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アーリル王国の騎士  作者: siryu
初めての迷宮の章
57/61

第57話 ナクールの町

「おお、やっとミレヘスとナクールを結ぶ定期船が復活したのか?」

「そうみたいだな。何でも海に大型の魔物が住み着いていたせいで船を出せなかったらしい」

「そう言えばそういう話だったな。と言う事はその魔物を倒せたって事か?それともどこかに移動したとか?」

「いや、なんでもミレヘスの冒険者が中心になって倒したって噂だぜ?」

「へえ、向こうにもそんな事が出来る冒険者がいたのか」


 ミレヘスの町を出た船がナクールの町に到着すると詳しい事情を知らない町民達が興味深げに話をする。


 そしてその船から順番に降りてくる人の中には顔を少し日焼けした大柄な若い男——ヴィンス・フランシスと、金髪の若い女性——ローザ・マティスも含まれていた。


「ここがナクールの町か……同じ港町でもミレヘスの町とは随分違うね」


「本当にそうね……向こうも決して小さい町ではないのにこっちの方が随分規模が大きくて活気もあると言うか」


 ヴィンス達は船を降りてナクールの町を見回すが、最初の感想は随分大きな町だと思った事であった。

 少しばかり呆気に取られていると町民が話し掛けてくる。


「おう、兄ちゃん達はナクールに来たのは初めてか?」


「ええ、そうです。随分大きな町ですね」


「ああ。ミレヘスから来たならそう思っても不思議じゃないな。兄ちゃん達は冒険者っぽいけどこの町は近くに迷宮があるのを知っているか?」


「はい、それは知っています」


「そうか、だったら話は早い。その迷宮は『ペズンの迷宮』っていうんだけどな。そこに出現する魔物から回収出来る素材を使って様々な武器や防具などが作られる。それを買った冒険者達はまた迷宮に潜って素材を回収する。このサイクルで町には沢山のお金が落ちる。その影響でこの町は景気がいいんだ」


 ヴィンス達に話し掛けた町民は親切に町の特徴を教えてくれた。





「なるほど……随分親切に教えてくれてありがとうございました!」


「ありがとうございますわ!」


「なぁに、大した事じゃないよ。それじゃあな」


 ヴィンス達は感謝して町民と別れた。


「さて、ナクールの町に着いたはいいけどどうしようか?ここでは特に何もせず次の目的地である『プホール王国』の城下町に行っても構わないし、船に乗っていた時にも言っていたように迷宮に足を運んでみてもいいし」


「そうね……やっぱり私は迷宮に行ってみたいわ。このまま先に行くと実力が追い付かずに苦労する気がして……」


「そう……じゃあ一度は迷宮に入ってみる事にしようか。その前に出来ればローザの杖を新しい物にしたいな」


 ヴィンスも本音では迷宮に興味があったが、出来るだけローザと相談の上で方針を決めたかったので選択肢を挙げてローザの意見を聞いたのだった。


「あ、そうだったわね。鞭を買ってから忘れかけていたわ……」


 ローザは余程棘の鞭を気に入っていたのか杖の事をすっかり忘れていた。


「(鞭はあくまで護身用で出来れば出番がないに越した事はないんだけどな……)よし、まずは宿を予約してその後武器屋、それと冒険者ギルドにも行って色々話が聞ければいいかな」


「分かったわ。そうしましょうか」


 この後の予定を決めたヴィンス達は宿から順番に回って行く。






「へえ、色々な杖があるものだね」


「本当ね、ちょっと目移りしちゃうわ!」


 宿を予約したヴィンス達はその後武器屋へと向かった。

 今回はローザ用に新しい杖を探していたのだがミレヘスの町とは品揃えからして違っていた。


(これだけ置いてあると言う事はこの町にはそれだけ魔法使いの冒険者がいるって事かな?)


 ヴィンスはそう思いながら杖を眺めていると、色々見ていたローザが1つの杖を掴んで彼に話し掛ける。


「ねえねえヴィンス、私これが気に入ったわ!!」


 ローザが掴んでいた杖と同じものを棚から探すとそこには『癒しの杖』と書かれていた。


「『癒しの杖』か……すいません、この杖って何か特別な効果があるんですか?」


 大抵の杖にはあらかじめ何かしらのスキルが付与されている事が多い。現在ローザが装備している魔導士の杖にも『魔力強化(極小)』が付与されているのだ。

 恐らくこの杖にも何かしら付与されているだろうと思ったヴィンスは店員に確認を取った。


「ええ、その杖には『回復魔法強化(中)』が付与されています。回復魔法でしか効果が得られないスキルになっておりますのでご注意下さい」


 女性店員の説明を聞いてヴィンスは微妙な気分になる。


「……と言う事は他の魔法、例えば攻撃系の魔法とかでは——」


「他の魔法では残念ながら何も効果はありません。ですので使い方は限定されると思います」


「ですよね……」


 ヴィンスが微妙な気分になったのはこれが理由であった。

 ローザが回復魔法しか使えないならまだしも風魔法や光魔法、最近では付与魔法に聖魔法も覚えている。そのうちの1つにしか効果がないのであればローザにとってあまりメリットのある杖だとは思えなかったのだ。


「う~ん、ローザ。今の説明でも分かったと思うけど他の杖にした方がいいと思うんだけどどうかな?」


「え~!でも私はこれがいいのに……」


 ヴィンスはあくまでローザのためを思って再考を促すが彼女は『癒しの杖』を気に入ったようで難色を示す。


「いや、ローザは回復魔法以外にも色々魔法が使えるじゃないか。どうしてそこまでその杖に拘るんだい?」


「だって……もしも、もしもよ!ヴィンスが大怪我を負ったりしたら役に立つかもしれないわ!……もしヴィンスがそうなった時にこの杖がなかった事で後悔する事だけにはなりたくないと思ったの……」


「…………」


 ローザにそこまで言われたヴィンスもようやく彼女の意図が理解出来た。『癒しの杖』は回復魔法限定ではあるものの、この店に置いてある杖の中で回復魔法に一番効果がある杖である。ローザは保険のためにもこの杖が欲しかったのだ。


「ローザの言いたい事は分かったよ。でも普段の戦闘では効果が薄いからこの杖以外にももう1つ選ぼう。それでいいね?」


「ええ、それなら全然構わないわ!!」


 経済的な意味ではあまり合理的ではなかったが緊急用として『癒しの杖』も購入する事としてメインではまた違う杖を使う事でお互い納得した。


「だったらもう1つはこれがいいと思うわ」


「えっとこれは……『ルーンスタッフ』か。うん、これなら普段使いにはピッタリじゃないかな」


 ローザがもう一度選んだ『ルーンスタッフ』には『魔力強化(小)』のスキルが付与されていた。回復魔法以外であれば『癒しの杖』よりも効果が大きい杖と言える。


「じゃあこの2つを購入しよう。すいません、この2つを下さい」


「はい、ありがとうございます!」


 これらの杖はヴィンスが装備している鋼鉄の剣などと同じランク3の武器であるがスキルが付与されている分値段も高く、2つ合計で金貨10枚近い値段であった。


「先日購入した鞭も入れると3つの武器になるから上手く使い分けてね」


「ええ、大丈夫よ」


 鞭を購入した後のローザだが右手に杖で、鞭は束ねた状態で腰の裏のベルトに差すのが普段のスタイルになっていた。これからは癒しの杖はポーチに入れていざと言う時に取り出す事になるのだ。


「これで装備も大丈夫だから……冒険者ギルドに行こうと思っていたんだけど、時間も遅いから明日にしようか?」


「そうね……ごめんね。私のせいで時間掛かっちゃって」


「いや、そこはローザが謝る事じゃないよ。お互いが納得するために時間を費やしたと思えば寧ろ良かったんじゃないかな?」


「ヴィンスがそう言ってくれるなら私も助かるわ」


「うん、じゃあ今日はここまでにして宿に行こう。それで明日は朝から冒険者ギルドに行くと。それでいいかな?」


「ええ、勿論私もそれで全然構わないわ」


 こうして彼等はナクールの町の初日を終える事となった。



——————————



「ふわぁ……おはよう、ヴィンス」


「おはよう、ローザ。その様子だとよく寝られたみたいだね」


「ええ、流石に高い宿泊料だけあってベッドの寝心地がよかったわ!」


 ナクールの町では総じて宿代が高い傾向にあった。

 今までヴィンス達が宿泊してきた宿では1人1泊で銀貨1枚前後の代金であったが、彼等がこの町で利用した宿の代金は1人1泊で銀貨2枚近い金額であったのだ。しかしその分クオリティも高く、特にベッドの寝心地は今までの旅で最高のものであった。


「それはよかった。じゃあ朝食を食べたら予定通り冒険者ギルドに行こうか?」


「ええ、そうしましょう」


 2人は今日の予定を確認してから朝食に向かうのであった。






「ここがこの町の冒険者ギルドね……今まで訪れた中でも文句なしに一番大きいわ……」


「確かにね……この町の環境を考えたら大きいと予想はしていたけどここまでとは……」


 ヴィンス達は冒険者ギルドに辿り着いたのだが予想以上の建物の大きさに思わず立ち尽くした。それだけこの町では冒険者の数も多く、利益も出て賑わっているのだろうとヴィンスは推測していた。

 ヴィンスとローザがギルドの建物に入ると彼の予想通り沢山の冒険者がいた。


「おお……冒険者がいっぱいいるね……」


「本当ね……。それに強そうな人がいっぱいいるわ……」


 ヴィンス達も今まで訪れた冒険者ギルドでそれなりの冒険者を見てきたが、ここにいる冒険者達の何割かは今までの町では見た事もないくらい強そうな雰囲気を出していたり装備も充実したりしていた。


「とりあえず迷宮の情報があると便利じゃないかしら?」


「そうだね、確かペズンの迷宮って名前だったと思うけど……すいません!ちょっとお尋ねしたいんですけど……」


 とりあえずペズンの迷宮の情報が欲しかったヴィンスはギルドの受付嬢に声を掛けてみる。


「はい、お待たせしました!本日はどのような御用件でしょうか?」


 ヴィンスと同じくらいの年齢の女性が応対してくれる。


「はい、昨日この町に初めて来たんですけど迷宮の情報が欲しくて……」


「ペズンの迷宮の情報ですね?こちらに迷宮の情報をまとめた資料がありますが有料になっております。こちらは金貨4枚と少々高額になっておりますがお買い求めになりますか?」


 迷宮の情報を得るにはかなりの高額となっていたが、ヴィンスは周りを見渡すとチラホラと迷宮の情報が載っていると思われる資料を読んでいる冒険者も見受けられた。相応に需要があると言う事だとヴィンスは判断した。

 

ヴィンスはローザの顔を窺うとローザは「いいわよ」と言わんばかりに頷く。


「金貨4枚ですね?分かりました。1つ下さい」


「ありがとうございます!少々お待ちください!」


 ヴィンスが購入の意思を見せると受付嬢は元気いっぱいに返事をして受付の奥に行く。恐らく資料を取りに行ったのだろうとヴィンスは思った。


「迷宮の資料が金貨4枚ってかなり高いと思うけど、それくらい役に立つのかしら?」


「う~ん、僕も読んでみないと何とも言えないけど……あ、戻ってきた」


 こんなことをヴィンス達が話していると受付嬢は戻ってきた。


「はぁはぁ……大変お待たせしました!こちらがペズンの迷宮に関する資料になります!」


 この受付嬢は急いで持って来てくれたようでかなり息を乱していた。

 この様子を見てヴィンスは少し微笑ましい物を見た気分になる。


「わざわざ急いで取りに行ってくれたようでありがとうございます」


「い、いえ!とんでもありません!」


 ヴィンスはあまり意識していなかったが笑顔でお礼を言うと受付嬢は少し顔を赤くしていた。


 ヴィンスは受付を離れるとローザと一緒に手に入れたばかりの資料に目を通そうとする。


「これが迷宮の資料か……迷宮はこの町から徒歩で30分程?随分近いね」


「本当ね!迷宮って魔物が沢山出るんでしょ?こんなに近くに町を作って大丈夫だったのかしら?」


「確かにその通りだよね……それでもここまで近くに作ったって事はその危険性以上にメリットがあるって事なのかな?……あ、ここに書いてあるよ。高位の結界魔法で魔物が迷宮の外から出られない様にしているって」


「結界魔法……いつかは私も覚えたいと思っていたけど、そんな大規模な使い方もあるのね……」


 そんな事を言いながら資料を捲っていくと出現する魔物の情報も記載されていた。


「なるほど……序盤ではゴブリンとか低級な魔物ばかりだけど、下の階層に潜っていくとオーガとかも出てくるのか……」


「確かオーガって皮膚が分厚くて魔法の効きが期待出来ないのよね……そう言う場合はヴィンスに付与魔法を掛けてサポートするのが得策かしら……」


 ヴィンスとローザは資料を読みながら迷宮で出現する魔物への対処を想定し合っていると、柄の悪そうな冒険者3人がヴィンス達に近づいてきた。


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