第40話 恐れられる2人
コドランの背中に揺られる事2時間程でセシスの町に到着した一行。
警備隊長であるユーグの口から盗賊団討伐の報が町に伝わると町民は大喜びする。
「これで盗賊団に怯える必要はなくなったぞ!!」
「やっと安心してテシスの町まで商品を卸しに行けるぜ!」
「よし!今日は町を挙げて祭りをやるぞ!!」
「そうと決まれば時間はないが大急ぎで準備に取り掛かれ!」
町の至る所から喜びの声が溢れている。
盗賊団の討伐は砂漠の両町での悲願であったし、もう盗賊団に怯えて暮らさなくていいと思えばそれも当然の事と言えた。
そしてこの報は伝書ホークによって隣町であるテシスの町にもすぐに伝わる事だろう。
しかし、町の英雄とも言える警備隊員の表情は浮かれているとは程遠い物であった。
確かに盗賊団の討伐には成功したが、救出した女性達の事を考えるとある意味仕方がないと言えた。
何故なら盗賊団によって彼女達は自身の事だけでなく一緒に砂漠を横断していた家族や恋人を殺された者もいたのだ。命こそ助かったがこの先どうやって彼女達をケアしていけばいいのか。
警備隊長のユーグと副隊長のジェフは町長の所へ行って彼女達の今後をどうするかを協議していた。
その一方で兵舎ではローザが積極的に彼女達へ話し掛けている。最初はなかなか返事もしてくれなかったようだがローザが真剣に向き合おうとしているのが伝わったらしく、少しずつではあるが会話になり時には大泣きもしていた。
(こういう時に僕は何も役に立てないな……本当に情けない……)
ヴィンスは内心でそう呟く。
彼は騎士隊の訓練により人質の救出や戦闘はプロ中のプロであったし肉体的な治療も回復魔法でこなせるが、このように被害者の精神的なケアは流石に専門外なので彼にはどうしようもなかったのだ。
(ローザには申し訳ないけど……任せるしかないか……)
そうしているとユーグとジェフが町長の所から帰ってきた。
「ただいま帰りました」
「ユーグさんにジェフさんお帰りなさい。それでどうなりましたか?」
協議の結果が気になったヴィンスは思わず立ち上がって2人に確認する。
「その事ですが彼女達は取り敢えず町長の屋敷に移す事になりました。その後の事は様子を見て決めるとの事です」
逸るヴィンスにユーグは落ち着いて口調で説明をしてくれる。
「そうですか……帰還したばかりなのにお疲れ様でした」
「いえ、今回の作戦で一番疲れているのは間違いなくお二人ですからね。それに比べれば私達など大した事はありませんよ」
ユーグはそう言ってヴィンスに微笑む。
「そうですよ。お二人はこれ以上ないと言っていい程この町の為に働いてくれました。ですから彼女達の事は我々に任せて下さい!」
ジェフもヴィンスが被害者の女性達を凄く気に掛けている事を知っているのであまり気に病まないように促した。
「ああ、そうだ。ヴィンス殿達に大事な連絡をするのを忘れていました!」
「?」
ユーグは何かを思い出したらしく両手を叩いてヴィンスの方へ振り向く。
盗賊団の討伐作戦も終わった後に大事な連絡と言われてもヴィンスはピンと来なかったが。
「ユーグ殿とローザ殿に冒険者ギルドへ寄って欲しいとギルドから伝言を受けています。こちらは取り敢えず大丈夫ですので今から行ってみたら如何でしょう?」
「冒険者ギルドですか?分かりました。だったらローザも呼びにいかないと……」
伝言を聞いたヴィンスはローザ達がいる部屋まで行く。彼女は今も被害者女性達のケアをしていた。
「ローザ、ごめん。ちょっといいかな?」
「ヴィンス?分かったわ。皆さん、少し席を外しますね」
ローザを部屋の外に連れ出したヴィンスはまず彼女達の今後の事を説明した。
「そう……出来ればもう少し一緒にいてあげたかったけど……私達もずっとここにいる訳にもいかないし……分かったわ」
「それと……理由は分からないけど冒険者ギルドから僕達に声が掛かっているらしいんだ。だから今から一緒に行こうと思うんだけど大丈夫かな?」
「冒険者ギルドから?いいわ。行きましょう」
そう言うと2人は兵舎を出て冒険者ギルドへ足を運ぶ。
冒険者ギルドに入ると中では盗賊団討伐の報で賑わっていた。
「やっと盗賊団を討伐出来たか!せいせいしたぜ!」
「本当にその通りだぜ!しかも町では急遽お祝いの祭りを開くらしいぞ!」
「だったら今日は財布の紐を緩めねえとな!はっはっは!」
「くそ!俺が依頼を達成しておけば高額賞金を手に出来たのに」
「お前なんかじゃ無理だろ。奴らを見つける事すら出来ねえよ」
騒がしい中ヴィンス達は受付に並ぶ。
「この町に初めて来た時も結構賑やかだったけど……今日は特別賑やかね」
「そうだね。それだけ盗賊団の討伐は大きい事だったのかもしれないね」
ローザは周りを見渡しながら呟きヴィンスもそれに同意した。
少しすると2人の順番になったので受付嬢に問い合わせる。
受付嬢は初日にヴィンス達の対応をしてくれた人であった。
「すいません……警備隊長のユーグさんに冒険者ギルドから声が掛かっているって聞いたのですが……」
「あ!ヴィンス様にローザ様ですね?お待ちしておりました。お手数ですがこちらへどうぞ」
受付嬢はそう言うと2人をギルド支部長室に案内する。
その様子を見た他の冒険者達はざわめく。
「あっちはギルド支部長室だろ?まさかさっきの2人が例の冒険者か!?」
「マジかよ?2人共まだ無茶苦茶若えじゃねえか!間違いなく10代だろ」
ギルド支部長室に案内された2人の年齢から驚きの声も上がるがそんな中、ヴィンス達の実力を疑う者達も現れる。
「もしあの2人が例の冒険者だとしてもよ。警備隊も同行していたんだろ?だったら警備隊が倒したんじゃねえの?」
「そうだぜ!特に警備隊長のユーグは強えからな!俺なんかこの前酔っぱらってあいつに絡んだら酷え目に遭っちまった」
「あれはお前が悪い!それはそれとして俺も同じ考えだけどよ」
そんな疑惑の声に対してそれらを否定する者達が現れる。
「お前ら……俺はあの2人がいたおかげで討伐に成功したと思うぞ」
「ああ、女の方は知らねえけど……あの大柄な男はヤバイ……」
「お前達……間違ってもこの後あの2人に絡むなよ」
否定したのは先日砂漠でヴィンスが単独で魔物と戦闘をしていたのを見た後にヴィンスとすれ違った3人組である。
この3人組はこの冒険者ギルドではそれなりに知られる程の実力者だった。
「お前らあの2人を知っているのか?」
「ああ、と言っても知っているのは男の方だけだが……あいつはヤバイ」
「ヤバイ?どうヤバイんだよ?見境も無くいきなり斬りかかってくるのか?」
「ははは!それはヤバイ奴だな」
ヴィンスの事を知らない冒険者達は的外れな事を言う。
しかし3人組は冷静に説明を続ける。
「2日前の事なんだけどな。俺達は砂漠の魔物を倒そうと町を出るとあの男が1人で魔物の群れと対峙していたんだ。」
「1人で魔物の群れとかぁ?どんな魔物とだよ?」
「ヘルクラブと鎧サソリだ。全部で10匹くらいいた……」
「ヘルクラブと鎧サソリって……すげえ硬くて面倒くせぇ奴らじゃねえか!もしかしてお前らが助太刀してやったのか?」
魔物の種類と数を聞いた冒険者達は思わず顔を顰める。それだけヘルクラブと鎧サソリは面倒な魔物なのだ。勿論普通であればだが……
しかし3人組は首を横に振って続きを語る。
「確かに俺達もそうしてやろうと思ったんだ。それがよ……俺達が近寄る前に戦闘は終わっちまったんだ」
「あ?どういうことだよ?まさかさっきの男が1人であっと言う間に倒したとでも言うのか?」
「そんな事出来る訳ねえだろ!警備隊長のユーグだってそんな離れ業なんか出来っこねえぞ!」
「そうだそうだ!こっちはつまんねえ冗談を聞きたいんじゃねえんだぞ!!」
3人組の話を冗談だと受け取った冒険者達は3人にブーイングを浴びせるが彼らはそれに動じる事も無く更に話を続ける。
「……そのまさかだ。しかもたった一振りで魔物の群れは全滅だ……」
「……は?冗談だろ?」
「そう言うだろうと思ってな……これが何か分かるか?」
3人組の1人がマジックポーチからある物を出す。それは破損が酷過ぎて役に立ちそうもない素材にしか見えなかったが……
「なんだこれ?……ん?よく見たらこれってヘルクラブの殻か!?」
「俺にも見せてみろ!!……確かにヘルクラブの殻だぞ!!」
「マジかよ!?何だこれ!?どうやったらここまで壊せるんだよ!?」
破損の激しいヘルクラブの殻を見せつけられた冒険者達の間に動揺が広がっていく。3人組はポーチから更に取り出す。
「こっちは鎧サソリだ。これらはさっきの男が魔物と戦闘をした場所から拾って来た物だ……。全部はとても拾えなかったがこんなのがそこら一帯に散らばっていたんだ……」
3人組の説明を聞いた冒険者達は彼らの言っている事が本当だと分かると表情が一変する。
「マ、マジでやばいな…」
「だろう?だから忠告してやる。絶対に変な絡み方するなよ」
「わ、分かった……」
冒険者達がそんなやり取りをしている一方、ギルド支部長室では冒険者ギルドの支部長である年配の男性と案内してくれた受付嬢がヴィンス達を迎えていた。
「これは初めまして。ヴィンス様にローザ様。どうぞ座って下さい」
「それでは失礼します」
2人が座るとギルド支部長が本題を話し始める。
「今日足を運んで頂いたのはお二人が重要依頼を達成してくれましたのでその報酬をお渡しするためです」
「重要依頼?」
「ええ、例の盗賊団の討伐ですよ」
「え?ヴィンスったら私に内緒で依頼を受けていたの?」
「いや、受けてないけど……」
ヴィンス達が戸惑うのを見たギルド支部長は丁寧に説明してくれる。
「御存知ありませんでしたか。確かにお二人は依頼を引き受けてはいませんでしたが、重要依頼の場合は結果を最優先する事になっているので事後報告でも大丈夫なのですよ」
「そうなのね……ヴィンスは知らなかったの?」
「……全然知らなかった……」
いかにもヴィンスなら知っていそうな話を知らなくてローザは少し驚く。
尤もヴィンスが知らなかったのも無理はない。と言うのもアーリル王国の冒険者ギルドでは重要依頼などなかったからだ。重要どころか通常の依頼もあまりなかったくらいである。
「しかし、今回は警備隊の方達と一緒に討伐したのですが……私達だけが頂戴してもいいんですか?」
ヴィンスは呼ばれたのが自分達2人だけだったので、他にも作戦に参加した警備隊員に配慮してそう言うとギルド長は笑って答える。
「その事ですが警備隊長のユーグからは「今回討伐に成功したのはお二人のおかげなので」と警備隊の総意と言う事で辞退がありましてね。ですからお二人には是非受け取って頂きたい」
「そうでしたか……では感謝して頂きます」
事情を聞いたヴィンスはそれ以上断る事はせず、感謝して受け取る事に決めた。
「そう言う訳ですのでお二人の冒険者カードをお預かりしても宜しいですか?」
「あ、はい。どうぞ」
受付嬢に冒険者カードを預けると彼女は受付に一時戻っていく。
「お待たせしました!まずは冒険者カードをお返しします」
「どうも……あ、カードの色が——」
「変わっているわ!Fの次だからEランクね!!」
「はい!お二人のポイントが一定値を超えたのでEランクに昇格となります!おめでとうございますね!」
返却された冒険者カードにはEの刻印が入っており、色も以前と変わっていた。
「それからこちらが依頼の報酬となります!」
渡された袋を開けてみるとそこには白金貨が5枚入っていた。
「きゃっ!白金貨よ、ヴィンス!」
「本当だね……」
初めてこの町の冒険者ギルドを訪れた時に依頼内容は見ていたが報酬は一切確認をしていなかった。思わぬ大金が転がり込んできたのでビックリするローザとヴィンスであった。
「用件は以上になりますが……私もこの町の住人として言わせてください。今回は本当にありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
ギルド支部長と受付嬢は立ち上がりヴィンス達に感謝の意を込めて頭を下げる。
予想外の謝意を受けてヴィンス達も慌てて立ち上がり頭を下げた。
「おい、出てきたぞ……」
「そうだな……よく見たら女の方はかなり美人だよな」
「確かに……でもよ、さっきの話を聞いたらとても声を掛けられねえよな?」
「そうだな……しかも女の方は魔法使いっぽいな」
「下手にナンパでもしたらとんでもねえ魔法をぶっ放されるかもな、くわばらくわばら……」
ギルド支部長室から出てきた2人を見た冒険者達は小声で囁き合いながら冒険者達は慌てて2人の邪魔にならないように出口までの道を開ける。
そんな彼らをヴィンスは気にもしていなかったが、ローザが不思議そうに彼らを見回すと彼女に見られたと思った冒険者達は怯えて逃げだした。
「?」
ローザは尚更不思議に思ったがそのままヴィンスに付いて行き2人は冒険者ギルドから出て行った。




