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アーリル王国の騎士  作者: siryu
アプロン王国の章
22/61

第22話 調査開始

「ローザ、昼食中はさっきの事忘れて欲しいんだけど」


「どうしたの、急に?」


「ほら、食事は楽しく食べたいからさ。不満は後から部屋で聞くから」


「まぁいいけど……」


 本来昼食を食べるはずだった時間に城に連れていかれた2人は随分遅めの昼食となった。

 いつもよりお腹が空いていた2人は料理人お勧めのコース以外にもデザートを2つも足すほど食欲旺盛であった。

 理由は間違いなく先程の怒りがその分食欲に変わったのだろうが……




「ふぅ、美味しかったわ。お城は最悪だったけど、ここの宿は本当に気に入っているわ」


「それは僕も同意するよ」


 2人はヴィンスの部屋に入り、一度ローザがベッドに飛び込んで横になる。

 少しして起き上がった彼女はヴィンスに話の続きを促す。


「それで話は戻るけど……どうしてさっきの話引き受けちゃったの?」


「どうしてって……別に大した理由じゃないよ。あそこから早く出たかっただけだから」


「へえ……って本当にそんな理由!?」


 ローザにとってあまりに予想外かつ単純な理由だったことに、彼女は思わず大声で驚いてしまう。考え深いヴィンスの事だからもっとまともな理由だと思っていたのだ。


「本当だよ。じゃあ聞くけど、ローザはあれ以上あそこにいるの耐えられた?」


「それは……勿論嫌だったわ!大体何よ!あの(ケダモノ)は!!」


 ローザはアプロン国王エーランドとの謁見を思い出すと、また怒りが収まらなくなってきた。仮にも国王を(ケダモノ)呼ばわりした彼女を苦笑いして見ながらヴィンスは話を続ける。


「でしょ?だったらこれ以上僕から説明する必要もないと思うんだけど」


「まぁ……確かにヴィンスの言う通り謁見は切り上げられたかもしれないけど、面倒なことまで引き受ける羽目に……」


「それはそうだけどさ、あんな不快な場所にいるくらいなら別の目的で動いていた方がまだ気は楽だよ」


「うぅ……何か納得がいかないわ……」


 ローザもヴィンスの言っている事は分かるのだが、だからと言ってエーランドの思い通りに動く羽目になった事がとても不満であった。


「そもそもさ、引き受ける羽目になった理由の大部分はローザのせいだけどね」


「え?何で私のせいよ!?」


「だって城に行かなければこんな事にならなかったと思うんだけど。そもそも僕は最初から断ろうとしていたのに、話を聞いて城に行く羽目になったのはどうしてだい?」


「それは……あの時はジムさんが可哀想で……それにヴィンスはあの(ケダモノ)の事教えてくれなかったじゃない!」


「流石にジムさんの前でそんなこと言える訳ないじゃないか……あの場でそれを言わずに今回の事を回避するには最初から断るしか無かったと思うんだけど」


「それを察せなかった私が悪いって言うの……?」


「はっきり言うとそう言う事だね」


 そう言いつつもヴィンスは少し反省していた。と言うのも、ローザにあの時点でそこまで察しろと言うのは流石に酷だったからだ。

 例えば国に到着した前後でエーランドの事を少しでも話をしておけば回避出来たかもしれない。彼がそれをしなかったのは彼女に先入観を持たせてこの国を見るのではなく自分の目で見て判断して欲しいと思っていたからだった。

 ただし今回は完全に裏目に出てしまったが。


「いや……ごめん、僕も言い過ぎたよ。事前にこの国の事をもっと詳しく話しておけばローザの判断も変わってきたのかもしれなかったね」


「え、何よ急に?」


 先程はローザの事を責めるように言っていたヴィンスが急に謝って頭を下げてきた事に彼女は驚く。


「いや、ローザの立場で考えてみれば判断出来るだけの材料が無さ過ぎたかなって思ってさ。それを事前に教えられたのは僕だけだったしね」


「それを言ったら私こそ何も知らない癖に先走るような事したのがいけなかった訳だし……ごめんね」


 結局お互いが謝ると言う事で話は落ち着いた。

 しかし、それはそれとして引き受けた以上は窃盗事件の犯人を捕まえなければいけない。


「でもヴィンス、これからどうするの? あ、何か気付いた事でもあるのかしら?」


「いや……何も無いんだよね……。そもそもジムさんに聞いたこと以上情報は何もないんだから」


「えぇ……それじゃどうするのよ?」


 ヴィンスが引き受けたからにはきっと何か掴んでいるのではと少し期待していたローザだったが、何も無いと言われ露骨に落胆する。


「まぁまぁ、取り敢えず情報を整理すると……窃盗事件は今回が4回目。で、毎回同じ犯行声明書なる物が残されていたと」


「ジムさんはそう言っていたわね。でもそこから何が分かるの?」


「まず4回の事件は同一犯、もしくは集団と思われる。それと……」


「それと?」


「そもそも何で犯行声明書なんて置いていくんだろう?」


「どういうこと?」


「仮にだけど、もし僕が犯人ならそんな物置いて行かないよ。その方が調査する側も同一犯だと断定出来ないだろうから犯人を絞りにくくなるだろうしね」


「確かにそうね」


「だから意味があるはずなんだよ。う~ん、何でだろう……?」


 聞いた情報は整理しながら考え込む2人。

そんな時ローザは何かを思いついたらしく目を輝かせてヴィンスに話す。


「もしかしたらだけど、同一犯と思わせたくてやっているんじゃない?」


「それって実際はそれぞれ別の犯人って事?」


「そう、調査を混乱させるために!どうかな?」


「いや……寧ろ逆じゃないかな?」


「逆ってどういう事!?」


「ただこれを確認するには情報が足りないな……今からジムさんの所に行こう」


「ちょ、ちょっと待ってよ!私にも分かるように——」


 そう言うとヴィンスは直ぐに部屋を出る。ローザは慌てて追いかけて行った。





「先程は大変失礼しました。して私に何用ですかな?」


 ヴィンス達は宿を出て城まで行きジムを呼び出した。

 ジムも自身が仕える国王の非礼をまだ気にしていたので、ヴィンス達が尋ねて来たと知ると直ぐに来てくれた。


「急に御呼びして申し訳ありません。窃盗事件の事で色々お聞きしたくて」


「そうでしたか。私に分かる事であれば何でも情報提供しますぞ」


 ジムもヴィンス達に丸投げするのは情けなかったので本当なら彼らと一緒に行動したいくらいであったが、国王のエーランドから「この件は奴らに任せておけばよい」と言われていたので表立った行動は出来なかったのだ。


「僕達に話をしてくれた犯行声明書ですが、これは誰が知っていますか?」


「そうですな……この事件を調査している兵士は全員知ってますな。あとは城の者とか——」


「ちなみに検査を受けただけの人にその情報を話したりしていますか?」


「いえ、それはしておりませんな。この情報は制限していますので」


 これを聞いたヴィンスは「やっぱり」と言って納得する表情をした。


「この情報がそこまで大事だったのですかな?」


「はい。ローザ、さっきのを覚えているかい?君が言った同一犯じゃ無いかもしれないって説」


「覚えているわ。今の話で模倣犯が否定されたからやっぱり同一犯だと考えればいいのかしら?」


「まずはね」


「ちょっと待ってくだされ。私達兵士の間でもそれくらいは見当がついております。今更その程度の事を言われても事態は進展しませぬが」


「ところがそうでも無いと考えています」


「む、どういう事ですかな?」


 ジムが話を聞きだしてから特に目新しい事実が出てきた訳でも無かったが、ヴィンスの態度を見ると決してそうでも無いと分かり次の言葉を待つ。


「最初に確認しておきたいのですが……内部犯の可能性は?」


「犯行場所が城内だったのでそこは徹底的に調査をしました。その結果何も怪しい所は無かったのでそれは無いかと」


「では外部犯と仮定して……犯行声明書を出したのは何ででしょう?」


「それはさっきも宿で言っていたじゃない。同一犯と……あれ?」


 宿で同じやり取りをしたローザが口を挟もうとするが、彼女自身が違和感に気付いた。


「うん、ジムさんの話を聞く限り2回目以降が模倣犯の可能性は低いだろうからまず同一犯だろうね。だとすると」


「犯人が犯行声明書を出すメリットが本当に何もないわ!」


 その通りだった。犯人が捕まりたくなかったら正しい情報など残すメリットが無いからだ。


「確かにメリットがありませんな。そうすると何故そんなことを……?」


「目立ちたかっただけじゃないかしら?」


「その可能性も無くは無いけど……『漆黒の隼』だったかな?その正体が一切分かっていないのに目立ちたいも何も……もしかしたら犯人は同一犯だと自分から名乗ることで出来るだけ周りに容疑を掛けたくないって考えかもしれない……」


「何よそれ?」


「そうですぞ、どういう事ですか?」


「一連の犯行が同一犯だと断定されたら1回容疑から外れた人は容疑者から外される訳ですよね?」


「確かにそうですな」


「そうすれば犯人は事件に関係の無い人に迷惑を掛けないように出来ると考えているのかなって……犯人には変な正義感があるとか?」


「物を盗んでおいて正義感って……そんな事あるのかしら?」


 ヴィンスの仮説にローザは懐疑的だったが、意外にもジムは納得していた。


「正義感ですか……そう考えると辻褄の合うところもありますぞ」


「本当ですか?出来ればその点を教えてください!」


 ヴィンスも自信はあまり無かったのだが、ジムが「辻褄が合う」と言ってくれたことで少し自信が出てきた。


「まず……犯行声明書が置いてあった窃盗事件は全部城から盗まれた物ばかりですな。4件の間にも城外で窃盗事件は起きていますがその中で犯行声明書が置かれていた事件はありませんでしたぞ」


「なるほど……他には?」


「今回で4回目ですが盗まれたものは絵画や宝石など全て高価な物です。1つあたり最低でも白金貨20枚は下りませんな」


「白金貨20枚!? 凄い……でもそれって犯人はただ高価な物に目を付けただけじゃないの?」


 被害金額の凄さにローザは口に手を当てて驚くが、『漆黒の隼』が城だけを狙った理由としては特に不思議でも無いと思った。


「いや、それだけなら何も城の物だけを狙う必要はないんだよ。この国は富裕層も多いからそちらを狙う選択肢もある。警備的な事を考えれば寧ろ城に忍び込んで物を盗むのはリスクが高いんじゃないかな?」


「そう言われるとそうね。でもそうなるとどういう事になるのかしら?」


 ヴィンスは彼女の考えを否定する。ローザもヴィンスの意見を聞くとあっさり認めつつ疑問も口にした。その疑問に対し彼は多少自信なさげに答える。


「高価な物を狙っていると同時に城、もしくは王族に恨みを持った人間の犯行……それとも城からだったら盗んでも許されると考えている……とかかな?」


「う~ん、仮にそうだとしても犯人の動機と狙いが分かっただけで犯人に直接結びつく材料が何もないわ……」


「いや、そうとも限りませんぞ」


 ヴィンスとローザが悩んでいるとジムが助言をくれる。


「説明が足りなくて申し訳無かったのですが、4回の犯行にはそれぞれ微妙な()があるのですよ」


()ですか?」


「ええ、多少バラツキはありますが大体4か月に1回のペースで犯行が起きているのです」


「つまり、4か月に1度白金貨20枚位のお金が必要な人間が犯人って事かしら?」


「そう考えられなくも無いかと思いましてな」


「う~ん、なるほど……」


 ジムから貰った追加の情報で少しは絞れたかもしれない。だが、ここの国民事情に疎い2人には直ぐにはピンとこない情報でもあった。


「ここからはジムさんの方が詳しいと思うので聞きたいのですが、今挙げた条件で怪しい人物や組織とか思い当たりませんか?」


「ふ~む、城もしくは王族に恨みを持っていて定期的に大金が必要な人物か組織ですか……」


「でも、ヴィンス。もしかしたら国外の人間かもしれないわよ。だとしたらジムさんに聞いても該当者が思いつくとは限らないわ」


「確かにそうだね……むしろその可能性が高いのか……?でもそうなると何故この国の城が狙われるんだ……?」


「む!まさか……」


「「どうしました?」」


 ヴィンスからの質問に悩んでいたジムであったが、その間のヴィンスとローザのやり取りを聞いて閃くものがあった。


「いえ、2人の話を聞いていたら「この城下町の人間ではないがこの王国領の人間かも」と思ったのですよ」


「と言う事は……アプロン王国領で別の町や村と言う事ですか?」


「うむ、そうですな」


 ヴィンスの問いにジムが肯定すると、ヴィンスは持っている地図をその場で広げて3人で見る。


「えっと……同じ王国領で別の場所と言うと……ここから北には『カレルの村』があって、南には砂漠の両端に『セシスの町』と『テシスの町』がありますね」


「そして先程の条件だと『カレルの村』が怪しいかもしれませんな」


「と言うと?」


「同じ王国領ですが『カレルの村』は村全体が貧しいのです。恥ずかしい話ですが……」


 そう言うとジムは下を向いてしまった。

 恐らく国王のエーランドが何も政策を取っていないのだろうと言う事を他国の人間である2人ですら分かってしまった。


「ちなみにこの『カレルの村』を調査した事は?」


「いえ、ありませんな。2回目以降は陛下も「とにかく冒険者を疑え!」としか仰らないので……それに従うだけの我々も情けない限りです」


 そう言ったジムの背中はとても小さく見えた。

 気まずくなってしまいローザは慌てて質問する。


「と、ところで『カレルの村』ってどういう村なんですか?」


「そうですな……良く言えばのんびりしたところです。悪く言えばそれ以外は見るべきも無く全体的に貧しい村ですが……そうそう、私設ですが孤児院もありますな」


「私設の孤児院ですか?」


「ええ、何年か前にシスターが個人的に立ち上げた施設でして……情けない話ですが、城下町のスラム街は見ましたかな?」


「ええ、まあ……」


 ジムからスラム街の話を振られ頷く2人。先程見てきた光景を思い出したローザは何かを言いたくて仕方なかったが、一兵士でしかないジムをこれ以上追い詰めるようなこともしたくなかったので押し黙った。


「年々格差が広がるアプロン王国ですが陛下は何も対策を立てず放任しておりましてな……2年程前には正義感溢れる若い兵士が集団で、陛下に対策を立てる様に直訴した事もあったのですよ。その中に私の息子達もいましたが、煙たがられて砂漠の両町に左遷されましたよ」


「それは……何と言えばよろしいか……」


 ヴィンスはジムの息子達の話を聞いて掛ける言葉が思いつかなかった。

 そんなヴィンスに対してジムは笑いながら話す。


「いえいえ、息子達の行動は親の私が言うのも何ですがよくやったと思います。むしろその直訴に加わらなかった私の方が恥ずかしいくらいですな」


 自虐的に笑うジムに対してやはり掛ける言葉の無いヴィンス達だった。


「おっと、話が逸れてしまいましたな。村の孤児院ですが、10年程前にスラム街から逃れるために子供達が村に移り、村のシスターがその子らを保護したのが創設の始まりだそうです」


「ちょっと待ってください!地図を見ると大人でも1日近く掛かる距離では……魔物だっているのでしょう!?」


 ヴィンスは地図を指しながら思わずジムを問い質す勢いで詰めよる。


「その通りです。その移動の際には大勢の子供達が魔物の犠牲になったようで、辿り着いたのはほんの一部だったと聞いています……」


「そんな馬鹿な! 大体門番がいるのに子供達はどうやって城下町の門から出られたのですか!?」


「門番の件ですが……陛下が許可を出したと後から聞きました。その、理由は……」


「そんな……酷いわ!!」


 ヴィンスはとても信じられず、ローザは亡くなった子供達の事を想像して涙が溢れ出した。ジムは理由の下りで言葉こそ濁したが、エーランドがスラム街の子供が犠牲になる事を容認したと言う事はすぐに分かった。


「……話を続けますぞ。その孤児院ですが決して裕福では無さそうなシスターが立ち上げました。孤児院全員が質素な生活を送ってはおりますが、それでも相応の資金が必要なはずです。にも拘らず何故か資金繰りに困っている様子はないのですよ」


「それはどういう事でしょうか?寄付が沢山集まっている……と言う話でも無いのでしょう?」


「ええ、村に富裕層もいないのでその可能性はないかと。しかし……」


「何か匂うのですか?」


「確信は何もありませんが、やはりお金の出どころが分からないのが少々怪しいですな」


「そうだとしても孤児院が出来たのは10年前で窃盗事件はこの1年くらいでしょう?タイミングが全然合わないわ。本当に関係あるのかしら?」


「それはそうなのですが……」


「う~ん……」


 ローザが指摘した通り、確かにタイミングは合っていない。

 しかしこれ以上手掛りが出てこない現状では、一度『カレルの村』に行ってみるのも良い気がしている。


「どうだろう、ローザ。僕は一度『カレルの村』に行ってみたいと考えているんだけど」


「そうね……ここで考え続けてもこれ以上何か手掛りが出るとも思えないし……ヴィンスの言う通りにしましょう!」


「うん。ジムさん、僕達は明日『カレルの村』に向かう事にします」


「そうですか。では申し訳ありませんがよろしくお願いします。くれぐれもお気をつけて!」


 こうして2人は明日『カレルの村』に行くことを決めた。


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