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アーリル王国の騎士  作者: siryu
海上戦の章
50/61

第50話 海上戦 前編


「ハンス遅いぞ!!だがこれで全員揃ったな!今から船場へ向かうぞ!」


「おう!ちゃっちゃと終わらせて今夜は宴会にしようぜ!」


「ハンス!お前は遅れて来たくせに……少しは緊張感をだな——」


「何言ってんだ、おっさん?緊張しすぎて動きが硬くなるよりよっぽどいいだろうが」


「お前は……こいつのペースに合わせると疲れるだけだな。もう何も言わん!」


「「ははは……」」


 作戦当日、準備は終わったヴィンス達は集合場所の兵舎に向かった。彼等が到着した時にはマルクスを始めとしたミレヘスの警備隊員の準備は完了していたが、ハンスを始めとしたテシスの警備隊員は揃っていなかった。どうもハンスは寝坊をした様で部下の隊員達が必死に準備をさせていたのだ。

 予定時間より少し遅れて現れたハンスにマルクスは怒っていたが、そのあとのやり取りで怒りを通り越して呆れるしかなかった。その光景を見ていたヴィンス達も苦笑いするだけだった。




 船場に着くと町長や船員も揃っていた。船員に一通り挨拶を済ませると


「くれぐれも気を付けて下さい。無理だと思ったらすぐに引き返すくらいで。命さえ助かればまだまだやり直せますからな」


 町長は隊員一人ずつにそう声を掛けていた。

 続けてマルクスとハンスにも声を掛ける。


「マルクス隊長にハンス隊長も気を付けて」


「ああ、分かってる」


「任せろって」


 そしてヴィンス達には一際気持ちを込めて声を掛ける。


「今回大変危険だと思いますが何卒お願いします!」


「「はい!では行ってきます」」


 ヴィンスとローザは声を揃えて町長に応えたのであった。


 そんな彼等を乗せて船は出発した。






「おっさん、魔物は大体どの辺に現れるんだ?」


「大体ミレヘスの町と『ナクールの町』の丁度真ん中辺りだな」


「じゃあまだ時間に余裕はあるな。少し寛ぐかな」


 ハンスはそう言うと甲板に腰を下ろした。


「ヴィンス君とローザちゃんももう少し力を抜いたらどうだ?あまり力を入れ過ぎると肝心な時に力が出せんぞ?」


「そうは言いますけど……魔物が住処を移している可能性だってあると思うので警戒するに越した事はありませんよ」


 ヴィンスはそう言いながら『索敵』を常に発動している。『索敵』にはいくつか海の魔物が引っ掛かっているが、気配からして小物でそれも向こうから襲ってこなければ特に気にする必要もない程度ではあった。





(……おかしいな……魔物の気配が一切しなくなった……)


 船を出して2時間程経過した。前回は大体3時間程の距離で遭遇したと言う事だったが先程からヴィンスの『索敵』に全く引っ掛からなくなったのだ。


「ん?ヴィンス君どうした?」


 先程までだらけていたハンスもヴィンスの表情が険しくなっていた事に気付いて少し真面目な表情になっていた。


「いえ、先程まで魔物がちらほら『索敵』に引っ掛かっていたのに急になくなったんですよ」


「そう言う事か。しかし引っ掛からなくなったって事はもしかしてハズレか?」


「ふうむ……魔物が別の場所に移ったのであればそれはそれでいいんだが……」


(!?)


 ハンスだけでなくマルクスも話に加わった途端、ヴィンスの『索敵』に気配が引っ掛かる。問題はその気配が急速に近づいてきた事だった。


「皆さん!魔物が急速に近づいて来ます。数は5匹です!!」


「なんだと!?お前ら!来るぞ!!」


「ちっ!お前らも気を付けろ!!」


 ヴィンスの声に反応してマルクスは部下に注意を促す。ハンスも同様に注意を促した。


「キシャー!!」


 奇声を上げながら海から船に向かって飛び込んできたのは突撃魚(とつげきうお)と呼ばれる高速で海の中を移動する魔物であった。体重は100kgを軽々と越える突撃魚の体当たりをまともに受けてしまえば大人でも即死しかねない衝撃となるが——


「おらっ!!」


「グェ!?」


 ハンスは自分に飛び掛かって来た突撃魚を躱しつつ側面からエラを剣で斬り付けた。一撃で倒す事は出来なかったものの、致命傷を負った突撃魚は甲板に弱々しく横たわる。それをハンスの部下達が攻撃を加えて息の根を止めた。


「ふん!」


 マルクスもハンス同様の戦法で突撃魚の動きを止めて部下達に始末させていた。


 そしてヴィンスに飛び込んできた突撃魚はと言うと——


「ふっ!」


 ヴィンスは面倒だと言わんばかりに躱す事すらせず、飛び込んで来た突撃魚を真正面から一刀両断にしていた。


「お、おお……相変わらず凄えな、ヴィンス君は」


「こんな事やろうとしたら腕力だけでなく度胸もいるからな……俺には到底真似出来んな」


 2人から称賛されるヴィンスだったが警戒を怠っていないため表情は変わらない。寧ろ残りの2匹はこちらを襲ってこずあっさり引き戻っていく様子を見て更に警戒を強めていた。


「ヴィンス。残り2匹は引き返したの?」


「うん……何か嫌な予感がするな……」


 ヴィンスの言葉を聞いてローザも警戒を強めていつでも魔法を唱えられるように準備をする。

 一方ハンス達はと言うと……


「お前ら!その突撃魚は無茶苦茶美味いからな!3匹とも綺麗に解体しておけよ!今夜の宴会の肴にするんだからよ、アッハッハ!」

「お前は……そういう事はせめて目的を達成してから言えよ!!」


 ハンスの発言にマルクスは頭に手をやりながら叱っていた。

しかしそんな彼も食欲には勝てないのか


「お前ら、そうじゃねえよ!まずは内臓から取り出すんだ!そうしないと身焼けするだろうが!!」


 などとしっかり解体作業を指導していた。


(こんな事をしていて大丈夫かしら……?)


 警戒を解いていないヴィンスとは余りにも対照的でローザはヴィンスに少し同情した。


「よし、3匹とも解体終わったな!これだけでも今夜の酒は楽しみになるぜ!」


「全く……とは言え上手く解体出来たからな。味は俺が保証するぞ」


 3匹の解体が終わって満足気な表情をするハンスとマルクス。

 しかし次のヴィンスの言葉で2人から余裕が奪われる事になる。


「これは……恐らく次も突撃魚です。ただし数は30以上。しかも全方位から来ます!」


「何?30だと!?」


「しかも全方位からかよ……参ったね、こりゃ」


 マルクスは数を聞いて驚き、ハンスも軽口を叩いてはいるが内心では焦っていた。正面だけならまだしも、全方位から見えにくい敵を相手にするのは並大抵の事ではないからだ。とは言え部下達に指示を出す事は忘れない。


「お前ら!おっさんのところの隊員と一塊になって全方位に備えろ!」


「そうだな……今ハンスが言った通りだ!1人でどうにかしようとせずにそれぞれが正面の敵にだけ当たるようにしろ!」


 一方ヴィンスは自分1人で出来るだけ数を減らす事だけ考えていた。隊員全員がハンスやマルクスと同程度の強さなら先程の指示だけで十分だったが、隊員全員がそこまで強くないので不十分だと感じたからだ。


(全方位とは言え数に偏りはある。だったら一番数が多い方向を僕が受け持てば……)


 そしてヴィンスは一番数が多い方向に向かい剣を構える。


「ヴィンス!私も戦うわ!」


「だったらローザはハンスさんの援護をしてあげて。あそこが2番目(・・・)に多いはずだ」


「(2番目(・・・)と言う事はやっぱりヴィンスは1人で1番多い方向を受け持つつもりなのね……)……分かったわ!」


 ローザは一番厳しい所をヴィンスが1人で受け持つ事を心配はしたが、「ヴィンスなら大丈夫」と信じて指示に従いハンスの方へ向かった。


(来る!!)


「「「キシャー!!!」」」


 最も早く船に接近した突撃魚が3匹同時にヴィンスへ飛び掛かる。


(このタイミングで迎撃すれば甲板には当たらない!!)


 そう判断したヴィンスは剣技『五月雨刃』を放つ。突撃魚3匹は上空から襲い掛かる斬撃の雨をまともに受けるとそのまま力尽きて海に落ちていく。


「今度は3匹同時かよ……本当にヴィンス君は!!っと」


 ヴィンスの剣技を見て改めて驚きつつ自分に飛び掛かって来た突撃魚に対処するハンス。


「って次はこっちか——」


「ハンスさん、大丈夫よ!!」


 時間差で飛び掛かって来た突撃魚の対処に遅れそうなハンスだったが間髪入れずにローザが風魔法『ウインドカッター』で迎撃する。風魔法のLvが2になっているローザはLv1である『ウインドカッター』の扱いが相当上達しており、突撃魚のエラ部分を効率よく切り裂いた。その突撃魚は即死こそ免れたが致命傷を受けてピクピク動く事しか出来なかった。


「ヒュー!ローザちゃん凄いね~!!」


(ローザの魔法も相当上達しているな……いい傾向だ)


 ローザに助けられたハンスは上機嫌でローザを褒める。

 ヴィンスもまだ余裕があるのかローザの魔法を見て内心で満足していた。





 この調子で30匹以上近寄ってきた突撃魚を半数以上撃退すると、またもや生き残っている突撃魚は引き返していく。

 ヴィンス達4人は無傷だったがハンスとマルクスの部下達の内何人かは負傷したのでローザは回復魔法を掛け回っていた。


「お前らズルいな……俺も怪我しておけばローザちゃんに——」


「お前は馬鹿な事を言うんじゃない!!」


 ハンスの不謹慎な発言にマルクスは少々怒って拳骨を浴びせる。


「痛ってえじゃねえか、おっさん!!」


「ふん、少しは反省しろ」


 涙目で抗議するハンスだったがマルクスは悪びれもせず言い放っていた。


(何人か負傷したけど思ったより苦戦せずに撃退出来たな……!!ついに来たか!?)


 一息つこうとしたヴィンスだったが『索敵』に新たな気配が引っ掛かる。

 その気配は今までの突撃魚とは比較にならない程大きいものだった。


「あっちから本命が来ます!!」


 ヴィンスが指を差した方向を全員が見つめる。すると次第に海面から少しずつ何かが見えてきた。


「あれは……確かにおっさんの言っていた通りイカっぽいが……おいおい!ちょっと話がおかしくないか!?」


「ちょ、ちょっと待て!!この前俺達が戦った時よりも明らかに大きくなって……」


 流石のハンスも魔物の全体像を見た途端、軽口をたたく余裕がなくなっていた。何しろマルクスが言っていた情報よりも明らかに大きかったからだ。


(これは10mどころか20mあってもおかしくないな……)


 ヴィンス達の前に現れたイカの形をした魔物——『クラーケン』——の全長は20mに届きそうな大きさである。

 以前マルクスが遭遇した時よりもクラーケンが大きくなっていたのは近辺の魚や魔物を食い漁っていたからだった。


「ハンスさん!マルクスさん!今更こいつの大きさを嘆いても仕方ありません!まずお二人の部下は下がらせましょう!」


「それもそうだな……お前ら!自分の身を守る事だけ考えろ!一切手出しする事は考えなくていい!!」


「こっちも同様だ!こいつは俺達4人でどうにかする!!」


 余りの大きさに唖然として少し動きが止まっていたハンスとマルクスだったが、ヴィンスの声で我に返りすぐさま部下に指示を出した。


「それとローザは2人に付与魔法を!」


「分かってるわ!ハンスさんにマルクスさん、こっちに来てください!」


「どうした、ローザちゃん……うお!これは付与魔法って奴か?」


「何?お……これは助かる!!」


 昨日打ち合わせをしていた通りローザはハンスとマルクスに付与魔法『スピードアップ』と『フィジカルアップ』を掛けた。


「お二人はローザの魔法で一時的にですが素早さと体力が上昇しているはずです。まずはこいつに捕まらない事だけを最優先に考えてください!」


「「了解だ!!」」


 ヴィンスが一通り指示をしている間にもクラーケンは迫ってくる。


(ここまで近寄ってくるとさっきよりもっと大きく見えるな……しかしここまで大きいとこいつの攻撃は想像以上に厄介では……)


 残念ながらヴィンスの悪い予感は的中する事となる。


「ウウォーン!!」


 クラーケンは低音の唸り声を上げながら巨大な足を振り下ろしてきた。


「うお!?危ねえ!!」


 狙われたハンスは何とか躱したが、足に直撃した甲板が大きく損傷したのを見て冷や汗を流す。


「ちょっと待て!ローザちゃんのおかげで何とか躱せるが、このまま躱し続けると今度は船が持たねえぞ!?」


「く!この前はたった一撃でここまでは損傷しなかったが……まずい、次がくるぞ!!」


 ハンスとマルクスが焦っている間にクラーケンは再度足を振りかぶっていた。


(躱す選択肢がない以上、こうなったら攻撃を全部撃ち落とすしかない!!)


 覚悟を決めたヴィンスは盾をポーチにしまって剣を構える。

 足を振り上げたクラーケンは勢いよくヴィンスに向けて振り下ろしに掛かる。


「ウウォーン!!」


「ふっ!」


 クラーケンの足がヴィンスに当たるよりも前に剣技『真空刃』を放つとクラーケンの足は見事に切り裂かれ、切り離された足は海面に落下した。


「すげえ……あんな巨大な足を一撃で切り裂いたのかよ……」


「は、ははは……ヴィンス凄すぎるだろ……」


 ハンスはヴィンスの腕前に感嘆し、マルクスは目の前の光景が信じられない気分でヴィンスを見つめていた。


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