第20話 窃盗騒動
※ヴィンスの一人称…家族など親しい間柄には「僕」、仕事や外に出ると「私」
「何かあったのかしら?やたら外が騒がしいけど」
「確かに騒がしいな……何だろうね?」
次の日、朝食を食べに行こうと部屋から出て昨日の料理屋に向かおうとした2人だったが、宿の外では多数の兵士が走り回っていた。
「気にしたところで僕達は国外の人間だし……取り敢えず食事に行こうか」
「ええ……分かったわ」
ヴィンスも全く気にならなかった訳では無いが、国外の人間である自分が出しゃばるのもおかしいと考えていたので、とりあえず放っておくことにした。
「あ~、ここのパンは本当に美味しいわ!」
「昨日からローザは感激してばかりだね。とは言え確かにここのパンは美味しいな……きっと良いバターを贅沢に——」
昨日の夕飯と同じ料理屋で朝食を食べる2人。サラダにスープとパンといった朝食の定番ではあるが質の高さに満足する2人であった。特にヴィンスはこのパンをどうやって作っているのか料理人に聞きに行きたいくらいであった。
食事を終えた2人はそれぞれ自分の部屋に戻ろうとするが、それぞれの扉の前に何故か兵士が待ち構えていた。
「申し訳ない。君がヴィンス・フランシスでそちらがローザ・マティスだろうか?」
「そうですけど……何か?」
兵士2人がこちらの姿を見つけると近寄って話しかけてきた。ただ事ならぬ雰囲気にローザは思わずヴィンスへ心配そうな表情を向ける。若干怯え気味の彼女を見た2人の兵士の中で年配の兵士は誤解を解くように話を続ける。
「ああ、そう警戒しないで欲しい。実は昨晩に窃盗事件があってね」
「はぁ、もしかして朝から城下町が騒がしいのはそれでしたか?」
「その通り。ついては捜査の一環として荷物検査をさせて欲しいのだよ」
「それは別に構いませんけど」
窃盗事件の捜査をしていると知ったローザは自身に身に覚えのない事なので安心した。ヴィンスも勿論関与していないので荷物検査をされるのは別に構わなかったが……
(面倒事に巻き込まれそうだな……)
顔にこそ出さなかったが良い予感はしていなかった。
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「うむ、手数を掛けて申し訳なかった」
「いえ、お勤めご苦労様です」
泊まった2部屋とマジックポーチの中身、そして簡単な身体検査を受けた2人だったが勿論怪しい物は何も出てこなかった。
「ところで何が盗まれたんですか?」
ローザは質問するが
「申し訳ないが捜査情報を漏らすわけにはいかなくてな」
と兵士は教えてくれなかった。
兵士2人は引き返そうとするが、年配の兵士がヴィンスの顔を見つめながら話し掛けてくる。
「……すまんが、私は君とどこかで会ったことは無いか?」
「さあ……無いと思いますが……」
「そうか……すまなかったな」
兵士から面識が無いか質問されたヴィンスだったが無いと返事をする。それ以上追及しようの無い兵士はそのまま引き返して行った。
「何でさっきの兵士さんはヴィンスを見たことあるって思ったのかしらね?」
「……多分、本当に見たことあるんだと思うよ」
「え?それってヴィンスが嘘をついたって事?」
「いや、それは正確じゃないんだけど……」
ローザの質問に苦笑いしながら返事をするヴィンス。
「ほら、僕は以前父上と一緒に来たことあるって言っただろう?その時に城まで行ったんだけどその時にあの兵士さんが僕を見たんじゃないかな?僕は全然向こうを知らないけど」
「ああ、そういうことね」
話を聞いて納得するローザ。
「でもそうだったら説明してあげれば良かったのに」
「僕の思い違いの可能性もあるし、わざわざ言わなくてもいいと思ってる」
「ふうん……?そう言えばヴィンスってこの国の事あまり好きじゃないって言っていたわよね?何か関係があるの?」
「そうだね、ちょうど今日の予定と被るところがあるから歩きながら説明するよ」
「?」
ヴィンスの言っている意味をよく分かっていなかったローザだったが、2時間後には何故彼がこの国をよく思っていなかったのか分かったような気がしたのだった——
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「こ、ここって……」
「ああ、これが僕はこの国を好きになれない理由に関係しているんだよ」
ローザは手を口に当てて驚愕していた。今彼らが見ているのは通称「スラム街」である。
家を持たず痩せ細った大人や子供が何人も横たわっていた。その中には蠅が何匹も飛び回って既に遺体となっているのも混ざっていた。
ローザは目の前の光景が信じられず、半分泣きながらヴィンスに質問する。
「な、なんでこの国はあんなに賑わっているのにこんな場所があるのよ!?」
「貧富の差が激し過ぎるのが大きな理由なんだけど……一番の問題は国がそれを放っていることだよ」
「……どういうこと?」
「例えばアーリル王国では収入に応じて税率に差をつけたり、税金の一部を使って低収入の世帯に手当を出したりしている。だけど——」
「……ここでは一切そう言う事が無いのね?」
「簡単に言うとそう言う事だよ。僕が許せないのはこの国に財源が無いのならまだ分かるけど、やろうと思えば何かしらの対策を出来るはずなんだよ!」
ヴィンスが珍しく感情を露にして吐き捨てた。こんなヴィンスを見たことが無かったローザは自身が泣いていたことを忘れてビックリした。
「財源があるってなんで分かるの?」
「一度だけ城に行った事があるってさっき言ったと思うけど、ここの城は凄く豪華な造りになっているんだよ。高価な美術品もひけらかす様に置いてあって……国が富むのは結構な事だけど優先順位があると思うんだ。あんなにお金を掛けるなら国民に還元するべきだと僕は思う……」
先程吐き捨てたことで落ち着いたのか、感情的だったヴィンスはいつも通りに戻り落ち着きながら話す。
ヴィンスが初めてこの国に来た時にスラム街を見た時は思わず絶句した。本などを読んで知識として知ってはいたが、現実として初めて見た時の衝撃は言葉で表現出来ない程だった。この光景をわざわざヴィンスに見せた父親のラルフも「アーリル王国をこのような事にだけは絶対させてはいけない」と一言だけ呟いた。きっとラルフも初めて見た時は同じ心境だったのだろうとヴィンスは感じていた。
「僕はまだ国外ではこの国しか来たこと無いけど、ここ以外の他国を回れば素晴らしい国もここ以上に酷い国もあるかも知れない。きっと陛下は僕達がそれを見て何かを感じ取ってほしいと御考えになっていると思うんだ」
「そう……え?僕達って?私も入っているの?」
城勤めのヴィンスは分かるがローザはそうではないのでビックリする。
「恐らくね。ローザの重荷になるかも知れないけど……国に帰ったらローザも王国の為に働いて欲しいって陛下は思っているんじゃないかな?」
「そ、そんな事言われても……私はお父さんを探す事しか考えていなかったわ」
「今はそれだけでいいと思うよ。ただ、僕達の人生はそこで終わる訳じゃ無いからさ。その後の事も少しだけでいいから考えた方がいいかなと僕は思っただけさ」
「そうね……」
「難しい話ばかりでごめんね。とりあえずここを離れようか」
「ええ……」
そう言って2人はスラム街から離れた。
(ヴィンスは本当に色々考えているのね……私は全然考えていなかったわ……)
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「あれ?宿の前にいる人ってさっきの兵士さんじゃない?」
「本当だね……あまりいい予感がしない……」
正午に差し掛かり昼食を取ろうと宿の料理店に向かおうとする2人だったが、何故か宿の入り口に先程の荷物検査を行った年配の兵士1人が待ち伏せするように立っていた。そして2人を見つけると
「おお、ヴィンス殿。待っていましたぞ!」
と、先程より幾分か親しみを込めて2人の方にやって来た。
「ヴィンス殿もお人が悪い。先程は「会ったことが無い」と言われたが、やはり城で会ったことがあるではないですか」
「いや、嘘をついた訳でも無く私は記憶に無いんですけどね」
苦々しく答えるヴィンスの顔を見たローザは、昨日入国した際に彼が騎士隊の身分証明書を提示しなかったのもこのように絡まれたくなかったからだと今更ながら納得した。
「となると私の一方的な面識でしたかな?それでは改めて自己紹介致しましょう」
そう言うと年配の兵士が一方的に自己紹介をしだした。
「私の名前はジム・ノーリッシュと言います。以後お見知りおきを」
「御丁寧にどうも……御存知かと思いますがヴィンス・フランシスです」
「えっと……私はローザ・マティスです。よろしくお願いします……」
ジムと名乗る年配の兵士が丁寧に自己紹介をしてきたので、礼儀として2人も改めて自己紹介する。
「で、今度は何でしょう?調査にも協力したのでこれ以上は何も無いと思うのですが……」
(うわっ!ヴィンスったら露骨に「関わりたくない」オーラを……)
取り敢えずヴィンスから切り出したが幼馴染のローザには分かる。言葉遣いこそ丁寧だが「こっちは用事無いからさっさと帰ってくれ」と言わんばかりの態度に思わず彼女の方が冷や汗を掻きそうだった。
「はっは、そんなに邪険にしないでいただきたいですな。実は折り入ってお願いがありましてな」
一方ジムはそんな事お構いなしに笑顔で話をしてくる。暖簾に腕押しである。
「昨晩の窃盗事件ですが、何が盗まれたのか気になりませんかな?」
「いえ……特に……」
ヴィンスも本当は全く気にならない訳でも無いのだが、それ以上に関わりたく無かったのでそっけない返事をする。
「まぁまぁ、そう言わずに。実は盗まれたのが城に飾っていた絵画でして」
「あの……僕は気にならないと言っているのですが、何故一方的に喋ってこられるのですか?」
それでも会話を続けてくるジムに対して若干苛立たし気にヴィンスは言い返す。隣のローザはオロオロするばかりだ。
基本的に人当たりの良いヴィンスがここまで「関わり合いたくない」と思っていると考えると余程この国が好きじゃないんだろうとローザは思った。
それでも彼は入国すること自体は拒まなかったのだ。そう考えると、彼がここまで嫌がる理由がローザには分からなかった。
「むぅ……どうしても聞いて頂けないか?」
「では逆にお聞きしますが、私にそれを聞かせてどうしたいのですか?」
「それは……」
言葉に詰まるジム。この時点で続きを言えばきっと断られると分かっているのだろう。
「ヴィンス、ちょっといい?」
「どうしたの?ローザ」
「すみません、ジムさん。ちょっとヴィンスをお借りします」
「はぁ……どうぞ」
「な、どうしたんだよ……」
ローザはジムに断りを入れてヴィンスを引っ張って距離を入れる。
「何で話を聞いてあげようとしないの?いつものヴィンスらしくないわよ」
「それは……大体話が読めるからね」
「どんな風に?」
「身体検査はすでにされていて僕達が犯人と疑われている訳でも無いだろうし……どうせ盗まれた絵画を探してほしいってところじゃないかな?」
「ふうん……仮にそうだったとしたら協力したくないの?」
「他国とは言え国民の為になる事であれば考えるけど……間違ってもそれに繋がるとは思えないからね」
「どうして?」
「どうしてって……どうせその絵画も国民の税金から購入した物だろう?それを見つけたからって喜ぶのはここの国王だけじゃないかな?」
「そうかもしれないけど……あ!だったらさ、見つけられなかった時のことを考えてみて?」
「……どういう事?」
「見つけられなかったら、また代わりの物を購入するんじゃないかしら?そうしたらまた国の税金が無駄に——」
「……それは……ここの国王ならあり得るかもしれないけど……」
ローザの説得にヴィンスの心は少しだけ揺れ動いた。
元々関わる気が無かったヴィンスだったがローザの話を聞いていると、自分が断ったせいでアプロン王国の国民が苦しむことになるかもしれないと思ってしまったからだ。
勿論ここの国民でないヴィンスがそこまで考える必要もない話なのだが……
「……分かったよ、ローザ。取り敢えず話だけは聞くことにするよ」
「ええ、そうしてあげて」
若干ウンザリした様子ながらヴィンスは折れた。
折れてくれたヴィンスにローザは喜んだのだが、後に彼女は思い知ることになる。
何故彼が関わり合いたくなかったのか。そして自分は彼に酷い事をしてしまったのかもしれないと——




