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アーリル王国の騎士  作者: siryu
海上戦の章
53/61

第53話 ミレヘスの町に帰還

「しかしあのイカ野郎を水中でよくトドメを刺せたな?ヴィンス君の『真空刃』で相当弱らせていたとは思うが……」


「確かにな。水中では武器も思う様に使えんだろう?」


「ええ、マルクスさんの言う通り水中では抵抗が強くてまともに剣は振れませんからね。ですから抵抗を小さくするために突きばかり繰り出していましたよ」


 水中では動きに制限が掛かるので、ヴィンスが海に飛び込んでクラーケンの位置まで潜るとひたすら剣と槍で突きまくったのだ。そして残りのMPを振り絞って槍技Lv3『剛槍』を繰り出しクラーケンにトドメを刺したのが真相である。


「よし、折角だからこのイカ野郎を何とか船で引っ張って帰ろうぜ。そうでないとこのイカ野郎を他の海の魔物がこいつを食っちまうとまた厄介になるかもしれないからな!おっさん出来るか?」


「サイズは大きいが何とか出来るだろう。おい、お前ら!あの魔物を引っ張って帰港するぞ!」


「「はいっ!!」」


 マルクスに命令された船員はクラーケンの死骸を括り付けるとミレヘスの町へと舵を向ける。


「よし、これで任務完了だな!ヴィンスとローザの嬢ちゃんは疲れただろうから休憩してくれ」


「え?ヴィンスはともかく私もいいんですか?」


「ローザの嬢ちゃんも魔法をいっぱい使っていただろ?あとは俺達大人に任せて休んでくれ」


「でも……」


 マルクスの配慮に感謝しつつもローザは遠慮してしまう。確かに彼の言う通り魔法を唱え過ぎてヴィンス同様にMPはほとんど残っておらず、仮に一緒に警戒に当たっても役には立ちそうもない。

 だがヴィンスの必死の戦いを目の当たりにした後だと、自分まで休憩を貰うのはどうしても後ろめたい気持ちになってしまうのだ。

 しかし——


「分かりました。ローザ、好意に甘えて休憩を貰おう」


「……分かりました。ありがたく頂戴しますね」


 ヴィンスにも促されたローザは一緒に休憩出来る部屋まで下がっていった。


「よし、じゃあ俺も休憩を……」


「馬鹿!お前は俺達と一緒に警戒だ」


 どさくさに紛れて休憩しようとしたハンスをマルクスが怒鳴った。

 そんなハンスも本気で思っていた訳ではないようであっさりと受け入れる。


「冗談だよ、冗談。流石に俺までヴィンス君達と一緒に休憩出来るほど活躍したとは思ってねえよ」


「ふん、どうだかな。お前はどこまで冗談でどこまで本気で考えているか分からん奴だからな」


 マルクスはそう言いながらも恐らくハンスの言葉は信用しても大丈夫だろうと思っていた。


「さて、これだけデカイ獲物を引っ張っていけば帰りは時間が掛かりそうだな……お前ら、警戒を怠るなよ!!」


「「はっ!!」」



——————————



(う~ん、よく寝た……この部屋に入ってからすぐに寝たんだよな……)


 ヴィンスはマルクスに促されて休憩室に入るとベッドに倒れてそのまま眠りこけたのだ。彼がここまで疲れ切っていたのは旅を始めてから初めてかもしれなかった。それだけ持てる力を出し切る戦いだったのだ。


(そろそろ甲板に出ないとな……)


 そう思いながらヴィンスが甲板まで上がっていくと既にローザも戻っていたようでハンス達と一緒に楽し気に話をしていた。


「あ、ヴィンス!おはよう!」


「おう、起きたか?ヴィンス君」


 ヴィンスが甲板に出て来たのに気付いたローザとハンスが声を掛けてくれる。


「ええ、おかげさまでゆっくり休めました。ありがとうございました!」


 ヴィンスがお礼を言っているところに丁度マルクスも寄ってくる。


「おう、起きたかヴィンス。もうすぐ港に着くから丁度いいタイミングだ」


「そうでしたか。帰りは魔物が現れましたか?」


「いや、行きと違って1度だけしか現れなかったぞ。それも数は1匹だけだったな」


「そうですか、だったらよかったです」


 そもそもの目的が海路の安全のためだったのでいくらクラーケンを倒したところで魔物が沢山現れてしまうと意味がなかった。なのでマルクスの返事を聞いたヴィンスはホッとしたのだった。


「お、町が見えてきたな!今晩は突撃魚を肴にして飲みまくるか」


 ハンスは今回の戦いで倒した突撃魚を食べる事が楽しみで仕方がない様だった。


「ハンス、今日は大仕事をやってのけたから飲むなとは言わんが程々にしとけよ?」


 マルクスはハンスに控え目に飲むことを促すが


「おっさん、今日飲まずにいつ飲むって言うんだ?そんな事言わずにおっさんも飲みに行こうぜ」


「そうだな……今日くらいはいいかもな。あっはっは!」


 簡単に前言撤回してしまった。実はマルクスも飲みたかったのだ。





「戻られたか!?ご苦労でしたな」


 船が町に着くと町長が出迎えてくれる。そして船で引っ張ってきたクラーケンを見て大いに驚いた。


「こ、これは……何という大きさだ……よくもこれ程の魔物を倒せましたな?」


「おう、これもほとんどヴィンス君のおかげだ!ローザちゃんや俺も頑張ったけどな!」


 そう言ってハンスは胸を張る。しかしすぐにマルクスから異論を挟まれた。


「おい、ハンス!ローザの嬢ちゃんはともかくお前は大して活躍していないだろうが?」


「いやいや!十分活躍しただろうが!突撃魚を撃退したりあのイカ野郎の足を斬り落としたり——」


「それくらいだったら俺も近い事をやっている。だが、この2人程活躍したとお前は本気で思っているのか?」


「……まぁ、そこまでは己惚れてねえよ……」


 少しだけ調子に乗りたかったハンスだがそれをマルクスは許さなかった。

 マルクス自身もハンスが全く役に立っていないとは思ってもいないが、それでも2人に比べれば大したことはなく、もっと言ってしまえば自分達の代役は探せば何とかなっていたかもしれないがこの2人の代役はまず見つかっていないだろうと前日の冒険者ギルドの支部長との会話で確信していた。


「まぁなんだ、お前が役に立っていないとは俺も言わんが今日はこの2人を立てろ。いいな?」


「……ああ、分かったよ」


 少し水を差し過ぎたと反省したマルクスは少し柔らかく言い直し、ハンスもまた素直に応じた。


「それと町長。悪いが冒険者ギルドの支部長を連れて来てくれないか?この魔物を見て貰いながらちょっと話がしたい」


「分かりました。すぐに呼んできましょう」


 町長はマルクスの依頼に応じて冒険者ギルドに向かった。






「こ、これは……話に聞いていた以上の大きさですな」


 町長に呼ばれて足を運んだギルド支部長はクラーケンの大きさにビックリしていた。


「ああ、俺が以前戦った時よりも明らかにでかくなっていた。恐らく近辺の生き物を食い漁っていたんだろうな」


「成程……確かにあり得そうな話ですな」


「で、ちょっと確認したかったのは……もし今回の依頼を出した時にこいつの大きさが最初からこれくらいって分かっていたら、冒険者が依頼を引き受けられる条件をどう設定していたかを知りたい」


「!」


 マルクスの質問に一番反応したのはヴィンスであった。正直自身の強さは冒険者のランクで言うとどれくらいに相当するのか彼にはとても興味があったのだ。


「そうですな……ここまで大きいと単独であればAランク、Bランクなら最低2人以上を条件にしていたかもしれませんな」


 その言葉を聞いてマルクスは満足そうに頷く。


「そうか。ここまで連れ出して手間を掛けたな」


「いえいえ、それでは私は戻ります。あ、そうそう。後でこちらのギルドにもお立ち寄り下さい」


 そう言うとギルド支部長は引き返して行った。


「マルクスさん、今のは意味があったのかしら?」


 わざわざギルド支部長を呼んだ理由が分からなかったローザはマルクスに質問をする。


「ああ、それはだな——」


「あれだろ、こいつは最終的に解体されちまうけどその前に見せておけば今回の依頼を正確な難易度として評価してくれるからだよ。そうなればヴィンス君やローザちゃんに入るポイントも大きくなるって事だ」


 マルクスが答えようとするのをハンスが横取りする形でローザの質問に答える。


「……ハンスに取られたがまぁそう言う事だ。町にも予算があるから報酬は残念ながら増やす事は出来んが、せめて今回の苦労に見合うだけの評価は得られるべきだろう?」


 つまりマルクスはヴィンス達の事を考えてギルド支部長を読んでくれたと言う訳であったのだ。


「マルクスさん。ご配慮ありがとうございます」


「そう言う事だったのね……マルクスさん、ありがとうございますね」


 ヴィンスとローザはマルクスに頭を下げる。


「礼を言われる程の事はしていないぞ。気持ちだけならもっと報酬を増やしてやりたいところだが……」


「私も出来ればお二人にそうしてあげたいところですが、そこまでの予算は……」


 マルクスと町長はヴィンス達に向かって申し訳なさそうな顔をする。


「ったく!気前の悪い町だぜ。もっとヴィンス君達にだな——」


 ハンスは事情を分かっている上でわざと悪態をつく。


「ハンス、お前わざと言っているだろ?大体今回町で用意した報酬額はお前の町で懸案事項だった盗賊の件の時よりも多い額だぞ」


「へえ、いくらだよ?」


 ちなみに砂漠の盗賊団討伐の時は白金貨5枚である。


「白金貨10枚だ」


「白金貨10枚!?」


 マルクスの返事を聞いて思わずローザは声を出してしまいすぐに両手で自身の口を塞いだ。以前の盗賊団討伐の時でも凄い金額だと思っていたのにその倍なのだから驚くのも無理はない。


 しかしハンスにとってはそうではなかったのだ。


「へえ、それなら決して安くはないな。だがな、それはあくまで依頼を引き受けられる条件がCランクならって話だ!」


「それは俺だって分かっている!だから俺達もヴィンス達に謝っているんだ!!」


 ハンスも決して意地悪でマルクスに突っかかっている訳ではない。

 ただし結果的にとは言え、白金貨10枚ではとても見合わない戦いを強いられたヴィンス達の苦労を思えばこそこう言わざるを得なかったのだ。

 そしてその事を理解しているマルクスも、ハンスにではなく町の不甲斐なさに苛立ってそれをハンスにぶつける様な形になっているのだ。


「ちっ!まぁ結局のところ一番(わり)いのは何も動かねえ国のせいだってことだけどな!」


「……まぁそうかもしれんな。いや、その通りだな」


 お互いがお互いの気持ちを分かっているため落としどころを王国のせいにした2人であった。


「見苦しくて悪かったな。出来ればヴィンスの武器をもっと良い物にしてやるためにも景気よく報酬を払ってやりたいところだが……本当にすまん!!」


「いえいえ!!お気持ちだけで十分ですから!!ね、ローザ?」


「え?ええ!!ヴィンスの言う通りですから気にしないでください!!」


 土下座しかねない勢いで頭を下げて謝罪するマルクスにヴィンスは慌ててローザに救援を求めながら2人で止める。

 確かにヴィンスは剣と槍を両方失ったので新しく購入しなければいけないが、前回と同じ物なら金貨5枚程で購入出来るのでそこまで痛手ではない。

 それに稼ぐ気になれば1日半で白金貨2枚稼げるのだから。


「……まぁ俺も言い過ぎて悪かったよ。すまんな、おっさん」


「いや、お前の言う事は尤もだ。気にするな」


「そうか……よし!今夜は景気よく思いっきり飲もうぜ!あれだけ大変だったからその分酒も美味くなるってもんだ!!勿論ヴィンス君とローザちゃんも一緒にな!!」


「そうですね……分かりました!ローザもいいよね?」


「ええ、勿論よ」


 ハンスはここぞとばかりに飲む事を提案する。

 町の懸案事項を片付ける事が出来たと言う祝福ムードに水を差す事もないと判断したヴィンスはローザと一緒に申し出を受ける事にした。


「よし、じゃあ俺が店を探しておいてやるよ」


「あ、マルクスさん。でしたらこれを使ってください」


 ヴィンスはそう言うとマルクスに白金貨を1枚渡した。これにはマルクスだけでなく横にいたハンスも驚く。

 一方ローザは驚かなかった。ハンス達がミレヘスに到着する前にヴィンスは彼等の面倒を見たいと言っていたので、今回の申し出もヴィンスのやりそうな事だと納得していたのだ。


「ちょ、ちょっと待てヴィンス!こんな大金受け取れるわけないだろう!?」


 渡されたマルクスは大慌てでヴィンスに突き返そうとするがヴィンスは受け付けずに意図を説明する。


「いえ、折角ですからこの町の警備隊の皆さんやハンスさんの部下の皆さん。それに船員や町長にも来て貰いましょう!」


「お前は……本当に凄い奴だな……分かった!全部俺に任せておけ!」


 最終的にマルクスも納得して最高の宴会にしようと意気込んだ。


※槍技Lv3『剛槍』…『疾風突き』よりも力強い突き。同じLv3で『瞬槍』と言う『疾風突き』よりも更に速い突きもある。


※槍技Lv2『疾風突き』…速度を重視した突き。剣技にも同名の技がある。

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