第43話 砂漠の天使
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当初は第43話を砂漠越えの章の最後にする予定でしたが
第44話を最後に変更するため後書きのステータスを第44話にずらします。(第43話から削除されます)
ご了承ください。
(今夜は珍しくローザが大人しいな……)
ヴィンスは事前にローザへ注意を促してはいたが正直な所、今夜もまた調子に乗ってしまうのではと思っていた。
しかし予想外にもローザは割と大人しく飲んでいるのだ。と言っても不愛想ではなく話し掛けてくる警備隊員にも笑顔でしっかり対応出来ているので文句の付け所がないくらいだ。
(毎回こうなら何も心配ないんだけどな……考え様に寄っては、回を重ねる毎に成長しているって事かな……?)
そんな事をヴィンスは考えているとハンスが横に座って話し掛けてきた。
「おう、ヴィンス君!楽しんでくれているか?」
「あ、ハンスさん。ええ皆さんに良くして貰っているので楽しいですよ」
ヴィンスの所にも警備隊員が何人もやってきて主に盗賊討伐の話を求められたので話をしてあげると満足そうに聞いてくれたので彼も悪い気はしていなかった。
「そうか、それならよかった!」
ヴィンスの返事を聞いたハンスは満足そうに頷く。
「しかし人生って面白いもんだな。22年前に俺達を助けてくれた恩人の子供がこうやってまた俺達……と言うか砂漠の町人達を助けてくれたんだからな」
「恩人……私の父達の事ですか?」
「ああ。兄貴の事だからヴィンス君達は向こうで散々聞かされたとは思うが、俺達兄弟にとって恩人なんて一言じゃ済まされない程だ。何せ生きる希望を与えてくれた人達だしな。今の俺達があるのもあの人達のおかげだ」
先日彼の兄であるユーグからも似たような話を聞いてはいたが、改めてラルフ達がこの2人に与えた影響というのが大きい物だったのだとヴィンスは認識した。
「だからこそ……兄貴が羨ましくて仕方ない!ヴィンス君達と一緒に盗賊団を討伐しちゃったんだからよ!」
ハンスはそう言うとエールを一気に飲み出した。ヴィンスにはいまいち伝わっていないがハンスは本気で悔しがっているのだ。
「あ~、ちきしょう!折角だからヴィンス君達がいる間に何か起きねえかな!?」
「隊長……流石にその発言は不謹慎過ぎますよ」
近くにいた副隊長のジョンがハンスを窘める。
「分かってるよ……お前は俺の兄貴に似て堅えなぁ……」
「これくらいでないと隊長が暴走しそうで怖いですから」
ジョンは笑いながらそう答える。
尤も、ハンスは発言こそ多少いい加減な面があるが、実際の仕事ぶりはなかなか優秀なのでジョンはそこまでサポートするのに苦労はしていない。またそうでなければ警備隊長にまでなれていないであろう。
「でも折角この町に来たヴィンス君達も明日には出発するんだろう?」
「そうですね……ここに来たのはあくまで休息目的ですから明日には出発しようと思っていますよ」
「だよなぁ……つまんねぇ……」
ヴィンスの返事を聞いたハンスはガックリと肩を落とす。
彼はどうしても諦め切れないのかとんでもない事を言い出した。
「いっそのこと今の仕事ほったらかしてヴィンス君達に付いて行ってやろうか……?」
「ええ!?」
「た、隊長!?それは流石に駄目ですよ!!」
これにはヴィンスだけでなくジョンも驚いた。そしてジョンは慌てて引き留める。
「慌てるな、ジョン。どうせそんな事出来る訳ねえんだからよ。冗談だ、冗談」
「そ、そうですよね。驚かさないで下さいよ」
ハンスは苦笑いしながらジョンを落ち着かせる。とは言え、先程の発言をした時のハンスの表情は割と真剣だったのでジョンが慌てたのも当然であった。
「とは言えこのまま明日別れるのもつまんねぇ……何か……そうだ!今から模擬戦をやろう!!」
「「……は?」」
突然のハンスの提案に「意味が分からない」と目をぱちくりさせるヴィンスとジョン。
「隊長、急に何を言っているんですか?昼間ならまだしも何故飲んでいる今に……?」
「しょうがねえだろ、今思いついたんだからよ!おい、お前!今から兵舎に行って模擬剣を2本持ってこい!!」
ハンスはジョンの窘めを流して他の警備隊員に模擬剣を持ってくるように指示を出す。
(ど、どうしてこうなるんだ……?)
ヴィンスは置いてかれた様に話が進んでいく事に戸惑いを隠せなかった。
「ん?あそこに人だかりが出来ているけど何があった?」
「それがよ。今からあそこで警備隊が模擬戦をやるらしいぞ!」
「なんでまたこんな時間と場所で……?」
「それはよく分からねえが……うち1人は警備隊長のハンスさんらしいぞ!」
「ハンスさんが?そりゃ面白そうだ!!」
ハンスの押しの強さに負けて急遽模擬戦を行う羽目になったヴィンス。
警備隊員は手際よく模擬戦を行う場所を確保して交通整理まで行っていた。
最初は怪し気な目でそれを見ていた町人達も詳細を知ると続々と集まってきた。
ヴィンスも決して乗り気ではないがやると決めたからには真面目にやろうと、受け取った模擬剣を何度か素振りして感覚を確かめていた。
「よし、ルールの説明だ!降参するか審判役のジョンが戦闘不能と判断すれば勝敗が決まる。それでいいか?」
「ええ、分かりました」
ハンスのルール説明を聞いて特に異論はないとヴィンスは頷く。
「ハンス隊長とヴィンス殿か……どっちが勝つんだろうな?」
「ハンス隊長はセシスのユーグ隊長と互角の腕前だぞ。負けるのは想像出来ないな……」
「でも隊長達は尊敬しているラルフ殿の足元にも及ばないって言っているじゃないか。その息子さんだぞ?」
「う~ん、結局ヴィンス殿の実力が分からない事には何とも言えないよな~」
警備隊員はどっちが勝つのかを予想して楽しんでいる。
その中に紛れているローザはどうかと言うと
(ハンスさんがユーグさんと互角なら勝つのはヴィンスじゃないかな……)
彼女の中では勝敗が見えていたのでそこまで盛り上がってはいなかった。
「それでは両者準備は宜しいでしょうか?」
「ああ」
「はい」
審判役のジョンが2人に確認しそれぞれが大丈夫だと返事をする。
「それでは……始め!!」
ジョンによる開始の合図が掛かると同時にハンスはヴィンスの懐に飛び込もうとするがヴィンスも牽制の攻撃を繰り出す。躱すのが難しいと判断したハンスは剣で受け止めざるを得ず、一度間合いから外れる。
一瞬の攻防に見学者からは大きな歓声が広がる。
「すげえ!ハンスさんの飛び込み無茶苦茶速いぞ!」
「しかし、あっちの若い兄ちゃんも簡単には入れさせなかったぞ」
「これは名勝負の予感だ!!」
外野が盛り上がる一方でハンスは冷静に分析していた。
(言い出しっぺが無様な負け方をする訳にはいかないが……これは相手が悪かったな……)
開始の合図と共に全力で飛び込んだのだがヴィンスの牽制が余りにも的確で、自分から間合いの外に出たと言うよりも追い出されたと表現した方が正しかったのだ。
模擬戦とは言えそもそもヴィンスは決して気を抜くような性格ではない。そんなヴィンスと対峙しているハンスは先程の攻防だけで早くも自分の方が実力的に圧倒的不利だと気付いてしまった。
(ヴィンス君とまともに打ち合ってもまず勝ち目はないな……とすれば何とかして一撃だけでも打ち込むしかないが……)
一方ヴィンスは自分から仕掛けようとは思っていなかった。油断さえしなければまず負ける事のない戦いだと自信があったからだ。
「最初に動いてからは隊長達全く動かないな」
「互いの隙を伺っているんじゃないか?」
警備隊員はこの間をそれなりに理解しているが
「何だよ、あれから全然動かないじゃないか」
「ハンスさ~ん!警備隊長の名が泣きますよ~!」
戦いの心得がない町民は好き勝手に野次を飛ばしていた。
(本当に好き勝手言ってくれちゃって……とは言えこちらから攻め込まん事にはどうしようもないだろうがっ!!)
覚悟を決めたハンスは飛び込むと同時に剣技『疾風突き』を繰り出す。これに対してヴィンスは剣技を発動する事なく攻撃を捌こうとするが、剣同士が接触する直前にハンスは『疾風突き』から剣技『瞬閃』に変化させた。
(よし、貰った!)
意表を突いた変則技でヴィンスに攻撃が当たると確信したハンスであったが——
「ぐほっ!!」
膝から崩れ落ちたのはヴィンスではなくハンスであった。
ハンスよりも後から放ったヴィンスの剣技『瞬閃』がハンスの『瞬閃』よりも先にハンスの胴を捉えたのだ。
「な、何が起きた!?」
「ハンスさんが凄く速い突きを繰り出したかと思ったら急に蹲って……」
外野の町民達はハンスが『疾風突き』を繰り出した所までしか理解出来ておらず
「隊長は『疾風突き』から恐らく『瞬閃』に変化させたんだろうけど……」
「そこからは俺達もよく分からなかった……」
警備隊員もヴィンスの動きまでは目で追う事が出来ていなかった。
模擬剣での戦いだったのでハンスは斬られこそしなかったが受けた衝撃は相当のものだった。
「う、うぅ……おえぇ……」
痛みに苦しむハンスは吐き出した。
(少し悪い事したかな……でもあれ以外では『斬鉄剣』でハンスさんの剣を斬るしかなかったしな……)
実際ハンスが行った『疾風突き』から『瞬閃』への変化にはヴィンスも一瞬だが驚いたし、あの間で打てる手段は限られていたので気遣い出来る程の余裕はなかったのだ。
模擬剣とは言え手応えからして恐らくハンスの肋骨に罅が入っているだろうと思ったヴィンスは彼に回復魔法を掛けようと近づこうとするが、それよりも前に近寄った人間がいた。
「ハンスさん、治療しますから横になって下さいね」
ハンスに近寄ったのはローザであった。彼を横にさせると回復魔法の『ヒール』を患部に向けて唱える。
(うぅ……痛え……ん? 痛みが……)
苦しんでいたハンスだったがローザが唱えた『ヒール』のおかげで痛みが和らいでいく。
「はい、もう大丈夫ですよ!」
治療を行ったローザは微笑んでハンスにそう伝えると彼は無言で立ち上がり患部を擦る。
怪我が治ったのを確認出来るとハンスは急にローザの手を両手で握りだした。
「ハンスさん!?一体何を……?」
「ローザちゃん……君は天使だな……」
「……え?」
ハンスの突発的な行動に驚くローザであったが、彼の言葉を聞いて彼女は思わず引いてしまった。
警備隊員達に至っては口をポカーンと開けてしまっている。
しかしハンスはそれにもめげずに手を握ったままローザに迫りだす。
「そうか……俺が30過ぎても独身だったのはローザちゃんと出会うためだったんだな……そうだ!アルフレッド殿に挨拶するためにもやっぱり俺は——」
ローザに勢いよく迫っていたハンスであったが途中で言葉が止まる。ローザがよく見てみるとハンスの首にヴィンスの模擬剣が当てられていたのだ。
「ハンスさん?まだジョンさんから終了の合図は聞いていないので続きをやりましょうか」
満面の笑顔で物騒な台詞を言い放つヴィンスにハンスは怯えた。
「ちょ、ちょっとヴィンス君……君は何を言って……おい、お前ら!ヴィンス君を止めてくれ!」
ハンスは周りの隊員に助けを乞うが誰も動こうとしない。
それどころか——
「ハンス隊長。確かに私は終了の合図を出していません。それに怪我も治ったのでこのまま続行ですね」
「なっ!?おい、ジョン!!お前……」
審判役のジョンまで無慈悲な事を言い出す始末だった。
ジョンも本来であればヴィンスの一撃が決まった瞬間に判定を出さなければいけなかったのだが一瞬の出来事に目を奪われてしまい判定を出すのを忘れてしまっていた。
今となってはハンスの暴走を止めるためにも、判定を出し忘れていてよかったと心から思っていたジョンであった。
「ハンス隊長。いい機会ですからヴィンス殿に性根を叩きのめして貰って下さい」
「副隊長の言う通りですよ!ハンス隊長お仕置きされた方がいいですよ~。あははは」
ジョンの発言に他の警備隊員からも賛同の声が上がる。
「ちょ、本当に頼むから!もう俺は降参するから!!———ぎゃぁ~!!!」
ヴィンスに首根っこを掴まえられたハンスは抵抗して体をジタバタさせるがヴィンスは片手でも決して離す事は無くそのまま引き摺っていく。少し心配だったローザは2人に付いて行き、その様子を町民は唖然とした表情で見送るだけであった。
その後誰もいない所からハンスの悲鳴が聞こえてきたとかどうとか……




