第33話 砂漠の洗礼
——アーリル王国——
「あなた、ヴィンスから何て書いてあったの?」
ラルフがヴィンスから届いた手紙を読んでいると、ヴィンスの母親でありラルフの妻であるシェリーが手紙を覗き込んでくる。
「待て待て、後でお前にも読ませてやるから——うむ、ヴィンスは元気にやっているようだぞ。勿論ローザもだ」
「そう、ならいいんだけど……あの子達しっかり食べているかしら……?」
「それは大丈夫だ。2年前私が一緒に行った時に使った宿屋を利用しているみたいだからな。あそこに入っている料理屋の食事は美味い。とは言えお前の料理には及ばないがな」
「まぁ、あなたったらいつからそんなに口が上手くなったのかしら?」
そう言いながらシェリーは満更でもないらしくみるみる上機嫌になっていった。
「しかし、アプロンの国王と一悶着あったようだな。あそこの国王は昔から好きになれん。とは言え、これは後程陛下にも報告しておかないといざと言う時な……」
「何?国王と一悶着って?穏やかじゃないわね……」
国王と揉めたと聞いたシェリーは心配そうな表情を見せるが、ラルフから状況を説明されると先程の表情はどこかに消え去って寧ろ憤慨していた。
「何よ、その獣は!寧ろそこでやり返さなかったら私達の息子じゃないわ!ヴィンス、よくやったわ!!」
ヒートアップしたシェリーは思わず自宅からアプロン王国の方へ向かって親指を突き立てた。苦笑いしながらラルフは自分の妻を見つつ、もう1つの手紙にも目をやった。
「うむ、明日は陛下にヴィンスの手紙を報告した後ホルンの村に行ってくるか……」
「あなた、私も一緒に行くわ!久しぶりにアンナにも会いたいし」
「そうか……では明日の昼前には出発出来るように準備しておいてくれ」
「ええ」
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アプロン王国の城下町から南南東の方角を歩く2人。
1人はいつも被り慣れた兜を外し、頬には大粒の汗が流れている大柄な若い男——ヴィンス・フランシス。
もう1人は疲労からか手持ちの杖を地面につきながら普段より幾分遅いペースで歩く少女——ローザ・マティス。
彼らは砂漠の入り口辺りにある『セシスの町』を目指して歩いていた。
「……ローザ、もう少しで砂漠に入るよ」
「……ヴィンス、ごめんなさい。もう一度休憩を入れて貰ってもいいかしら……?」
城下町を出発して今日で2日目。昨日は特に問題はなかったが、今日は途中から森や山等の日光を遮断する物がほとんど無くなってしまい陽をまともに受け続けていたのだった。
「はい、ローザ。水だよ」
「ありがとう……はぁ、生き返るわ~」
ローザはヴィンスから水を受け取るとゆっくり飲んでいく。ヴィンスもやはり喉が渇いていたので自分の分を取り出すと少しずつ飲み一息つくとローザを励ますように語りかける。
「ふぅ……このペースなら今日中には『セシスの町』に辿り着くはずだからもう一踏ん張りだよ」
「ええ、今日中に辿り着いて今夜はベッドでゆっくり寝るんだから!」
普段よりも疲労が溜まっているせいかローザは食欲より睡眠欲求の方が上回っている様だった。
ヴィンスも彼女がこのように吠えるだけの元気があれば何とか町には辿り着く事が出来るだろうと安心した。
「よし、じゃあ出発しようか」
「ええ、頑張るわ」
休憩を終えた2人は町への歩みを再開した。
「うわぁ……もう完全に地面が砂だけね。ここから砂漠って事で良いのかしら?」
「そうだね。『セシスの町』ももうすぐって事だけど……魔物には十分注意してね。ここら辺の魔物は砂の中から現れる物も多いらしくて『索敵』を持っていても引っ掛かりにくいらしいから」
「砂の中からね……いきなり足を掴まれて砂の中に引きずりこまれたりしないわよね……?」
「そういう魔物もいるらしいよ」
「ひぇ!?本当に!?」
ヴィンスの話を聞いて怖がったローザは思わず彼の肩にしがみつく。
「うん。騎士隊の訓練の一環で対魔物の講義を受けた時に知ったんだけど、確か……」
「きゃあ!!?」
「ローザ!?あ、こいつだ!!」
ヴィンスがかつて受けた講義を思い出している最中に隣のローザが悲鳴を上げた。
ローザの右足には蜘蛛の脚と思われる物体が絡まっており、そのままローザを砂の中に引きずりこもうとしていたのだ。
ヴィンスは落ち着いて蜘蛛の脚を槍で切り裂くと地中から低い呻き声が聞こえると同時にローザは解放された。ローザの右足には蜘蛛の爪痕が残っており多少の出血も見られる。ヴィンスはローザの患部を見ると何かに気付いた。
「これは……ローザ!傷を治療する前に解毒しろ!」
ヴィンスは槍を地面に向けて構えたままローザに指示を飛ばした。
「解毒……?きゃっ!足が変色し始めている!?」
「解毒」と言う言葉に半信半疑のローザだったが自分の患部を見た瞬間に軽い出血だけでは起こり得ない皮膚の変色に気付いて驚いていた。
「早くしろ!!そうでないと面倒になるぞ!!」
「わ、分かったわ……」
ヴィンスに催促されたローザは慌てて患部に向けて回復魔法Lv2『ポイズンセラピー』を唱える。すると変色していた皮膚が徐々に元に戻っていった。
ローザの治療が進んでいるのを確認したヴィンスは襲ってきた蜘蛛——『サンドスパイダー』——を倒そうとするが砂の中に逃げ込まれると打つ手がない。そこで彼は一案を試す事にした。
「ローザ。今から砂が舞うから十分注意してくれ!」
「え?……分かったわ」
毒の治療が終わったローザはヴィンスが何をしようとしているか分かっていなかったが、彼の言う通り口と鼻を手で塞いだ。
「……ふっ!」
「きゃっ!」
ヴィンスはローザが襲われた地点に向かって風魔法「ウインドカッター」を放つと一気に砂が舞った。ローザは目を閉じヴィンスも片目だけ閉じて魔法を撃ち続ける。すると次第にサンドスパイダーの姿が露になり始めた。
そしてヴィンスは槍から剣に持ち替えるとサンドスパイダーに向かって剣技Lv5『真空刃』を放つ。所謂「飛ぶ斬撃」を受けたサンドスパイダーの胴体は真っ二つになると、数秒間体を痙攣させた後に沈黙した。
「ふう……ローザ、もう大丈夫だよ」
「本当?さっきの蜘蛛は……きゃっ!ま、真っ二つ……」
ヴィンスは目を閉じていたローザに解除を促すと彼女はヴィンスに近寄りサンドスパイダーの方を見るとそこには真っ二つになった死骸が残っていた。
「折角倒したから魔石だけでも回収しておこうか」
「でもヴィンスがそっちに行ったら砂に沈んだりしないかしら……?」
「大丈夫だよ。サンドスパイダーはもう死んでいるからもう砂をコントロールされる事は無いよ」
そう言うとヴィンスはサンドスパイダーの死骸に近づいて魔石を回収してきた。
その魔石は今までより少し大きめで品質も良い様に見えた。
「もしかしたら……これは中級魔石かもしれないね」
「中級!?私にも見せて!わぁ……確かに今まで回収した魔石とは何か違いを感じるわ!」
ヴィンスから渡された魔石を見たローザは思わず感嘆の声を出した。
ヴィンスは魔石を返して貰いマジックポーチに入れると2人は再び歩みだした。
「まぁ今みたいな事もあるから十分注意してね」
「注意はするけど……さっきみたいにいきなり掴まれたら私じゃどうしようもないわ」
「それもそうか……『索敵』のスキルLvがもっと上がらないとさっきみたいなのは事前に発見出来そうにないからね……困ったな」
「でしょう?だから早く町に——」
ローザが喋っている途中に前方の砂地が急に剥れ上がると蟹の形をした魔物——『ヘルクラブ』——といかにも硬そうな外見をした蠍——『鎧サソリ』——の群れが出現した。
「もう、一体何なのよ!!」
ローザの叫びが砂漠に響き渡った。
(ちょっと硬そうだな……いけるか……?)
ヴィンスは内心でそう思いながら、幸い魔物の群れが一ヶ所に固まっていたので剣技『五月雨刃』を発動する。頭上から襲う斬撃を魔物の群れに浴びせたが、全ての魔物に致命傷を与えるとまではいかず3分の2は生き残った。
(くそ!全滅させられなかったか……)
口にこそしなかったが『五月雨刃』で戦闘を終わらす事が出来なかったヴィンスは少なからずショックを受けた。それでも切り替えて次の攻撃を仕掛けようとする。
しかし——
「いけっ!!」
追撃としてローザが風魔法Lv2『エアーブラスト』を発動した。広範囲に発生したかまいたちが砂漠を吹き荒らしながら先程の攻撃に耐え残った魔物達を一気に切り刻むと次々に魔物が息絶える。『エアーブラスト』のおかげで残ったのは鎧サソリ2匹となった。
「あとは僕が!」
槍に持ち替えたヴィンスが鎧サソリの関節部分に狙いを定めて突きを繰り出すと、2匹の鎧サソリはそれぞれ一撃で絶命した。
「ふう……ローザ!いつの間に『エアーブラスト』を覚えたんだい!?」
戦闘が終わって一息ついたヴィンスは驚きを隠さずにローザの方を振り向いた。
「えへへっ、実は昨夜火の番をしていた時の練習で使えるようになったのよ!」
ローザは嬉しそうにヴィンスへ答える。
「てっきり魔導書を読んでいると思っていたんだけど、こっちを練習していたんだ?」
「ええ、よく考えたら『範囲聖域』は当面ヴィンスだけしか使えなくても困らないと思ってね。で、風魔法の方がもう少しって手応えがあったからこっちを優先させたのよ」
「なるほど……確かに合理的だね。本当に凄いよ!」
「うふふ、ありがとう」
ヴィンスから絶賛されて満面の笑みになるローザだった。
「よし、こいつらは折角だから魔石と素材の両方を回収しよう。また魔物に襲われると面倒だからさっさと終わらせようか」
「ええ、私も頑張るわ!」
そう言うと2人で手分けして回収する。残念ながらヘルクラブと鎧サソリの魔石はそれぞれ下級魔石だったが素材である甲羅や殻はそれなりに高値で売れそうな代物だった。
「よし、回収も終わったし魔物に目を付けられない内にさっさと行こう」
回収を終えたヴィンス達は再び『セシスの町』を目指して歩き出した。
「やっと着いたわ!」
「そうだね、お疲れさま」
あれから2人は魔物に遭遇する事なく、陽が沈むより少し前に『セシスの町』に辿り着いた。
アプロン王国領にある『セシスの町』と『テシスの町』は砂漠の両端に位置しており、アプロン王国から『プホール王国』へ向かうにはこの両町を経由して行くのが一般的である。
そして『セシスの町』は砂漠にあるにもかかわらず、カレルの村と違って随分と活気があった。町には大きなオアシスがあり商店が充実している。
「そう言えばここって城下町でもないのに入り口で身分確認があったわね」
「うん、身分確認は城がある城下町だけって聞いていたんだけど……何でだろうね?」
2人が言うように身分確認は城下町だけと言うのが世界での常識であった。それにも関わらずこの町では行われていた事に少なからず驚いている2人であった。
「じゃあいつも通り先ずは宿屋を押さえておこうか。その後は冒険者ギルドで魔石と素材を売却してから夕食で」
「ええ、いつも通りね」
まずは宿を予約した2人は次に冒険者ギルドへ足を運ぶ。
「ヴィンス。そう言えば今日は中級魔石を手に入れたじゃない。あれも売却しちゃうの?」
「いや、取り敢えず残すつもりだよ。中級以上になると使い道もあるらしいし」
ヴィンスはそう言うと回収した下級魔石と素材を受付で売却しようとするが、受付嬢は提出された素材の中に砂漠で現れる魔物以外の素材を見つけると2人に尋ねる。
「失礼ですがヴィンス様とローザ様は砂漠に来られたのは初めてでしょうか?」
「そうですが……何か不備でもありましたか?」
「いえ、そうではありません。実はこの2ヵ月程前から砂漠に窃盗団が現れるようになりまして……町では注意喚起を促しているのです。もしお二人が御存知ありませんでしたらと思いお声掛けをしたのです」
受付嬢から窃盗団の話を聞いた2人は思わず顔を見合わせる。と言うのも「窃盗」と聞くとどうしても先日解決したばかりの件を連想してしまうからだ。
ラウルが窃盗を働いたのはアプロンの城のみだと2人は認識していたが、まさか砂漠でも窃盗をしていたのではないかと不安に襲われた。
「貴重な情報ありがとうございます。ちなみにこれまでどのような被害が……」
「それがかなり酷いようでして……襲われた方達は身包みを剥がされるだけならまだ良い方で抵抗した場合は無残に殺されていたり、若い女性は拉致されていたりする可能性もあると報告を受けています」
「ひ、酷過ぎるわ……!!」
手口からして間違ってもラウルではないと安心はしたが、受付嬢から被害を聞いたヴィンスは思わず顔を顰めローザに至っては衝撃的過ぎて両手で口を覆う仕草をした。
「ですので冒険者ギルドでは警備隊と連携して盗賊団を討伐するよう動いています。ギルドでは依頼も出していますので、もし御協力を頂けるのであればどうぞよろしくお願いします」
受付嬢が素材を鑑定している間2人は依頼が張られているボードに目をやる。そこには複数の依頼が張ってある中で盗賊団を討伐する依頼が一番大きく張られていた。
「ヴィンス……どうしたらいいのかしら?この前は私が出しゃばったせいで面倒な依頼を受けちゃったけど……」
ローザの本音では町の為にもこの件を何とかしてあげたいと考えていたが、城下町ではローザが出しゃばったせいで面倒な事になったとも自覚していた。
尤も、ヴィンスは結果的には良い方に転がったと思っていたので特にその件でローザを恨んだりしてはいなかったが。
「確かに……どうにかしてあげたいけど……」
ローザの気持ちだけでなくヴィンス自身も町の為にどうにかしてあげたいと思ってはいたが、現時点では情報が少なすぎたので安請け合いもしたくはないと思っていた。
結局結論が出ない内に鑑定が終わったので2人はお金を受け取るとそのまま冒険者ギルドを後にした。
※白魔法Lv2『ポイズンセラピー』…毒を治す。
※剣技Lv5『真空刃』…飛ぶ斬撃。使用者の剣技Lvによって射程距離と斬撃の大きさが変わる。『五月雨刃』と違って複数の敵には向かないが威力はこちらの方が上。
風魔法Lv2『エアーブラスト』…広範囲にかまいたちを発生させて敵を切り刻む。




