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アーリル王国の騎士  作者: siryu
旅立ちの章
9/61

第9話 入隊試験から2年後

——世界暦1216年——


「そこまでだ!おとなしく人質を解放して投降しろ!」


「う、うるさい!これ以上近寄ったら人質がどうなっても知らないぞ!」


 若い大柄な男が人質を取って建物の中に立て籠もっており、その周りを騎士隊が集団で囲んでいた。


「ほ、ほら!人質の命が惜しかったらさっさと道を開けてくれ!」


 犯人は右手に持ったナイフを人質の首に当てようとするが……

 

「はい、ストップ!全然駄目だ!」


 囲んでいた騎士隊の後ろから現れて声を掛けたのは副隊長のエリックである。

 エリックは呆れた顔をしながら犯人……役のヴィンスにダメ出しをしていく。


「ヴィンス、相変わらず酷いね。取り敢えず自分の左腕を見てみなさい」


「左腕……って、ああ!!大丈夫ですか!?」


「……」


 ヴィンスは左腕で人質役の先輩騎士を掴んでいたのだがいつの間にかヘッドロックが決まっていた。先輩騎士は途中で何度もタップしていたが演技に夢中だったヴィンスは全く気付かず締め落としてしまったのだ。

 泡を吹いて失神した人質役の騎士は他の騎士達が担がれ救護室に運ばれて行った。

 

「セリフも棒読みで全然犯人っぽく無いし……親子揃って犯人役がここまで下手とかあり得んだろ……」


「も、申し訳ありません……」


 またもや(・・・・)犯人役を演じきれず落ち込むヴィンス。片手で目元を覆いながら毒づいたエリックは自身の後方にいる隊長のラルフに視線を向けると見事にソッポを向かれた。




「で、結局人質救出訓練は中止と……お前が犯人役になって4回連続だっけ?」


「……5回」

 

「そうか……流石に笑えなくなってきたな……」


 昼休憩の時間に城の食堂で軽く落ち込んで食事をしているヴィンスから話を聞いていたのは幼馴染のアーヴィン。ヴィンスが騎士隊に入隊した後に行われた役人登用試験に無事合格し城勤めとなっていた。タイミングが合えばこうして城の食堂で一緒に食事することも多いのだ。


「まああれだ、誰にも得手不得手はあるからな。次こそ上手く立ち回れるように頑張ればいいじゃないか」


「……もう次は無いって」


「……は?」


「さっきエリック副隊長に宣告されたんだ。「もうお前は犯人役卒業だ」って」


「そ、そうか……卒業出来て良かったじゃないか……」


 ちなみにエリックも決して意地悪でそんな決定をした訳ではない。

 基本的に騎士隊員は全員が正義感に溢れている為、犯人役が下手な者は多い。それでもセリフが下手な程度だ。ヴィンスの棒読みも大概だがそれだけならまだ許容範囲である。問題は先程の様に人質役にまで被害が及びかねないからだ。ヴィンスは騎士隊に入隊してから今まで5回犯人役をやったのだが5回とも人質役を締め落としてしまった。今回の訓練でも人質役になった隊員は訓練が始まる前から顔が青かった程だった。これ以上ヴィンスを犯人役にさせると人質役の命がいくつあっても足りないとエリックは判断したのだ。

 

 余談であるがヴィンスの父親である騎士隊長ラルフも若い頃はヴィンスと同じくらい犯人役が下手な事で有名だった。そんなラルフですら周りから諦められて(・・・・・)犯人役を卒業するのに5年掛かったが、ヴィンスはラルフの息子ということもあって上手くなる可能性は無しと判断され「2年で犯人役卒業」という不名誉な最短記録を作ってしまうことになった。


 勿論2人共「卒業」という言葉が決して良い意味ではなくエリックからの皮肉であることに気付いている。これ以上ヴィンスを慰めようがなかったアーヴィンはせめて食事だけは最後まで付き合おうと気遣っていたのだが、当のヴィンスがとても落ち込んでここからは無言だったので全く会話にならず味気ない昼食となってしまったのであった。




「ラルフ隊長、何か御用ですか?」


「ああ、ちょっとな。取り敢えずそこに座ってくれ」


「はい、失礼します」


 昼休憩後、ラルフはエリックを隊長室に呼び出していた。


「お前から見てヴィンスはどう思う?」


「そうですね。犯人役の適正は全く無いかと」


「お前……俺はそんな事聞いていないって分かった上でわざと言っているな?」


「ふふ、失礼しました」


「まぁ……似ないでいい所まで俺に似たのは間違いないから、俺からは何も反論出来ないけどな」


 ラルフの質問に対してわざと見当違いな返事をするエリック。

 人質救出訓練を中断した直後にエリックはラルフにヴィンスの犯人役卒業を進言していた。ラルフはもう少しやらせてみてもいいと思っていたが、エリックから「彼は隊長同様(・・・・)で上手くなる可能性は全くありません」と断言されて渋々了承した。


 それはさておき、勿論質問の内容を理解しているのですぐに言い直す。


「そうですね……彼の力量は入隊試験の時点で私とほぼ互角だったと思います。あれから2年……もう私ではヴィンスに届かないでしょう」


「そうか」


 ヴィンスが入隊して以降、騎士達はこぞってヴィンスに模擬戦を申し込んだ。もっと強くなりたいヴィンスは申し込まれた模擬戦を喜んで応じ全てを返り討ちにしていた。この時点でヴィンスは騎士隊で№3以上だったと言える。


 それから2年。副隊長のエリックも間違いなく強くなってはいたが、若いヴィンスの伸びしろとエリックのそれとは全く比較にならなかった。入隊試験以降ヴィンスと模擬戦を行ったことは無かったが、もう自分では勝てないと自覚していた。


「ええ。ですので辞令が出れば私は喜んで副隊長の座をヴィンスに譲りますよ」


「いや、その必要は無いから安心してくれ」


「どういうことですか?」

 

 エリックはてっきりラルフが息子のヴィンスを副隊長に就ける為のやり取りだと思っていたのだが、そうではなかったことが意外で思わず怪訝な表情をする。


「俺もお前と同じ見立てをしていたが、これでも(・・・・)親馬鹿の自覚があってな。で、他の人間から意見を聞きたくてお前を呼んだんだ」


「はぁ……そうだったんですか。(これでも(・・・・)って何を今更……まぁ自分の子供が可愛いというのは私もよくわかるが)」


 エリックはラルフの親馬鹿ぶりに以前から呆れていたが、いざ自分にも子供が生まれた時はラルフの気持ちが分かった気がしたものだ。特に2人目は女の子で長男の時とは違う可愛さにメロメロとなってしまったエリックはやはり子供を溺愛していたが、決して職場には知られないように注意していた。


「で、それを確認する為にわざわざ呼んだのですか?」


「うむ……そろそろ陛下に進言する頃合いだとは思っていたのだが中々踏ん切りがつかなくてな……きっかけを作りたかったのだ。わざわざ呼んですまなかったな。もう行っていいぞ」


「?(意味が分からん……何の話だ?)それでは失礼します」


 挨拶をして部屋を出ていくエリック。

 彼がラルフの言葉の意味を理解したのはこれから数日後の事だった。


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