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アーリル王国の騎士  作者: siryu
序章
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第7話 お祝いの会 前編

 入隊試験から1週間後に合格発表が行われた。合格者は3人だけだったがその中にヴィンスの名前が含まれていたのは言うまでも無い。


「ヴィンス、入隊試験合格おめでとう。もっともお前なら間違いなく合格するとは思っていたけどね」


「ありがとう、アーヴィン。さあ入ってくれ」


 合格発表の翌日、ヴィンスの母親シェリーは息子のお祝いを兼ねた食事会を開いてくれた。招待客はヴィンスの幼馴染で同い年のアーヴィン・カーペンター。王国大臣ロベルト・カーペンターの息子である。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 アーヴィンも小さい頃はヴィンスと同じく騎士に憧れていた。6歳の時ヴィンスが稽古を始めたと知った時は一緒に稽古をしたいとヴィンスにお願いもした。ヴィンスとしては一緒に稽古をする相手が出来るのは大歓迎だったが懸念もあった。アーヴィンには残念ながらセンスが全く無かったのだ。センスが無いだけならまだ努力次第で何とかなったかもしれないが体力も無く、あったのは熱意だけであった。

 心配だったヴィンスは父親のラルフに相談をしてみた。話を聞いたラルフはアーヴィンの父親であるロベルトに相談した。ロベルトは息子のアーヴィンが騎士に憧れているのを知っているし出来るのであればその願いを叶えてやりたいとあげたいと思っていたがそれはとても難しいだろうとも気づいていた。

 

 ロベルトは若い頃、当時王子であったレオンとラルフにアルフレッドの4人で諸国を巡る旅に出たことがあった。ラルフとアルフレッドは言うに及ばず王族のレオンも相応に嗜んでいてそれなりの腕前であったが、根っからの文官であったロベルトはからっきしだったのだ。道中での魔物との戦闘では一切役に立てず、他国で旅に必要な物資を購入する等の交渉事で活躍するしかなかったのだ。


 そんなロベルトですら息子のアーヴィンは自分以上にセンスが無いと見立てていたのだ。とは言え自分の見込み違いかも知れないし、見込み通りだったとしてももしかしたら稽古をすることで化けるかもしれない。そんな一縷の望みにかけてロベルトは息子をラルフに託してみた。その結果、残念ながら芽は出なかった。


 6歳で模擬剣を振れたヴィンスに対してアーヴィンは剣に振り回されただけであった。寧ろ6歳で振れたヴィンスの方がおかしい位なのでそれは仕方ない。ラルフはアーヴィンに模擬剣よりも軽い子供用の木剣を渡して再度振らせてみた。何とか振ることが出来たのでヴィンスと同じ素振りのメニューを課したが、ヴィンスの10分の1の回数すら消化する事は出来なかった。

 何日かやらせてはみたが残念ながら進歩は全く見られなかった。他人様の子供をこれ以上無理させる訳にはいかなかったラルフは「もう少し体が大きくなってから稽古を再開しよう」とアーヴィンを説得した。

 1年後、7歳になったアーヴィンは稽古の再開をお願いしたがラルフは正直まだ難しいだろうと判断していた。ヴィンスは7歳とは思えないほど体が大きいのに対してアーヴィンは年相応の身長で何より体が細かった。一応1年前と同じ木剣で素振りをさせてみたがあまり変わっていなかったので結局もう1年先延ばしにした。

 更に1年後、8歳になったアーヴィンはまた稽古をお願いした。7歳の時よりはマシになっており、ヴィンスと同じだけの量はとても消化出来ないであろうが何とか稽古の体裁は整いそうでラルフも一安心したのだが……この後アーヴィンはとんでもない光景を見てしまった。

やっとまともに子供用の木剣を振れるようになったアーヴィンに対し、同い年のヴィンスは大人用の模擬剣を8歳とは思えない技量で自由自在に振り回しラルフと打ち合っていたのだ。


(自分は何歳になったらあの腕前に辿り着けるのだろうか?全然想像出来ない……そうか、そういうことか……)


 そしてアーヴィンは気づいてしまったのだ。騎士になれるのはヴィンスのように選ばれた一握の人間だけなのだと。それを悟ったアーヴィンは握っていた木剣を落として自分でも気づかない内に泣いていた。8歳の少年が自分の夢を諦めてしまった瞬間であった。


 泣いているアーヴィンに気づいたラルフとヴィンスは慌てて駆け寄り一生懸命話しかけてきたがアーヴィンの頭には一切言葉が入ってくる事はなかった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「いらっしゃい、アーヴィン君。もう少しで主人も帰ってくると思うから悪いのだけどそれまでヴィンスの部屋で待っていて貰えるかしら?」


「そうだね。アーヴィン、悪いけど僕の部屋に行こう」


「分かった。あ、シェリーさんお気遣いなく!」


 慌ただしく食事会の準備をしている母親シェリーの言葉に従いアーヴィンを2階にある自分の部屋に連れていくヴィンス。部屋に入ってからアーヴィンは気になっていたことをヴィンスに問いかけた。


「ところで今日はローザに声を掛けていないのか?」


「うん、一応声は掛けたんだけどね。来ないって」


「そうか……ローザが来てくれないとヴィンスも寂しいだろうに」


「うん……あ、いや、そんなことないよ。アーヴィンが来てくれて僕は十分嬉しいよ」


「僕に気を使っているんだろうけど無理はしなくていい。一番祝福して欲しかった相手はローザだったんだろう? 」


「うん……やっぱりそうだね。ローザにも来て欲しかったな」 


 ローザ達はアーリル王国領の城下町から歩いて4時間程の距離にある『ホルンの村』に昨年引っ越しをしていた。フランシス一家と同じく城下町に住んでいたマティス一家が引っ越ししたのはローザの父親アルフレッドが3年程前に単独で修行の旅に出たのがきっかけだった。およそ1年の予定で帰国する旅に出たのだが1年どころか2年経っても帰ってくる事は無かった。父親の事が大好きな娘のローザは次第に塞込む様になってしまったのだ。その様子に心を痛めた母親のアンナは少しでもローザの気分が晴れるようにホルンの村に引っ越すことを決心したのだった。


 昨日の入隊試験合格発表で自身の合格を確認したヴィンスは両親に報告後、すぐにホルンの村に向かった。勿論ローザに報告するためである。1年振りに会ったローザは14歳になっており髪も伸びて随分大人っぽく、そして美人になっていた。

 ヴィンスは騎士隊の入隊試験に合格したことを伝えるとローザはとても喜んでくれた。ヴィンスが小さい頃から騎士になる為に厳しい稽古を続けてきた事は両親を除けばローザが一番知っていると言っても過言では無かった。

 知っているからこそ当時の事を思い出し——父親アルフレッドの事を思い出してしまうローザは、お祝いの食事会——つまり城下町に行くことを拒んだ。そしてその気持ちが分かってしまうヴィンスもこれ以上誘う事は出来なかったのであった。



「ヴィンス。今何を考えていた?」


「アルフレッドさんの事かな……。アルフレッドさんが帰って来てくればローザも」


「ローザも元気になって城下町に帰って来てくれるって?」


「そうであって欲しいなと思っただけだよ。今はアルフレッドさんが無事であることを願うだけだよ」


「それこそ大丈夫だろう。なんて言ったってアルフレッドさんはラルフさんと同様に化け物みたいな強さの持ち主だぞ。あの人に何かあったなんて想像するのも難しいぞ」


「ちょっと待ってくれ、アーヴィン。その言い草だと父上の事を化け物だと思っているのかい?」


「勿論強さの話だぞ。もっとも僕の目の前には3人目の候補がいるけどね」


「……誉め言葉として受け取っておくよ……」


 そんなことを笑いながら話していたら1階から賑やかな声が聞こえてきたので2人して1階に降りて行った。


「父上お帰りなさい!あ、ロベルトさんもいらっしゃいませ!」


 ラルフが帰ってきただけにしては賑やかだったので不思議に思っていたヴィンスであったが1階に降りるとラルフの後ろにはアーヴィンの父親で王国大臣のロベルトもいたのだ。


「父さん?父さんも招待されていたの?」


「いや、実は今日ラルフからヴィンスの入隊試験合格のお祝いの会をやると聞いてな。無理を言って私も参加させて貰うことにしたのだよ」


「そうだったんだ。そうすると母さんは置いてきぼりってこと?」


「いや、母さんにも声を掛けたんだが、「いきなり複数人押しかけたらシェリーさんの負担が増えるでしょ!」と叱られてな……。結局私だけになったのだよ」


 自身の父親も参加するとは聞いていなかったアーヴィンが尋ねるとロベルトはバツが悪そうに頭を掻きながら答えた。


「まぁ!奥様も来てくだされば急いで用意しましたのに……。今から御呼びに行きましょうか?」


「いやいや、シェリーさんにそこまでしていただく訳には……何せ急に押しかけたのはこちらだから……」


 シェリーが気を使って提案してくれたが流石にこれ以上気を使わせる訳にはいかないと慌てて断りを入れるロベルト。


「そうですか……ではお帰りの際は何か奥様用にお土産を用意しますね」


「お気遣いありがとう、シェリーさん。これで何とか面目を保てますよ」


 次善の案としてロベルトの妻にお土産を用意すると言ってくれたシェリーに感謝するロベルト。しかしそんなやり取りを見たアーヴィンは……


「父さん……急に押しかけて唯でさえご迷惑を掛けているのに母さんへのお土産を自分で用意もせずシェリーさんに更にご迷惑をかけるなんて……恰好悪過ぎるよ」


 情けない父親の姿を見て凹んでしまうアーヴィン。

そんな様子をラルフとヴィンスの親子は苦笑いしながら眺めていた。


※『ホルンの村』…アーリル王国領にある村で王国城下町から北西に位置している。

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