第23話 カレルの村 その1
「昨日も確認したけど、ここからカレルの村までは歩くだけで約1日掛かる。途中で魔物に遭遇すればそれだけ到着にも時間が掛かるからそのつもりでね」
「ええ、勿論分かっているわ」
「よし、じゃあ行こうか」
「そうね、行きましょう」
ジムと別れた昨日、2人は食料を補充するなどしっかり旅の準備に当てたので今朝はすぐに準備が終わっていた。
そして2人はカレルの村へ向かうため宿を後にした。
「そうだ、ヴィンス。昨日は気付かなかったんだけどね」
「どうしたの?」
アプロン王国城下町の門を出てカレルの村へ向かっている最中にローザはヴィンスに話し掛けた。何かに気付いた様子だ。
「もし城下町に住んでいない人間の犯行だったらなんだけど……そもそもお城以前に、どうやって城下町に侵入したのかしら?門番もいるのに」
「う~ん、それは僕もまだ分かっていないんだよね。流石に力尽くで侵入していたら王国でも把握しているだろうし……」
「城下町に侵入出来る抜け道でもあるのかしら?」
「その可能性もあるかもしれないね」
ローザが気付いた疑問点は確かにヴィンスも気になっていた。
正面から門を通っていたら門番も何かしら不審な人物に気付いていただろうが、そのような報告はないらしく、門以外から入ろうにも城下町は相応の高さの壁に囲まれているので侵入も容易ではない。
後は抜け道くらいしかないのだがそんな簡単に抜け道が作れるのかはヴィンス達には分からなかった。
「取り敢えず今出来るのはカレルの村へ行って調査を……ローザ、魔物が来るぞ!」
「魔物?分かったわ!」
「取り敢えず『索敵』に引っ掛かっているのは7匹だけど、戦闘中に増えてくるかもしれない。援護を頼むよ」
「ええ、任せて!」
スキル『索敵』で魔物を感知したヴィンスはローザに注意を促す。その数秒後に7匹のブルーウルフが現れる。
「ゥゥゥ、ワォン!!」
2匹のブルーウルフが槍を構えた前衛のヴィンスに牙を向けて襲い掛かってくる。
石ですら噛み砕きそうなブルーウルフの牙であったが、それがヴィンスの体に届く事は無かった。
「ふんっ!」
ヴィンスが繰り出した槍技Lv1『連続突き』を喰らったブルーウルフ2匹は頭部を丸ごと吹っ飛ばされ、胴体だけが横たわりピクピクと動いていた。
5匹のブルーウルフは瞬殺された仲間を見て動きが一瞬硬直してしまった。
その隙を見逃さず詠唱を完了させていたローザが風魔法「ウインドカッター」を唱えるとブルーウルフ1匹に直撃する。以前より更に威力が上がったおかげか魔法が直撃したブルーウルフは沈黙した。
残りの4匹はとても敵わないと思ったのか散開して逃げ出していく。
「お疲れ、ローザ。かなり魔法の威力が上がってきたね」
「ヴィンスもお疲れ様。そうね、先日の洞窟内と城下町までの戦闘のおかげでかなり魔法を使ったから、その分魔力も上がっている気がするわ」
「だろうね。このままいけば大魔法使い間違いなしかな?」
「流石にそこまで甘く無いと思っているわ。でも出来るだけヴィンスの足を引っ張らないようにはなりたいわね」
そう言いながら倒した3匹の魔石と素材を回収する2人。
回収が終わるとまた、カレルの村へ歩みを始めた。
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「今日はここまでかな……ローザ、そろそろ野営に入ろうと思うんだけどいいかな?」
「はぁはぁ……そうね、私のMPも限界だし、そうして貰えるとこちらも助かるわ」
陽も沈みかけた夕方、時間的にはもう少し歩けそうではあったがローザの体力とMPを鑑みてヴィンスは野営をすることに決めた。
カレルの村までは徒歩で残り4時間程の距離まで進んだが、これ以上無理をするのはリスクが大きいとヴィンスは考えたのだ。
「前回の野営と違って襲われる可能性は大いにあるからそのつもりでね」
「そうね、十分気を付けるわ」
ローザにとって野営は今回で2回目である。前回はアーリル王国領で行ったので魔物に襲われる可能性は低かったが、アプロン王国領ではそうはいかないのでヴィンスは注意を促したのだ。
「はい、今日の夕食のパンは例の料理屋から分けて貰ったパンだよ。それと干し肉にスープはこの前と同じ物だけど」
「ありがとう、ヴィンス。……やっぱりここのパンは美味しいわ!」
「そのパンはあまり日持ちがしないから食べられるのは今日だけだけどね」
「それでも外でこれを食べられるのは嬉しいわ。それにこのスープも美味しいし」
「そう言ってくれると光栄だね」
この日は魔物との遭遇で昼休憩をする暇が無かった。その為かいつも以上にお腹を空かせたローザは幸せそうに夕食を食べていた。それはヴィンスも同様で用意した夕食はあっという間に綺麗に片付いてしまった。
「あと今日の回収で思ったんだけど、マジックポーチはもう1個持った方が良いかもしれないね」
「もう容量がいっぱい?」
「うん。ランク1だと100kgが限界だからね。素材を回収しているとすぐに容量がいっぱいになりそうだ。それと」
「それと?」
「お互いが持っていた方が都合のいい事もあると思うんだ。今の所必要性が無かったけど、戦闘中に2人の距離が離れるとすぐにアイテムを相手に渡せない事もあるかもしれないからね」
「確かにそうね……でもマジックポーチって高いんでしょ?」
「購入する場所にもよるみたいだけど、ランク1でも金貨10枚以上はするようだね」
「やっぱり高いわ……今そんなにお金残っているの?」
「いや、足りないよ。だからどこかでお金稼ぎに励む必要があるね」
「はぁ、旅をするにもお金が掛かるのね。世知辛いわ……」
「まぁまぁ、あとは今夜の焚き火の番だけど——」
2人はこんな話をしながら夜を過ごした。
「ローザ、おはよう。昨日は眠れたかい?」
「あんまり……今更気づいたわ。野営って全然安全じゃないって事に」
「安全なのはアーリル王国領だけだよ」
あまり疲れが取れてなさそうなローザの愚痴にヴィンスは苦笑いで答える。
昨晩はローザが先に寝たのだが、1時間もしない内に魔物に襲われた。寝ぼけていたローザは全く役に立たずヴィンスが1人で魔物を全滅させた。
その後も2回魔物の襲撃を受けその都度ヴィンスが撃退した。何度も起きる羽目になったローザの神経が高ぶって寝付けなくなってしまったので早めにヴィンスと交代した。
その後もやはり何度か襲撃を受けたのだがヴィンスは合間にしっかり眠ってスッキリしたので再度ローザと交代してあげた。この後は幸い1度も襲われなかったのだが彼女はあまり深く眠る事は出来なかったようだった。
「……どうしてヴィンスはあれで眠れるのよ……?」
「騎士隊の訓練で野営もよくやっていたからね。慣れかな?」
朝食を食べて再出発した2人だったが、まだ眠いローザは片や元気なヴィンスを恨めし気に見ていた。
(ローザにとって野営は実質昨日が初めてのようなものだったから辛いだろうな……)
そんな事をヴィンスは思いながらローザと一緒にカレルの村への道を進んでいった。
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「や、や、やっと着いたわ……もう限界……」
「本当にお疲れ様。取り敢えず宿を探すよ」
再出発後にも当然魔物との戦闘は何度かあった。睡眠不足のローザはやはりほとんど役に立たず、結局ヴィンスが全部倒していた。
そして正午過ぎにようやくカレルの村に到着した。
ぱっと見たところ、アーリル王国領のホルンの村同様にのどかではあるが、全体的に建物の造りも貧弱で前情報通り村全体が貧しい様に見えた。
取り敢えず心身共に限界のローザを早く休ませるためヴィンスは宿を探すことにしたが、思いの外早く見つかった。理由は単純で、村に宿が1つしか無かったからだが。
「ローザ、君だけでも先に休んでいてくれ。僕は雑用を終わらせておくから」
「ごめんね、ヴィンス。悪いけどそうさせてもらうわ……」
そう言うとローザは昼食も食べずに宿のベッドに倒れこむ。すると1分もしない内に寝息が聞こえてきた。そんな彼女をヴィンスは微笑みながら一瞥すると部屋を出る。
ヴィンスは1人で簡単な食事を済ませた後、冒険者ギルドへ行って魔石と素材を売却しようとしたが途中で考え直して止めた。ギルドへの売却時には昇格に必要なポイントも蓄積するのだが、ローザがいない状態で行ってしまえば彼女にポイントが貯まらないからだった。
(今素材を売却出来ないとなると特にやれる事が無くなっちゃうな……取り敢えず噂の孤児院でも見に行こうか……)
ヴィンスはジムから聞いていた孤児院を軽く覗いてみる事にする。
(ここが孤児院か……思ったより大きいな)
村人に場所を訪ねて教えて貰った方へ向かうとそこには想像より大きな建物があった。大きさの割にはあまり良い造りとは言えないが、生活をしていくには十分な建物と言えそうだった。
ヴィンスが建物に近寄って行くと次第に子供達の元気な声が聞こえてくる。その声に釣られてヴィンスは思わず建物の中を覗いてみる。
「あ~、そのおもちゃ僕が使おうと思っていたのに~!」
「残念でした~。早い物勝ちよ~」
どうやら子供達が玩具を取り合っているようだった。次第に玩具の取り合いがヒートアップしたのか子供達の掴み合いに発展しそうになる。
「こらこら、おもちゃは順番に使いなさいよ~」
そこへ現れたのはローザと同じくらいの年に見える水色の髪をした小柄な女性であった。恰好からして恐らく孤児院のシスターだとヴィンスには見えた。
「「は~い、レーラお姉ちゃんごめんなさい~」」
「ええ、分かればいいのよ」
取り合いを止めた子供達は反省してレーラと呼ばれたシスターに謝る。彼女は子供達に微笑みながら頭を撫でていた。
(彼女がジムさんの言っていた孤児院のシスター?それにしては若過ぎると思うけど……)
ヴィンスがそう思うのも無理は無い。ジムの話ではこの孤児院が出来たのは10年程前と言っていたからだ。その時に立ち上げたのがこの彼女なら当時の彼女は5,6歳と言う事になってしまうからだ。
(流石にこのシスターが立ち上げたって事は無いと思うけど……そうなると他にシスターがいるのかな?)
そんな事をヴィンスが考えていると、レーラは自分がヴィンスに見られていると気づいたようだ。レーラから見れば村人ではないヴィンスは十分怪しい人間に見えてしまうので警戒しだした。
ヴィンスは慌てて頭を下げて挨拶をする。これで少し警戒心が薄れたのか、レーラは建物から出てきてヴィンスの所まで向かってきた。
「あの……何か御用でしょうか?」
「これは申し訳ありません。私はヴィンス・フランシスと言って一応冒険者をやっています」
ヴィンスはそう言うと彼女を少しでも安心させるために自分の冒険者カードを取り出して彼女に見せた。
「まぁ……アーリル王国の方でしたか。挨拶が遅れました。私はこの孤児院でシスターをやっているレーラ・ペルシエと言いますわ」
そう言うとレーラは頭を下げる。
「それで今日はどのような御用件で?」
「ああ、用件など大袈裟なものは何もありません。この村に来る前にここの孤児院の事を耳に挟んだものですから少しだけ覗いてみようと思っただけで……不審者に見えたなら大変申し訳ありませんでした」
ヴィンスはそう言って頭を下げた。
「いえいえ!こちらこそ大変申し訳ありませんでした!何せこの村自体に立ち寄る人が少ないので……その、ヴィンス様のような大柄な人が立っているとこちらもビックリしてしまい……すみません!!」
レーラも慌てて謝るが、話を要約すると大柄なヴィンスの事はやはり怖かったようだった。これにはヴィンスも思わず苦笑いしてしまう。
「ではこの話はこの辺で……話は変わってつかぬことを聞きたいのですが、ここの孤児院はどうやって運営されているんですか?この村に寄る前にアプロン王国にも寄った際に聞いた話ではこの孤児院は国営ではなく私営と聞いたもので」
「……実は私もよく知らないのです。運営の方はエステル様が行っておりますので」
「エステル様?」
「はい、この孤児院を立ち上げたシスターですわ。実は私もここの出身者で15歳になった昨年からここのお手伝いをさせて頂いているのです」
(と言う事はこのエステルと言う人に会えれば何か分かるのかな……?)
ヴィンスはいきなり踏み込んだ話をした。簡単に教えて貰えるとは彼も期待していなかったが、レーラも重要な部分は知らないのが逆に良かったのか、割と有益な情報を入手出来た。
「大変不躾ですが、そのエステル様はいらっしゃるでしょうか?」
「いえ、今は席を外しておりますわ。村で怪我人が出たようでして治療されに行っております」
「治療?」
「ええ、エステル様は簡単な回復魔法も使えるのですわ。必要があれば今日みたいに治療をしに出ていくこともあるのです」
「孤児院を経営に怪我人まで……エステル様は大変立派な御方のようですね」
「ええ、身内誉めで恐縮ですがエステル様ほど素晴らしい御方を私は知りませんわ」
話を聞く限りエステルと言うシスターは非の打ち所がない聖人君子みたいな人だとヴィンスは思った。国王のエーランドに爪の垢を煎じて飲ませたいやりたいくらいである。
そんな事を思っていると建物の方から子供達がレーラの方に近づいて来た。
「レーラお姉ちゃん~お腹空いたよ~」
「あらあら、もうおやつの時間ね。ヴィンス様、申し訳ありませんが……」
お腹を空かせた子供達の要望を叶えるため、レーラは建物の中に戻ろうとする。
「こちらこそ御仕事中に時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。……ところでここの孤児院は寄付を受け付けていますか?」
「ええ、受け付けておりますが」
「では、少ないですけど是非受け取ってください」
そう言うとヴィンスはマジックポーチから銀貨を5枚取り出してレーラに渡した。
「まぁ、こんなに!ヴィンス様、ありがとうございます!」
ヴィンス自身はもっと渡してあげても良いと考えていたがあくまでローザと共有のお金なので、独断で渡してもお咎めが無さそうな金額に留めた。
しかし、レーラの反応からすると予想外の大金を受け取った様にヴィンスには見えた。この様子だと孤児院の資金繰りは問題無いのかどうか彼にはさっぱり分からなくなってしまった。
「それでは失礼します。また伺いに来るかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」
「はい、お待ちしていますね。エステル様にもヴィンス様の事を伝えておきますから」
「是非お願いします。それではまた」
もう少しこの孤児院の事を、特にエステルと言うシスターの事をもっと調査した方が良いと感じたヴィンスはレーラに挨拶をして孤児院を後にした。
そろそろローザも起きている頃かなと思いながら宿に戻るヴィンスであった。
※槍技Lv1『連続突き』…瞬時に突きを2回繰り出す。ちなみに剣技Lv1にも『連続突き』が存在する。




