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アーリル王国の騎士  作者: siryu
アプロン王国の章
21/61

第21話 失礼なアプロン国王

「ジムさん、すみませんでした。お話の続きを聞きましょう」


「おお!聞いて頂けますか?」


「ええ、取り敢えず聞くだけですが」


「ありがたい!それではお話ししましょう」


 先程まで聞く気の無かったヴィンスであったが、ローザの説得で取り敢えず話だけは聞くことにした。急な態度の変化にジムは多少驚いたがヴィンスの気が変わらない内に話をすることにした。


「最初から説明しますと……城に飾ってあった高価な絵画が1枚無くなっているのを今朝城の兵士が気付きました。昨夜までは飾られていたのは確認されているので犯行は昨夜未明と推定されています」


「他には?」


「そして絵画があった場所に犯行声明書なるものが置いてありました」


「犯行声明書?何ですかそれは?」


 ジムが窃盗事件の説明をしている最中に、ヴィンスではなくローザが質問した。


「うむ、実は城内で起きた窃盗事件は今回が初めてではなく4回目なのですよ。過去3回にも『漆黒の(はやぶさ)』と名乗る同様の声明書が置かれていましてな。同一犯人とみて捜査を続けているのです」


「え?今回が初めてじゃないのね……」


 ローザの質問にジムは答えてくれる。それを聞いたヴィンスは質問する。


「そうなると今回も同一犯と見ているのですよね?では今朝私達が捜査対象になったのは何故ですか?恐らく過去3回の時には私達は入国すらしていないと思いますが……」


「それがですな……恥ずかしながら犯人の手掛りが全く掴めていないのですよ。初回の犯行時は全国民を調査しましたが何も出てこず……2回目以降は冒険者等の国外の人間を虱潰しに捜査をしている次第です」


「そうでしたか……犯行声明書以外に手掛りが何もないのは大変ですね」


「そうなのです……そこでヴィンス殿に折り入ってお願いがあると言う訳です」


「……取り敢えず聞くだけ聞きましょう」


 やっぱりヴィンスには嫌な予感しかしていなかった。露骨に嫌そうな表情が出てしまったがジムは無視するかの如く話を続ける。


「実はその……ヴィンス殿が入国していることを陛下に話をしたところ、連れて……是非会いたいと仰いましてな」


「「……」」


 ジムは慌てて言い直したが2人にはばれている。これはジムが「連れてこい」と言いたかったのではなく国王が言ったのを思わずそのまま言いかけて訂正したのだろう。

 ヴィンスはある意味ここの国王らしいとしか思わなかったが、それを知らないローザは絶句していた。


「仮に私が国王に御会いしたとしてどうなりますか?まさか私に犯人を捕まえさせようとか御考えではないでしょうね?」


「……私は何も聞かされていないので申し上げられません……」


 ジムは誤魔化す様に答えるが、ヴィンスは自分が言ったことに間違いはないだろうと確信していた。

 ジムも本当の事を言えればもっと楽になるのだが、何としてもヴィンスを城に連れていきたいのでとても言葉を選んでいるように見受けられた。


「ジムさん、ここまで聞いておいて申し訳ありませんがそのお話はお断りしたいと——」


「そ、そこを何とか——」


「ヴィンス!行きましょう」


「ローザ?」


 話を断ろうとしたヴィンスを引き留めたのはジムだけではなくローザもであった。

 想定外の展開にヴィンスは驚く。


「ちょ、ちょっとローザ?何で今の流れで僕を止めるの?」


「だって……ここで断ったらジムさんが可哀想で……」


「いや、可哀想って……僕はさっき「話を聞くだけ」としか言わなかったし、それにジムさんが言いかけた言葉を聞いただろう?」


「確かに私にも聞こえたけど……でも……」


 ここまでローザが食い下がるのは珍しかった。

 先程はローザの説得に「話を聞くだけなら」と折れたヴィンスだが、これ以上は折れるつもりも無かった。


「大体本気で犯人を捕まえたければ冒険者ギルドにも依頼を出せばいい。そうすればもしかしたら犯人を捕まえてくれる冒険者がいるかもしれないしね。ジムさん、依頼は出ているんですか?」


「いえ……国から出してはいませんな……」


「やっぱり……」


「やっぱりってどういう事?」


「ジムさんの前で言うのは不敬罪になるかもしれないけど……聞かなかったことにしてくれますか?」


 ヴィンスはそう言うとジムを見る。ジムは意図を分かってくれたのか無言で後ろを向いた。


「ローザ、ここの国王はね。お金を掛けずに利用出来そうなものは何でも利用しようとするんだよ。例えば今の僕達をね」


「……いくら何でもそこまで失礼な事考えていないと思うけど……」


 ヴィンスはジムに断りを入れていたものの少し遠慮気味に言ってしまったからか、ローザには上手く伝わらなかった。彼の本音はこんな言い回しでは済まないくらいだったのだが。

 この場でローザを説得するのは難しいと判断したヴィンスは諦めて覚悟を決める。


「……分かったよ。ジムさん、城に行きますよ」


「おお!それは助かりますぞ! お嬢さんもヴィンス殿の説得ありがとうございます!」


「い、いえ。そんな……」


 ヴィンスは半ば自棄気味で国王に会う事を了承した。

 後ろを向いていたジムもこれを聞くとすぐにヴィンスの方へ振り向いて感謝の意を伝えた。その後、ローザに向かっても頭を下げる。


「それでは早速案内しますぞ!付いて来てくだされ!」


 ジムは喜んで2人を城へ案内する。

 その途中、ヴィンスはローザにしか聞こえない小声で呟く。


「きっとローザも後悔するよ……」


「え?」




「それではこちらで少々お待ちくだされ。すぐに陛下も来られるので」


「分かりました」


 ヴィンス達が案内されたのは城内の謁見の間であった。

 ローザがキョロキョロ見回すと、ヴィンスの言うようにこれでもかと高価な美術品が飾られていた。まるで成金の家に来た気がした。案内してくれたジムはそのまま部屋の後方で待機している。





「ねぇヴィンス、まだいらっしゃらないのかしら……?」


(やっぱりな)


 案内から30分程待たされているがまだ国王は来なかった。

 案内してくれたジムも流石に不味いと思ったのか、少し前から部下を呼んで確認しているようだがどうも芳しく無さそうで落ち着きがない。


「ヴィンス殿……大変お待たせして申し訳ない」


 ヴィンス達の下へ来たジムが申し訳なさそうに頭を下げる。ヴィンスとしてもジムに当たる訳にもいかず


「いえ、お気になさらず」


 と言うだけだった。

 もっともヴィンスの内心は決して穏やかではなかったが。


 そしてそれから10分後——


「おお、久しいなヴィンスよ」


 やっとアプロン王国国王——エーランド・アプロンが太った巨体を揺らして現れた。


「……こちらこそ御無沙汰をしております。エーランド陛下」


「うむ、確か2年前にお前(・・)の父ラルフと一緒に来て以来かな?」


「左様にございます」


(な、何よこれ……)

 

 ローザは信じられないようなものを見た心境であった。

 あれだけ人を待たせておいて何も謝罪せず、他国の人間であるヴィンスに向かって「お前」と言ってしまう非礼ぶりに。

 同じ国王でもアーリル王国のレオンとは雲泥の差である。


 ヴィンスも内心ではローザと同じ気持ちだがそれを一切表情に見せず淡々と返事をする。

 恐らく犯人捜しをやらせようとの魂胆だろうが、適当にかわしてさっさと謁見を終わらせるつもりだった。


「ところでお前の隣にいる若い美女は何者だ?」


(まぁ、若い美女(・・)ですって……悪い気はしないけど)


「はい、彼女は私と共に旅をしている者です。ローザ、挨拶を」


「え、ええ。 初めましてエーランド陛下。ローザ・マティスと言います」


 エーランドの「美女」発言で少し油断していたローザだったが、ヴィンスから促されると慌てて挨拶をする。


「ほう、ローザと言うのか。いい名前だな」


 ローザの挨拶に笑みを浮かべるエーランド。言葉遣い等の非礼が目立つが、もしかしたら悪い人間ではないのかとローザは少し思った。が、それはすぐに否定されることになる。


「どうだ、余の(めかけ)にならんか?」


 エーランドの発言に場が凍った。後ろに控えていたジムも少し時が止まったと勘違いした程だったが、我に返ると直ぐにエーランドを諫めるように言う。


「陛下、流石に御戯れが過ぎますぞ」


「ん?別に戯れを言ったつもりは無いのだが」


「大体、陛下とローザ殿では御歳に差があり過ぎましょう」


 実際の所ローザは16歳でエーランドは50歳近い年齢だ。ジムは極めて正論を持って諫めるがエーランドは全く聞き入れるつもりがないのか


「確かに余との歳の差はあるかもしれんが、余はまだまだ元気(・・)だぞ」


 そう言うとエーランドは厭らしい(・・・・)笑顔を見せる。

 最初は何を言っているのか分かっていなかったローザだったが「元気(・・)」の意味を知った途端、目の前の人間が凄まじく汚い物にしか見えなくなった。


 そして口にこそ出さないが彼女以上に怒っていたのは隣にいるヴィンスであった。


「エーランド陛下。本日御呼びになった御用件をお聞かせ下さい」


「ん?おお、そうだったな!ジムに聞いておると思うが実は城に飾っていた高価な絵画が盗まれてな。是非お前に犯人を捕まえて欲しいのだよ」


「左様ですか」


 このやり取りをジムはハラハラしながら見守っていた。ヴィンスの立場からしてみればエーランドの非礼は目に余るものがある。間違いなく引き受けては貰えないと諦めていたがまさかの光景を見る事となる。


「分かりました。引き受けましょう」


「「!!」」


「そうかそうか、結構な返事だ」


 ヴィンスの返事を聞いたエーランドは満足そうに頷いている。

 これに驚いているのはローザとジムである。まさかこのような非礼を受けたにも関わらずヴィンスが引き受けるとは思ってもいなかったからだ。特に恥ずかしい事を言われたローザは、ヴィンスの決断を「とても信じられない」と言わんばかりの非難するような目で彼を見ていた。


「それでは早速依頼に取り掛かるので失礼させて頂きます」


「うむ、頼んだぞ」


 そう言うとヴィンスはローザを連れてさっさと謁見の間から出て行く。

 ジムも慌てて2人を追いかけて出て行った。




「ちょっと待ってよ、ヴィンス!一体どういう事よ!」


 色々怒りが収まらないローザはヴィンスに追いついて話し掛ける。


「どういう事って?」


「どうしてあんな人(・・・・)の頼みを引き受けちゃったのよ?あなた最初は全く引き受けるつもり無かったんでしょ?」


「そうだね、全く無かったよ。あとここはまだ城の中だから言葉遣いは注意してよ」


「それはそうだけど……でも何で……」


 2人が言い合っている間にジムが追い付いた。ジムは2人に慌てて頭を下げる。


「お待ちください、ヴィンス殿! 大変、大変申し訳ありませぬ!陛下の非礼は私が如何様にも責任を——」


「やめてください、ジムさん!別にジムさんがした事ではないので、これ以上お気になさらないで下さい」


 放っておくとジムが責任を取って自害しかねない様子だったので、ヴィンスはすぐに彼を落ち着かせた。


「はぁはぁ……面目ありませぬ……しかし、私が言うのも何ですが何故引き受けてくださったのですか?」


「そうよ!何で引き受けたのよ!」


 何とか落ち着いたジムは自身の疑問をヴィンスにぶつけた。それはローザも同じことを思っていたので畳みかけるように声を上げた。


「それについては気が変わったとしか……明日から取り掛かるのでジムさん、もうよろしいですか?」


「そうですか……分かりました。くれぐれもよろしくお願いします」


 頭を下げて見送るジムに振り返りもせず城を出ていくヴィンス。ローザはちらちら後方のジムを見ながらヴィンスについて行った。




「ねえ、ヴィンス!ちゃんと説明してよ!」


 城を出てから先を歩くヴィンスに後ろから遅れないようついてくるローザ。

 2人は宿に向かって歩いている。

 急にヴィンスは笑顔でローザに振り向く。驚くローザ。


「ローザ、お腹空いていない?」


「え?急に何よ……?」


「ほら、僕ら昼食食べてないじゃないか」


「……そう言われるとそうだったわ……」


 そう言った瞬間ローザのお腹から「くぅ~」と可愛い音が聞こえてきた。

 自分のお腹から鳴ったと気づいた彼女は顔を赤くしながらヴィンスに言う。


「……お腹空きました……」


「うん、じゃあ例の料理屋で昼食にしようよ」


 ローザの怒りも空腹のせいで一時休戦状態となった。


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