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アーリル王国の騎士  作者: siryu
序章
8/61

第8話 お祝いの会 後編

「それではヴィンスの入隊試験合格を祝して乾杯!」


「「「「乾杯~!」」」」


 ロベルトが乾杯の音頭を取ってお祝いの食事会が始まった。ラルフが音頭を取る予定だったのだが急遽参加したロベルトの方が年長の為ラルフがお願いしたのだった。

 アーリル王国では15歳から成人扱いとなりアルコールも飲めるようになる。ヴィンスとアーヴィンも今年で15歳になり問題無いので全員エールを飲んでいた。


「さあさあ、どんどん召し上がってくださいね~」


「それでは遠慮なく。相変わらずシェリーさんの料理は美味しそうだ!」


「父さん……。今日はヴィンスのお祝いの会なんだからもうちょっと主役を立てようよ」


「おっと、これは失礼したな。あまりにも美味しそうでついつい……」


 シェリーに料理を勧められて遠慮なく思い切り食べようとしたロベルトにそれを諫めるアーヴィン。息子に諫められたのが恥ずかしかったのか少し顔を赤らめながら頭を掻いていた。そんなロベルトを見たラルフは笑いながら更に追い打ちを掛ける。


「これこれ、ヴィンスも早く料理を取りなさい。でないとロベルト殿が料理にありつけなくて飢え死にしてしまうぞ」


「はい、父上。それでは頂きます」


「ちょっと待てラルフ!そこまで私は飢えているように見えたのか?それにヴィンスも真面目に返事をするでない!」


 ラルフとヴィンスに弄られるロベルト。シェリーは声にこそ出していないが口を手で隠しており、笑いを堪えているのが丸分かりである。そしてアーヴィンは普段家では見られない父親の姿を見て口を開けて唖然としていた。


「うむ、やはり何度食べてもシェリーさんの料理は美味いな」


「ありがとうございますね、ロベルトさん」


 料理にありつけたロベルトは久しぶりに食べるシェリーの料理に舌鼓を打つ。


「あれ?父さんってシェリーさんの料理を何度も食べていたの?」


「ん?あ、そうか。お前は知らなかったのか。シェリーさんはな、ラルフと結婚する前は城の厨房で働いていたんだよ。だから昔はよくシェリーさんの料理を昼食として城で食べていたんだ」


「へえ、そうだったんだ!初耳だね」


 初めて知ったシェリーの身の上話を興味深く聞くアーヴィン。彼は今まで何度もヴィンスに誘われて彼女の料理を食べてきたがその都度、まるで有名料理店で食べているかのような美味しさに感動していた。そしてその謎がやっと分かった気がしたのだ。


「ラルフが入隊して暫くしてから城の料理人に欠員が出たから募集を掛けたんだよ。その時に応募してくれたのがシェリーさんだったんだ。採用面接には当時下っ端役人ながら私も同席していたんだ。シェリーさんの実家は料理屋でな。子供の頃からよくお手伝いをしていたということで料理の腕前も良かったんだ。親御さんから「一度他所でも修行してこい」と言われて応募したと動機を語ってくれたな」


 昔話を思い出しながらロベルトは語ってくれた。アーヴィンはその話を全く知らなかったし、ヴィンスも話は聞いたことがあったが他人目線から聞くとまた新鮮で2人は面白そうにして聞いていた。シェリーは自分の事を話されて少し照れくさそうにしている。


「それまで城の料理人は全員男性だったんだがそこに若くて美人が入ってきたものだからな。そりゃもう城勤めの若い男性陣は大喜びでな。特に体を資本にしている騎士隊員の胃袋を掴んでいて絶大な人気を誇っていたのだ。料理人は日替わりで担当するメニューが変わるのだが、シェリーさんが担当するメニューにはいつも行列が出来ていた程だったんだぞ」


 アーヴィンは勿論の事だがヴィンスも聞いた事の無かった話が出てきて俄然盛り上がる2人。ヴィンスがシェリーの方を向くと先程以上に照れくさくなったのか顔が赤くなっていた。ラルフの方を向いてみると……何故か微妙な顔をしていた。

 アルコールが回って饒舌になってきたロベルトは先程のラルフへの仕返しとばかりに更に調子に乗って話を続けた。


「それくらい人気のあったシェリーさんだからな。引っ切り無しに交際の申し出があったらしいのだ。それこそ未婚で適齢期の騎士隊員は全員が申し込んだとか」


「「おおっ!!」」


 ヴィンスとアーヴィンは同時にシェリーの顔を見る。


「もう、ロベルトさんったらその辺で勘弁してください!」


 シェリーは恥ずかしさに耐えられなくなったのかロベルトを止めようとする。しかしロベルトは止まらずに話を続けた。


「そうこうしているうちに、当時国王で在られた先代陛下が当時王子で在られた現陛下に諸国を回って勉強するようにと御命じになられてな。その旅の御供として私やラルフ、それにアルフレッドの3人がついていったのだ。

 その旅の話をしだすと本筋から離れてしまうので今日は省略するが……帰国して数日後にはいつの間にかラルフがシェリーさんとお付き合いをしているという噂が流れだしたのだ」


 ついにラルフの名前が出た瞬間、ヴィンスとアーヴィンは同時にラルフの方を向いた。ラルフは話の流れ的に間違いなく自分にも矛が向くと覚悟をしていたのか照れくさそうに苦笑いをしているだけである。先程ロベルトを弄った仕返しをされている自覚はあったのでラルフはシェリーのように止めようとまではしなかった。

 何も悪いことをしていないシェリーからすればいい迷惑であるが。


「私は思わずラルフの所に行って真偽を確認したのだが、ラルフは肯定も否定もしなかったのだ。この時私はこの2人が付き合っていると確信したな。それから2年程で2人は結婚したのだよ。あの時は未婚男性の多くが血涙を流していたな」


 王国の大臣を務めるロベルトの話術は流石であり、話が終わるとヴィンスとアーヴィンの2人は思わず拍手をしてしまった。満足気なロベルトに苦笑いをしているラルフ。シェリーに至っては真っ赤になってしまった顔を両手で隠して悶えていた。

 

「ところで父さんはシェリーさんに交際は申し込まなかったの?」


「私か!?わ、私は母さんと付き合っていたからな」


 何となく父に質問したアーヴィンだったがロベルトの返事に何か違和感があった。そしてシェリーの方を見ると何かを思い出したかのようにピクリと反応があった。


「あれ?以前母さんから聞いたんだけど、父さんと母さんは付き合って割とすぐに結婚したって聞いたよ。しかも付き合いだしたのは父さん達が帰国して暫くしてからだったって……もしかして父さん旅に出る前にシェリーさんに交際申し込んでいたんじゃないの?」


「ああっ!そういえば!」


「ラルフさん、どうしたんですか?」


「先程ロベルト殿の話にあった通り、シェリーと交際しだしてから数日後にロベルト殿が私とシェリーが交際しているのかどうか聞きに来たのだが……あの時はやたらと焦りながら質問してきたのだ。まさかとは思うがロベルト殿もシェリーの事を……?」


「あ、いや、それはその……」


 予想外の展開にロベルトは焦りだした。

 実は当時のロベルトもシェリーに交際を申し込んでいたのだが断られていた。それが今から20年程前の出来事だったのと、現在は幸せな家庭を築いていた事でロベルトにとって都合の悪い記憶はすっかり忘れていたのであった。

 ちなみにシェリーは交際を申し込んできた男性全員を覚えていた訳ではないが、その中にロベルトがいたことは覚えていた。


「そうだったんだ……。これは帰ったら母さんに報告しないとね」


「な!それはやめてくれ!唯でさえこっちに来る前はこってり絞られたのにそんな話が耳に入ったら私は家から追い出されてしまう!」


 話は勿論面白かったがシェリーの立場からしたら恥ずかしかったであろう事に同情したアーヴィンは彼女の代わりにロベルトに仕返しをする形となった。

 ロベルトは二股をした訳ではないのでやましいことはしていないのだが、それでもこの話を妻が聞いたら決していい顔はしないであろうことは容易に想像出来たので必死に止める。

 そしてさんざん恥ずかしい目にあったシェリーも遂に反撃に出た。


「アーヴィン君、そんなことしたらロベルトさんにも奥様にも悪いわ」


「おお!シェリーさんは分かってくれるか」


「ええ、ですから奥様に用意するお土産(・・・)は是非期待してくださいね」


「……いや、ちょっと待って欲しい。何かとんでもない予感がするのだが」


 ロベルトはふと思い出した。シェリーに交際を申し込んだ時は確か恋文(ラブレター)も渡していたことに。まだその時の恋文(ラブレター)を持っていてそれを妻が見たらと思うと……酔いは完全に冷め汗が止まらなくなってしまった。

 

 流石に不憫に思ったラルフは助け舟を出す。


「はっはっは、シェリー。もうそれくらいにしてあげなさい」


「勿論分かっているわよ。ロベルトさんごめんなさいね」


「ほっ……いや、私もちょっと調子に乗って喋り過ぎたな。シェリーさん申し訳ない」


 シェリーは笑いながら舌をペロッと出して謝った。調子に乗り過ぎたロベルトをちょっとだけ懲らしめてやれば満足だったので本当にお土産に何か細工をしようとは考えていなかった。何とかピンチを切り抜けたロベルトは調子に乗り過ぎたことを反省して素直にシェリーへ謝罪をした。


「父さんのせいですまないな、ヴィンス。元々今日はお前のお祝いの会なのに」


「いや、自分も知らない話が聞けて面白かったし別に気にしなくていいよ」


「そうだった!今日はヴィンスが主役なのに……大変申し訳ない」


「いえいえ!ロベルトさん、全然気にしないでください!」


 アーヴィンはともかく、目上のロベルトにまで頭を下げて謝られたのでヴィンスは思わず恐縮してしまった。


「今更になってしまい申し訳ないが、改めて合格おめでとうヴィンス」


「ありがとうございます、ロベルトさん!」


「おめでとうヴィンス。勝手なお願いで申し訳ないが途中で諦めてしまった僕の分も頑張ってくれ!僕も違う形でお前を支えていくからさ」


「ああ、任せてくれ!」


 お祝いの言葉をくれたロベルトにアーヴィン。騎士に憧れていた幼馴染の想いを十分に知っているヴィンスは力強く返事をした。

 ちなみにアーヴィンは近々王国役人の登用試験を受ける予定である。若かりし頃のロベルトもこの試験を合格して役人になり大臣まで上り詰めたのである。アーヴィンの頭脳は大臣のロベルトから見ても優秀で、問題無く合格すると楽観視している。


 そんな時、玄関からノックの音が聞こえた。


「あら、こんな時間に誰かしら?まさかロベルトさんの奥様だったりして」


 シェリーは椅子から立ち上がり玄関まで行く。


「ん?わざわざ迎えに来たのか?まだそこまで遅い時間では無いと思うのだが……」


「さっきの話が母さんの耳にまで届いて慌てて来たんじゃない?」


「アーヴィン、そういう怖いことは冗談でもいう物じゃない!」


「「あはは」」


 アーヴィンの冗談に怯えるロベルトと笑いあうラルフにヴィンス。そんな中、焦りながらシェリーが戻ってきた。


「あ、あなた……」


「ん?どうしたシェリー。そんな血相を変えて……へ、陛下?」


「「「ええっ!?」」」


「うむ、賑やかそうで何よりだ。あまり長くは居られんが私も是非入れてくれ」


 シェリーの後ろから現れたのは何と国王のレオンであった。予想出来る訳の無い展開に驚く一同。


「へ、陛下。流石に陛下がこちらに来られるのは何かと問題が……」


「勿論分かっておる。だからこれはあくまでお忍びだ。口外しないようにな」


「も、勿論です」


 国王にもなってしまうと例えプライベートとは言え行動はものすごく制限されてしまう。特に国民への不平等な対応——つまりヴィンスのお祝いの会にだけ出席——したと言うことが知られれば非常に面倒な事になってしまうのだ。ロベルトはそれを恐れてレオンに注意を促したのだが勿論そんなことはレオンも十分知っているので今の内に口止めをした。


「まぁ、例えバレても偶々旧友の家を訪ねたら偶々お祝いの会をやっていただけだと言えば何とかなるだろう。そんな事よりヴィンス、入隊試験合格おめでとう!」


「あ、ありがたき幸せ!」


 突然目の前に国王が現れてお祝いの言葉を掛けて貰った事に頭の整理が追い付かないヴィンスはとても堅苦しい返事をしたが、どうやらレオンはその返事が気に入らなかったらしい。


「うむ、公の場ならそれで良いが折角お忍びで来たのだから出来ればもう少し砕けた返事が欲しかったな」


「陛下、無茶を言ってヴィンスを困らせないでくだされ」


「ふむ、それもそうか」


 ラルフの言葉で取り敢えず納得するレオン。ヴィンスとアーヴィンはレオンと間近で話したことなど勿論無いのでひたすら緊張していた。


「子供のいない私にはヴィンスやアーヴィン、それにここにはいないがローザの3人は私達(・・)にとっても子供のようなもので思わずな……」


「「……!!」」


思いがけないレオンの一言にヴィンスとアーヴィンは絶句してしまう。まさか自分達が国王のレオンからそのように思われていたなど全く知らなかったのだから当然である。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 レオンには子供がいなかった。王妃は体が弱く子供を産むのが難しかったのだ。 国王のレオンは国民からとても支持されているが、王妃も同じくらい支持……いや、愛されていた。

 王妃は暇さえ出来れば御供を連れて城下町に出向き様々な国民と触れるようにしていた。分け隔てなく接してくれる王妃に敬意を表し、国民は王妃の事を「王国の母」と呼んでいた。

 ヴィンスやアーヴィン、そしてローザは今でも知らないが、3人がそれぞれ生まれた時もレオン夫婦はお忍びで訪ねて来てくれて赤子の3人それぞれを抱っこしてくれているのだ。


 そしてその王妃も5年前に病で亡くなってしまった。「王国の母」の死は国民を大いに悲しませた。決して大げさではなく全国民が泣いた日だと言われている。

 王妃を愛していたレオンは誰よりも深く悲しんだ。葬儀が終わった後も暫くは政務が全く手につかない程であった。復帰出来る様になったきっかけは「彼女が夢に現れてこっぴどく叱ってくれた」からだそうだった。


 跡継ぎもいないことから、2年程前からロベルトはそれとなく再婚話を持ち出しているのだがレオンは小さく微笑むだけで決して首を縦に振ることは無かった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ヴィンスにアーヴィン。君達のような若者がこれからの王国を支えていって欲しい。よろしく頼む」


「「ははっ!命に代えましても!!」」


 国王に「私達(・・)の子供」とまで思われていた事を知った2人は身震いをしながら応える。


「ああ、いかんな。これでは結局国王として接してしまった。これをマリー(・・・)に見られたら叱られてしまうだろうな」


 自虐的に苦笑いをしてしまうレオン。ふとレオンは周りを見渡すと5人全員が泣いていてビックリしてしまった。

 『マリー』とは亡くなった王妃の名前である。先程からのやり取りで王妃の事を思い出していた5人は何とか泣かないように堪えていたがマリーの名前が出た瞬間、堪えきれず全員泣いてしまったのだ。シェリーに至っては嗚咽を抑えきれず手で口を押えながら洗面所に駆け込んで行った。


「すまん!本当にすまん!私はこれで失礼するから今日は大いにヴィンスを祝ってやってくれ!」


 自分の発言が原因で思わぬ事態になってしまったレオンは皆に謝りながら慌てて帰って行った。


——————————


「我々もそろそろ失礼しようか。本日はお招き頂きありがとう」


「そうだね、父さん。今日は楽しかったです。ありがとうございました!」


「こちらこそ今日は僕の為にわざわざありがとうございました!」


「ロベルト殿、感謝しますぞ」


 時間も遅くなりヴィンスの合格お祝いの会もお開きになっていた。


「奥様にも是非よろしくお伝えください。これは先程お出ししたケーキの残りになってしまいますがお土産にどうぞ」


「おお、これは助かるな。シェリーさん、どうもありがとう」


「母さんもきっと喜びます。シェリーさん、ありがとうございます!」


 シェリーからお土産を受け取ったロベルト達は手を振りながらフランシス邸を後にした。


「ヴィンス、今日は素晴らしい1日だったな」


「はい、父上。今日の事、僕は一生忘れないと思います」


 幼馴染の親友と王国大臣でもあるその父親、そしてわざわざお忍びで来てくれた国王に掛けて貰った言葉。今日の事は一生忘れないと誓うヴィンスであった。


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