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アーリル王国の騎士  作者: siryu
初めての迷宮の章
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第59話 初迷宮 前編

「あの……私のせいで大変失礼しました……」


「いえ……こちらも黙っておけばよかった話なので……」


 カルディナは半分涙目でヴィンス達に謝罪をし、彼も自分の判断が誤っていたと謝罪していた。


 先程は多数の冒険者がヴィンス達をパーティーに加えるための勧誘合戦が始まったのだ。

 一緒に潜る事自体は別に構わないとヴィンスは考えていたが、まだ一度も潜っていないので取り敢えず一度はローザと2人で潜ってから改めて考えると言い回って何とか納得させたのであった。


 ヴィンスも本音ではカルディナが叫んだりしなければ騒動に巻き込まれる事もなかったと思ってはいたが、今の彼女を見たらとてもそんな事を言える雰囲気ではない。

 何故なら彼女の綺麗な亜麻色の髪の毛の上にはかなり大きなタンコブが出来ていたのだ。

恐らくギルド支部長に拳骨を食らったのだろうとヴィンスとローザは断定していた。


「あ、お二人は御存知かもしれませんが迷宮に行くのであれば『脱出札』をお持ちになる事をオススメしますがお持ちですか?」


「「『脱出札』?」」


 アイテム名と思われる聞き覚えのない単語を聞いた2人は揃ってカルディナに質問する。


「御存知なかったのですね。でしたら尚更お声掛けしてよかったです。『脱出札』は魔道具なのですが、これを使えば迷宮から脱出出来るのです!」


「へえ~、随分便利な魔道具があるのね?」


 ローザは『脱出札』の効果を聞いて感心する声を出す。


「はい!ただし注意事項もありまして、こちらは1つにつき1人にしか効果がありません。ですからお二人で迷宮に入られる際には最低2つ持って行くことをオススメします。それと……」


「まだあるんですか?」


「はい。こちらは使用してから効果が発揮されるのに15秒ほど時間が掛かります。ですので——」


「なるほど……戦闘中には使用出来ないと考えた方がいいと言う事ですね?」


「はい!その通りです!」


 カルディナの説明途中で思わずヴィンスが口を挟んでしまったが、それくらい重要な事である。

 それは『脱出札』を持っているからと言って「倒せない敵に遭遇したら『脱出札』使って逃げ出せばいい」と言った無茶は出来ないと言う事だ。これを使うには十分な余裕が必要なのである。


「分かりました。常に最低2つは持っておくことにします」


「はい、それがいいと思います!」


 カルディナの勧めに従ってヴィンス達は迷宮に行く前にアイテムショップへと足を運ぶが——





「え!?ちょっと高すぎないかしら?」


「……た、確かに高い……」


 アイテムショップに行くとお目当ての『脱出札』をすぐに見つける事が出来たが、1つ銀貨4枚である事にヴィンス達は驚いてしまう。この店が吹っ掛けているのではと疑って、町にある他のアイテムショップを回るが全ての店で銀貨4枚であった。


「すいません……『脱出札』ってこんなに高いのですか?」


「うん?『脱出札』を買うのは初めてかい?」


「ええ、そうなんですけど……」


 ヴィンスは思わず店の人間に確認をすると事情を説明してくれる。


「初めての購入者は大体が君の様な反応をするね。ポーションとかもそうだけど魔道具と呼ばれている物は『錬金術』を用いて製造されているからね。製造も独占されていて全然値段が下がらないんだよ。だから他のお店を回っても値段は一緒だと思うよ。仕入れ値が変わらないからね」


「そうなんですか……分かりました。では『脱出札』を2つ下さい」


「はい、毎度あり!」


 事情を聞いたヴィンスは仕方なく銀貨8枚で『脱出札』を2つ購入し、お互いのマジックポーチに1つずつ入れた。


「どうしたの、ヴィンス?やたら難しい顔をして。そんなに納得いかなかった?」


「いや、現時点ではどうしようもないけどね……出来れば将来的にこの独占状態を解消出来る様になればいいなと思っただけだよ」


「随分規模の大きい話をするのね?」


「『脱出札』はまだいいと思っているんだ。これは迷宮にでも行かなければ使う事もないだろうからね。ただ、ポーションに関してはもっと値段が下がって欲しいと思っている」


「ポーションが?どうして急に?」


 ローザはてっきりヴィンスが『脱出札』の値段に不満を持っていると思っていたがポーションの話を持ち出すので少々驚いた。


「僕達は一応冒険者で2人共回復魔法が使えるからそこまで困っていないけど戦闘力のない一般人が町の外に出れば、いつ魔物に襲われるか分からないでしょ?安全なのはアーリル王国領くらいしか聞いた事が無い」


「ああ、ヴィンスが言いたい事が分かったわ!ポーションの値段が下がればお金に余裕のない人も所有が出来ていざと言う時の生存率がぐっと上がるって言いたいのね?」


「その通りだよ。だからいつかは『錬金術』の事についてもっと詳しくなれればいいなと思っているんだ」


「……ヴィンスって本当に色々な事を考えているのね……私は全然そこまで気が回らなかったわ」


 ローザはヴィンスの考えを理解したと同時に、彼がそこまで考えていた事に素直に感心した。


「でもローザだって随分成長したと僕は今のやり取りで思ったよ」


「え?どこら辺がかしら?」


「僕が最後まで言わなくてもローザは途中で全部分かってくれたでしょ?多分、旅をする前だったらここまで分かってくれなかったと思う」


「う~ん、確かにそうかもしれないわ。私、あなたの事は大抵知っていると思っていたけど、全然そんな事なかったって旅の最初の頃は反省していたわ」


 ローザは少し前の事を振り返って苦笑いして答えるが、ヴィンスは首を横に振る。


「それはちょっと違うと思うよ。それは僕の事を分かったんじゃなくてローザが以前より周り……と言うより世の中の事を知ったからだと思う」


「そうかしら?あまり自覚はないのだけど……」


「いや、アプロン王国のスラム街やカレルの村の孤児院の事を知らなければ多分僕の考えを気付けなかったんじゃないかな?」


「……そう言われると確かに思い当たるわ。寧ろその通りな気さえするわね……」


 ヴィンスの言う事に心当たりしかないローザはあっさりと前言撤回した。


「僕だって騎士になる前はアプロン王国のスラム街を見ていなかったから、あの頃じゃ絶対に気付けなかったしね。だからローザはこの旅を通じて単純な強さだけでなく知識の面でも確実に成長しているはずだよ」


(ヴィンスの強さに遅れないようにする事ばかり考えていたけど……確かに強くなるだけだったら騎士隊の様な訓練をしたり魔法の練習をしたりするだけで相応に強くなれるかもしれないわ。でも知識……と言うより見識の方はそう言う訳にもいかない……まさに「百聞は一見に如かず」と言う事かしら?)


 ヴィンスの言葉を受けてローザ自身も色々考えるようになった。まだまだヴィンスには追いつけないがそれでも少なからず強くなった自覚はあるし、彼の指摘通り物事の見方も少しずつ変わってきていると感じる。


(もしかして陛下はヴィンスにではなく私のためにこの旅を……流石に考え過ぎよね?)


 元々この旅はアーリル王国の国王レオンからヴィンスに下った命で始まっているが、寧ろ一番影響を受けているのは自分かもしれないと意識しだすローザであった。


「この話はこれ以上続けてもすぐにどうにか出来る事じゃないから一旦おいとくとして、『脱出札』も手に入れたから一度迷宮に潜ってみようと思うんだけどどうかな?」


「ええ、大丈夫よ!新しい装備も試してみたいし早速行きましょう!」


「じゃあ食料などを揃えたら行ってみようか。もしかしたら数日間滞在するかもしれないしね」


「分かったわ!」


 ヴィンス達は迷宮に行くことを決めると、数日間潜れるだけの食料を買い込んでペズンの迷宮に向かう事となった。






「ここがペズンの迷宮ね……初めての迷宮探索で流石に緊張してきたわ……」


「そうだね。今まで入った事があるのは洞窟と廃鉱か……」


 ヴィンスの言う通り今まで入ったのはアーリル王国領とアプロン王国領を結ぶイミルの洞窟とカレルの村から南西にあったシャオン鉱山のみであった。どちらも階層などなかったが、迷宮はいくつもの階層が存在するのだ。


「あれ?入り口の側に何人か人がいるけど何かしら?」


「……さあ、何だろう……?」


 近寄ってみるとどうやら出張の商人だったようでポーションや毒消し草等のアイテムを少々割高で販売していた。


「なるほど……買い忘れたり緊急に必要な人達を狙ったりして商売しているのか」


「ふ~ん、町のアイテムショップで購入する価格より2割増しってところね。でも何人も売っている人がいるって事は結構売れるのかしら?」


「そうかもしれないね」


「どちらにしても今の私達には不要だわ。行きましょう!」


 意気込んだローザが迷宮の入り口に足を踏み入れた瞬間、違和感に襲われる。


「え?今のは何かしら?何か違和感があったんだけど……」


「う~ん……もしかしたら今のが結界魔法だったのかもしれないね」


「結界魔法?あ!これのおかげで魔物が迷宮の外へ出られない様になっているのね?」


 ヴィンスの指摘にローザは納得する。


「よし、じゃあ『ライト』を唱えて貰っていいかな?」


「ええ、任せて!」


 ヴィンスがローザにお願いすると彼女は光魔法の『ライト』を唱えて周りを照らす。


「なるほど……足場は思ったよりも悪くはないから歩くのに苦労はしなさそうだ」


「そうね……『索敵』に何か引っかかる気配はある?」


「今感じている気配は先に入ったと思われる冒険者くらいしかないけど……気は抜かないでね」


「勿論よ」


 迷宮には多数の魔物が存在しているがどうやって魔物が生み出されるのかは未だに解明されていない。そのため、他の冒険者が先行した後でも魔物に襲われるケースはいくらでも存在しているらしいのでヴィンスはローザに注意を怠らない様に促したのだ。


 また、迷宮では魔物の発生と同様に宝箱も生み出されるのだ。一般的には階層を潜る程質のいいアイテムが入っていると言われている。倒した魔物から魔石や素材を回収するだけでなく宝箱目当ての冒険者も大勢いるのだ。


「資料を購入しておいてよかったね。一からマッピングしていたら時間がいくらあっても足りないよ」


「私も同じ事を思ったわ。この迷宮は最深部が20階層って事らしいけど、こんなの全部やっていたら——」


「ローザ、魔物だ!向こうに5匹いる!」


「!! 了解よ!!」


 ヴィンスの『索敵』に反応があり2人が身構えるとゴブリンと思われる魔物が5匹姿を現した。


「こいつらは普通のゴブリンだね……3匹僕が受け持つから残り2匹はローザに任せるよ。それで大丈夫かな?」

 ヴィンスなら簡単に5匹を倒せるが、ローザを遊ばせない様にわざわざ割り振った。


「勿論大丈夫よ!ハンスさん達と一緒に磨いた私の鞭捌きを披露するわ!!」


 ローザもゴブリン相手なら魔法を使わずとも大丈夫と判断して、腰に備えていたいばらの鞭を取り出して構える。


「よし!」


 ヴィンスは声を出すと同時にゴブリンに突っ込んでいく。ゴブリンはヴィンスの速さに全くついて行けず闇雲に棍棒を振舞わすが全て躱されてあっと言う間に3匹が斬り殺された。


「グギギ……」


 分断された残りのゴブリン2匹はローザと対峙するが、棍棒と鞭ではリーチの差が大きく一方的に攻撃されていく。結局はローザの一方的な攻撃でゴブリン2匹は絶命した。


「このくらいの魔物ならローザも魔法なしで余裕だね」


「ええ、でもゴブリン相手に1撃で倒せないのも悲しい現実だわ」


「まぁ、現時点ではね。その内倒せるようになるんじゃないかな?」


「じゃあ魔石と素材を回収しよう。と言ってもゴブリンの素材は価値がないから倒した証明代わりに耳を斬り落とすだけだけど……あと、棍棒も回収しておこうか」


「そうね。でもこのペースだとヴィンスが持っているマジックポーチでもすぐにいっぱいになっちゃうかもしれないわね」


 2人でゴブリンの魔石と耳を切り取りながら相談をする。


「確かに今僕達が持っているポーチはランク1とランク2が1つずつだからね。今後次第ではローザのポーチをランク2に買い替えるか買い足すかした方がいいかもしれないね」


「私もそう思うわ。だってヴィンスはミレヘスの町で別行動を取って魔物を倒していた時はランク2のポーチでも1日に冒険者ギルドに何往復もしていたんでしょう?」


「そう言えばそうだった!じゃあ次に町に戻った時はランク2のポーチを1個買い足そうか?」


「買うのには賛成するわ。それと売っているかどうか確認していないけど、買えるようだったらランク3でもいい気がするわ」


「そうかもしれないね。さっきのアイテムショップでランク3の値段を確認しておけば良かったな……」


 ヴィンスは珍しく確認するのを怠ってしまった事を反省しながら回収を終えると、2人は探索を再開した。


※脱出札…迷宮で使用すると入り口まで脱出が出来るアイテム。一度使用すると消滅する。使用してから発動されるまでに15秒ほど掛かるので注意が必要。

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