第31話 アプロン城下町に戻る
「この時間に出発すれば明日の夜には城下町に辿り着きそうかしら?」
「うん、僕もそう見立てているよ」
カレルの村を出発した2人だが、現時点で夕方に差し掛かる前と言ったところだった。
途中野営で一泊して明日も歩き続ければ、途中で魔物に襲われても夜には辿り着けると読んでいた。
「あ~、でも明日着いたら宿に一泊するとして明後日にはあの獣に会わないといけないのね……憂鬱だわ……」
「確かにね……絵画の返却と犯人は誤魔化すとしても白金貨がね……あ、それと何でシャオン鉱山に目を付けたのかも聞かれるかもしれないな……」
エステルの前では軽く振舞っていたヴィンスだったが、エーランドとの謁見を考えると決して気が楽ではなかった。
流れを考えると最初に聞かれそうなのがどうして廃鉱に目をつけたのかである。実際のヴィンス達は孤児院のエステルから情報を得た訳だが、孤児院に目を付けられたくないヴィンス達は絶対にこれを言う訳にはいかなかった。
次に、回収出来たのが絵画と前3回の美術品の売却金額のみで犯人は捕まえていない件だ。犯人を捕まえていれば特に問題はないのだがそうではないので、最悪3つの美術品が売られていた事に難癖をつけてくる可能性すら考えられた。
「まぁ、謁見するのは恐らく明後日だから当面は考えないようにするよ。それよりローザ。さっきエステルさんから預かった魔導書の話なんだけど」
「そうね、聖属性の魔導書なんて中々お目に掛かれない代物なんでしょう?」
旅に出るまで魔法の修行を放ったらかしにしていたローザではあるが魔法自体は決して嫌いではないのでこの話題には食い付いて来た。
「そうだね。聖属性にはとても便利な魔法があるらしいよ。特に野営をするにはうってつけの魔法がね」
「へえ、どんな魔法かしら?」
ローザに問いかけにヴィンスは魔導書を捲りながら答える。
「えっと確か……ああ、これだ。Lv1の『範囲聖域』だね」
「『範囲聖域』……どんな効果があるの?」
「簡単に言うと指定した一定範囲に魔物が近寄りにくくなるんだよ。ほら、野営で寝る時に使うととても便利だろう?」
「それは便利ね!早速覚えないと」
「う~ん、とは言っても流石に道中で読みながらはちょっと危険だからね」
「それもそうね……」
『範囲聖域』の効果を知って大喜びするローザだったが使えるようになるのはまだ先だと諭されてトーンダウンした。
ただし、諭した張本人であるヴィンスはローザの為に出来るだけ早く覚えたいと企んでいた。
(何とか今夜の野営中に覚えられないかな……?)
「よし、今日はこの辺で休もうか」
「ええ、相変わらず魔物によく遭遇するからその分疲れたわ」
廃鉱に向かった時とは違い、2人は所謂「修行モード」に戻していた。
魔物との戦闘ではローザも魔法で援護をしながら戦っていたので相応のMPと体力を消費していたのだ。
「そうだ!ヴィンス、今日の食事は私が作るわ!」
「どうしたんだい、急に?」
今まで自分から作ろうとしなかったローザが自分から作ると言い出して、ヴィンスは多少驚いた。
「いいから!ヴィンスは出来るまでゆっくりしてて!」
「……まぁ、ローザがそう言うなら……」
ヴィンスはあまり気にしていなかったのだが、ローザは先日ラウルに言われた言葉に対して反省をしていた。戦闘で戦力になれていない分、せめて食事だけでもと意気込むが——
「……ヴィンス、火を熾して貰ってもいい?」
「いいよ。はい」
ローザはヴィンスのメニューを真似してスープを作ろうとするが、水を温めるための火を熾すところから躓いてしまった。普段は火を熾す際はヴィンスの炎魔法『ファイアーボール』を使用しているが一応火打石もマジックポーチに入れており、それをローザは使おうとするが上手く出来なかったのだ。
早速ヴィンスに手伝わせてしまって落ち込むローザであったが、そんな彼女にヴィンスは言葉を掛ける。
「ローザ、いきなり何でも出来るようになろうなんて考えちゃ駄目だよ」
「え?でも……私はヴィンスの足を引っ張ってばかりだから……」
「確かに僕は6歳の頃から稽古を積んできたし、食事だって隊の訓練や母上の指導のおかげで上達したよ。だからさ、嫌みではなく僕とローザじゃ出発地点が違うんだ。それなのにいきなり僕に並ぼうと無理はしなくていいんだよ。むしろ、いきなりローザも同じように出来ちゃったら僕の立場がないじゃないか」
そう言うとヴィンスは微笑みを浮かべローザを見る。
ローザもヴィンスが自慢で言っているのではなく「少しずつ出来る様になればいい」と諭している事に気付いた。
「……そうね、私も焦っていたわ。まだまだ足を引っ張ると思うけど、少しずつ出来るように頑張るからこれからもよろしくね、ヴィンス」
「勿論だよ、ローザ」
こうしてヴィンスも手伝いながら夕食用のスープを完成させたローザ。少し塩辛くなってしまったがヴィンスは笑顔で飲んでいた。
「さて、と……」
いつもの野営であれば先にローザが火の番をしていたが、今夜はヴィンスが先を志願した。と言うのもヴィンスには試したい事があったのだ。
「ドミニクさん、お借りします」
ヴィンスはそう言ってマジックポーチから聖属性の魔導書を取り出すと右手に剣、左手に魔導書を持って真剣に読み始める。
火の番は大体4時間程で交代する予定で、出来ればその間に聖魔法『範囲聖域』を覚えたいと考えていたのだ。
魔法を使える者には大抵、属性毎に得手不得手がある。得手であればLv1の魔法を数時間で覚える事も決して珍しくはないのでヴィンスはそれを目指していた。
途中で彼の『索敵』に魔物の気配が引っ掛かる。廃鉱探索中に『索敵』のLvアップの手応えを感じていたおかげか以前よりも遠距離から気付くことが出来た。それでもヴィンスは魔導書を読むのに夢中だったので、あえて自分の間合いまで近づいて来るまで魔物を放置する。そして魔物が間合いに入った途端、その方向も見ずに剣技『五月雨刃』を発動させ魔物を全滅させた。
3時間程の間にそれが3回繰り返された。魔導書を読み続けたおかげで手応えを感じたヴィンスは早速聖魔法を試してみる事にする。
「……はっ!」
ヴィンスが聖魔法を試してみると彼を中心とした一定範囲で一瞬景色が変わったような錯覚を感じた。その錯覚は一瞬で終わったが今度はいつもと違う空気を吸っているような感覚になる。
(これは……成功したのかな……?)
初めて使ったので成功したのかどうか確信を持てないヴィンスであったが、取り敢えずローザと交代するまでは様子を見てみる事にした。
「ふぁ……そろそろ私の番かしら……?」
目を覚ましたローザが小さく欠伸をしながらヴィンスに話し掛けてくる。
聖魔法を試してから1時間程経過したがその間に魔物は襲ってくることは無かった。
厳密に言うとヴィンスの『索敵』には引っ掛かったが、一定の範囲内に魔物が入ってくる事は無かったのだ。
(もう少し検証する必要はあるけど一応使えるようになったと考えていいのかな……)
ヴィンスはまだ確信出来る程の自信は持っていなかったが、実際のところ聖魔法『範囲聖域』を唱える事は出来ていた。
「ああ、じゃあ交代しようか」
そう言うとヴィンスはもう一度『範囲聖域』を強めに掛け直してみる。まだ寝起きのローザですら違和感に気付いて目を急激に瞬きさせた。
「え?今の何!?」
「ローザが寝ている間に魔導書を読んでいたんだ。で、まだ効果は確認中なんだけど『範囲聖域』を唱えてみたんだよ」
「ええ!?もう覚えたの?」
「まだ確認中だけどね。1時間程前に使ったら一応魔物は近づいてこなかったよ」
「もう、ヴィンスったら本当に凄いのね……あれ?それだと使えるようになるまで3時間程掛かったって事よね?その間に魔物は近寄ってこなかったの?私起こされていないけど……」
「ああ、それなんだけど……魔導書を読むのに集中するために全部自分が倒しちゃったよ。勝手な事してごめんね」
「ええ……? おかげでぐっすり寝られたから文句を言える立場じゃないけど……せめて事前に相談はして欲しかったわ……」
「正直に言うとローザが眠っている間に覚えて驚かせたかったんだ。でもやっぱり内緒でやるのはよくなかったね。ごめんね」
ヴィンスはそう言うと両手を合わせてローザに謝る。
「むう……確かにヴィンスの気持ちも分らなくはないから、謝られたらそれ以上こっちも文句は言えないけど……でも何となくズルいわ。そうだ、私も今から挑戦する!」
「そう言うと思ったよ。でも出来れば今夜は止めて欲しいな」
「え?どうしてよ?ヴィンスだけずるいわよ!」
「いや、ローザは僕みたいに『索敵』を使えないじゃないか。僕が使った『範囲聖域』も本当に大丈夫かどうかまだ不安だから今日だけは我慢してくれないか?」
ヴィンスは自分がずるいと分かっていながらローザを真剣に説得する。
彼女は頬を膨らませてはいるが、自分とヴィンスの実力差を考えて尤もな事を言っているのは理解出来ているので渋々了解する。
「ヴィンスがそこまで言うなら分かったわ。あと、さっきヴィンスが掛け直してくれたからどれくらい効果が持つか計っておくわね」
「ありがとう。効果が確認出来たら次の野営からは魔導書を読んでも構わないからさ」
「そうね、でも明日宿に泊まる時も貸してね。1日で覚えられるかどうか自信はないけど」
「そうだね。じゃあ僕は寝……る前に、倒した魔物から魔石だけ回収しておくか……」
そう言うとヴィンスは『範囲聖域』を試す前に倒した魔物から魔石を回収してくる。
「うん、じゃあ今度こそ寝るよ。お休み」
「ええ、お休みなさい」
そう言うとヴィンスは毛布に包まって眠りに落ちた。
「おはよう、ローザ。どうやら『範囲聖域』の効果は続いたみたいだね」
「おはよう、ヴィンス。貴方の魔力なら4時間は大丈夫そうね。私も早く覚えたいわ!」
ヴィンスもローザ同様に4時間程眠ったが一度も彼女に起こされる事はなかった。これで今後野営をする事になっても睡眠時間はしっかり確保出来そうな目途がついてローザも大喜びであった。
そして起きていたローザは火打石を使える様に練習を続けていたらしく満面の笑顔で「今度からは私でも火を熾せるわ!」と語ってくれた。
今朝の朝食も主にローザが作ってくれる。今回のスープは昨夜と違って塩分が少なめであったが、今朝の方が若干いい出来だった。
「そう言えばヴィンス。昨夜貴方が眠っていた時に思ったんだけど」
「うん?」
朝食も終えて再び城下町に向かう2人だったが、思い出したかのようにローザが問いかけた。
「今回の窃盗騒動ってラウルさんが犯人だった訳だけど、結局どうやって城下町に忍び込んだのかしら?」
「そう言われると……どうやってだろう?結局確認していなかったね」
「まぁラウルさんの事は隠して報告する訳だから別にどうでも良いのかもしれないけど、何となく気になったのよ」
ヴィンスとしては孤児院でエステルから話を聞いてからはラウルの犯行方法など今更どうでもいいと思っていたのですっかり忘れていたが、ローザからそう言われてみると確かに解明出来ていなかった。
(そう言えばエステルさんが仰っていた、ドミニクさんが亡くなった時に言っていたラウルさんの言葉とアプロン王国絡みの依頼を受けなくなった件も結局は分からずじまいだったな……)
いくつか謎は残ったままであったが、これ以上考えたところでどうにもならないと思い、それ以上これらの件で会話が続く事は無かった。
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「やっと城下町が見えてきたわね」
「思ったより少し早く着いたね。これもローザが成長してきた証拠かな?」
「そうだといいんだけどね」
当初の見通しでは夜に到着出来ると思っていた2人だったが、何とか陽が沈む前に城下町が見えてきた。少しずつ旅に慣れてきたローザの体力がついてきたのと彼女のMPと魔力が増えてきた事が大きかったのだ。
門を守る衛兵に冒険者カードを提示して城下町に入った2人は前回泊まった宿に向かう。幸い今回も部屋に空きがあったので予約をしてから魔石を売却する為に冒険者ギルドに向かった。
「鑑定が終わりました。今回は下級魔石が75個と素材はブルーウルフの牙と毛皮にキングコブラの皮で合計は210,800Cになります。それとこれでローザ様はFランクに昇格となります。おめでとうございますね!」
「え?私昇格したの!?本当に!?」
冒険者ギルドの受付で魔石と素材の売却をすると、受付嬢からローザが昇格したことを言い渡された。
ヴィンスはこの旅を始める前からFランクになっていたので、そろそろローザも昇格すると予想はついていた。
そして当のローザは全く予想していなかったようで全く驚きを隠せていない。魔物の大部分をヴィンスが倒していたのである意味当たり前ではあるが。
「ローザ、Fランク昇格おめでとう!」
「あ、ありがとうヴィンス……でも何だか実感が沸かないわ……実際ヴィンスのおかげだし」
冒険者ギルドを出て宿に戻りながら2人は会話をする。
ほとんどヴィンスのおかげと言う負い目もあるせいだろうか、今でもローザは少しオロオロしているくらいだった。
「ローザの気持ちも分らないではないけど、間違いなくローザは成長しているよ。実際カレルの村からここまで戻ってくるのは行きよりも早かったじゃないか。それもローザが順調に成長している証拠だと思うよ」
「……ありがとう、ヴィンス。そう言ってくれると私も少しは自信が持てるわ……」
ローザも自身について楽観視している訳では無いが、それでもヴィンスにここまで言って貰えたのは素直に嬉しかった。
ヴィンスにしてもローザに自信をつけさせるために多少は大袈裟に言っている所もあるが、彼女が成長しているのも間違いのない事実であったので言っているのだ。
「よし、今日は宿にあるお気に入りの料理屋でローザの昇格祝いをしよう!」
「本当!?だったらまた「料理人お任せコース」を食べたいわ!」
ヴィンスの提案を大喜びで受けたローザ。
夕食は宣言通りに一番高い「料理人お任せコース」を注文して更にメインをお代わりする程の食欲を見せたローザであった。
※聖魔法Lv1『範囲聖域』…指定した一定範囲に魔物が近寄りにくくなる。使用者の魔法Lvが上がると範囲も広くなり更に魔物が近寄りにくくなる。




