第27話 廃鉱探索
「おはよう、ローザ。随分気合が入っているね」
「おはよう、ヴィンス。当然よ!エステルさんの期待に応えるんだから!」
昨日孤児院を出た2人は特に今日の為の打ち合わせもせず就寝した。
そのため朝食を食べながら予定を確認する。
「地図を見ると大体ここから半日くらいでシャオン鉱山に辿り着くみたいだ。だけど今回は出来るだけ時間を掛けずに辿り着きたい。そこで……」
「そこで?」
「僕が1人で魔物を倒していく。ローザはMPを温存して欲しい。あと回収も魔石のみにしよう」
「え?私は構わないけど……そんな簡単にいくのかしら……?」
ヴィンスの言う事にローザは懐疑的だった。
確かにヴィンスは強いが魔物は大抵群れで襲い掛かってくる。場合によってはイミルの洞窟の出口付近みたいに挟撃される事だってあるかもしれない。その時はまた炎魔法『ファイアーストーム』でも使う気なのだろうか?
「大丈夫だよ。僕に任せて」
ヴィンスは自信を持って答える。
彼の強さは本物なのでローザもそれ以上は疑う事をしなかった。
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「ね、大丈夫だったでしょ?」
「……ちょ、ちょっと待って……」
カレルの村を出発しシャオン鉱山の道中で案の定魔物に遭遇した。
遭遇したのは犬くらいのサイズがある軍隊蟻が8匹にポイズンリザードが5匹だったが、ヴィンスは索敵に引っ掛かった13匹全部の姿を確認すると剣を振り上げた後に振り下ろす。すると頭上から雨の様に斬撃が降ってきた。それをまともに受けた魔物の群れは全滅したのだった。
「な、何よ!今のデタラメな技は?」
「え?剣技『五月雨刃』だけど」
魔石を回収しながらヴィンスが答える。
ヴィンスが発動したのは剣技Lv4『五月雨刃』だった。
この『五月雨刃』はインパクトが凄い割に剣技Lv4で使えるようになる便利な技なのだが覚えたてのLvでは威力に乏しいのが欠点である。しかし剣技Lv7のヴィンスが使うと相当に凶悪な技となるのだ。
「あ、あのね。この際威力とかはどうでもいいわ……何で今までそれを使わなかったのよ!?」
「そういうことか……あのさ、そもそも旅の目的には修行も入っているんだよ。簡単に魔物を全滅させたらローザの修行にならないじゃないか」
「じゃあなんで今は使ったのよ!?ピンチでもなかったのに」
「今は修行より優先する事があるからだよ。出発前の説明じゃ伝わらなかったかな?」
「……いえ、確かに言っていたわ……ごめんなさい、私の覚悟はヴィンスに比べて全然足らなかったのね……」
興奮気味に言っていたローザもヴィンスの言葉に納得したのか急にトーンダウンした。
この旅の中でヴィンスが基本的に修行を重きに置いていることはローザも薄々分かっていた。だが今朝の出発前に彼はその方針を曲げて「魔物は自分が全部倒す」と宣言した。また、それと同時に彼は「時間を掛けたくない」とも言っていた。
ここで肝心だったのは「ヴィンスが1人で倒す」ではなく「時間を掛けたくない」の方である。ヴィンスは早くラウルの所へ行って彼を説得し、エステルを安心させてあげたかったからだ。それはローザも同じ想いのはずだったのに、彼女はヴィンスの意図を理解出来ていなかった事がとても情けなかったのだ。
「ローザ、ローザ?」
「……え、あ!ごめんなさい……」
ヴィンスが声を掛けるが少し落ち込んでいたローザは反応が遅れた。
彼女の様子を察したヴィンスは敢えてその部分は触れずに話をする。
「ローザの意見……と言うか一緒に予想して欲しいんだけどね」
「えっと……何をかしら?」
「このままシャオン鉱山に着いてラウルさんに会えたとするよ。エステルさんの話をして彼をすんなり説得出来ると思う?」
ヴィンスは自分の中で答えが出ている問題を敢えてローザに質問する。
「う~ん……正直難しいと思うわ」
「理由は?」
「だってエステルさんの説得すら受け入れてないのよ?下手をしたら初対面である私達の話をまともに聞いてすらくれないと思うわ」
「そうか……やっぱりそうだよね……」
ヴィンスの基本的な思考はどちらかと言うと現実的でローザのそれは理想的である。
それでも今回はそれぞれの予想が同じであった。
だからこそヴィンスは出来るだけ避けたかったが、避けられない展開になると予感せざるを得なかった。
「ヴィンスも同じ考えなんでしょう?」
「そうだよ。残念ながらね……」
「まっ!私と一緒で悪かったわね!」
「いやいや、そういう意味じゃないよ!今回に限ってはだからね?」
慌てて弁解するヴィンスに対してローザは意地悪な笑顔で返す。
「分かっているわ。少しだけ揶揄ってみたかったのよ。ごめんね」
ローザも決してわざと意地悪で言った訳ではない。
ヴィンスが「やっぱりそうだよね」とローザの意見に同調した時の表情がとても暗かったのを彼女は見逃さなかった。それを少しでも和らげようと冗談を言ったのだった。
そして、それに気付いたヴィンスに取ってローザの気遣いはとても嬉しいものだった。
「いや、ありがとうローザ。助かったよ」
「それはどういたしまして」
ヴィンスのお礼にローザは笑顔で返事をする。
「話を戻すけど……ラウルさんが話を聞いてくれない場合は……最悪戦闘になるかもしれない。それはローザも覚悟して欲しいんだ」
「そうね……それも考慮して道中はヴィンスだけで魔物と戦っているんでしょう?」
「うん」
ローザも出発の時点で最悪ラウルとは戦闘になるかもしれないと予感していた。
そしてその時のためにヴィンスは彼女にMPを温存して欲しいと考えていたのだ。
「よし、魔石の回収も終わったし続きを行こうか」
「ええ、行きましょう」
シャオン鉱山への歩みを再開した2人だが、その道中では何度も魔物と遭遇した。
遭遇した魔物の数が少ない時はヴィンスの『威圧』で動きを止めてから各個撃破、数が多い時は剣技『五月雨刃』で一網打尽にする。
大体がこの2パターンで戦闘を終わらせていた。
(今更だけど、本当にヴィンスは強くなったのね……)
戦闘後に魔石を回収する度、ローザはそう思った。
幼馴染が小さい頃から努力をし続け、この若さにしてここまで強くなった。そして驕ることなくまだまだ上を目指している。
もし自分も魔法の練習をずっと続けていたら彼に見劣りしない魔法使いになっていたのだろうか。そう思うと過去数年間の過ごし方をとても後悔したローザであった。
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「ふぅ……ここがシャオン鉱山か……」
「何か不気味な雰囲気を感じるわ……廃鉱だからかしら……?」
魔物との戦闘を何度か繰り返してようやくシャオン鉱山に辿り着いた2人。ヴィンスが最短で魔物を倒してきたおかげで時間のロスも極力抑えられた。それでも半日以上掛ったので辿り着いた時にはもう陽が完全に暮れていた。
ここにきてヴィンスには迷いがあった。それは一度野営をして明日鉱山に入るか、野営をせずにそのまま入るかである。
大した休憩も入れず1人で戦い続けたヴィンスには流石に疲れの色も出て来ており、戦闘に参加していなかったローザにしても半日歩きっぱなしなので全く疲労が無い訳では無い。
そしてこの鉱山の中にも魔物がいない保証は無いし、ラウルに会えた場合も戦闘になる可能性は十分にある。
ヴィンスは己の考えを纏めるとローザに言う。
「ローザ、本来なら万全を期すために一度野営をしてから鉱山に入るべきだと思うんだけど……小休憩のみで鉱山に入ろうと思う。大丈夫かな?」
ヴィンスは悩んだ上でそう決断したのだが、ローザの返事は意外にもさっぱりしていた。
「ええ、その為に時間を掛けずにここまで来たんだから!ヴィンスのおかげで私は大丈夫よ!」
ローザの返事を聞いたヴィンスは自分が悩んでいたのが馬鹿馬鹿しいとすら思った。
当初の目的からすればむしろローザの返答が当たり前だった事に気付いたからだ。
「よし、じゃあ20分くらい休憩したら鉱山に入るからそのつもりでね」
「了解よ」
そう言って2人は休憩に入った。
「……行こうか」
「……ええ」
休憩を終えて鉱山に入ろうとする2人は少なからず緊張していた。と言うのも2人共この鉱山に入った事がないからだ。
数日前はアーリル王国領とアプロン王国領を結ぶイミルの洞窟を越えたことがあったが、以前にヴィンスが洞窟を越えていた事もあってローザも特に気負う事はなかった。
しかし、初めてで尚且つ中の詳細が分からない場所に入ると危険度が段違いである。2人の様に緊張するのも無理は無かった。
「お互い初めての場所だから慎重に行こう」
「ええ、そうしましょう」
そう言うとヴィンスは光魔法『ライト』を唱える。
現在は廃鉱とは言え、元鉱山だけあっていくつもの通路に分かれていた。
ヴィンスは苦々し気に呟く。
「これは……想像以上に厄介かもしれないな……全部回るのは一苦労だ」
「確かにそうね……こういう時に何か便利なスキルって無いのかしら?」
「多分存在はすると思うんだけど……僕は持っていないね……騎士隊でも持っている人はいないと思う」
アーリル王国の騎士隊は優秀なのだが魔法を使えるのは行方不明のアルフレッドを除けばヴィンスだけで、その彼らを除けば騎士系以外のスキルで使えるのは精々『索敵』Lv1くらいであった。
「ここで固まっていても仕方ないか……非効率だけど順番に回って行くしかないね」
「そうよね。覚悟を決めましょう!」
決断した2人は右から順番に巡って行くことにした。
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「ここは行き止ま——しまった!ローザ、魔物だ!」
「ええ!?」
1つ目の通路は行き止まりだったので引き返した。2つ目の通路を進んでいくとこれも行き止まりだったのだが、天井に貼り付いていたアイアンバット10匹がこちらを襲ってきた。
ヴィンスは『索敵』を発動していたがスキルLvがまだ1である事と、アイアンバットがスキル『隠密』Lv2を発動していたので気付くことが出来なかったのだ。
「くっ!」
集団で襲ってきた今こそ剣技『五月雨刃』を使いたいところであったが、奇襲に近い形で戦闘に突入したことで『五月雨刃』を発動するだけの時間的余裕はなかった。
そこでヴィンスは次善の策としてスキル『威圧』を発動させる。アイアンバットは完全には止まらなかったが、動きを鈍くするだけの効果はあり少しだけ時間の余裕が生まれる。
「ヴィンス!撃つわよ!」
「頼む!」
今度はローザが風魔法「ウインドカッター」を放つ。アイアンバットの皮膚は固く大きな傷をつける事は出来なかったが、飛んでいる魔物に風魔法を放った事と先程の『威圧』で動きが鈍っていたのが相まってアイアンバットの群れは動きを大幅に制限された。
「よくやった、ローザ!」
十分な時間を稼げたヴィンスは剣技『五月雨刃』を発動する。頭上から斬撃の雨を受けたアイアンバットの群れは瞬く間に力尽きて落下した。
「ふぅ……ローザのおかげで何とかなったよ、ありがとう!」
「ほとんどヴィンスのおかげよ。でも初めて役に立てた気がするわ」
「初めてって事は無いと思うけどローザの魔法は大きかったよ」
奇襲に近い形で戦闘に突入したものの魔物を撃退出来たのと、ローザも自身の魔法が役割を果たせたこともあって嬉しそうであった。
「それにしても倒せたから良かったけど……ヴィンスの『索敵』に引っ掛からなかったの?」
「引っ掛からなかったね……多分だけどこの魔物はスキル『隠密』を持っているんだと思う」
「『隠密』ね……こういう場所だと尚更厄介なスキルね」
「うん。だからこの後も十分警戒して欲しい」
「分かったわ」
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「……戻って来たね」
「……そうね、戻ってきちゃったわ」
ヴィンス達は鉱山の入り口付近まで戻って来てしまった。
結局2人は全部の通路を歩いたが、どれも行き止まりだったのだ。
唯一の収穫は4度目の戦闘直前でヴィンスの『索敵』にアイアンバットが引っ掛かるようになったことくらいである。
「もしかしてこの鉱山はハズレだったのかな?」
「その可能性はあるのかもしれないわね……参ったわ」
そもそもこの鉱山に目星を付けた根拠は、ラウルの歩いていく方向をエステルが目撃しただけなのである。彼の拠点がこの鉱山ではない可能性も考慮する必要はあった。
しかし——
「もしかしたら何かを見落としたのかもしれないわ……もう一度見て回らない?」
ローザはもう一度鉱山内を調べようと主張する。
鉱山内の1本1本の通路は長いが、数は少なく途中の分かれ道も無かった。しかし彼女の言う通りどこか見落とした可能性もゼロではない。
「よし、ローザの言う通りもう一度見て回ろうか」
他に手掛りもない以上、もう一度探そうとヴィンスは決断する。
「さっきは一通り歩いただけだったけど今度は壁もよく調べてみよう」
「そうね、もうそれくらいしか残っていないわね」
もう一度探索することを決めた2人は先程と同じ順番で通路を進むことにした。
そして——
「ここは最初に魔物と遭遇した場所よね……」
「2つ目の通路だからそうなるね……あれ、何か違和感が……?」
1つ目の通路は結局何もなく2つ目の通路も行き止まりに辿り着いた。
ローザは引き返そうとするが、ヴィンスは何か違和感を覚える。
「この2つ目の通路って他の通路に比べると短い気がするんだけど……」
「そう言われるとそうかもしれないけど……」
気になったヴィンスは行き止まり付近の壁を徹底的に調べる。
「……ん!ここだけ壁の色が微妙に違う!」
「あ!本当ね!」
ヴィンスが指差した部分は他の部分に比べて確かに色が違っていた。
「よし……僕が押すからローザはくれぐれも注意していてくれ。何が起きるか分からないからね」
「わ、分かったわ……」
ローザに注意を促したヴィンスは壁を押す。
すると行き止まりだった壁から「カチャッ」と音がした。
「今、壁から音がしなかったかしら?」
「僕も聞こえた……多分ここら辺から……うわっ!これ扉?」
音がした部分をヴィンスが押してみると壁が押戸の様に開いた。扉だと予想出来ていなかったヴィンスは思わず前のめりになった。
どうも壁の色が違った部分を押すと、壁に偽装されていた扉が開錠される仕組みになっている様だった。
「ここがもしかして……」
「やっと見つけられたね……行くよ、ローザ!」
「ええ!」
2人は扉を開けて先に進む。
今までより少し細い通路になっており、その先にはまた扉が見えた。
その扉を目指して歩いているとヴィンスは足元に何かがあると気づく。
「ローザ、ストップ!!」
「え、え?」
急に大声で呼び止めたヴィンスだがローザの反応は少しだけ遅れる。隣を歩いていたローザがヴィンスより一歩先に踏み込むと足に何かが引っ掛かった。
「!?ローザ、しゃがめ!」
「え、きゃあ!」
ヴィンスはローザの背後に回ると急に剣を振り上げる。
ローザは反射的に頭を抱えてしゃがむと「カキンッ」と金属がぶつかった音が響いた。
ローザは恐る恐るヴィンスの方を振り向くと彼の足元には矢が真っ二つになって落ちていた。間一髪でヴィンスの剣が間に合ったのだ。
「……あれか……」
「え、え、どういう事?」
ヴィンスは歩いてきた方向に戻って行くと、先程の隠し扉の上方に弓が仕掛けられていた。ローザの足に引っ掛かったのは糸であり、その糸に力が加わると仕掛けられた弓から矢が放たれる罠になっていたのだ。
「扉の上に仕掛けられると、この弓矢に気付くのは難しい……考えられた罠だったね」
「感心している場合じゃないわよ!もしヴィンスが気付かなかったらと思うと……」
「その場合は……ローザの後頭部に直撃?」
「や、やめてよ!縁起でもない……」
もしかしたら自分の後頭部に矢が刺さっていたかもと想像し、ローザの顔は真っ青であった。
「何とか防げたから良かったとして……こういう事もあるから十分気を付けてね」
「うう……『罠回避』のスキルが欲しいわ……」
2人は再度注意を払いながら通路を進む。
幸いな事に罠はもう残っておらず扉に辿り着いた。
「この先に彼はいるのかしら?また罠だったりして……?」
「罠だったとしてもここを開けない事には進めない。開けるよ?」
「ええ、いいわ」
ヴィンスが扉を開けた先は広い空間になっており彼から3~4m離れた距離には、銀髪で20歳くらいの男が腰に差した剣の柄を右手に握って立っていた。
「誰だ、お前ら?……ここへ何をしに来た?」
※剣技Lv4『五月雨刃』…剣を使った中距離攻撃。広範囲の敵の頭に斬撃の雨を降らす。使用者の剣技Lvが上がると威力も上がる。
※スキル『隠密』…使用者の気配を抑える効果がある。ちなみに天敵となるスキル『索敵』に引っ掛からない条件は相手の『索敵』Lvより『隠密』Lvが高いこと。(同じだと五分五分)
※スキル『罠回避』…仕掛けてある罠を発見しやすくなる。スキルLvが上がると発見確率も上がる。




