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アーリル王国の騎士  作者: siryu
アプロン王国の章
25/61

第25話 カレルの村 その3

「ローザお姉ちゃん、絵本読んで~!」


「ええ、いいわよ。むかしむかし——」


 ローザはホルンの村でもよく子供達の相手をしていた事もあって、孤児院の子供達とも直ぐに仲良くなっていた。子供達もレーラ以外のお姉さんが現れたことで大喜びしている。


(孤児院の子達は人見知りが激しい方なのにあんなに懐いて……)


 レーラから見ても驚きの順応力であった。


 そうこうして昼食の時間も近づいてきた頃、とても美味しそうな匂いがしてきた。

 きっとエステルが準備してくれているのだろうとレーラは思ったがある事に気付く。恐らくこの匂いはビーフシチューと思われるが、孤児院の食事でビーフシチューなど予算的な理由で出された覚えが無いのだ。彼女が不思議に思っている所にローラが呟いた。


「あら?この匂い……昔シェリーさんが作ってくれたビーフシチューの匂いと同じだわ!」


「ローザ様、シェリーさんって?」


「ヴィンスのお母さんよ。それと私の事を様付けは止めて欲しいわ。お願いね、レーラさん」


「分かりましたわ、ローザさん」


 ローザの説明によりシェリーがヴィンスの母親と言う事は分かったが、その人がわざわざここで作っているのか?そもそもローザ達は2人旅と聞いていたが……少し混乱したレーラは少しだけ席を外して孤児院の台所に向かった。


「まぁ、ヴィンスさんがお料理を!?」


「あ、レーラさん。エステルさんにお願いして台所をお借りしています」


 台所ではエプロン姿のヴィンスが寸胴の中身をかき混ぜていた。立ち振る舞いが堂々としており、まるでプロの料理人と錯覚しそうになる。


「あの……何故ヴィンスさんがお料理を……?」


「特に理由はありませんけど……強いて言うならローザが孤児院の為に手伝うなら私も何もしない訳にはいかないなって思っただけですよ。そうだ!もし良かったら味見してくれませんか?」


 そう言うとヴィンスはレーラにスプーンを渡す。


「では失礼して……お、美味しい!!」


「それは良かった」


 レーラが「美味しい」と言ってくれてヴィンスは嬉しそうに微笑む。


「でも……この料理の食材はどうされたんですか?普段の予算だととても作れないはずなんですが……」


 レーラが疑問を口にするとヴィンスは少し気まずそうに答える。


「それは……私が食材を購入してきたからです」


「え、それってもしかしてヴィンスさんの持ち出しでは?」


「はは、エステルさんや子供達には内緒でお願いしますね」


 ヴィンスは口に人差し指を当てながらレーラに口止めをする。

 レーラが口止めをしたところで確実にエステルには気付かれるであろうが、そこまでしてくれたヴィンスに彼女は大変感謝する。


「ヴィンスさんと言いローザさんと言い……本当にありがとうございますわ!」


 彼女はヴィンスに向かって深々とお辞儀をする。


「いやいや!こちらが勝手にやっている事なので全然気にしないでください!」


 ヴィンスも慌てて頭を下げていた。





「うわぁ~、今日のお昼ご飯凄く美味しそう~!!」


「お肉がいっぱい入っているよ!こんなの見たことない!」


「早く、早く神様に御祈りして食べようよ!」


 ヴィンスの作ったビーフシチューが配られると子供達は見たことない料理とその匂いに大喜びする。何人かは一刻も早く食べたいのかそわそわしていた。


「それでは神様へ御祈りしましょう」


 エステルがそう言うとレーラや子供達は手を組んで御祈りを始める。子供達も手慣れており、すらすら御祈りの言葉を口にしていた。

 ヴィンスとローザも周りに合わせるよう手を組むが、特に信仰も無いので御祈りの言葉が分からず、結局手を組むだけで終わってしまったが。


「——では頂きましょう」


「「「いただきま~す」」」


 エステルから許しが出ると、子供達は余程待ちきれなかったのか一斉にシチューにスプーンを入れて食べ始める。他にもサラダとパンを用意していたのだが子供達は全員シチューから手を付けたようだ。


「美味しい!!」


「このお肉凄く柔らかい!」


 子供達は初めて食べるビーフシチューの美味しさに感激していた。

 

「やっぱりシェリーさんが作ったシチューと同じ味だわ!ヴィンス凄いわね!」


「……先程味見させて貰いましたがやっぱり美味しいです。ヴィンスさん本当に凄いわ……」


 ローザとレーラも美味しそうに食べているのを見てヴィンスも嬉しくなる。

 エステルもビーフシチューを食べると思わず顔を綻ばせた。


「すごく美味しいわ!子供達が大喜びするのも納得ね。でも……」


 エステルの続きの言葉をヴィンスは容易に想像出来た。


「これって……預けた予算じゃとても作れないでしょう?ヴィンスさん、ごめんなさいね」


 彼女は子供達には聞こえないように小さな声でヴィンスに謝罪した。


「いえ、こちらこそ出過ぎた真似をして申し訳ありません」


 もっともこれはヴィンスが独断でメニューを決めたので、彼女が謝罪するのもおかしな話なのだ。それは分かっているのでヴィンスからも謝罪する。


(ただ……思ったよりも安く買えたんだよな……ここは物価も安いのか……?)


 ヴィンスは内心疑問を持ちながらも、そうこう話をしている内にシチューを食べきった子供達から「おかわりしたい!」と要望が入る。多めに作っていたヴィンスは笑顔で子供達にお代わりを入れてあげた。





「「「「ご馳走さまでした!」」」」


 子供達は満腹になったお腹を擦りながら満足気に挨拶をし、そんな子供達に対してエステルを始めとした大人勢は笑顔で喜んだ。

 その後エステルとヴィンスは食事の後片付けに入り、レーラとローザは引き続き子供達の面倒を見る。


「今日は本当に良い日ね。まるでラウルお兄ちゃんが帰って来たみたいに賑やかだわ」


「ラウルお兄ちゃん?もしかしてレーラさんのお兄さん?」


 レーラが不意に漏らした言葉から、ローザが今まで聞いた事の無い人物の名前が出てきたので確認する。


「ううん、血の繋がったお兄ちゃんではないわ。この孤児院育ちで私が一方的に兄と慕っていたのよ。7年程前にここを出て今は村の外で働いているみたい」


 少し顔を赤くしてレーラは説明する。

 もしかしたらレーラはそのラウルと言う男の事が好きなのかもしれないとローザは思った。


「そのラウルさんは時々ここに帰ってくるのね?」


「ええ、帰ってくるときはいっぱいお土産を持って来てくれるのよ。子供達も凄く懐いているわ」


「でも、昔は半年に1度は帰って来てくれたのに1年以上前から帰って来なくなっちゃって……」


(1年以上……?)


 レーラが何気なく言った一言に何かピンとくるローザ。ラウルと言う男が帰って来ない「1年」と窃盗事件が起き始めた「1年」がもしかして何か関係があるかもしれないと思ったのだ。


「だから今日はローザさんとヴィンスさんが来てくれたおかげで、久しぶりにラウルお兄ちゃんが帰って来たみたいだなって思っちゃったわ」


 嬉しそうな笑顔を見せるレーラであったが、ローザはラウルと言う男が気になって仕方なかった。



——————————



「ヴィンスさん、今日は本当にありがとうね。子供達も喜んでいたわ」


「いえ、この程度で喜んでもらえればこちらも嬉しい限りですよ」


 ヴィンスとエステルは食後の片づけを行っていた。

 もう少しで片づけが終わりそうだというところでヴィンスが話しかける。


「エステルさんも本当に凄いですよね。レーラさんがお手伝いされるまではこの孤児院を1人で切り盛りされていたんですか?」


「確かに子供達の面倒は私が主だったけど、大きい子達が小さな子達の面倒を見てあげたりもするからそこまででは無かったわ」


「そうだとしてもやはり凄いと思います。私は今日だけしかここにいませんが……10年もやると考えれば気が遠くなりますね」


「それはどんなお仕事でもそうじゃないかしら?」


「そうかもしれませんが、私設の孤児院はまた特別だと思います。10年程前に子供達を引き取ったと聞きましたが、どうしてこのような事を始められたのですか?」


 ヴィンスは城下町でジムに聞いた時からずっと不思議だと思っていたことをエステルに聞いた。志は大変立派だが私設でやっていくのは並大抵の事ではないからだ。


「そうね……ヴィンスさんは当時の子供達が城下町のスラム街から来たのは御存知かしら?」


「ええ、城下町で聞きました」


「そう……あの時はね、本当に大変だったのよ」


 エステルはそう言うと片づけの手を止めて話を続けてくれる。


「城下町のスラム街から小さな子供達が何人も血塗(ちまみ)れで村の近くまで歩いて来たの。裸足の子も多くて特に足はボロボロだったわ。村直前で魔物に襲われそうになっているのをあの人(・・・)が見つけてくれて……魔物を追い払ってから子供達を急いで村に入れたけど……何人かは手当てが間に合わずに亡くなったわ……今でこそ使えるようになったけど当時は回復魔法も使えなくて……」


 昔の話とは言えエステルにとってはとても忘れられない出来事だったのだろう。話の途中から目に涙が溜まっていた。きっとこの出来事をきっかけにエステルは回復魔法の習得に励んだのかと思うとヴィンスも思わず泣きそうになる。

 彼女は涙を拭いながら更に話を続けてくれた。


「そしてこれから子供達をどうしようかと悩んでいたらあの人(・・・)が言ってくれたのよ。「資金は俺が何とか調達するから子供達の面倒をみてやってくれないか?」って」


「あ、話の途中すみません。その「あの人」とは……?」


 この孤児院にとって重要な人物に違いないとにらんだヴィンスは、話の途中にも関わらず思わずエステルに質問する。


「ああ、ごめんなさいね。私の……内縁の夫ってところかしら。名前はドミニクって言うの」


「ドミニクさん……ですか?」


「ええ、そう言うとあの人は手元にあるお金をほとんど残してここを出て行ったわ。それから2か月後に戻って来た時にはまたお金を持って来て……それの繰り返しね。おかげで何とか孤児院を続けてこられたのよ」


「そうだったんですか……」


 どういう手段で稼いだのかは分からないが、孤児院の設立当初からドミニクと言う人が資金調達をしていたと言う事が分かった。後はこの人に会って事情が聞ければ、この孤児院を窃盗疑惑から外せると考えたヴィンスはエステルに尋ねる。


「あの……もしよければそのドミニクさんという御方に会いたいのですが……」


 するとエステルの表情は沈んでしまう。


「……そうね……出来るのであれば(・・・・・・・・)ヴィンスさんをあの人に会わせてあげたかったけど……ごめんなさい、それは出来ないのよ」


「その……もしかして……」


 エステルの言った「出来るのであれば」の部分に引っ掛かったヴィンスはある事に気付く。

 そう言えばエステルに会った直後の会話で孤児院の資金調達の話をした時も過去形だったのだ。


 そして次にエステルから出てきた言葉は残念ながらヴィンスの予想通りであった。


「ええ、あの人は……ドミニクは2年前に亡くなったわ」


「……そうでしたか……」


 予想通りではあったが、それでも重い話にヴィンスはそれ以上の言葉が出てこなかった。それでも気になる話が出てきた以上、気を持ち直して質問を続ける。


「このような話を聞くのも大変失礼かと思いますが……ドミニクさんが亡くなった後の資金調達は……?」


「……あの人が遺してくれたお金のおかげで何とかね……」


 ヴィンスの気のせいか今までのエステルの言葉と比べると、ほんの少しだけ歯切れが悪い様に感じた。





「それではこの辺で失礼します。お邪魔しました」


「お邪魔しました。みんな元気でね~!」


「ローザお姉ちゃん、また来てね~!」


「美味しいご飯を作ってくれたお兄ちゃんもありがとう~!」


 夕方に差し掛かろうとした頃、ヴィンス達は孤児院を出ようとしていた。

 子供達もわざわざ全員で見送りに来てくれたのでローザはとても嬉しそうだ。


「ヴィンスさんにローザさん、今日は本当にありがとうございますわ」


 エステルが代表で2人にお礼を言う。レーラも同じ気持ちで一緒に頭を下げている。


「そうだ!ヴィンス、ちょっと相談が……」


 ローザがそう言うとヴィンスを引っ張り出して小声で相談を始める。


「あのね……出来れば今日も孤児院に寄付してあげて欲しいのだけど……お金余裕ある?」


「う~ん、まだある程度あるけど」


 ヴィンスがそう言うとマジックポーチから全財産を取り出した。

 数えると大きい硬貨は金貨が9枚に銀貨が7枚あった。


「昨日寄付したのは銀貨5枚って言っていたわよね……金貨3枚渡してもいい?」


 以前お金を貯めてマジックポーチを追加で買おうと話をしていたことと、稼いだお金も大部分はヴィンスのおかげと言う事もあって、ローザはとても遠慮がちにヴィンスに問う。


「まぁ、お金はまた魔物を倒して稼げばいいしローザの思うようにしてくれて構わないよ」


「ありがとう、ヴィンス!」


 ローザは許してくれたヴィンスに笑顔でお礼を言うと、金貨をレーラに渡しにいく。


「レーラさん、これ孤児院の為に使って!」


「ローザさん……これ金貨じゃないですか!それに3枚も……!!」


 金貨を渡されたレーラはビックリして目を見開いてしまう。

 エステルも同様で思わずローザとヴィンスに確認をする。


「あの……御気持ちは嬉しいのだけど本当に宜しいのかしら?旅をしている貴方たちにはお金はいくらあっても足りないでしょうに」


「いえ、何とかなりますよ。多分ですけど」


「本当に大丈夫なのね……?でしたらこれはありがたく頂戴しますね」


「あ、ありがとうございます!!」


 エステルとレーラがヴィンス達に深々とお辞儀をする。

 このお金が少しでも孤児院の役に立てば良いなと思い、2人は手を振って孤児院を後にした。



——————————



「——そうなの……エステルさんもお辛かったでしょうね……ぐすっ」


「うん、内縁の旦那様……ドミニクさんを亡くされた時は本当に辛かっただろうに、それでも孤児院を続けていらっしゃるのは本当に凄いよ」


 孤児院を後にして宿に戻った2人はそれぞれ聞いた情報を交換していた。

 ローザにエステルの話を聞かせると、またもや目に涙を浮かべていた。


「どうしてドミニクさんみたいな孤児院に多大な貢献をしていた方が亡くなるのよ!あの(ケダモノ)が先に死んじゃえばいいのに!」


「ロ、ローザ……流石に「死んじゃえばいいのに」は不味いよ!」


 散々(ケダモノ)発言を許容してきたヴィンスも流石に「死んじゃえばいいのに」発言は看過出来なかった。ヴィンスは個人的には許せても、もしこれが他人に聞かれて訴えられたら流石にローザもただでは済まないからだ。


「大丈夫よ。だって私は「(ケダモノ)が死んじゃえばいい」としか言ってないんだから」


「……そう言われるとそうか……」


 言葉だけ捉えれば「(ケダモノ)」が誰を指しているか分からないので全く問題無い事にヴィンスも気付いた。ローザも意外に考えて発言していたのだ。


「それはそれとして……そうなると気になるのが——」


「うん、ローザが聞いた「ラウルさん」って人の事だね」


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