第11話 ローザへ会いに 前編
やっと冒険物らしい序盤の説明を出来る所まで進みました。
先程までヴィンスに懇願していたラルフはかなり取り乱した様子であったが、少し時間が経てばいつも通りに戻っていた。いや、寧ろスッキリした表情になっていた。
「先程は醜態を晒してしまったな。忘れてくれ」
「はい、僕は何も見ていません」
「お前、そういうところは器用に立ち回れるようになって……ふっ、まあいいか」
ヴィンスはわざと真面目な表情で返事をし、それに気付いて苦笑いしながら呆れるラルフ。これだけ器用に立ち回れるのに何故犯人役だけは上手く出来ないのかと思ってしまうが、あまりそこを深く追求してしまうと自分も人の事を言えないラルフはこの会話を切り上げた。
「お前の旅に話は戻すが……今日からお前は旅の準備に入りなさい。その間は隊の任務から外れて構わないからな」
「分かりました」
「それと陛下からこれを預かっているからお前に渡しておこう」
「はい、ありがとうございます」
ラルフから渡されたのは軍資金として金貨10枚とマジックポーチ(ランク1)であった。
「そのお金でポーション等の回復アイテムや日持ちする食糧等を揃えておきなさい。お前は回復魔法を使えるからそんなにポーションは必要無いかも知れないが、それでも念の為持っておいた方が良いだろう」
「そうですね。不測の事態で使えない時もあるかも知れないので」
「あと、マジックポーチの件だが……敢えてランク1を渡す」
「と言うと?」
「お前も知っているとは思うがマジックポーチは非常に高価だ。購入しようとすれば最低ランクの1でも金貨10枚を超えることが多い」
「僕は購入した事無いのですがそうみたいですね」
「ああ、それよりも高ランクのポーチが欲しければ魔物を倒して手に入れた魔石や素材を売りなさい。そこら辺は旅に出た事の無いお前でも分かるだろう?」
「はい。冒険者ギルドで売ったりするんですね?」
「うむ。お前の旅の目的に修行があるからな。この旅で魔物を倒してお金を稼ぐ事も修行に繋がると判断してランク1にしたと言う事だ」
実際ラルフは高ランクのマジックポーチを所有しているが、これも昔の旅の最中にお金を貯めて購入していた物である。ヴィンスにも同じ苦労を分かち合わせたかったのだ。
また、冒険者ギルドは世界各地に存在している。アーリル王国にも勿論あるのだが凶暴な魔物が生息していないので王国の冒険者人口は極めて少なかった。更に持ち込まれる魔石は品質が低く、素材も買い取り価格が安い物ばかりだったので冒険者ギルドは半分開店休業状態であるのだ。とは言え、騎士隊の任務で王国領の魔物を討伐する事は度々あったのでヴィンスも何度か冒険者ギルドを利用していた。
ちなみにアーリル王国では任務で魔物を討伐した際に得た素材や魔石の売却金は半分が討伐者に、半分は国庫に納める事となっていた。
「あとはこれも渡しておこう。当時私達が使った世界地図だ」
「これは……ありがとうございます!大事に使います!」
ラルフから渡されたのは年季の入った世界地図であった。
使い込み具合を見たヴィンスは、ラルフが自分に大事な物を預けてくれたと一層気合が入る思いであった。
「これで大方お前には渡したな……そうだ、出発前にお前に頼みがある!」
「はい、なんでしょうか?」
「ホルンの村に行ってアンナさんやローザに伝えて来てくれんか?」
「!!」
「もし、気が進まないのであれば俺も一緒に向かうがどうだ?」
「……いえ、僕一人で行ってきます!」
「そうか……悪いが頼む」
アルフレッドが旅に出て以降、本人の事は勿論だが彼の家族であるアンナやローザの事をラルフはずっと気に掛けてきた。ホルンの村に引っ越す時はラルフも見送りに行ったがとても彼女らに顔向け出来ない程、申し訳無い気持ちでいっぱいだった。今更捜索に出る事を伝えたところでラルフ自身の気持ちが晴れる事は無いのだが、せめて彼女らの気持ちが少しでも良い方に向かえばとラルフは配慮したのだ。
ホルンの村はアーリル王国領にある村で城下町から北西に位置している。最短距離で進むと歩行困難な岩山があるので迂回しながら4時間程歩けば到着する距離である。整備された街道を歩いていけば魔物に遭遇する事は滅多に無い。ヴィンスは鎧を装備せず帯剣のみした状態でホルンの村に向かった。
(入隊以降も何度か任務でホルンの村には行っているけど、今日はちょっと緊張するな……)
もう少しでホルンの村に辿り着く距離までヴィンスは来ていた。歩きながら考えていたのはやはり幼馴染ローザの事ばかりである。
2年前入隊試験に合格した時はそれなりに話をしたが、それ以降は任務で立ち寄っていると言う事もあり、会えてもちょっとした立ち話程度しかしていなかった。
しかし今日はローザと話をするのが目的で出向いている。話の内容も重い。故にローザと会ったらどうやって話そうか……ラルフから引き受けたものの少し気が重かった。
「あれ?何だか騒がしいな……どうしたんだ?」
程なくしてホルンの村に着いたヴィンスだが、いつもの平穏な村とは思えない程の騒ぎが起きていた。王国から派遣されて村に駐在している同僚の先輩騎士を見つけたのでヴィンスは話しかける。
「この騒ぎ、何があったんですか?」
「おお、ヴィンスか?実は子供の兄妹2人がいなくなったらしい。今は村人の手も借りて捜索中なんだ」
「子供の兄妹2人ですね?分かりました!僕はあそこの森を探しに行きます!」
「すまん、頼んだぞ!」
事情を理解したヴィンスは急いで森の中に入って行った。
ホルンの村から10分以上歩いた距離にある森では、低ランクの魔物が度々発見されていた。武器を持った大人であれば対処可能であるが、丸腰では最悪命を落とす危険もあったので騎士隊員が同伴する以外は原則立ち入り禁止となっていた。しかしそんな場所で兄妹と思わしき子供2人と1人の女性が魔物の群れに囲まれていた。
「ひ、ひっく……ローザおねえさん。ごめんなさい!」
「メルは……メルは悪くないんだ……メルは止めたのに僕が無理やり連れてきたから……」
「大丈夫よ、2人共!私が何とかしてみせるから……」
——数十分前——
ジャンという好奇心旺盛な男の子が妹のメルを連れて森に入って行ったのが事の発端だった。村では「森に入ってはいけない」と大人達は子供達にきつく言いつけていたのだが、どうしても入ってみたいと思っていたジャンはついに我慢し切れず妹のメルを連れて行ってしまったのだ。メルは禁止されているから止めようと説得したのだが「大丈夫だから」とジャンの押しの強さに負けて遂には一緒に来てしまったのだ。
森の半ばまで行って満足したジャン達が引き返そうとした時には、既に一角ウサギやお化けアリクイ等の魔物に囲まれていたのだ。
そしてその少し前、村では兄妹がいなくなった事で騒ぎになっていた。騒ぎを聞きつけた大人達はとにかく村中を探し回っていたが、ローザはジャンが何度も「森に行ってみたい」と言っていた事を思い出した。ローザはかつて父親のアルフレッドから買って貰った杖を持って森に飛び出して行った。
「痛っ!」
「メル!?くそー!!ぐあっ!!」
「お兄ちゃん!!」
魔物の群れから逃げ出そうとした兄妹だったが、途中で妹のメルが転んでしまった。そこを一角ウサギが突撃しようとしたが兄のジャンが体で庇った。おかげでメルは無事だったがジャンの背中は一角ウサギの角に切り裂かれてしまった。致命傷は避けられたが無防備で受けた傷はかなり大きく出血も酷かった。
獲物に止めを刺すべく魔物の群れはゆっくりと兄妹を囲んだ。もう助からないと観念した兄妹は泣きながら体を抱き合って震えている。先程ジャンの背中を切り裂いた一角ウサギが妹の方に狙いを定めて突撃してくる。思わず目を瞑ったメルだったが——
「……あれ?きゃっ!?」
メルが目を開けると突撃してきた一角ウサギは何故か切り裂かれて死んでいた。
「もう大丈夫よ!」
そう言って飛び込んできたのは、3年程前に村に引っ越してきて仲良くなったおねえさんのローザであった。
「ローザおねえさん!!お兄ちゃん、お兄ちゃんが!!」
「大丈夫よ。ジャン、直ぐに治すからね」
泣きながら懇願してくるメルに向かってそういうとローザはまず魔物に向かって先程一角ウサギを倒した時に使った風魔法Lv1『ウインドカッター』を放って牽制する。魔物が怯んでいる隙にジャンの治療をしようとするが……
(思ったより重症ね。少しまずいかも……)
ローザは回復魔法Lv1『ヒール』でジャンの傷を治療しながら内心は焦っていた。治療するのに想定以上のMPと時間を消費することになりそうだからだ。
ローザの『ヒール』で傷が塞がってきたジャンの顔色も大分良くなってきたが全快させるにはまだ時間が掛かる。そうこうしている内に怯んでいた魔物達も再度こちらを狙っていた。
(同じ手を使ってもこれ以上足止めは期待出来そうにないわね……覚悟を決めないと!)
決断したローザはもう一度『ウインドカッター』を牽制ではなく魔物の本体に杖を向けて放つ。一番近くにいたお化けアリクイは切り裂かれ絶命したが、残りの魔物はそれに怯む事無く距離を縮めて来ていた……
——————
(もうMPが尽き掛けている……ジャンの治療の続きを考えるとこれ以上『ウインドカッター』を放つ事は出来ないわ……)
これ以上のMP消費は出来ないと覚悟を決めたローザは杖を強く握り締めた。杖を使った物理的な攻撃などたかが知れているが背に腹は代えられない。ローザの背中では兄妹2人が震えながらローザが装備しているローブの裾を握り締めていた。
※この世界のお金の単位はコイン(以降『C』表記)
各硬貨の価値は
石貨 :1C
鉄貨 :10C
銅貨 :100C
半銀貨:1,000C
銀貨 :10,000C
金貨 :100,000C
白金貨:1,000,000C となっている。
※マジックポーチ…国民的RPGに出てくる「ふ〇ろ」と同じ役目を果たす物。アイテムにはランクがあり、マジックポーチの場合はランクが上がる毎に最大容量(重さ)も増えていく。
※魔石…魔物の心臓に該当する物。魔物を倒した時に素材の剥ぎ取りと同時に回収するのが基本。品質が下級の物は燃料程度にしか使えないがそれ以上の品質になると色々な使い道が出てくる。
※回復魔法Lv1『ヒール』…初級回復魔法。対象者の傷を治療する。体力の回復効果もある。ちなみに回復魔法は患部に向けて唱えた方が効果は大きい。
※風魔法Lv1『ウインドカッター』…風の刃で敵を攻撃する。




