第49話 海上戦前日
前話も同じ前日なんですが……
あまり気にしないでください。
町長の説得に成功したハンス達は町長を加えて冒険者ギルドに向かった。
そもそも町側で討伐する人員を揃えられる自信があれば冒険者ギルドに依頼を出す事もなかった訳だが、恐らく難しいと判断したマルクスが町長に頼んで依頼を出していたのだ。
今回は海での戦いであるため町側もしくは冒険者ギルドのどちらが手配した人が討伐へ行くにしても町で用意した船に乗る必要があるのだが、戦闘に耐えられる船が一隻しか用意出来ないので町側が手配した人が討伐へ行っている間に冒険者ギルドが人を用意出来てしまうと面倒な話になる。
船が二隻用意出来るのであれば最悪競争でもさせればいいのだが、実際は一隻しか用意出来ないためこの場合はもう一隻船を用意出来なかった町側の責任として揉める原因になりかねないのだ。
だから依頼を取り下げるために冒険者ギルドへ行く必要があったのだ。
「——と言う訳で冒険者ギルドにはキャンセル料は支払うので依頼をキャンセルしたいのですよ」
町長は自身より年配のギルド支部長に依頼をキャンセルする旨を説明する。
冒険者ギルドに依頼を出す時は報酬の1割を仲介料としてギルドに納める必要があった。誰も依頼を受けてくれなかった時は払う必要はないが、依頼者都合で取り消す時は冒険者ギルドに不備はない話なので仲介料をキャンセル料代わりに支払う必要があるのだ。
「ふうむ……話は分かりました。勿論キャンセル料を払って貰えるのであればこちらは問題のない話なのですが……」
「ん?何か歯切れが悪い様に思えるが何か不味かったか?」
ギルド支部長は何か続きを言いたそうにしているのを感じ取ったマルクスが確認する。
「ううむ……あくまで相談なのですが、そこのヴィンス殿が結果的に冒険者ギルドの依頼を受けたと言う形に出来ませんか?」
「どういう事だ、支部長?そもそもヴィンス君じゃランクが届かなくて依頼を受けられなかったって話じゃねえか」
ギルドの支部長からの意外な申し出にハンスが身を乗り出して聞く。
「昨日受付嬢から報告を受けて驚いたのですが、ヴィンス殿はミレヘスでの1日の討伐記録を大幅に塗り変えました。実績こそまだ到達しておりませんが実力は既にCランク以上は確実、もしくはBランクに届いている可能性すらあります」
「ん、まぁそうだろうな」
(!?)
この話を聞いてローザは驚いた。もしギルド支部長の言う通りであればヴィンスは現状より3ランク上でもおかしくないと言う事だからだ。そしてローザ自身が一番分かっているが、自身とヴィンスではそれだけ実力が離れている事を示していると言う事でもあった。
「それにもかかわらずヴィンス殿は現時点でEランク。これはある意味異常なのです。ですので冒険者ギルドとしては今回の様にポイントの高い依頼を受けて貰う事で早く昇格して貰いたいのですよ。」
「成程なぁ。確かに支部長の言っている事は理解出来るぜ。あ!だからさっき結果的になんて言ったのか?」
ギルド支部長の説明を納得して聞くハンス。ハンスとしてもヴィンスの強さでEランクと言うのは色々納得していないので実力相応のランクに昇格して欲しいと思っていたのだ。
「その通りです。都合がいい事にこの依頼は重要依頼に指定されているので事後報告と言う形も取れるのです。ですので町側で報酬さえ用意して貰えれば——」
「ちょっといいか?」
ギルド支部長の説明に割って入ったのはマルクスであった。
「それだと報酬の問題は町長に判断して貰うとして、仮にその点が大丈夫だとしてもヴィンス達が討伐している最中にCランク以上の冒険者が名乗りを挙げたらどうするんだよ?そこを揉めないためにキャンセルを入れに来たんだぞ?」
当初の目的に引っ掛かるためマルクスはギルド支部長の案を否定するが
「そこは大丈夫です。依頼を貼っているボードからは隠しておきますので」
「いや、隠すって……そんな事してもいいのか?」
あっけらかんと答えるギルド支部長にマルクスは思わず呆れてしまった。
「本来であれば勿論不味いのですが……これは大ぴらに言える話ではないのですがね。そもそも現時点でこの国にCランク以上の冒険者は滞在していないのですよ。ここから一番近い場所だと、海を越えて隣の『ナクールの町』には近場に迷宮があるのでそれなりにいるのですが……ですから事後報告を除いて依頼を受ける事が出来る者は事実上いないのですよ」
「な、なんだと……」
ギルド支部長から話を聞いたマルクスは、自分が町長に進言して冒険者ギルドに依頼を出していたのに、実はやって貰った事がほとんど意味のなかったものだったと知ってショックを受ける。
「そう言う訳ですので……もし報酬の面で問題がなければキャンセルをしない方向で進めて貰えたらこちらも望ましいのですが町長は如何ですか?」
「町長。これは支部長の案に乗っていいんじゃないか?元々報酬は予算に組んでいたんだろうし今更惜しむ物じゃないだろう?」
「そうですね。討伐出来るのであれば、ヴィンス殿達に出来るだけ報いたいと思いますのでその提案に賛成しましょう」
「本当にいいんですか?」
ギルド支部長の提案にマルクスも町長も賛成した。ここまで口を挟まなかったヴィンスは周りの配慮に感謝しつつも本当にそこまでして貰っていいのか分からず戸惑いの声を上げる。
「いいんだよ。これから思いっきり働いて貰うんだからそれに見合った報酬を受け取るだけの話だぜ!」
ハンスは笑いながらヴィンスの背中を叩いて納得させる。
「分かりました。皆さんありがとうございます!」
冒険者ギルドへ依頼の取り消しを行うのに少しでも役に立つかもしれないと稼ぐついでで昨日まで魔物の討伐に励んでいたが、まさかこのような展開になるとは思ってもいなかったヴィンスであった。
冒険者ギルドとも話がついた一行は明日を討伐作戦の決行日とした。
ヴィンス達は町長と別れると兵舎まで行って明日の対策を立てる事にする。
「で、マルクスのおっさん。海の魔物ってそんなに厄介なのか?冒険者ギルドでCランク以上に指定されるって事はかなり厄介そうではあるけどよ」
「ああ、小さい奴らはそこまで問題はないんだがでかい方がな……あれ程「海の主」と言う言葉が似合う魔物は見た事ないな。何せ全長が10mはありそうだったからな」
「10mだと!?本当かぁ?」
マルクスの言葉を聞いて半信半疑のハンス。ヴィンスやローザも大きさを聞いて驚くしかなかった。
「ああ、イカみたいな姿の奴でな。そいつの足がまた長くて……鞭のように甲板に叩きつけてくるんだ。こっちの攻撃もなかなか当たらず、あれ以上戦っていたら船が持たないと判断して何とか逃げ切ったんだ」
「まさかのイカかよ……しかしそこまででかい奴を相手にすると下手をしたらこちらの攻撃が届かないかもしれないな。ヴィンス君、何か打つ手はあるか?」
ハンスは少し焦りながらヴィンスに問う。
「そうですね……魔法といくつか遠距離用の剣技があるのでそれでどうにかするしかないとは思いますが……」
「私も魔法で皆の援護をするわ!」
「そうか。そうなるとヴィンス君とローザちゃんの魔法でそのイカに当たって貰うしかないだろうな……俺とおっさんはせめて小物だけでも倒さねえとな」
「よし!大雑把だが大体の役割は決まったな。足手まといを増やしても仕方ないから基本はこの4人で当たる。他の隊員も何人か乗せるがあくまで補助程度に考えてくれ。今日は以上だ!」
マルクスが締める形で明日に向けた打ち合わせは終わった。
「よし!これで今日の予定は終わったし今から飲みにでも行くか!」
兵舎を出ると既に陽が沈みかけており夕食を取るのに問題のない時間となっていた。
ハンスはヴィンス達や連れてきた警備隊員に声を掛ける。
「あ、それだったら今日は私達にご馳走させて下さい。但し、明日に備えて軽めにお願いしますね」
「おいおい、年下にご馳走させるのは流石に——」
今回の討伐は国の問題であってヴィンス達だけの問題ではない。ヴィンスの気遣いは嬉しかったが、だからと言ってご馳走して貰う理由もないとハンスは断ろうとする。だが
「ハンスさん……駄目ですか?」
ローザがわざとしょんぼりしながら問いかける。ヴィンスだけでなくローザも今回ハンス達がすぐに駆け付けてくれた事に大変感謝しているので何とかしてご馳走したかったのだ。
「ははは!ローザちゃんのお願いを無視する訳ないじゃないか!よし、ヴィンス君!連れて行ってくれたまえ、わはは!!」
先程断ろうとした気持ちはどこに飛んでいったのか、ハンスは満面の笑みで了承する。彼の部下である警備隊員達は呆れながらヴィンス達の好意に感謝してご馳走になった。
「嫌だ~!俺はまだローザちゃんと一緒にいたいんだ~!!」
「はいはい、また明日にしてください。尤も、明日はそんな余裕もないでしょうが」
食後もローザから離れようとしないハンスであったが、部下達が強引にミレヘス警備隊の宿舎へと引き摺っていく。ヴィンス達はその様子を苦笑しながら眺めるだけであった。
「さて、寝る前にお互い確認しておこう。付与魔法はどこまで使えるようになったのかな?」
「そうね、取り敢えずLv1の『パワーアップ』『スピードアップ』『フィジカルアップ』『マジックアップ』の4つが使えるようになったわ」
「4つも!?よく頑張ったね!」
「えへへ、そうでしょう?ヴィンスが魔物相手に頑張っている間に私だけサボる訳にはいかないわ!」
ヴィンスに褒められたローザは少しだけ顔を赤くしながら嬉しそうに答える。
少しずつ成長している実感はある彼女ではあるがヴィンスとの差は非常に大きいと自覚していた。そのため彼女もヴィンスと別行動になっている間も懸命に努力したのだ。
それでも今日冒険者ギルドでのやり取りもあり少し気持ちが落ち込んでもいたが、ヴィンスから褒められた事で自分の努力は無駄ではないと思えたからだった。
「その4つなら……ハンスさん達には主に『スピードアップ』と『フィジカルアップ』を掛けるように心掛けて欲しいな」
「あれ?『パワーアップ』はいいの?」
「う~ん、勿論役には立つと思うけど……まずは生存確率を出来るだけ上げたいからね。ローザのMPにそこまで余裕があれば勿論使って貰っても構わない」
「あ、そう言う事ね……だったら展開に応じて判断するけど、ヴィンスの考えを優先するわ」
ヴィンスの考えを理解出来たローザはすんなりと応じた。
「それでヴィンスには何を掛ける様にすればいいのかしら?」
「僕はとりあえず掛けなくていいよ。必要ならその都度お願いするからさ」
「分かったわ。でも私のMPを温存する事ばかり考えて遠慮するのは止めてね」
「うん、ありがとう」
方針を固めた2人は明日に備えてそれぞれの部屋に別れて休む事にした。
明日、皆の想像以上の魔物が待ち受けているとも知らずに——
※付与魔法Lv1『パワーアップ』…一時的にステータスの力を上げる。魔法Lvが高い程効果も大きくなる。
※付与魔法Lv1『スピードアップ』…一時的にステータスの素早さを上げる。魔法Lvが高い程効果も大きくなる。
※付与魔法Lv1『フィジカルアップ』…一時的にステータスの体力を上げる。魔法Lvが高い程効果も大きくなる。
※付与魔法Lv1『マジックアップ』…一時的にステータスの魔力を上げる。魔法Lvが高い程効果も大きくなる。




