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懺悔  作者: 鳥丸唯史
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「輝き」

 ◇◇◇


 私は夢を見た。長い、長い夢だ。

 あれから仲間は少しずつ増えていった。幸いにも誰一人、欠けずにいる。今のところは。

 船も随分と大きくなった。クビカリと戦う武器も増えた。しかし、破壊すればするほどクビカリは改良されていく。工場の場所も未だ見つからない。

 何か、酷い見落としがあるのではないか。実は既にパズルのピースはそろっていて、無視しているだけではないのか。キャプテンに告げ忘れたことがあるのではないのか。まだ何か、大切なことを思い出せていないのではないのか。考えても、考えても、何も浮かんでこない。

 私はただ研究を繰り返す。与えられた研究室は昔の職場よりも狭いが、不思議と開放感がある。取り上げられた緑化の研究が再開できたことにささやかな喜びを感じている。世界に新しい海ができるまで、砂漠化した土地に緑を作ること。それが私に課せられた使命なのだ。

 ンナウドの骨粉の使い道は検討中である。本音としては新しい海に散布したい。私のできる彼らの弔いだ。もしかしたらそれが良い反応をもたらして海藻が生えてくるかもしれない、というのは甘い考えだろうが。

 政府はいつまで経っても建設的な動きを見せないでいる。政権は崩壊し、責任のなすりつけ合いばかりだ。反政府を含むテロリスト集団のせん滅により、クビカリを歓迎する国家まで現れた。必要悪だと唱える評論家も増えた。

 クビカリの被害者の数は年々桁を増やした。そのほとんどが無関係な一般人の巻き添え。特に〈ハゲタカ〉の爆撃は数知れない。一人の犯罪者を狙うために十も百も無害な人間を殺すのだ。

 恐ろしいのが刑期を終えた人への攻撃。奴らは常に警吏軍などのデータバンクにアクセスして更新しているだろう。釈放は奴らにとって害虫の解放だ。反省の意など理解しない。それを見越しての釈放があるのも事実だった。各施設は相変わらず満員御礼状態。牢屋にいる間は安全だとわざと捕まろうとする人々が増えたせいだ。しかしながら、巻き添えというものがある限り安全地帯はどこにもないだろう。

 巻き添えの中でも問題なのが外見に対する誤審である。クビカリは与えられた人相学を元に犯罪を起こしやすい顔をしている者も狙う。これは犯罪の芽をあらかじめ摘むための強烈な農薬といえる。結果的に予防策として整形が流行り、貧困層が死んでいく訳である。

 はたしてこの世界にどれだけの善人と悪人が生き残るのだろう。クビカリは勧善懲悪を望んでいる。そもそも、真の善人はどれだけこの世に存在しているのだろうか。


「悪を倒すには悪になるしかないんだよ。悪を地獄へ引きずり落とせるのは悪だけ。突き落とせるのも悪だけなんだよ」


 そう言ったのはサボアだった。彼女こそキャプテンが見つけた最初の仲間だった。

 サボアは彼が来るのを待っていた。彼が生まれてからずっと、ずっと待っていた。


「お前が目覚めるのも待っていたさね」


 黒いフードの奥で笑う老婆に身震いをした。私の一瞬で失った二十年と、彼女が生きた二十年。どっちが重いと言えるだろう。彼女の生命力は執念で支えられ、ここまで来たのだ。

 テスラによれば彼女は盲目だ。占い師としての才能を開花させたのと引き換えに視力が失われた……いや、見えるものが変わったのだという。専門的には後天性の魔法体質(コンプレックス)だとかで、思春期に発症するケースが多い。

 魔法の力を扱えるのは何もンナウドだけではない。ただ科学から魔法を間引いたことで陸の世界は発展していったのだ。これによりクヌガウドは魔に馴染まない体へと進化させた。よって学問の一つとして存在は残されているものの、実際に魔術を扱える人は稀有なのだ。植物学にもその領域があるのだが、例えば魔法の薬を作ってみようとか、光り輝く花を作ってみようとか、結局のところ単なる方薬であったり、品種改良であったり、「現実的」な範疇に収まってしまうのである。陸の世界は今や魔にとって現れ辛い環境にあるということだろう。占い師もほとんどがビジネスであることないことを経験則や統計学、心理学で客に都合のいいことを告げているだけに過ぎない。

 しかし、サボアは間違いなく本物である。会う人は皆そう感じるだろう。一体何が彼女をそうさせたのか、何が魔の領域へと駆り立てたのか。彼女の口から語られることは今後一切ないだろう。

 占いで工場の場所はわからないのか。私たちの当然の問いであり、答えは当然ノーである。彼女の見えるのは生きている者を対象としたものだという。占いとはそういうものだから。


「でも、魂は持っているようだね」


 その言葉の意味に私は凍りついた。


「お前から聞こえてくるよ。冷たい真っ暗闇から懺悔の声が」


 私はずっと夢を見続けている。「輝き」の夢。


「お前は一度死んだんだよ。だから私にも聞こえるんだろうね――」


 結局、私はジェーンへの脅迫に失敗した。本当に意気地なしの男だと思う。それを嘲笑うように彼女は鼻を鳴らしてどこかへ行ってしまった。

 しかし私はまだ諦めてはいなかった。意気地はないがしぶとさはあった。

 ジェーンが無理ならアイツだ。そう思って社内を歩き回った。彼女がいるならアイツもいるだろうと確信して。

 社長室を見つける。そういえばアイツはタクミノカグ時代からリフォーム好きで有名だったなと思い出す。最後に見てから随分と様変わりしていた。

 スイートルームのようなそこで社員証を拾った。人を小馬鹿にした目付きのアイツ。初めて会った時から気に食わなかった。

 くしゃくしゃの衣類をたどっていくと、二人の声が聞こえた。

「……そういえば、あいつが来てたわよ」

「あいつ?」

「ジョーよ」

「ああ、もう釈放されたんだ。……で、あいつは何て?」

「今すぐクビカリを止めてくれえぇ……だって!」

「あっはは! 似てる似てる!」

 しばらく二人は大笑いしていた。

「あーあ。本当にムカつく野郎だわ」

「で、あいつを追い返しちゃった?」

「ええ。奴はクビよ、クビ!」

「じゃあ電池にすればよかったのに」

「あ」

「だろ?」

「あー、そっか、しまった……」

「ちゃんと考えれば誰にだって価値はあるんだよ」

「そうよね。あいつだってうちの社員だったんだもん。あー、しまった!」

「せっかくクビにしたのに。あーあ」

「もったいないことしちゃった!」

 その後のことは、まだ断片的にしか思い出せない。

 ジェーンが裸の状態でとにかく喚き散らしていた。

「どう責任を取るつもり!?」

 どうやら私はアイツを撃ち殺してしまったらしい。ベッドでぐったりしている。

「あんたは電池すら無理よ! とっとと死ねばいいんだわ! 死刑よ! 死刑! 死刑!」

 とんとん拍子だったと思う。断片的で。紙芝居のような。

 あれは〈ハゲタカ〉の脚に掴まった〈オランウータン〉だった。何をしにやって来たのか、銃声を聞きつけたのか、自分たちを停止させる方法を知っている奴らを消しに来たのか、とにかく私たちの前に現れたのだった。

「ちょっと! こいつよ! こいつを撃って! 人殺しよ!」

 ああ、馬鹿な女だなあ。こんな馬鹿に私は振り回されてきたのか。

 窓枠を破壊しながらバルコニーから〈オランウータン〉が侵入した。

「え! ちょっと! アタシじゃない! あっち! あっちだって! 違う! え! 待って! 待ってアタシは! ちょっと電池! 待って電池電池ィ!」

 あの電気椅子が〈オランウータン〉の腹部に組み込まれていた。

「助けて! お願い助けて! お願いィィ! ぎいぃいいィッ!」

 断末魔と共に腹部を閉じると、〈オランウータン〉は真っ赤な目で私を見た。

 外は炎の海だ。銀色のボディが黄金に輝いている。

 こうなるんだったら、もっと早く二人を殺しておくんだった……。私はつくづく後悔しながら銃を捨て、両手を上げた。


《犯罪者を発見しました。処刑します》


 アイツの声がした。


<了>

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