第35話 22年前の足跡
「ローザ、ちゃんと話聞いてる?」
「……ごめんなさい、ちょっと静かにして……」
昨日途中で眠ってしまったローザに状況を説明していたヴィンスであったが、二日酔い気味のローザは頭が少し痛いらしく片手で頭を押さえながら彼の話を遮った。
「これからローザはエールを飲む時はもっとゆっくり飲むこと。いいね?」
「……もう分かったから許して……」
昨日の説明を途中で諦めたヴィンスはローザに軽く説教をして再度彼女を宿の部屋で寝させる。無理やり起こしても役に立たないと判断した為だ。
「お昼頃また来るから。それまでもう一度寝ていていいからね」
「……ごめんなさい……」
ローザは弱々しく答えるとそのままベッドに入り直した。
暇なヴィンスは1人で町を歩く事にした。そんな彼のお目当ては武器屋である。
現在使っている鉄の剣と鉄の槍は騎士隊に入隊した際に支給された物であり、2年間使い込んでいた事もあってかなり消耗されていた。
入隊してからずっと使ってきた武器なので愛着もあったが、昨日の戦闘で『五月雨刃』を発動させた際に硬い魔物が相手とは言え全滅させられなかった事でそろそろ限界だと感じていたのだ。
「いらっしゃい!兄ちゃん若いのにいい体つきしているな。ゆっくり見ていってくれ!」
「どうも、ではお言葉に甘えて……」
ヴィンスは適当に目に入った武器屋に足を入れると、店主のおじさんがヴィンスの体つきを褒めて歓迎してくれた。ヴィンスは店頭に並んである剣に目を通していく。
(手元に残っている金貨が11枚で最低でも5枚は手元に残すとなると……この辺かな……)
ヴィンスは予算を考えながら順に目を移していくと鋼鉄の剣に目を留めた。
鋼鉄の剣の値札は250,000Cになっており、槍も買い換えたい事を考慮すると丁度いい値段とも言えた。
「すいません、これちょっと振ってみたいんですが」
「おう!ならこっちで振ってみてくれや!」
ヴィンスが試し振りをしたいと申し出ると店主は店の裏にある練習場に案内してくれた。
(うん、持ち手の感触も悪くないし重さもいい感じだ)
鋼鉄の剣は現在ヴィンスが所持している鉄の剣と同様に片手剣であるが、彼は鋼鉄の剣を両手で握ると上段から一気に振り下ろした。
(うん、気に入った!)
鋼鉄の剣に手応えを感じたヴィンスは店内に戻ろうとすると、まだ練習場に残っていた店主が驚きの表情でヴィンスを見つめていた。
「あれ?どうかされましたか?」
「はっ!?ああ、兄ちゃんの剣の振りがあまりにも凄くてな……思わず見とれちまった……」
「はぁ……あ、この剣下さい!それと槍も見せて欲しいんですが……」
「おう!毎度あり!槍も存分に見ていってくれ!」
店内に戻ったヴィンスは槍を見ていくと剣と同じく鋼鉄の槍に手を伸ばした。もう一度練習場に行って突きと払いを試すとヴィンスは満足して店内のカウンターに戻った。
「じゃあこの剣と槍を売って下さい」
「おう!兄ちゃんのさっきの振りは凄かったな!ところで見た事ない顔だけど冒険者か?」
「まぁ、そんなところです。昨日この町に着いたばかりで」
「そうか、よし!2つも購入してくれるし少しだけだがサービスしてやるぞ!」
店主はそう言うと鋼鉄の剣が250,000Cに鋼鉄の槍が280,000Cで合計530,000Cだったが480,000Cまで値下げしてくれた。
「ありがとうございます!助かります」
「おう!良かったらウチを贔屓にしていってくれよ、ガッハッハ!」
ヴィンスの様な手練れを見る事が出来て上機嫌な店主は豪快に笑ってヴィンスを見送った。
店を出たヴィンスは腰に差していた鉄の剣を鞘ごとマジックポーチにしまって鋼鉄の剣に入れ替える。新しい剣を手に入れたヴィンスは童心に帰った様にワクワクしていた。
(う~ん、まだローザを起こしに行くのは早いし……それなりにお金も使ったから1人で魔物を倒して稼いでおくか……折角の剣と槍も試してみたいし……)
そう決めたヴィンスは1人で町を出て魔物を探した。
「ははっ!これはいいな……」
1人であるにもかかわらず、ついヴィンスは声を出してしまった。
昨日『五月雨刃』の一撃で倒しきれなかったヘルクラブと鎧サソリの群れに遭遇したので、リベンジとばかりに『五月雨刃』を発動すると一撃で全滅させることが出来たのだ。しかも魔物の甲羅や殻が破損し過ぎて素材の売却を心配する程の威力であった。
ヴィンスは魔石と売れそうな素材のみ回収すると他の剣技も試してみたくなり結局3回も戦闘を行ったが、どの剣技も予想以上の成果だったので意気揚々と町に引き上げる。
ちなみに少し離れたところから昨日酒場にいたと思われる冒険者達がヴィンスの戦闘を見ていた。
「な、なんだあいつは……」
「1人だったから助太刀してやろうと思ったけど……」
「寧ろ俺達が足引っ張るわ……」
彼らはヴィンスの圧倒的な戦いぶりに度肝を抜かれていた。
ヴィンスは町に帰る途中でこの冒険者達とすれ違ったので軽く会釈をするが、冒険者達はヴィンスの事を怪物に遭遇したとでも言わんばかりに飛び跳ねて慌てて会釈した。
冒険者ギルドで魔石と素材の売却を終えたヴィンスは宿に戻りローザの部屋をノックする。ローザも流石に起きていたようで彼女が部屋を開けてくれた。
「おかえりなさい。さっきヴィンスの部屋に行ったらいないからちょっとビックリしたわ。どこか行っていたの?」
「ああ、事後報告になっちゃうんだけど新しい剣と槍を買って来たんだ。で、つい試し斬り代わりに外で魔物と戦闘を……」
「もう……男性って新しい武器を手に入れるとすぐ先走っちゃうのね。まぁ、ヴィンスなら1人でも問題無いでしょうけどね。ふふっ」
17歳になったヴィンスもやっぱり男の子だなと思ってローザは思わず軽く笑ってしまう。ヴィンスも笑われた意味を理解しているので少しばかり顔色が赤かった。また、稼ぎの大部分がヴィンスのおかげなので彼が勝手に武器を購入してもローザには特に不満も無かった。
「で、ごめんなさい。昨日の件、全然覚えてないから説明して貰ってもいいかしら?」
「ああ、じゃあ昼食を食べながら説明するよ」
そう言うと2人は昼食を食べに部屋を出て行った。
「——なるほどね。昨日も言ったけど私はどうにかしてあげたいと思っているから寧ろ賛成よ」
「うん、ローザならそう言うと思ってた。じゃあこのあと兵舎にお邪魔させて貰おうか」
2人は昨日と同じ酒場で野菜たっぷりのサンドウィッチを食べながら昨夜の出来事を確認する。
「あと、ジェフさんには謝っておいてね。特に怒っていないようには見えたけど、いきなりあれは流石に失礼だと思うよ……」
「そ、そうね。私も流石に失礼だったと思うわ……」
昨日酔っぱらっていたローザは初対面のジェフに挨拶もせず絡んだ事をヴィンスに指摘されると、彼女もその時の事を覚えていたのか顔を真っ赤にして俯いた。
「すいません……ヴィンスと言う者ですが副隊長のジェフさんはいらっしゃいますか……?」
「おお、貴方がヴィンス殿ですか!?おい!ヴィンス殿がいらっしゃったぞ!」
「「え?」」
2人は警備隊の兵舎に入って入り口の近くにいた警備兵に声を掛けるとその警備兵は中に入って声を掛け回っていた。すると10人以上の警備兵が入り口に押し寄せてくる。その中には昨日の3人も含まれていた。
「ヴィンス殿、大変お待たせしました。どうぞこちらへ」
「あ、ではお邪魔します……」
ジェフは2人を兵舎の中に誘導すると、応接室と思わしき部屋に案内する。
「少々お待ちください。すぐに隊長を連れてきますので」
「分かりました」
そう言うとジェフは一度退室する。
「ねえ……このままだと私は昨日の件で謝罪するタイミングを失っちゃうわ……」
ローザはそわそわしながらヴィンスに耳打ちした。
「う~ん、その件は一度置いておこう。今日はもう謝るチャンスが無い気がするからさ」
「そうね……出来れば早く謝りたかったけどどうしようもなさそうだわ……」
そんな事を話していると2人の男性が応接室に入ってくる。
1人はジェフでもう1人が眼鏡を掛けた真面目そうな男性であった。
「初めまして、ヴィンス殿にローザ殿。私はテシスの町の警備隊長を任されているユーグと申します。お見知りおきを」
ユーグと名乗る警備隊長は丁寧な自己紹介で挨拶をしてくれた。
「御丁寧な挨拶痛み入ります。ヴィンス・フランシスです」
「私はローザ・マティスです」
2人も挨拶を返すがローザの挨拶を聞いた途端、ユーグの表情に変化が見られた。
「マティス……?ま、まさか……ローザ殿の御父上はアルフレッド殿でしょうか!?」
「え、ええ。そうですがそれが何か……?」
ローザがアルフレッドの娘と分かったユーグは、ヴィンスとローザの顔を交互に見ながら満面の笑みになる。
ユーグの隣に座っていたジェフも事情を察して驚いていた。
「おお!!まさかラルフ殿とアルフレッド殿のお子様達と同時にお会い出来るとは……おい、ジェフ!ローザ殿の事は聞いていなかったぞ!?」
ユーグはそう言って自身の部下であるジェフに詰め寄ると、ジェフも慌てて弁解する。
「そ、それは……父からの手紙にはヴィンス殿の事しか詳細は触れられていなかったので……私も知らなかったのです!」
2人の会話を聞いたヴィンス達はそのやり取りに納得した。と言うのもジェフの父親であるジムはローザの父親であるアルフレッドの事は知らなかったので、勿論手紙にも触れられる訳がなかったのだ。
「む、こほん。大変失礼しました。実は私は今から22年前にラルフ殿とアルフレッド殿にお会いした事がありましてね」
「え、父と会ったことが?」
「私のお父さんと?」
ユーグから意外な話を聞かされて驚く2人。
22年前と言えばラルフ達は現アーリル国王のレオンや大臣のロベルトと4人で旅に出ていた時の事だろうと推測出来た。
「私は恥ずかしながらアプロンの城下町にあるスラム街で育ちました。今もあそこは酷い有様ですが当時もやっぱり酷くて……あの時は憂さ晴らしに来た城下町の兵士達から暴行を受けていました」
「「兵士が暴行!?」」
ユーグの昔話を聞いて驚くヴィンス達。ジェフは以前ユーグから聞いた事があったので今は黙って聞いていた。
「スラム街の住人に暴行を働く人間はそれなりにいました。そしてスラム街には大人も住んでいますが助けてくれるような人は勿論いません。兵士達の腕力にはとても抵抗し難く、あの時は死を覚悟しました。しかし……」
そこでユーグは一息入れるとそこから笑顔で語ってくれる。
「ここで兵士達の暴行を止めてくれる人達が現れたのです。それがラルフ殿とアルフレッド殿でした。ちょうど今のヴィンス殿達と同じくらいの年齢でしたよ。お二人は兵士達を叩き伏せてそのまま城まで兵士達を連行していきました。私達も被害者として連れて行ってくれて……そしてお二人は城の兵士達に「この子達に謝れ!」と言って大喧嘩されていましたよ。ははは」
ユーグが語ってくれた昔話はヴィンス達も自身の親からは聞いた事の無い話でとても新鮮であった。暴行を受けた下りは悲惨そのものであったが、ユーグは寧ろ自分は幸運だったと語ってくれる。
「そのあとは現アーリル国王のレオン陛下がポーションを譲ってくれて傷も治して貰いましたし、また御付きのロベルト殿が内緒でお金も渡してくれました。あの御方達は私達から言わせれば神に等しい存在なのですよ」
そこまで言われるとヴィンス達まで誇らしいと同時に大袈裟すぎて恥ずかしくなってきた。しかし、ユーグにとっては全然大袈裟ではないのだ。
「ところで先程の話から少し気になる事が……「私達」と仰っていますけど、当時は他にも被害を受けた方が……?」
ヴィンスが神妙な表情で気になった部分を尋ねるとユーグは笑いながら説明してくれる。
「ああ、説明不足で申し訳ありません。私には双子の弟がいて一緒だったのですよ。今は向こうの町で私と同じく警備隊長を務めていて、弟の名前はハンスと言います。更に面白い事に……」
ユーグはそう言うとジェフの顔を見る。ジェフは苦笑いしながら自身が引き継いで説明してくれる。
「向こうの副隊長は私の双子の兄でして、名前はジョンと言います。お二人が向こうに行かれた際は是非会ってやってください」
「へえ!ジムさんは「息子達」って言っていましたけど双子だったんですね!そしてそれぞれの双子が警備隊長と副隊長って……凄いわ!!」
話を聞いたローザは目を輝かせて驚く。確かに中々あり得ない様な話だったのでヴィンスも声にこそ出さなかったが内心では十分驚いていた。
「それで話は戻りますが、ラルフ殿とアルフレッド殿は2週間程城下町に滞在している間に私達に剣術を教えてくれたのです。そのおかげで私達はスラム街でも何とか生き延び、15歳になってから兵士になる事が出来ました。その数年後にジェフやジョンも入隊して……その後ですね。スラム街の子供達を救えなかったのは……あれはとても痛ましい事件でした」
ユーグが沈痛な面持ちで語っている事件とはきっとスラム街の子供達がカレルの村へ移ろうとした時の事だろうとヴィンス達は確信し無言で聞いていた。
「その後は私達兄弟やジェフとジョン、そして彼らの父親でもあるジムさんが中心となって少しずつアプロン王国の空気を、特にスラム街をどうにかしようとしましたが……国王自身は全く動こうとしなかったので2年前に私達は首を覚悟で直訴しましたが、結果はこのように左遷されました」
この辺りの説明から城下町でジムが話をしてくれた内容に繋がるとヴィンスは納得しながら聞いていた。
そしてユーグが「陛下」ではなく「国王」と呼んだ事に彼のエーランドに対する感情が透けて見えた気がしたのであった。
「そうでしたか……私も父と2年程前にアプロンの城下町に行ったのですが全然知りませんでした」
ヴィンスがそう言うとユーグは非常に残念そうな表情になった。
「何と!?恐らく私達が左遷されて少し経ってからだったのでしょうね……久しぶりにラルフ殿に御会い出来なかったのはとても残念ですが仕方ありませんね」
(こんな場所で父上の信者みたいな人がいたとは……今度アーリルに手紙を飛ばす時はユーグさんの事も父上に伝えてあげよう)
ヴィンスはひっそりと決心したのであった。




