!)
定春は事態が全く飲み込めなかった。
どうみても鏡に映っているのは女の子だ。そして自分が右腕を上げるとその女の子も右腕を上げ、首を右に向ける女の子も右に向ける。
自分、定春が女の子になってしまったようだ。
定春はしばらく混乱していたがとりあえず部屋を出て、外に出ることにした。
(こ、これは多分夢だろ? 顔を洗えば醒めるはずだ・・・とりあえず洗面所探そう・・・)
定春は部屋の扉を開けて外に出た。
開けると定春の目にはガラスの窓から広がる美しい森が映った。
そして細長く伸びるまばゆく光る床の通路。
定春の住宅街にある家とは大違いだ。
「よくできてる夢だなあ・・・」
定春は思わず口にした。
しかしここで定春は声を出したことで声まで女の子の高い声になっていることに気づいた。
(窓から森が下に見える所からここは二階か三階あたりなのだろう。
とりあえず一階に降りて外に出よう)
定春はとりあえず階段で下の階に降りることにした。
定春が階段をゆっくり降りていると、1人の青いメイド服を着た青い髪の女性に出くわした。
「ジャンヌ様、お早うございます!」
女性は定春に挨拶した。
「お、お早うごじゃいます・・・」
定春は言葉に詰まってカミながらも女性に挨拶し返した。
メイド服の女性はそのまま二階に上がっていった。
(それにしても・・・夢にしてはリアルだなあ・・・)
定春はそう思いながらも下の階に降りていった。
一階まで降りると階段のすぐ横の部屋に大きな広間が見えた。
部屋の中を覗き込もうとしてガラスに顔を当てたその時、誰かに後ろから肩を触られた。
「うわっ!」
定春はビックリして思わず後ろに下がった。
振り返ると赤いマントに銀色の鎧を身に着けた赤い髪に赤い髭を生やした中年男性が立っていた。
「はっは! そんなに驚かなくても良いじゃないか! 我が娘よ! さあ、いつものように朝のおはようのパンチを私にくれたまえ!」
中年の男は満面の笑みで定春に言った。
「下らないことやってないで入って下さい! もう朝食の準備できてますよ!」
大広間の扉から青いメイド服を着た初老の女性が出てきて、中年の男と定春に向かって言った。
「ベティさんすみません! 娘との朝のスキンシップを済ませたら入ります!」
中年の男はベティという初老の女性に言った。
「そんなこと良いから早く入って下さい旦那様! スキンシップだか知りませんがそうやってジャンヌ様を甘やかしても何にもなりませんよ!」
「もう、ベティさんは厳しいなあジャンヌよ。とりあえず飯だ!」
定春は渋々このジャンヌと呼ばれている女性の父親の後ろにくっついて大広間に入った。
大広間に入ると細長いテーブルの上に、肉、野菜、パン、スパゲッティ、林檎、豆・・・ありとあらゆる食べ物が一面に置いてあった。
「旦那様、いつもながら申し上げておりますが、朝食の時くらい甲冑をお外しになられたらいかがですか??」
ベティというメイドが定春と父親が向かい合う席の父親側の席の横に立って、父親に言った。
「ベティさん、いつも言っているじゃないですか。平日の出勤日は朝からこの勝負服に身を包むことで気合いを入れていると」
父親はステーキをナイフで細かく切りながら誇らしげな顔でそう言った。
「まあ、旦那様がそういうならよろしいのですが。今日の旦那様の日程は朝からモンスター狩り専門ギルド、ウィルオーシャンズの依頼で氷河地帯でコルドドラゴンの討伐、13時からレアアイテム専門ギルド、トレジャーキングの依頼で砂漠地帯で劫火草20本の採取、17時から同じくトレジャーキングの依頼で森林地帯で月下の実を7つ採取、といった予定になっております」
「わかっていますよベティさん。自分の日程くらい自分で確認できていますよ」
父親は面倒くさそうな顔でベティの確認に返事した。
「そうおっしゃいますがハルバード様、一週間前にクラウンナイツのブルー鹿討伐の依頼、お忘れになったこと、覚えておいでですか?」
ベティは訝しげな顔で父のハルバードに質問した。
「いや、あれはたまたまでな・・・」
「ああいったことが起きないためにも、我々メイドが旦那様の日程を管理、報告しなければならないのですよ。特に旦那様には子供の教育の方にも力を入れてもらいたいものですね。旦那様がしっかり教育なされないからジャンヌ様は今だにどこかのギルドに再就職されないのです。才能は旦那様以上のモノを持ちながら・・・勿体ないことこの上ない!!」
ベティは定春の方を睨んでそう言った。
「いやあ、ジャンヌには良い婿がつけば良いと私は考えているんだよベティさん」
ハルバードはベティをたしなめるように言った。
「花嫁修行として洗い物の一つもできない今のジャンヌ様に婿などつくはずがありません。それよりジャンヌ様は旦那様のような優れた魔法や戦闘の才能をお持ちなのですからそちらの方に才能をお活かしになられた方が婿もつきましょう」
「しかしジャンヌも花嫁修行頑張っていると思うんだけどなあ」
ハルバードは少し困った表情でベティに言った。
「頑張っているだけではどうにもなりません。ジャンヌ様は細かいことを上手くこなすのには向いておられないのです。旦那様の方からもギルドへの再就職、ちゃんと勧めて下さいませ!」
ベティは険しい表情でハルバードと定春の両方を見た。
訳がわからなかった。起きたら別の部屋にいて女の子になっていて家が森に囲まれた大きな豪邸になってて・・・。
食事を終えて自分の部屋に戻った定春は起きていることを頭の中で整理した。
もしかしたらこれは夢ではないのかもしれない。
そう思い始めたので定春はもう一度寝ようと考えてベッドに横になった。
もう一度寝て起きたら元に戻っているかもしれない。
そう思って目を瞑って眠ろうとした所で扉をコンコンッと2回ノックする音が聞こえた。
「は、はい!」
定春は扉の鍵を外した。
扉が開き、ベティが本を数冊、紙を数枚持って現れた。
「お嬢様、いつもの勉強の時間でございます。いつまで寝間着のままでいらっしゃるおつもりですか?早く着替えて下さいませ!」
ベティが厳しい口調で言った。
そう言われて定春は部屋の服掛けのハンガーにかかっている服を選んだ。
どれも赤をベースとしたスカートと上着ばかりだった。
どうやらこのジャンヌという子は赤色が大好きならしい。
定春は適当に赤いワンピースを選び、目を瞑りながらなるべく体を見ないようパジャマを脱ごうとした。
「・・・何をしておいでですか?」
ベティは、目を瞑りながら自分の体に触れないよう慎重に着替える定春のおかしな着替え方を見て言った。
「いや、いくら夢とはいえ女の子の体に触れるのは失礼かなと思いまして・・・」
定春はベティに向かって言った。
「何を訳の分からないことを・・・。早く着替えてくださいまし。今日は午後から就職訓練学校でしょう?こちらでの勉強時間も長くは取れないのですよ!」
ベティは定春を強く叱りつけた。
定春は観念して目を開いたまま、しかしやはり肌には絶対に触れないよう慎重にパジャマを脱ぎ、赤いワンピースに着替えた。
着替え終わった定春を見たベティは10センチ程度の短くて茶色い杖をポケットから取り出し、それを一振りした。
すると黒板が宙に浮いたまま現れた。
「それでは朝の授業を開始します。まずはいつものように簡単な魔術式の筆記から解いてもらいます」
ベティはまた杖を一振りした。
すると今度は問題用紙が現れた。
ベティは空中で舞う問題用紙を掴み、椅子に座る定春の机にそっと置いた。
定春が問題用紙を覗き込むと見たこともない文字で書かれた短文が10数文くらい並んでいた。
(英語でもスペイン語でも中国語でもない。どこの国の言葉だ?)
「時間は10分です。始めてください」
ベティが開始の合図を出したが、そもそも何と書いてあるのかもわからないのに解けと言われて解けるはずもない。定春はとにかく真剣に解いているふりだけを続けた。
「ん?もう5分経っているのに一つも解いてないじゃないですか?ジャンヌ様、また私には簡単すぎて真面目に解く気起きないとか言い出すおつもりですか?」
ベティの発言からこの体の持ち主の女の子はそうとう頭が良かったんだなと推測できた。
「はあ・・・わかりました。私から貴方に教えられることはありません。早く職業訓練校に行く準備を済ませておいてください」
そう言ってベティは部屋から立ち去って行った。定春はベティが部屋の近くにいないことを確認するとすぐに部屋中のありとあらゆる引き出しを開けた。とにかく情報を集めないと。ここがどこでこの体の子が何者なのか?何が起きたのか?
部屋中の物を漁っていると古びた本を見つけた。
驚くことに他の本は全て訳の分からない言葉で書かれているのに対し、この本だけは堂々と日本語で書かれていた。表紙には「異世界語」と書かれている。
開いてみるとまず「おはよう」と書いてあり、次に英語、中国語、韓国語、その他の言語で書かれていた。英語が「グッドモーニング」と書いてあるあたりから、各国の「おはよう」が書かれているのだろう。
ページを進める度に「こんにちは」「ありがとう」等自分の知っている範囲の言語が出てきた。ページを調子良くめくっているとページのすきまからポロっと手紙らしきものが落ちてきた。
定春がそれを拾うと手紙の一番上に大きな文字で「私が異世界から呼んだあなたへ」と書かれていた。定春は気になり、手紙を上から順に読んでいくこととした。
「この部屋の中に異世界語で書かれた本はこの一冊だけなので、あなたが必ずこれを手に取ることを予想してこの手紙をこの本に挟んでおきました。私の名前はジャンヌ・フレア。あなたを異世界から呼んだ、その体の持ち主です。突然の事態にあなたは戸惑っていることでしょう。ここがどこでその体が誰の者なのか?ここはアルカディア国。あなたと私は「異世界肉体転移魔法」によって体が入れ替わったんです。ですのであなたがこれを読んでいる頃にはあなたの体には私が入っていることでしょう。
私が何故こんなことをしていたかと言うと、私はこの世界に退屈してしまったからです。
私は由緒ある魔導士の家系であるフレア家に産まれ、才能ある魔導士としてこの国に認められています。周りは私のことを魔法の天才だと褒めてくれます。
ですが私はどうしてもこの日常に退屈してしまいました。魔法決闘をすれば私にかなう魔導士は男の子も含めこの国にはいません。魔物が街を襲えば私が魔術を少し使えば簡単に退治できます。
でも、こんな魔法で何でもできてしまう人生では努力の価値を見出せません。
そこで私はある闇市の老人から禁術である「異世界肉体転移魔法」の存在について教えてもらいました。その術はその名の通り、異世界の住民と私の体を入れ替える魔法です。
あなたが今ここで私の体に入っているのは私がこの術を使ったためです。
あなたのことを巻き込んでしまったことは本当に申し訳なく思っています。
だけどあなた達の住む異世界に行く方法はこの方法しかなかったんです。
もし元の体に戻りたいとお望みならば、私が禁術を教わった闇市の老人を探して下さい。
彼なら戻り方を知っているはずです。
あなたの本来の日常は私がちゃんとこなしておきます。
最後に、本当にごめんなさい」
手紙を読み終わると定春は深いため息をついた。
「自分勝手な子だなあ・・・」
(魔法で何でもできてしまう人生には価値が見いだせない?贅沢な悩みだなあ。僕なんて自分が何もできていないという人生に価値を見いだせていないのに・・・)
「お嬢様!馬車の準備ができました!すぐに降りてきてくださいませ!」
定春が心の中で呟いていると部屋の扉の外からベティの声が聞こえた。
どんな荷物を持っていけば良いのかわからないがとにかくリュックに荷物を詰め込んで、学校指定の黒コートを着て部屋から出た。
馬車は美しい森を渡って学校に向かって行った。馬車とは言うが御者がいるわけではない。御者なしで勝手に馬が目的地に向かっているのだ。
美しい森は自分のいた世界の森と全く変わらない美しさで、異世界とは言え自分のいた世界との違いなど微塵も感じさせなかった。強いて言う違いは自分の世界では御者なしに馬車が動くわけはないところか。
------10数分で馬車は目的の地を目前の所まで来ていた。
定春の目に映ったのは学校というよりも西洋の城だった。
天辺が三角円錐の形をした建物。
例えるなら魔法使い映画に出てくる魔法学校。
定春の通っていた大学のキャンパスより何倍も神聖な雰囲気を感じる建物だ。
(そうか、よく考えたら実際、魔法を今から習いに行くんだ)
定春は眼前の城のような学校に圧倒されていた。
校門で馬車は止まり、扉が1人でに開いた。
定春が馬車から降りると校内に入る黒コートに身を包んだ学生の目線が定春に集中した。
(なんだ?なんで皆僕のこと見てるんだ?)
定春は周囲の目線を気にしながらも学生の群れと一緒に校内に向かった。
ベティからあらかじめ教室の階とクラス番号を聞いていたがこうも学校そのものが大きいとクラスを探すのも大変だ。
「よおジャンヌ!」
廊下を歩いていると後ろから声がした。
振り向くとスポーツができそうな背丈と顔立ちの三人の男子がいた。
「お前学校2週間もさぼって何やってんだよ!皆心配してたぞ!」
三人の男子のうちの1人、金髪のイケメンが声をかけてきた。
「ああ、うんちょっとね・・・」
「何からしくないな。いつものお前なら「あんたには関係ない」とか言いそうなのに」
イケメンは微笑んで言った。定春の高校時代にもこんな誰にでも良くしてくれそうなイケメン男子がいた。
「ああ、うん。ごめんちょっと急ぐから。」
定春は三人を振り切って教室に向かった。
「らしくない」のは当たり前なのだ。自分はジャンヌではないのだから。
だからこそあの場で話を続けるとぼろが出そうで怖かった。
だがさっきのあの三人の反応から見るとこの子、ジャンヌは別に友達がいない子って訳でもないみたいだ。むしろ人気者なのではないだろうか?
定春はベティに言われた5階の3-A教室に入った。
教室に入り、ベティに言われた通り右後ろから3番目の席に座った。
教室の中は男女半々の割合だった。
ある者は立ち話をし、ある者は席に座りながら読書し、ある者は眠りこけている。
定春の世界の教室と大して変わらない光景だった。
しかし、立ち話をしている女子の様子は少し変だ。
定春の方を見ながらニヤニヤ笑い話をしている。
定春は高校時代のいじめられた経験から直観的に定春、いやジャンヌがあの女子グループに嫌われているのだと理解した。
定春が席について一分もしないうちに黒コート姿で中年の男性教師がガラッと強い音で扉を開けて教室の中に入ってきた。
「皆席につけ!」
この一言で立ち話をしていた女子グループが各自の席に座った。
こんな光景も定春の世界の学校と変わらない。
「今日は魔法決闘の授業だ。各自、鎧に着替えて武器を用意して屋上に集まるように。男子は隣の教室で着替えるように」
そう言って教師は教壇を立ち、教室から出ていった。
同時に男子が続々と教室から出て、女子だけの空間となった。
まるっきり体育の授業だ。
そして女子が続々と着替え始めた。
中には魔法で一瞬で黒コートから鎧に着替える者もいた。
定春はリュックの中を開けて、ベティが用意していた赤い短刀と赤いビキニスーツの鎧を取り出した。
やたら露出度の高い鎧だがベティの趣味なのだか、父親の趣味なのだか、それともジャンヌ本人の趣味なんだが・・・。
それにしても先程は男子三人に声をかけられたのに女子からは声をかけられない。
それどころか心なしか、定春の方を見てニヤニヤしている女子グループが多々いるように感じた。
もしやジャンヌは女子からいじめを受けていたのだろうか?
着替え終わり、定春は屋上に移動する女子の群れに混ざった。無論、会話する相手はいないのだが。
屋上につくと教室の生徒以外の生徒も待機していた。どうやら他クラスとの合同練習らしい。
皆様々な個性的な鎧と武器を持っていた。重そうな鎧、逆に定春のように軽装な鎧。武器は弓、刀、槍、ハンマー等個性豊かだった。
定春の赤い短刀はなんとなく貧相に感じた。
生徒がガヤガヤと話している中に先程とは別の20代くらいの比較的若い教師がやってきた。
背が高く、筋肉質な体をしているのでおそらく体育教師なのだろう。
「よし皆! 今日は決闘の授業だ。今までの魔法の練習や組手、トレーニングの授業の成果をお互いにぶつけあえ! 当然、3年の皆が卒業後就職するギルドでも必要になってくる技術だ。まずは魔力順位1番と2番の者から皆の手本として決闘してもらおうと思う。3-A、ジャンヌ フレア! 3-B ジルド ゴールド!」
定春はいきなり自分の名前を叫ばれてビクッとした。
そして生徒の群れを割ってゆっくりと教師の前に出ていった。
もう一人名前を呼ばれて前に出てきたのはなんと朝廊下で声をかけてきた金髪のスポーツのできそうなイケメンだった。
「お前達は今期の魔法実技の成績1位と2位だ。皆の見本になるような良い試合を見せてくれ!」
若い教師はさわやかな笑顔をジャンヌとイケメンに向けた。
「ルールは3回先に相手に攻撃を食らわせるか参ったと言わせた方が勝ちだ。魔法の使用回数に制限はなしだ。始めてくれ!」
合図とともにとりあえず定春はイケメンの方に短刀を向けた。
イケメンの武器は金の大剣だ。
しかし魔法は当然として相手と殴り合いの喧嘩すら生まれて一度もしたことのない定春が決闘等無茶な話だ(一方的に殴られた経験なら何度かあるが)。
定春はイケメンと向き合っているだけで硬直した。
「おお、さすが成績1位と2位だ。お互い相手の出方を伺っているぞ。隙が無い」
ギャラリーの生徒の群れからそんな声がしたが何を勘違いしているのやら。
出方を伺っているんじゃなくて出方がわからないだけだ。短刀の使い方も魔法の使い方もわからないだけだ。
「おいジャンヌ。手加減しなくても良いんだぜ。俺じゃお前に勝てないことは一番俺が分かっている。1位と2位て言ったってそれは学内での話だ。この学校に戦闘でお前に敵う相手なんて教師含めていない」
イケメンが向かい合いながら話かけてきた。
そんなにジャンヌは凄い子だったのか。ベティさんや父親が朝食の時に褒めちぎっていたのは本当だったんだ。
だけどそれはジャンヌだった時の話だ。学内最強のジャンヌに対して定春は間違いなく学内最弱だ。
いっそ肉体転移魔法とやらが知識やスキルもそのまま受け継いでくれるものだったら良かったのに。
武器を相手に向けたままどちらも仕掛けず様子見の状態が1分続いた。
「珍しいなジャンヌ。いつものお前なら開始そうそう先行仕掛けてくるのに様子見だなんて。いいぜ。たまには俺の方から先行とってやるよ!」
そう言うとイケメンは大剣を握ったままこちらに突進してきた。
サダハルは振り下ろされた大剣を右へかわした。
ここでサダハルは一つの事に気づいた。
(僕がジャンヌさんの体に入ってもジャンヌさんの身体能力は変わらないみたいだ。今の攻撃、普段の僕じゃ絶対回避できなかった)
イケメン再びサダハルの方へ突進して切り込む構えをとった。
そして振り下ろされた大剣を再び避ける。
イケメンは避けるサダハルを見てポカンとした顔をした。
「本当にらしくないぞ。いつものお前なら攻撃を回避したらそのままカウンターしかけてくるのに避けるだけなんて。体調でも悪いのか?」
そんな度胸サダハルにはない。やはりジャンヌは戦いのセンスが半端なかったようだ。
「じゃ、ウォーミングアップはこの辺にして本番と行きますか!ジャンヌ、お前もちゃんと本気出してくれよ!」
イケメンが30メートル離れた所にいるジャンヌの方に大剣の剣先を向けた。
「ジン・チェ・ドールゴ」
イケメンが何か呟くと大剣の先から金色の岩なだれがジャンヌの方に向かって流れ出てきた。
得体のしれない攻撃をジャンヌはかわした。
得体のしれない攻撃があたった地面はアイススケートのスケートリンクを黄金にしたようになっていた。
「あれはジルドの得意技、黄金石化魔法!あれを生物が食らったらカッチコチになった金の石像になっちまう!」
外野の生徒がイケメンの放った技を解説してくれた。
(一瞬で石像に?つまり石化魔法か。でも普通そんなの食らったら死んじゃうんじゃ?)
サダハルの脳裏に一瞬死がよぎった。
(いやいや!そんな危ない魔法なら学校の授業で使ったりしないだろ!死ぬほどの魔法じゃないはずだ)
「ジャンヌ。こっちが魔法使ったんだからお前も使えよ。まさか魔法無しで勝とうなんてふざけた縛りプレイで楽しんでいる訳じゃないよな?」
イケメンは少しイラっとした口ぶりだ。
(どれだけジャンヌさんは自信家だったんだよ。魔法使いたくたって使えないんだよ!)
イケメンの言動1つ1つからジャンヌの人物像が出来上がっていった。
(…待てよ。ある!使える魔法一つだけある!)
サダハルは朝ジャンヌの部屋でめくった本の中に日本語で書かれた呪文があったことを思い出した。
それをいくつか思い出した。
(よし、試してやる!)
サダハルは2発目のイケメンの岩なだれ魔法を避けて短刀の切っ先をイケメンに向けた。
(これであってるよな?)
「フレイア!」
サダハルが呪文を叫ぶと切っ先からライターから出る火のような小さな火がちょろっと短刀の切っ先から出た。
(え!もっとドバーッと凄い火炎放射が出るんじゃないの?!こんなの煙草に着ける用の火だよ!)
サダハルはイメージしていた火炎魔法と実物の違いに驚いた。
「おいジャンヌ。全然魔力込めてないじゃんか。お前の得意な炎魔法だったら校舎まるごと灰にしちまうから遠慮したのか?」
イケメンが再び岩なだれ魔法をサダハルに放った。
サダハルが避けると再び地面が黄金の氷漬けになった。
(仕方ない。朝読んだ呪文を色々試していくしかない)
サダハルは再び短刀の切っ先をイケメンに向けた。
「クパース・サンダ!」
切っ先から電気が出たがこれもイメージしていたのとは違う。
電撃呪文を放ったのだが電撃というよりは静電気程度だ。
短刀の周囲を静電気が覆っている程度。
(これもダメか。相手に向かってレーザーが飛び出るくらいをイメージしてたのに)
「それも魔力込めてないな。遊びが過ぎて段々イライラしてくるぞ、ジャンヌ!こっちは真剣にやってんだからさ!」
イケメンはさっきより一段と怒り気味だ。
(魔力が込もってない?じゃあ魔力を込めれば彼の岩なだれみたいなちゃんとした攻撃になるのか)
それがわかってもサダハルは魔力の込め方なんて知らない。
(仕方ない。次の魔法にかけるか!)
それしかない。魔力の正しい込め方がわからない以上は朝読んだ呪文をひたすら試し打ちするしかない。
再び切っ先をイケメンに構える。
(凄いの出てくれよ!)
「ウォルタ!」
次は水の呪文だ。だがさっきまでの火や電気とは打って変わって濁流のような勢いのある水が切っ先から飛び出てイケメンを襲った。
「でけえ!」
濁流にイケメンは一瞬驚いたが瞬時に防御態勢に入った。
「ドルーシ・ドールゴ!」
イケメンが呪文を唱えるとイケメンの目の前に黄金の一枚壁が出現した。
壁は濁流からイケメンを守り、壁によって二つに分岐した濁流が生徒に当たった。
「うわー!」
周囲の生徒達は濁流に流されたが屋上に張り巡らされた透明な結界のおかげで地上に落下することはなかった。
1分くらいで切っ先から出る濁流は止まった。
イケメンの出した黄金の壁も透明になって消えた。
「ふうっ…参った!!!」
イケメンが大きな声で叫んだ。
「え?」
周囲の生徒とサダハルは池面の一声にポカンとした。
「…ジルド・ゴールド、参った宣言により、ジャンヌ・フレアの勝利!」
周囲と一緒に一瞬ポカンとしていた体育教師だったがすぐに我に返って判定を下した。
「えっと、なんで?」
サダハルがイケメンに詰め寄って聞いた。
「なんでじゃねえよ。お前なんでわざわざ一番不得意な水魔法使ったんだよ。お前あのまま苦手な水魔法だけ使って俺を倒そうとか考えてただろ?そんな舐められた戦い方でやる気になれっかよ!」
イケメンは不満げにサダハルに言った。
「ただ…お前苦手だからって練習してなかった水魔法の練習してたんだな。あんな洪水起こしそうな水、前は出せなかったじゃん」
イケメンが少し賞賛してくれた。見た目といい発言といい、少女漫画の王子様役で出てきそうな奴だ。
「まあ出来レースだよな。ジャンヌに勝てる奴なんてこの国にいるかも怪しいもんだし」
「でも水魔法だけは学内最下位くらいだったのにいつの間にあんなの出せるようになってたんだ?」
外野の生徒がガヤガヤし始めた。
(それにしても、本当に何でだろう?水魔法を別に特別練習してきたわけでもないし、火魔法、電気魔法を出した時と同じ調子で唱えただけなのに)
サダハルは自分のしたことに自分でも何故できたかわからなかった。
ただ、イケメンに圧倒的な力の差でねじ伏せられてジャンヌの評判を落とすというシナリオだけは避けられた。そこからジャンヌとサダハルが入れ替わったことを知られて面倒臭いことになるというシナリオだけは。
(でもむしろ知られた方が良かったのかな?そうすれば国中の人が元に戻る手助けをしてくれたかもしれない)
一瞬そう考えたがふとジャンヌの手紙に書かれた一文を思い出した。
(禁術である「異世界肉体転移魔法」の存在について教えてもらいました)
禁術。この一文だけでもし知られたらどんな目に合うか簡単に想像つく。
(やっぱり入れ替わった事実を話す相手は慎重に選ばないとえらい目にあいそうだ)