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アーリル王国の騎士  作者: siryu
旅立ちの章
10/61

第10話 国王からの命令とそれぞれの想い

「ヴィンス、今日は城に着いたら騎士隊の訓練参加前に私の部屋に来なさい」


「それはまたどうして……分かりました」


「……」


 家族揃って朝食を食べていると、突然ラルフがヴィンスに告げる。今まで出勤前に呼び出しを受けたことは無かったのでヴィンスは驚くがラルフの真面目な表情を見て、それ以上尋ねる事をやめた。そしてこの話の続きを昨日ラルフから聞いていたシェリーは口を挿む事無く黙っていた。


「行ってきます、母上」


「それでは行ってくる」


「2人共行ってらっしゃい」


 家の前で2人を見送ったシェリーはこれからヴィンスが告げられる任務の事を考えて暫く家事に身が入らなかった。




「ヴィンス・フランシスです。失礼します」


「うむ、入りなさい」


 城に着いたヴィンスは武具を装備する前の服装に着替えた後、自宅でラルフに言われた通りに彼の部屋を訪れていた。


(このような形で父上に呼ばれるって何だろう……?唯一思い当たるのは先日の人質救出訓練での失態だけど……叱責されるには微妙に時間が経ち過ぎている気もするし……)


 先程から呼ばれた理由をずっと自分なりに考えていたヴィンスだったが結局確信に至るまででは無かった。


「ヴィンス。これから大事な話をするが……今は他に誰もいないから少し力を抜いて聞いてくれ」


「はい、分かりました」


「うむ、それでだな、どこから話せば良いか……取り敢えず今から20分後にお前は私と一緒に陛下の下に行くことになっている」


「え?」


「そしてお前は修行の旅に出るよう陛下から内示を受けることになっているのだ」


「ええっ!?」


 全く予想外の内容に驚くしかないヴィンスであった。



 ——数日前——


「陛下、失礼します」


「ラルフか、どうした」


 人質救出訓練でヴィンスが犯人役を失敗した日、ラルフは副隊長のエリックと話をした後、国王レオンの部屋を訪れていた。


「陛下、()の件ですが……もう大丈夫かと思います」


()の件……そうか、大丈夫か」


 ()の件。

 それは2年前、ヴィンスが入隊試験に合格して数日後にレオンがラルフと大臣のロベルトに打ち明けた内容の事である。その内容とは……



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


——2年前——


「今から2年後を目途にして、我々が経験した様にヴィンスにも旅をさせたいと思っている」


「「なんと!」」


「今から2年後なら当時のラルフと同じ歳だからな。タイミングとしては妥当であろう?」


「いえ、タイミング云々ではなく、まずヴィンスに旅をさせると言われた事に驚いているのですが……」


「そうですぞ、陛下。まずは順を追ってお話しくだされ」


 レオンの唐突な提案に仰天するラルフとロベルト。何の脈絡もなく「ヴィンスに旅をさせる」と言われればヴィンスの父親であるラルフは焦るしロベルトも困惑した。


「確かに、順を追って話さねばならんな。まぁ座って聞いてくれ」


 レオンは2人へソファに座るよう促してから話を続ける。


「簡単に言うと昔の我々と同様にヴィンスを旅に出して勉強させようと思っているのだ」


「失礼ながら陛下、あの時は国王を継ぐ事が決まっていた陛下が諸国を巡って勉強する事が目的の旅であり我々はあくまで御供であったはず。ヴィンスは何の為に?」


 旅に出す目的を語るレオンにロベルトは疑問を口にした。


「では逆に聞くが、供として付いて来てくれたお前達は何も得る事が無かったか?そんなことは無いであろう?」


「た、確かに……得たものは多いと思っています」


 アーリル王国は安定した統治が行われている為、国外から人が入ってくることはあっても国内から出ていく人はほとんどいない。王国生まれのロベルトにしても供として旅に出るまでは王国領から出たことが無かった程だ。

 当時の先代国王はロベルトが優秀な内政官になれるであろうと期待してレオンの供に選んだ経緯があった。その期待に応えようと帰国後は他国の良い面は取り入れるように、悪い面はどうなったらそうなってしまうのかを分析した上で回避するための策を積極的に提案して実績を積み重ね、遂には大臣にまで上り詰めたのだ。それが出来たのも旅に出たおかげである事は明白であった。


 これはラルフ達についても少なからず当てはまっていた。騎士隊員は普段の訓練で十分に対人戦闘の経験を積んでいるのだが、アーリル王国領では凶暴な魔物が生息していないので対魔物戦闘の経験がどうしても少なかったのだ。

 その点、他の王国領では魔物が相応に生息しているので旅の道中で魔物に襲われた際の戦闘で十分に経験を積むことが出来たのは大きかった。また帰国後は種族毎に魔物の対処方法をまとめた資料を作成し騎士隊の座学講義に活用することにしたのだ。実戦には及ばなくても有事の際には相応に役立つだろうと評価されている。


「そうだろう?ヴィンスは間違いなく王国で重要な人間になっていくはずだからな。出来ればアーヴィンも一緒に行かせたいと思っていたのだが……」


「正直難しいでしょうな。あの時とは少し状況が違いますので」


「うむ」


「ラルフ、どうしても無理か?」


 レオンがアーヴィンにも言及した途端、彼の父親であるロベルトではなくラルフが口を挟んで否定しレオンはその考えを肯定した。ロベルトも薄々理由に気付いてはいるが諦めきれないのかラルフに食い下がった。


「ロベルト殿、あの時は私にアル……アルフレッドという2人の前衛と陛下も御自身を守る事が出来るだけの腕前を持っておられたので、その……大変失礼ながらロベルト殿の様な足手まとい(・・・・・)がいても守る事が出来ました。しかしこの場合は……」


「ま、まだ予定まで2年ある!今から稽古をさせれば何とかアーヴィンでも」


「だとしても!あと2年で最低でも当時の陛下と互角の腕前まで上達しなければ騎士隊長の私としては賛成出来ません。それにもう少ししたら彼も役人として働くことになっているので稽古の時間もなかなか取れないでしょう。違いますか?」


「ぐぬっ……つまり腕利き2人で1人の足手まといを守るのと、腕利き1人が1人の足手まといを守るのでは旅の危険度が段違いだと言う事だな?」


「……そういう事です。失礼なことを言って申し訳ない」


「そうか……いや、私が我儘を言ってしまったからラルフにそこまで言わせてしまったのだ。こちらこそすまんな」


 役職的には同格でも歳はロベルトの方が上なのでラルフは気を遣いながら説明をした。ただし、どれだけ危険かを分かって貰う為にロベルトの事を敢えて「足手まとい(・・・・・)だった」とかなり失礼な表現を使った。ロベルトも意図は分かっていたので気にしてはいなかったが、念の為お互いが謝罪した。


「他にも連れて行くに相応しい人材が騎士隊からいれば良かったのだがな。ロベルト、申し訳ないが今回は我慢してくれ」


「い、いえいえ!滅相もありません!先程のやり取りは何卒お忘れください!」


 アーヴィンも一緒に行かせてやりたかったのはレオンも同様だったのでロベルトの食い下がった気持ちは十分理解出来た。その結果、国王のレオンにまで謝らせてしまったのでロベルトは大変焦って火消しに走る羽目になった。


 話は一通り終わったのでロベルトは退室し、ラルフも続こうとドアノブに手を掛けたが途中で止めて振り向き直しレオンに話しかける。


「陛下!もし、もしその時までにアルフレッドが帰って来なかった時は!」


「うむ、そのつもりだ」


 険しい顔をしたラルフが何を言いたかったのかを直ぐに察したレオンは彼の言葉を遮り力強く答えた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ラルフは2年前のやり取りでアーヴィンに関する所(・・・・・・・・・・)以外をヴィンスに説明した。



「——ということだ、ヴィンス」


「いや……「ということだ」と笑顔で言われても……つまり、2年前から僕が旅に出ることは決まっていたと……だから今朝の母上は内容を知っていたからずっと黙っていたんですね?」


「流石は俺の息子、正解だ。偉いぞ、はっはっは」


「ちょっと父上、やめてください!」


 2年前の出来事から順に説明を受けてヴィンスはようやく「旅に出ろ」と言われた流れを理解出来た。ラルフは大きな手でヴィンスの頭をわしわし(・・・・)と撫でて褒めていたが、どことなく寂しそうな表情をしていた事にヴィンスは気付かなかった。


「それとだ、ヴィンス。陛下からも命令が出るとは思うがこの旅にはもう一つ大事な目的がある」


「それは……! あ、父上。陛下の下に行く時間になりましたが」


「む、タイミングが悪いな。とは言え陛下を御待たせする訳にもいかん。ではいくぞ」


「はい、分かりました」


 ラルフがヴィンスに続けて話をしようとしたが時間となってしまった。出来ればラルフから伝えたかった事だったが、諦めて2人はレオンの下へと向かった。




「陛下、ラルフ・フランシスとヴィンス・フランシスです。失礼します」


「うむ。ラルフにヴィンス、よく来てくれた」


 ラルフとヴィンスがレオンの部屋に入るとレオン以外にも大臣のロベルトまでいた。


「おや、ロベルト殿までいらっしゃるとは」


「うむ、今日は私も同席させて欲しいと陛下にお願いしてな。我儘を聞いて貰ったのだ」


 同席する予定では無かったロベルトがいたことに多少驚くラルフだが、いつもより緊張感を持ったロベルトの表情で何故同席を願い出たのか何となく察するラルフ。その様子を見ながらこれから話されるであろう自身のこれからの話で緊張が増してくるヴィンス。

 そんな中、最初に話し出したのはレオンである。


「それではヴィンス、ラルフから話は聞いているかな?」


「はい!私の旅の件でしょうか?」


「うむ、その通りだ。これからヴィンスは昔の私達と同じよう、1~2年の期間を目途に諸国を巡って修行の旅に出て貰いたい。大丈夫かな?」


「はっ!勿論です!」


「それは良かった。あまり多くは無いが支度金とアイテムも用意しているからそれを使って大体一週間を目途に準備に入ってくれ」


「分かりました!」


 レオンからの話の内容は事前にラルフから聞いていたこともあってスムーズに話は進んでいった。続けてレオンからもう一つ話そうとしたが先にヴィンスから問いかける。


「あと、旅の目的がまだあるのではないですか?」


「それもラルフから聞いていたのかな?であれば話が早い」


「あ、陛下。まだヴィンスには話して……」


「いえ、先程以上の話は聞いていませんでした。なので私の勘になってしまいますが……この旅の目的にはアルフレッドさんの捜索も含まれているのではないでしょうか?」


「「「なんと!?」」」


 アルフレッド捜索の件を聞かされていなかったヴィンスがその件を察していた事に3人は揃って驚きの声を上げた。


「聞かされていないのに気付いてくれたのか……うむ、ヴィンスの言う通りこの旅には修行と同時にアルフレッドの捜索も任せたいのだ。寧ろこちらの方が難しい事だと思うのだが……頼む!」


「ヴィンス、私からも頼みたい!本来であればもっと前から捜索隊を出すべきであった。しかし……捜索隊を出すのであれば力量的にもラルフを捜索隊に入れる必要があるのだが、騎士隊長のラルフを長期不在にすることはどうしても避けたかったのだ……!」


「……」


「そ、そんな!陛下もロベルトさんも頭をお上げください!」


 国王のレオンと大臣のロベルトに頭を下げられてヴィンスは慌てて頭を上げるようにお願いした。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 アルフレッドが修行の旅に出てから1年程は『伝書ホーク』を利用した便りが届いていた。しかし2年も経った頃には全く便りが届かなくなった。心配しているアルフレッドの家族の為にもラルフは捜索に出たいと願い出ていた。だが、アルフレッドの旅から1年後に騎士隊長に就任していたラルフが王国を長期不在になってしまう事に大臣のロベルトは反対していたのだ。


 無論ロベルトが嫌がらせで反対している訳で無い事はラルフも分かっていた。

 現在アーリル王国領には凶暴な魔物が生息してはいないが今後どうなるかは誰にも分らない。

 以前4人が旅に出ていた際に道中で魔物の大群と遭遇したことがあった。何とか魔物全てを倒して危機を脱出する事が出来たが、ロベルトは途中何度も死を覚悟したほどだった。

「もしラルフが不在時に魔物の大群が発生したら?」と考えた時、その恐怖を知っているロベルトはとても賛成出来なかったのだ。


 しかしながらロベルトも自身が反対してからの3年間、自分の考えが100%正しかったとも思ってはいなかった。

 ラルフの願いを却下してから程無くアルフレッドの妻アンナと娘のローザがホルンの村に引っ越しをしたと知った時は、申し訳の無さの気持ちでいっぱいだった。

捜索隊を隊長のラルフではなく副隊長のエリックを中心に編成したらどうかと提案した事もあったが、それはラルフの方から反対された。エリックは騎士隊の№2ではあるがラルフとエリックの力量の差は大きい。その差を人数で埋めようと編成してしまえば今度は王国領での治安維持任務に支障が出るからだ。


 結局代案が出る事無く1年が過ぎヴィンスが騎士隊に入隊した。この時に国王レオンはラルフ以外でエリック以上の力量を持つ人材として目を付けたのだ。そして全く同じ事を考えていたのがラルフである。

レオンが自身と全く同じ考えだと確信したラルフは、入隊する以前よりも一層厳しい稽古を自宅の庭でヴィンスにつけるようになった。明らかに厳しくなった事にヴィンスは勿論、剣に疎いシェリーですら気付いていた。当初はシェリーもラルフにやり過ぎだと文句を言っていたが、以前とは違いラルフは文句に対して一切耳を貸さなかったのだ。何か考えがあってやっていると薄らながら気づいたシェリーはそれ以上文句を言う事は無くなった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 その結果、ラルフが捜索を提案してから実に3年もの時間が経ってしまったのだ。


 レオンは17歳の若者にこのような過酷な命令を出したことに、ロベルトは王国の事を考えてラルフを捜索に出すことに反対していたのであって彼が悪い訳では無いのだが「自分があの時ラルフを止めなければ」と自責の念に駆られていたロベルトは心の底からヴィンスに縋る気持ちで頭を下げていたのだった。 そしてそれらの心情を知っているラルフはこれ以上この場で口を挟むことは無かった。




 レオンの部屋から退室したラルフとヴィンスはそのままラルフの部屋に戻った。ラルフはヴィンスの方を向くといきなり頭を下げる。


「ヴィンス!本当なら俺がアルを探しに行くべきだったのだが……!」


「父上、もうお止めください!」


 レオンの部屋ではほとんど口を開かなかったラルフだが、アルフレッドの事を一番心配しているのがラルフであることはヴィンスが一番分かっている。それでも口を開かなかったのはレオンやロベルトの心情に配慮しての事だろうとも。

 そもそも旅の目的のもう一つがアルフレッドの捜索だと先程レオンが話し出す前にヴィンスが気付くことが出来たのは、レオンの部屋に行く前にラルフが言いかけた時の表情が理由だった。ラルフのあの時の表情は、自宅でのみ覗かせていたアルフレッドの事を心配している時の表情と同じだったからだ。これに気付くことが出来るのはヴィンスを除けば恐らく妻のシェリーくらいであろう。


「父上、アルフレッドさんの事ですから絶対に無事なはずです!僕が必ず探し出してきますから!」


「すまん、本当にすまん……頼んだぞ……!」


 3年間抑制していた感情を爆発させながらラルフは息子のヴィンスに懇願していた。


※『伝書ホーク』…魔物『人喰いホーク』を調教して飼い慣らせたもの。簡潔に言うとこの世界で伝書鳩(この世界に伝書鳩は存在しない)の役割をする生物。途中で他の魔物に襲われたりすることもあり、目的地に便りを届ける事が出来ない時もある。


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