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アーリル王国の騎士  作者: siryu
砂漠越えの章
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第39話 盗賊団討伐作戦 後編

「非常口?奴らは用意しているでしょうか……?」


 ヴィンスの提案を聞いたユーグは半信半疑と言った表情になる。と言うのも、確かに盗賊団の拠点に非常口を設置出来れば有用なのだがそれはあくまで設置出来ればの話だからだ。

 非常口は大体のパターンとして地下にトンネルを掘る事が多いがここは砂漠である。砂漠でトンネルを作るには相当深く掘る必要があるので非常に困難なのだ。

 

それでもヴィンスは非常口があると十中八九信じていた。


「ええ、恐らくあるはずです。逃げ場を確保しにくい場所だからこそ尚更用意しているはず……」


「しかし、用意するにも砂漠でトンネルなど無理では?」


 ユーグだけでなくジェフも否定的な見解であったが、ヴィンスは考え続ける。


(確かに砂漠でトンネルを掘るのは困難だ……それでも絶対にあるはず……)


 ヴィンスが悩んでいると横にいたローザが疑問を口にする。


「ねえヴィンス。あの建物ってどれくらいの大きさなのかしら?砂丘で上手く隠れているから全部が見えないわよね」


「ローザ、今はそんな事よりも…………ん?隠れている?」


 ローザの疑問をスルーしようとしたヴィンスだったが「隠れている」と言う言葉で何かに気付いた。


「どうしたの?ヴィンス」


「それだ、ローザ!お手柄だ!」


「え、ええ……?」


 突然ヴィンスが真顔でローザの両手を握りながら褒めたので彼女は思わず戸惑った。


「どう言う事ですか?ヴィンス殿」


「ユーグさん、トンネルを掘る必要なんか最初から無かったと言う事ですよ。この建物は砂で大部分を埋められていますが……もし私達が思っている以上にこの建物が広かったら最大でどのくらいの大きさだと思いますか?」


 ヴィンスの問い掛けにユーグは建物に被っている砂丘の方に移動する。


「それは……建物が見えている高さと隠している砂丘の大きさからすると大体ここまでが上限でしょうね」


 ユーグは自身の剣で砂丘に線を引く。その回答にヴィンスは頷きながら話を続ける。


「僕もそれくらいだと思います。そしてこの砂丘で隠れている範囲のどこかに天井もしくは煙突のような構造の非常口が隠れているのではないでしょうか?」


「そう言う事ですか!それならあり得ますね」


 つまりヴィンスは砂漠にトンネルを掘ったのではなく建物がトンネル代わりになっていると結論付けたのだ。

 ヴィンスの推理を聞いてユーグは納得する。


「よし!この辺りの砂を払っていけ。ただし、慎重にやれ」


 ユーグから指示が出ると警備隊は慎重に砂を払っていく。


 そして——


「……ん? 隊長!これでしょうか?」


 警備隊の1人が砂面から金属板の様な物を発見する。

 近くにいた警備隊も集まって周りの砂を払っていくと金属板の下には煙突の先と思わしき形状の物が砂丘から伸びていた。


「なるほど……これが非常口でこの金属板が扉代わりの蓋になっていたのか……」


「よし!これで奴らの非常口も押さえた。ヴィンス殿、奴らの人数は掴めますか?」


「そうですね……全員で20人近くの気配を感じますが……」


 ユーグの問い掛けに対してヴィンスは少し歯切れの悪い返事をする。ユーグはそれが気になってヴィンスに確認しようとするがその前にヴィンスから提案をする。


「ユーグさん、こちらの方が人数は少ないですが不意打ちを仕掛けるのでそこは問題ないと思います。ですので……正面と非常口の二手に分けませんか?」


 ヴィンスの提案の内容はユーグが考えていたのと全く同じだったので彼に異論は無かった。


「私も同じ事を考えていました。それでは編成ですが——」


「先程ユーグさんが言い掛けていましたが、正面はユーグさんと私が入ります。非常口にはジェフさんとローザを配置して貰えませんか?」


「ヴィンス?」


「……しかしそれだとローザ殿はヴィンス殿と離れる事になりますが……」


 ヴィンスの編成案にローザは驚きユーグも懸念を示すが


「非常口にどれだけの盗賊団が逃げ出してくるか分かりませんからね。ローザは腕力こそ当てにはなりませんが風魔法と回復魔法が使えます。怪我人が出るかもしれませんので私とローザは別れた方が都合もいいかと」


「……分かりました。ヴィンス殿の言う事も一理ありますのでその案でいきましょう」


 説明には一理あったが、それ以上にヴィンスが捲くし立てて説得しようとした事にユーグは何かに感づいた。そして最終的にはヴィンスの案を採用する。


「それではお前ら5人は正面の部隊に加われ。残りはジェフやローザ殿がいる非常口の方に回る事。それでいいな?」


「「はい!」」


 あくまで建物内の盗賊団に気付かれないよう小さな声で全員に指示を出すユーグと警備隊。


「じゃあローザ。気を付けてね」


「ええ、ヴィンス。あなたもね」


 ヴィンスはローザと別れるとユーグ達と共に建物の正面に回り込む。





「ヴィンス殿。どうしてもローザ殿を別れさせたかったのですか?」


「……別れさせると言うよりも正面にローザを回したくなかったからと言う方が正確ですね」


 突入直前にユーグは先程のやり取りで気になっていた事をヴィンスに尋ねる。


「乗り込んで最初にやらなければいけない事は拉致された女性達が生き残っている場合は確実に保護する事です。それが達成出来ないと最悪人質に取られる可能性もあります」


「確かにそうですね。その作戦にローザ殿が邪魔になると?」


「邪魔にはならないと思います。ただ……乗り込んでみない事には中がどうなっているかは分かりませんからね。それこそ中で亡くなったりしているのをローザが見たらと思うと……」


「そう言う事でしたか……無粋な質問をして申し訳ありませんでした」


 ヴィンスの説明を聞いたユーグは彼の気遣いに感心しつつ自分の配慮が欠けていた事を理解した。ただしユーグは決して鈍い人間ではなく、警備隊に男性しか所属していない事で彼がそこまで考える必要性が普段から無かっただけであるが。



「こちらは準備大丈夫です」


 ユーグはヴィンスに警備隊の配置が完了した事を合図した。

 ヴィンスは無言で頷くと建物の外に繋いである盗賊団のコドランの鎖を『斬鉄剣』で斬っていった——





「ん?なんか外が騒がしくねえか?」


 盗賊団のサブリーダーであるダスティンは外が騒がしい事に気付く。


「……ダスティンの言う通りだな。おい、ちょっと外の様子を見てこい!」


「へい」


 盗賊団リーダーのサイモンが部下に顎で指示を出すと部下は出入り口に近づいていく。

 そして扉を開こうとした瞬間に扉の方が勝手に開かれると、目の前に現れた武装している警備隊長のユーグに一太刀で斬り捨てられた。


「な、何だ貴様らは!?」


 盗賊団の活動を始めてから今までこの場所を特定された事が無かったのでサイモンは完全に油断をしていた。彼は傍に置いていた剣を慌てて掴みユーグに向かって剣を構えようとするが、それよりも早くユーグの横を駆け抜けて侵入してくる大柄な男が目に入る。

 

サイモンは一瞬だけ見えたその男の顔がどこかで見た事がある気がした。


 その男は部屋の隅で横たわっている女性達の下に行こうとするのが分かるとサイモンは直ぐに団員に指示を出す。


「お前ら!女共を人質にしろ!!」


「「「おう!!」」」

 サイモンの指示を聞いた団員3人は慌てて女性達の前に立ちはだかるが、大柄な男が繰り出した剣技『疾風斬り』で先頭の団員が斬り殺される。残り2人が怯んでいる間に男は剣技『連続突き』を繰り出し2人も刺殺した。

 あまりの手際の早さに唖然とするサイモン。そして先程の襲撃から逃げ帰った団員が男を見て叫ぶ。


「リ、リーダー!!あいつです!!あいつがザックを()った奴です!!」


「あの野郎か……」


 団員の叫びとサイモンが絞り出した声を気にも留めない男——ヴィンスは直ぐに女性達を保護する。衰弱が酷かったものの命に別状まではなさそうでヴィンスはホッとする。


「ヴィンス殿!!こちらに女性を!!」


 ユーグ率いる警備隊数人が退路を確保している内にヴィンスは女性達を連れ出すと外で待機していた警備隊員2人に女性達を引き渡した。


(よし!これで憂いは無い!!)


 ヴィンスは再度建物の中に入ると盗賊団員に斬りかかる。

 人数でこそ上回っていたが、次々に斬られる団員を見たサブリーダーのダスティンと部下数人は建物の奥へ逃げ出した。


「おい、ダスティン!?どこへ行く!?」


 ダスティンの逃亡をサイモンは詰るがダスティンからの返事は無情であった。


「い、命あっての物種だ!!俺達は逃げるぜ!」


「ふ、ふざけんな!!くそ!俺も——」


 サイモンもダスティンに続いて奥に逃げようとするがヴィンスに塞がれる。

 奥に逃げるのを諦めたサイモンは正面扉を塞いでいる警備隊員を何とか振り払って外に出てコドランに乗って逃亡しようとしたが——


「な、コドランはどこへ行った!?」


 建物の外に繋いでいたコドランが1匹も見当たらない。よく見ると鎖が断ち切られていて恐らく逃がされたのであろうことが容易に見て取れた。

 

愕然としたサイモンが後ろを振り向くと返り血を浴びたヴィンスとユーグが立っていた。


「貴様達はこれで終わりだ。殺された被害者達の無念をここで晴らしてやる!」


 ユーグはヴィンスよりも一歩前に出ると剣を両手で構えサイモンにそう告げた。

そのユーグは、最後の抵抗を見せようと剣を構えたサイモンの顔に残っている傷跡を見ると何かに気付く。


「ん?貴様のその傷跡……まさかあの時の……貴様は確かサイモンとか言った奴か!?」


「サイモン?」


「ええ、ヴィンス殿。先日話をした私が幼少時代にスラム街で暴行をした男です。国外追放の処分を受けたはずでしたが……こいつに間違いない!!」


 目の前の男が以前自分を暴行したサイモンだと確信したユーグは更に気合を入れる。

 一方それを聞いたサイモンは20年前に自分が暴行した少年が目の前の男だと分かると復讐を恐れ怯えだす。

 

 そんな絶体絶命のサイモンもさっきから気になっていた事があった。ユーグの隣にいる大柄な男——ヴィンスの事である。

 この男は自分が一番恨んでいる男に似ている気がする。しかしあれから20年以上経っているのに老けていないのもおかしい。ならこの男は一体何者なのだ?と。

 

そしてサイモンが行きついた結論は——


「ま、まさか貴様は……ラルフの息子か?」


「……何故お前が父上の名前を……?」


 ヴィンスの発言を肯定と捉えたサイモンは激昂した。


「ラルフが……ラルフさえいなければ俺は!!」


 そう叫んだサイモンはユーグを無視してヴィンスに斬りかかるが——


「ふん!」


「ぐはっ!!」


 サイモンが振り落とした剣がヴィンスに届くよりも早く彼の繰り出した剣技Lv3『瞬閃』がサイモンの胸に命中する。サイモンが装備していた皮の胸当てを切り裂き胸部から大量に出血して崩れ落ちた。

 うつ伏せで倒れたサイモンの体をユーグがひっくり返すと、サイモンは即死で彼の胸には凄まじい剣の斬り跡から夥しく血が流れ出していた。


「ユーグさん、すみませんでした」


「何故ヴィンス殿が謝罪を?」


「それは……この男はユーグさんの因縁の相手だったのでは?その相手を私が斬ってしまったのでユーグさんが——」


「ああ、そう言う事ですか」


 ヴィンスが謝罪した理由を聞いたユーグは笑って返事をする。


「確かにこの男は私にとって因縁の相手ですが……それはあくまで私怨です。今の私にとって盗賊団の討伐こそが最大の使命ですから」


「そうですか……それならよかったです」


 ユーグの返事を聞いてヴィンスも笑顔で返事をした。


「後は……非常口の方ですが……」


「そうですね。お!大丈夫みたいですよ」


 非常口側でも恐らく戦闘になっていると危惧したヴィンスだったが、ユーグは砂丘の方から現れたジェフやローザの姿を見つける。


「ユーグ隊長!ヴィンス殿!こちらは片付きました!ローザ殿のおかげで被害も軽微です!」


「そんな……皆さんのおかげですよ」


 ジェフがローザの活躍を絶賛するとローザは顔を赤くして謙遜する。

 

 実際のところ完全な不意打ちだったので優位に戦闘は進んだ。

 ただしサブリーダーであったダスティン相手には苦戦し何人か怪我も負ったがローザが風魔法で援護したおかげもあって最後はジェフが止めを刺す事に成功した。

 そして戦闘終了後はローザが負傷した警備隊員を回復魔法で治療も行ったのだ。


 ヴィンス達は非常口側の方へ駆け寄ると盗賊団員の遺体が横たわっていた。遺体を一体ずつ確認していくとまたもやユーグに見覚えのある顔が見つかった。


「……こいつもあの時の男です……」


 盗賊団のサブリーダーであったダスティンは20年前にユーグの弟であるハンスを暴行した男でもあった。


(ラルフ殿の御子息であるヴィンス殿が砂漠を訪れた事で20年前の因縁であるこの男達を成敗出来るとは……何と幸運な事だ)


 ユーグは内心で己の幸運を祝わずにはいられなかった。




「……」


「ヴィンス殿、どうしました?」


 先程から不審な仕草をしていたヴィンスにユーグが声を掛けた。


「いえ……ローザ!ちょっと来て欲しいんだけど」


「どうしたの、ヴィンス?」


 ヴィンスはユーグを手で制するとローザを呼ぶ。


「ローザ、お疲れのところ悪いんだけど……あの女性(ひと)達の治療をお願いしていいかな?」


「!! 拉致された女性達は無事だったのね!?」


「ああ……それより……頼む」


「ええ!!任せて!!」


 ローザは喜びながら大急ぎで女性達の下へ走っていく。


「……」


「……なるほど……そう言う事でしたか……ヴィンス殿。申し訳ありません」


 先程ヴィンスが不審な動きをしていたのは判断に悩んでいたのだとユーグは今更ながら察する事が出来た。

 本来であれば警備隊のユーグが配慮すべきだった事をヴィンスとローザが処理する事になったのだから。





 20分程してローザはヴィンスの所へ戻ってきた。

 先程とは打って変わり彼女の表情はとても重かった。


「……ローザ……ごめん……」


 ヴィンスは敢えて何も説明しなかった事をローザに詫びた。


「……ううん、きっと……あなたの判断は間違っていなかったと思うわ……」


 もしヴィンスから予め説明をされていたら、ローザも自分の気持ちが乱れて上手く治療を出来なかったと思っていた。


 ヴィンスは女性達を救出した時に気付いたのだ。彼女達が肉体的にも精神的にも酷い目に遭ってきた事が。彼女達の「死んだ目」がそれを物語っていた。

 突入した時は無我夢中で救出された彼女達だったが、戦闘が終わった後に回復魔法を掛けようとヴィンスが近づくと彼女達は激しく拒絶したのだ。何度も治療の説明を試みたヴィンスだったが彼女達は全員体を震わせてしまい結局話すら聞いて貰えなかった。

 

 悩んだヴィンスは結局ローザを頼る事にしたのだ。

 出来ればローザには彼女達の惨状を見せたくはなかったのだが……





「よし!それではセシスの町に帰還する。皆コドランには乗ったな?」


「「はっ!」」


 救出した女性達用のコドランは用意出来なかったので何人かの警備隊員の背中に彼女達を1人ずつ相乗りさせる形で帰還の準備は出来た。

 ローザが懸命に説得したおかげもあって何とか彼女達もコドランに乗る事が出来たのだ。


「それでは出発だ!」


 ユーグの声を合図にコドランは進み出す。


 忌まわしい盗賊団を討伐する事に成功したヴィンス達であったが、盗賊団が残した傷跡は決して小さくはなかった。


※剣技Lv3『瞬閃』…『疾風斬り』よりも更に速い斬り。同じLv3で『剛閃』と言う『疾風斬り』よりも力強い斬りもある。

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