第1話 騎士に憧れる少年ヴィンス
初投稿です。
宜しくお願いします。
——世界暦1205年——
「よしっ!今日はここまで」
「はぁ、はぁ……はい、今日もありがとうございました!」
少年の名前はヴィンス・フランシス。
6歳になった今年から騎士である父親のラルフ・フランシスに剣の稽古をつけて貰っている。
そして少し離れたところから見守っているのは母親のシェリー・フランシスである。
(あれからもう2年経ったのね。本当に早いわ……)
騎士に憧れているヴィンスはもっと小さい頃から稽古をつけて欲しいと両親に頼んでいた。父親のラルフは喜んで応じようとしたが、母親であるシェリーは早過ぎると反対していた事を思い出していた。
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——2年前——
「騎士に憧れることも稽古をつけることも悪いことじゃないわ。でも流石にヴィンスにはまだ早過ぎると思うの」
何せ稽古をつけて欲しいと言い出した息子のヴィンスは4歳である。夫のラルフと同じ騎士を目指すのは大いに結構だが、修行を始めるにはいくら何でも早過ぎるだろうとシェリーは思ったからだ。
シェリーとしては当然の反対をしたつもりだが息子であるヴィンスの顔を見ると今にも泣きそうな顔をしていた。困ったシェリーは問題を先送りにする作戦を採る。
「ヴィンスがもう少し大きくなってからね」
大人が子供に使う先送りの常套句である。とは言えヴィンスの泣きそうな表情が落ち着いたのでシェリーは成功したと安堵していた。しかしシェリーは思い知る。「自分は甘かった」のだと。
「……何歳?」
「え?」
「何歳になったら稽古をつけて貰ってもいいの?」
「え、えっと……」
想定外であるヴィンスの反撃にシェリーは戸惑った。思わず夫のラルフに助け舟の視線を送る。しかしラルフは4歳のヴィンスに稽古をつける事にそもそも賛成しているので「俺に助けを求めるのは筋違いだ」とでも言わんばかりに視線を外す。
シェリーとしては世間の常識的な年齢で始めさせたいと考えていたものの、その道に疎いため稽古を始める常識的な年齢というものが分からない。
「そうね……じゃあヴィンスが10歳になったらね」
「10歳なんて遅すぎます!」
キリのいい10才で提案してみたが「あり得ない」とばかりに否定された。
「う~ん、だったら8歳!」
これで文句は無いだろうと自信満々で言い放ったシェリーだったが、予想に反してヴィンスは勢いよく首を横に振る。
(あれ?8歳でも遅いくらいなのかしら……?)
そこら辺の常識を知らないとは言えシェリーとしては8歳での提案もかなり妥協したつもりだった。であるにも関わらずヴィンスの強い拒絶反応に思わず圧されてしまった。
「6歳!それ以上は私も絶対に妥協しないからね!」
「はい!母上ありがとうございます!」
6歳になったら解禁してもらえる言質を得たヴィンスは嬉しさのあまり庭に出て走り回っている。
苦笑いしながらその光景を見ていたシェリーだったが、先程から気になっていた事を確認するためにラルフの方を見て尋ねた。
「ねえあなた。普通は何歳くらいから始めるのが常識的なの?」
「そうだな……人にもよるが10~12歳くらいだろうな」
ラルフからの返事を聞いて自身の感覚が間違っていなかった事には安堵した。しかし同時に不安にもなってきた。何せ6歳で許可を出してしまったからだ。
「ちなみに……あなたは何歳から始めたの?」
「俺か?えっと……8歳だったな」
その返事を聞いてシェリーは呆れてしまった。夫のラルフは20代半ばながら王国騎士隊の次期副隊長と囁かれている程優秀な兵士である。そんな彼より更に2年も早く、いや、未遂に終わったとはいえ4年も早く稽古をつけようとしていたのだから。
そんな中ラルフは空気を読めず火に油を注ぐ発言をしてしまった。
「はっはっは。結局ヴィンスは俺より2年早く稽古を始める許可を得た訳だ。お前もしてやられたな」
ラルフの話を知っていればどんなに早くても8歳までは我慢させることが出来たのに全く助け舟を出してくれずに笑いながらこの発言である。シェリーを怒らせるには十分だった。
「……あなた。今晩のお酌は抜きよ」
「な、なんだと!?今日は久しぶりの非番だから楽しみにしていたのにあんまりではないか!」
庭で駆け回っている4歳のヴィンスが気づかぬところで家の中では小さな夫婦喧嘩が勃発していた……。
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(まだ6歳だけど本当にしっかり育ってくれているわ。我が儘も言わないし)
2年前は当時のやり取りに味を占めて何でも我が儘を押し通そうとする性格になってしまうのではないかと随分心配したものだった。しかしそれはいい意味で裏切られた。後にも先にも強く主張してきたのはあの時だけであるからである。
「もう少ししたら夕飯よ~。先に汗を流してきなさいね~」
「おお、母さん、もうそんな時間か。よしヴィンス、風呂に入るぞ!」
「はい、父上!」
風呂場に駆け込んでいく2人を後ろから微笑ましく見つめるシェリーであった。